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9、正直、命があるのが不思議でたまらないわ

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 イレーナが目覚めたのは朝ではなかった。
 たしかに小鳥がチュンチュン鳴いていたが、すでに日は高く。


「妃さま、お昼でございます。そろそろ起きてくださいませ」

 侍女の声で目覚めると、イレーナはぼうっと天井を見つめていた。

 昨夜一体何が起こったのだろうか。
 すぐには思い出せず、ゆっくりと記憶を辿る。
 すると、さまざまなことが頭の中を駆けめぐり、慌てて身体を起こした。


 「いったぁ……!」

 ふたたびバタンと横になる。
 すると侍女と使用人たちがぞろぞろ部屋へ入ってきた。
 侍女のリアがイレーナのそばまでやってきて声をかける。


「妃さま、昨夜はお疲れさまでございました」
「お疲れさまでございました」

 リアの言葉を復唱するように使用人たちが一斉に声を上げた。


(は、恥ずかしいんですけど!)


 リアはにっこりと笑顔で訊ねる。

「イレーナさま、起きられますか?」
「無理です。あっちこっち痛いの」
「まああっ!」

 リアが声を上げると使用人たちも歓声を上げた。


「大変すばらしい夜をお過ごしになられたのですね!」
「えっ……」

 イレーナは羞恥に全身が燃え上がるほど熱くなった。


「大丈夫ですよ。少しずつ慣れていきますから。ご心配には及びません」
「慣れ……?」

 侍女のリアはイレーナが戸惑っていると思ったのだろう。
 実際そうだが、彼女の口ぶりからすればこれからも頑張ってという意思が伝わってくる。


「さあ、湯浴みをいたしましょう。汗をかかれてしまいましたでしょう?」
「う、うん……」

 使用人たちに支えられて風呂場バスルームへ向かうイレーナ。
 昨夜のことを思い出して複雑な気持ちになる。


(ああ、死ぬほど疲れたわ……みんな、こんな大変なことをしているのね)


 薔薇の花びらが浮かぶ湯舟バスタブに浸かると「はぁ~」とため息をもらした。
 そして、ぼんやり天井を見つめて思う。


(正直、命があるのが不思議でたまらないわ)


 母との約束はすべて破ってしまったのである。
 イレーナは騒ぎ、狼狽え、ついに爪を立ててしまった。
 どうなることかと思ったが、そのたびにヴァルクは優しく頭を撫でてくれたのである。


(でも、結構よかったわ……)


 身体中が痛くてたまらないが、悪くなかった。
 それどころか、不覚にも幸せな気持ちになれた。


(な、なんだか恥ずかしいわ。でもこれで役目はしっかり果たせたはず……)


 これで懐妊さえすれば、もう皇帝は二度と部屋へ来ないだろう。
 少し残念な気もするが、イレーナのすべきことは皇帝の子を産むことだけ。
 そこに恋愛感情などない。


(意外とお話するのも楽しかったわ。けれど身分をわきまえなきゃいけないわね)


 イレーナはあらためて自分の立場を振り返る。
 そう、自分は皇帝の2番目の妻、つまり側妃なのである。
 正妃は別にいるのだから、子を産むこと以外で皇帝と関わってはいけないのだ。


(正妃さまのお立場ならきっと政務や外交のお話もできるのでしょうね)


イレーナは両手を上げて伸びをする。

「ああ、残念だわ」
「どうかしましたか?」
「ううん、何でもないの」


 あとは美味しいものをたくさん食べて、宿ったはずの赤子のために栄養と睡眠をたっぷりることだ。

 そう、思っていた。



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