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1、お母さま、どうか私を見守ってください
しおりを挟むカザル公国の公女イレーナはこのたびドレグラン帝国の皇帝陛下に嫁いだ。
側妃として。
実際には人質である。
カザル公国が長きにわたり友好関係を築いていた国がドレグラン帝国に敗戦。
巻き添えを食らうところだったが、ドレグラン帝国から公女を差し出せば和平を結んでやろうと半ば脅しの提案をされ、小国のカザル公国が逆らえるはずもなく。
公女イレーナはカザル公国の民を守るため、自分の意思でドレグラン帝国へ嫁ぐことにしたのだ。
ドレグラン帝国の新しい皇帝は冷酷非道と有名だ。
子を産みさえすれば、役割は果たせるだろう。
どんな酷い待遇を受けようが、持ち前の強メンタルで乗り越えるつもりだ。
持前の強メンタルで……。
イレーナは目の前の怪物を前に震え上がって固まった。
そして、うっかり口から本音がこぼれてしまう。
「こわっ……」
もちろん周囲には聞こえていないはずだ。
皇帝ヴァルクに初めて謁見し、その風格にイレーナは圧倒された。
長身でかつ鍛えられた身体、鋭い目つき、冷たい表情。
そして、臣下に対する冷たい口調。
噂どおりの男だったのである。
逆らえばすぐさま首が飛ぶことだろう。
周囲の人間も怯えているようだ。
イレーナは緊張ぎみに皇帝の顔を見つめる。
正直もう逃げ出したいくらい恐ろしい。
「公女イレーナ。お前は本日から俺の2番目の妻だ。自覚を持って行動せよ」
ずっしりと胸に響く低い声。
答えを間違えれば即処刑されそうな雰囲気だ。
しかし大丈夫。
イレーナはこの日のために何度も練習をしておいた。
「皇帝陛下のお心のままに」
イレーナは挨拶をおこない、深く頭を下げて言った。
つまり、すべてヴァルクの命令どおりに動くという意味である。
イレーナは自分が人質であることを自覚している。
だから、ヴァルクに何をされても背くことはできない。
「おもてを上げて顔をよく見せてみろ」
イレーナは緊張ぎみに顔を上げる。
ヴァルクの紅い瞳と視線が交わり、どきりと胸が高鳴る。
手のひらにじわりと汗が滲む。
イレーナはなんとか震えを止めて、いいと言われるまでヴァルクから目をそらさなかった。
けれど、ずっと威嚇するような目で見つめられてはそろそろ精神が限界だ。
「ふむ。なかなかいい面をしている」
ヴァルクはふっと笑みを浮かべた。
それにはイレーナも周囲の家臣たちも驚愕した。
「陛下が笑っていらっしゃる」
「この妃の顔が気に入られたのではないか?」
「この様子ならすぐに跡継ぎがお生まれになるだろう」
イレーナは複雑な心境になった。
皇帝の妻になるのだから、当たり前だが覚悟はしている。
しかし、未知のことなので緊張もする。
「イレーナ、今夜お前の寝屋へ行く」
ヴァルクはそう言って立ち上がり、さっさと立ち去ってしまった。
侍従たちも退室する。
残されたイレーナはドキドキしながら腰が抜けそうになるのを何とか堪えた。
「おおっ、陛下がさっそく妃と夜をお過ごしに」
「早くも皇子の誕生が楽しみでございますな」
ひそひそと話す家臣たちに囲まれて、イレーナはいたたまれない気持ちになった。
すると、侍女がイレーナに声をかけた。
「ではイレーナさま、参りましょう。お食事のあと湯浴みがあります」
そう言われて、イレーナはますます緊張した。
そして、心の中で叫ぶ。
(お母さま、どうか私を見守ってください)
イレーナ、18歳。初めて男と夜をともにする。
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