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21、まずい。怒らせてしまった……?
しおりを挟むヴァルクはとなりでイレーナをじっと見つめた。
少し口角を上げているが、やけに真剣な表情だ。
イレーナはどきりとして目をそらす。
すると、ヴァルクはおもむろにイレーナの頬を指先で撫でた。
「先ほどお前は化粧のことを気にしていたが、しなくてもいいぞ」
「え? それはどういう……」
「しなくても綺麗だと言っている」
イレーナは赤面し、急激に鼓動が高鳴った。
恥ずかしくなり顔を背けるとヴァルクは髪をくしゃっと撫でた。
こういう行為にいまだ慣れない。
毎回ドキドキしすぎて心臓が壊れそうになるのだ。
このあとはもっとドキドキすることが待ち受けているのに、なぜか最初に触れられるときが一番緊張する。
それに、妙に胸の奥がぎゅっと締めつけられるような気分になるのだ。
「陛下にお会いするのに素顔というわけには……」
毎夜、念入りに湯浴みをして綺麗にしてから化粧を施してもらう。
それは皇帝が訪れるからである。
そうでなければ、イレーナは化粧どころか寝間着も質素なガウンだ。
「俺が素顔でいいと言っているのだ。そうすればいい」
ヴァルクはとんっとイレーナの肩を押す。
イレーナはふわっとベッドに仰向けに倒れた。
ヴァルクはイレーナの髪を撫でながらキスをする。
長い夜の始まりの合図。
いつもならこの心地よさに酔いしれるのだが、なぜか急に頭の中にアンジェの顔が浮かび、イレーナはとっさに拒絶した。
ヴァルクの肩を両手で押して離れる。
「どうした?」
「申しわけございません。少々、体調が……」
言ったあと後悔した。
体調が優れないなど皇帝の前では言いわけにもならない。
どんな状態であろうとも、皇帝のおこないを拒絶するなどあり得ない。
イレーナはドキドキしながらヴァルクの顔を見つめた。
すると――。
「そうか。具合が悪いなら仕方がないな」
意外にも彼はすんなり離れてくれたのだった。
イレーナは驚愕し、思わず声を上げた。
「ええっ? 嘘でしょう?」
「おい、お前の中で俺のイメージはどうなっている?」
「冷酷非道で他人の話をお聞きにならない暴君と……あっ」
ヴァルクは半眼でイレーナを見つめた。
イレーナも今までは内に秘めていたことを口にしないように気をつけていたのに、ヴァルクがあまりにも優しいのでうっかり口を滑らせてしまった。
「そうか。なるほど。お前にそのような情報を与えたのは誰だ? 侍従のテリーか? それとも侍女のリアか?」
「いいえ、とんでもない。おふたりは陛下のことを慕っておいでです」
ヴァルクはなおも不機嫌な顔でため息をつく。
(意外と繊細なのかしら?)
イレーナが様子をうかがっていると、ヴァルクは眉をひそめてさらに表情が強張った。
急に恐ろしくなって縮こまるイレーナの顔を覗き込むようにして、ヴァルクは訊ねる。
「お前は俺の言うことが聞けないのか?」
低く唸るような恐ろしい声だ。
イレーナはびくっと震え上がった。
(まずい。怒らせてしまったわ……!)
イレーナは額からだらだらと冷や汗をかく。
そんなことにかまわず、ヴァルクは脅すように続ける。
「ふたりきりのときは名前で呼べと言っただろう?」
怒りの鉄槌が下されると思っていたイレーナはあらゆることを覚悟していたが、そんな言葉を聞いてあっけらかんとした顔で絶句した。
(え? そっち?)
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