人質として嫁いだのに冷徹な皇帝陛下に溺愛されています

水川サキ

文字の大きさ
上 下
17 / 66

17、何言ってんの? この人

しおりを挟む

 正妃アンジェの部屋は広々としている。
 赤に金の刺繍が入った質のよい絨毯が敷かれ、豪華なシャンデリアと高級家具が揃い、テーブルには生花が飾られ、たくさんのお菓子が並んでいた。
 装飾品を身につけ、シルクのドレスを着たアンジェは、書庫で見かけたよりもずっと美しく着飾っている。
 本来の姿であるアンジェの気品はまぶしすぎて目が眩むほどだ。


「はじめまして、でいいのかしらね?」

 アンジェの言葉にイレーナはどきりとした。


(ああ、これ気づいてるわ。絶対そうだわ)


 イレーナはせめて命だけは助けてもらえるよう何とか交渉しようと思った。

「はじめまして。イレーナと申します」

 イレーナは丁寧に挨拶カーテシーをおこなう。
 すると、アンジェも自己紹介をした。


「アンジェと気軽に呼んでくださってかまわないわ。ああ、そうそう。人がいるのがあまり好きではないの。だから侍女もひとりしか付けないのよ。あなたの侍女も出ていってくれるかしら?」

 この部屋の前には護衛騎士がふたりいる。
 部屋には侍女がひとり控えていたが、そそくさと出ていった。


「わかりました。リア、部屋に戻っていいわ」
「しかし……」
「大丈夫よ。私もアンジェさまとふたりきりでお話がしたいと思っていたの」

 不安げな表情のリアに向かってイレーナはにっこり微笑む。
 リアは渋々部屋を退室した。


 この部屋には正妃と側妃のふたりきり。
 イレーナはいろんな意味で複雑な気持ちになる。

「お座りになって。紅茶を飲みましょう」
「はい、では失礼します」

 イレーナはアンジェと向かい合って座った。


 目の前にはサンドウィッチやスコーン、苺のケーキやクッキー、マカロンにチョコレートと食べきれないほどのお菓子が並ぶ。
 紅茶もいい色をして、ふわっと湯気が立つ。
 しかし、イレーナは躊躇してしまった。
 額に冷や汗をかく。
 すると、アンジェが紅茶をひと口飲んで笑った。


「毒なんて入っていないわよ。どうぞ」

 万が一にも毒殺されるのではないかと考えていたイレーナの心情を見事に読みとられた。


(まあ、ここで死んだら真っ先にアンジェさまが犯人扱いされるものね)


 イレーナはひそかに深呼吸する。

「いただきます」

 紅茶をひと口飲むと、香りがよく、とても美味だった。


(どうやら考えすぎだったようね)


 イレーナはほっと安堵したところへ、アンジェが話を切り出した。

「あなたはわたくしと騎士団長の関係を知ってしまったわね」

 その言葉にイレーナは動揺し、お茶を吹きそうになった。
 慌てて答える。


「誰にも言うつもりはありません。陛下にも絶対に言いません」
「そう。いい子ね」
 
 アンジェはにっこりと笑った。

「でも、あの……どうして?」


 イレーナはずっと考えていたが、不思議でならないのである。
 あの超絶元気な皇帝陛下のことを考えたら、わざわざ不倫をする必要などあるだろうか。
 アンジェは平然と答える。


「わたくし、陛下と相性が悪いの」

 イレーナは再度お茶を吹きそうになった。


(何言ってんの? この人)


 イレーナは羞恥のあまりアンジェから目をそらす。
 するとアンジェはにこにこしながら、ふふっと笑った。

「あら、可愛らしいわね。顔を真っ赤にしちゃって」



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

どうせ運命の番に出会う婚約者に捨てられる運命なら、最高に良い男に育ててから捨てられてやろうってお話

下菊みこと
恋愛
運命の番に出会って自分を捨てるだろう婚約者を、とびきりの良い男に育てて捨てられに行く気満々の悪役令嬢のお話。 御都合主義のハッピーエンド。 小説家になろう様でも投稿しています。

関係を終わらせる勢いで留学して数年後、犬猿の仲の狼王子がおかしいことになっている

百門一新
恋愛
人族貴族の公爵令嬢であるシェスティと、獣人族であり六歳年上の第一王子カディオが、出会った時からずっと犬猿の仲なのは有名な話だった。賢い彼女はある日、それを終わらせるべく(全部捨てる勢いで)隣国へ保留学した。だが、それから数年、彼女のもとに「――カディオが、私を見ないと動機息切れが収まらないので来てくれ、というお願いはなんなの?」という変な手紙か実家から来て、帰国することに。そうしたら、彼の様子が変で……? ※さくっと読める短篇です、お楽しみいだたけましたら幸いです! ※他サイト様にも掲載

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

無能だと捨てられた王子を押し付けられた結果、溺愛されてます

佐崎咲
恋愛
「殿下にはもっとふさわしい人がいると思うんです。私は殿下の婚約者を辞退させていただきますわ」 いきなりそんなことを言い出したのは、私の姉ジュリエンヌ。 第二王子ウォルス殿下と私の婚約話が持ち上がったとき、お姉様は王家に嫁ぐのに相応しいのは自分だと父にねだりその座を勝ち取ったのに。 ウォルス殿下は穏やかで王位継承権を争うことを望んでいないと知り、他国の王太子に鞍替えしたのだ。 だが当人であるウォルス殿下は、淡々と受け入れてしまう。 それどころか、お姉様の代わりに婚約者となった私には、これまでとは打って変わって毎日花束を届けてくれ、ドレスをプレゼントしてくれる。   私は姉のやらかしにひたすら申し訳ないと思うばかりなのに、何やら殿下は生き生きとして見えて―― ========= お姉様のスピンオフ始めました。 「国を追い出された悪女は、隣国を立て直す」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/465693299/193448482   ※無断転載・複写はお断りいたします。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

ゆるふわな可愛い系男子の旦那様は怒らせてはいけません

下菊みこと
恋愛
年下のゆるふわ可愛い系男子な旦那様と、そんな旦那様に愛されて心を癒した奥様のイチャイチャのお話。 旦那様はちょっとだけ裏表が激しいけど愛情は本物です。 ご都合主義の短いSSで、ちょっとだけざまぁもあるかも? 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

処理中です...