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27、正体を隠すために変装しましょう

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 ある日、皇帝が町の視察へ行くことになった。
 その同行者としてイレーナが選ばれたのである。
 もちろん周囲からは賛否両論あった。


「側妃の分際で出しゃばりすぎだろう」
「アンジェさまを差し置いて」
「お忍びだからわざと貧相な側妃を選ばれたに違いない」
「たしかにアンジェさまは気品あふれるお方だからな」


 イレーナは城内を歩くたびに周囲からひそひそ聞こえてくる声にうんざりしていた。
 あの会議以来風当たりが強いので、おとなしくしておきたかったのに、なぜヴァルクはイレーナに目立つようなことをさせるのか。


(はぁ……めんどくさいわ)


 鬱々とした気分のイレーナと違って、リアは大喜びだった。

「完成しました。これでイレーナさまはどこからどう見ても平民です」

 メイクを終えたリアが額の汗を拭いながらふうっとため息をもらした。


(これは喜んでいいのか複雑だわ)


 鏡の前には茶色のワンピース姿のイレーナが映っている。
 化粧は薄く、髪型はうしろでひとつに三つ編みしており、どこから見ても下町の娘だ。
 リアも使用人たちもにこにこしている。


(でも、みんな目的に合わせたコーディネートをしてくれたんだもの。むしろ、ありがたいと思うべきね)


 しばらくするとヴァルクが侍従のテリーを連れて、イレーナの部屋を訪れた。
 彼は部屋に入るなり、自信満々に言い放った。

「どうだ? 完璧な変装だろう」

 イレーナは表情を引きつらせて固まった。


「えーっと、お忍びですよね?」
「だから質素に見えるようにしたのだ」
「質素……」

 たしかに装飾品は身につけていないが、上質な生地で作られた衣装に整った髪型はどう見ても上級貴族である。


「目立ちすぎます」
「これでも控えめにしたほうだ。それより、お前はどうした? その格好は、まるで平民ではないか」

 イレーナの格好は自分で町から取り寄せた安物の生地で簡単に縫ってもらった本当に平民が着る服そのものだった。


「平民です! 私たち正体がバレてはいけませんよね? 出来る限り平民と同じ格好でいなければなりません」
「これ以上どうすればよいのだ?」

 ヴァルクはテリーに顔を向けるも、お互いに肩をすくめる。
 イレーナがリアに顔を向けると、彼女はにっこり笑ってメイク道具を手に持って言った。

「私たちが完璧にして差し上げますね!」


 こんなこともあろうかと、イレーナはリアに頼んでヴァルクの衣装も取り寄せてもらっていた。
 ヴァルクは用意された衣装に着替え、くすんだ肌色にするためにリアにメイクを施してもらった。
 侍従のテリーは困惑の表情でぼそりと言う。


「男に化粧とは……」
「陛下は肌の色が美しすぎるのです。これではすぐにバレてしまいます」

 リアと使用人たちの努力の結果、ヴァルクは見事な平民へと変貌した。
 がっちりした体格に薄いシャツとスラックス、ぼさぼさにした髪型は町のどこにでも歩いている民そのものである。


「まるで下町の大工のようなお姿だ」

 テリーの意見にリアが答える。

「完璧ということですね!」

 それでもイレーナの目には完璧には映らなかった。
 やはりヴァルクの生まれ持った王族のオーラはどうやっても隠すことができないのである。
 それとも、自分のヴァルクを見る目は他の者たちと少し違うのだろうか。


(最近、陛下がやけにキラキラして見えるのよね。私の視力が悪くなったのか頭がおかしくなったのか……)


 見えるだけではなかった。
 ヴァルクの視線と合うたびに、イレーナはいちいち胸がどきりとするのだ。



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