人質として嫁いだのに冷徹な皇帝陛下に溺愛されています

水川サキ

文字の大きさ
上 下
1 / 66

1、お母さま、どうか私を見守ってください

しおりを挟む

 カザル公国の公女イレーナはこのたびドレグラン帝国の皇帝陛下に嫁いだ。
 側妃として。
 
 実際には人質である。

 カザル公国が長きにわたり友好関係を築いていた国がドレグラン帝国に敗戦。
 巻き添えを食らうところだったが、ドレグラン帝国から公女を差し出せば和平を結んでやろうと半ば脅しの提案をされ、小国のカザル公国が逆らえるはずもなく。

 公女イレーナはカザル公国の民を守るため、自分の意思でドレグラン帝国へ嫁ぐことにしたのだ。
 

 ドレグラン帝国の新しい皇帝は冷酷非道と有名だ。
 子を産みさえすれば、役割は果たせるだろう。
 どんな酷い待遇を受けようが、持ち前の強メンタルで乗り越えるつもりだ。

 持前の強メンタルで……。


 イレーナは目の前の怪物を前に震え上がって固まった。
 そして、うっかり口から本音がこぼれてしまう。

 「こわっ……」

 もちろん周囲には聞こえていないはずだ。


 皇帝ヴァルクに初めて謁見し、その風格にイレーナは圧倒された。
 長身でかつ鍛えられた身体、鋭い目つき、冷たい表情。
 そして、臣下に対する冷たい口調。

 噂どおりの男だったのである。
 逆らえばすぐさま首が飛ぶことだろう。
 周囲の人間も怯えているようだ。
 イレーナは緊張ぎみに皇帝の顔を見つめる。
 正直もう逃げ出したいくらい恐ろしい。


「公女イレーナ。お前は本日から俺の2番目の妻だ。自覚を持って行動せよ」


 ずっしりと胸に響く低い声。
 答えを間違えれば即処刑されそうな雰囲気だ。
 しかし大丈夫。
 イレーナはこの日のために何度も練習をしておいた。


「皇帝陛下のお心のままに」


 イレーナは挨拶カーテシーをおこない、深く頭を下げて言った。
 つまり、すべてヴァルクの命令どおりに動くという意味である。
 イレーナは自分が人質であることを自覚している。
 だから、ヴァルクに何をされても背くことはできない。


「おもてを上げて顔をよく見せてみろ」


 イレーナは緊張ぎみに顔を上げる。
 ヴァルクの紅い瞳と視線が交わり、どきりと胸が高鳴る。
 手のひらにじわりと汗が滲む。
 イレーナはなんとか震えを止めて、いいと言われるまでヴァルクから目をそらさなかった。
 けれど、ずっと威嚇するような目で見つめられてはそろそろ精神メンタルが限界だ。


「ふむ。なかなかいいツラをしている」

 ヴァルクはふっと笑みを浮かべた。
 それにはイレーナも周囲の家臣たちも驚愕した。


「陛下が笑っていらっしゃる」
「この妃の顔が気に入られたのではないか?」
「この様子ならすぐに跡継ぎがお生まれになるだろう」

 イレーナは複雑な心境になった。
 皇帝の妻になるのだから、当たり前だが覚悟はしている。
 しかし、未知のことなので緊張もする。


「イレーナ、今夜お前の寝屋へ行く」

 ヴァルクはそう言って立ち上がり、さっさと立ち去ってしまった。
 侍従たちも退室する。
 残されたイレーナはドキドキしながら腰が抜けそうになるのを何とか堪えた。


「おおっ、陛下がさっそく妃と夜をお過ごしに」
「早くも皇子の誕生が楽しみでございますな」

 ひそひそと話す家臣たちに囲まれて、イレーナはいたたまれない気持ちになった。
 すると、侍女がイレーナに声をかけた。


「ではイレーナさま、参りましょう。お食事のあと湯浴みがあります」

 そう言われて、イレーナはますます緊張した。
 そして、心の中で叫ぶ。


(お母さま、どうか私を見守ってください)


 イレーナ、18歳。初めて男と夜をともにする。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?

桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。 だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。 「もう!どうしてなのよ!!」 クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!? 天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

王家に生まれたエリーザはまだ幼い頃に城の前に捨てられた。が、その結果こうして幸せになれたのかもしれない。

四季
恋愛
王家に生まれたエリーザはまだ幼い頃に城の前に捨てられた。

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。

辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。

処理中です...