1年後に離縁してほしいと言った旦那さまが離してくれません

水川サキ

文字の大きさ
上 下
22 / 22

22、1年後に幸せになりました

しおりを挟む

「約束の1年が来てしまいましたね、旦那さま」
 とアリアは静かにお茶を飲みながら言った。

「ああ、そうだね。あっという間だった」
 とフィリクスはテーブルを挟んだ向こう側でアリアの顔を見つめながら返した。

 本日はフィリクスとアリアの結婚記念日である。
 結婚式をした去年の今日、ふたりは1年後に離婚することを約束した。

 アリアはカップを静かに置いて、フィリクスをまっすぐ見つめた。


「さて、どういたしましょうか? 旦那さま」
「どうするも何も、僕は君と別れるつもりなんか毛頭ないよ」
「そうですか……」

 アリアが微妙な反応をしたので、フィリクスは急に慌てて立ち上がった。


「え? 君は別れたいのか? うそだろう? だって、こんなに仲良く暮らしているのに。この前だってふたりで隣国に旅行したじゃないか。君は楽しそうだったぞ。まさか、別れる前の最後の思い出にしようというのか? なぜだ? 僕に何か不満があるのかい? 何でも話してくれ。悪いところは直すから」

 あまりにも必死になって訴えてくるフィリクスに、アリアは罪悪感を覚えた。
 少しからかってみただけなのに、なんて真剣な顔をするのだろう。

 アリアがクスクス笑うと、フィリクスは呆気にとられて呆然と立ち尽くした。


「旦那さま、お座りになってください。お話がございます」
「え? ああ……別れ話なら聞きたくないのだが」
「違いますわ。私も離縁する気はございません。それに、もう別れたくても別れられない理由ができましたの」
「それは、どういうことだい?」

 アリアはにっこりと微笑んで、そっと自分のお腹に手を当てる。
 それを見たフィリクスは驚いた様子で身を乗り出した。


「アリア、お腹が痛いのかい? 何か悪いものでも食べたのだろうか」

 そばにいた数人の使用人たちが全員、ずるーっと転びそうになった。

「鈍感にも程があるわ」
 と侍女のユリアは呆れ顔になった。


「あははは。旦那さまは本当に、仕方のない人ですわ」

 アリアは声を出して笑う。
 フィリクスはしばし呆然としていたが、使用人たちがクスクス笑っているのを見て、それから侍女のユリアの呆れたような笑顔を見るとハッとした。
 フィリクスはアリアに駆け寄り、恐る恐るアリアのお腹に手を触れた。
 

「子がいるのかい?」
「そうですよ、旦那さま。あなたは父親になるのです」
「そ、そうか……すごいな。ぜんぜん、実感がわかない」
「それはそうでしょう。今知ったばかりなのですから」

 フィリクスは涙目になりながら、アリアをそっと抱きしめた。


「旦那さま?」
「ああ、今日はなんて素晴らしい結婚記念日だろう。アリア、僕は一生、君と子供を大切にしよう」
「ええ、そうしてください」
「今日は最良の日だな」
「その言葉は生まれた日に言ってくださいね」
「ああ、そうだ。気が早いな。君が無事にその日を迎えられるように、僕は全力で助けになろう」

 アリアはフィリクスの背中に腕をまわして、ふたりでそっと抱き合った。


「十分ですわ。旦那さまはいつも助けてくださるもの」

 アリアを窮屈な実家から救い出してくれただけでなく、これまで経験したことのない幸せを与えてくれたのだ。
 これから一体どんな幸せがあるというのか。これ以上、望むことはないほどなのに。
 フィリクスといると、贅沢になってしまう。



「まあ、おめでとう! 孫ができるのね!」
「アリア、素晴らしい。本当にありがとう!」

 義両親が部屋を訪れてさらに賑やかになった。
 彼らは涙ながらに祝いの言葉をアリアに告げ、フィリクスには「しっかりするんだぞ」と念を押していた。


 アトラーシュ侯爵家は笑顔に包まれている。

 本当は、実の両親に疎まれていたアリアは、自分に子育てができるとは到底思わなかった。
 両親と同じように接してしまって子供に辛い思いをさせてしまうのではないかと、身ごもってからずっと不安だった。

 しかし、夫と義両親の様子を見ると、それも杞憂だと思った。
 この人たちと一緒なら、実の両親のようなことにはならないだろうと。

 そして何より、素直で純粋な夫のフィリクスは、誰よりも何よりも我が子を愛するだろう。


「きっと、あなたと一緒にいると、私は一生幸せでしょうね」

 アリアはフィリクスにそう言った。
 すると、彼は笑顔で答える。


「僕も、君と一緒にいるとずっと幸せだ。これは勘違いなんかじゃないぞ」
「ふふっ、わかっていますわ」

 ふたりは手をつないでそっと寄り添った。


 こうして、偽りの夫婦は一生、本物の夫婦として過ごしたという。



〈 完 〉

しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

突然決められた婚約者は人気者だそうです。押し付けられたに違いないので断ってもらおうと思います。

橘ハルシ
恋愛
 ごくごく普通の伯爵令嬢リーディアに、突然、降って湧いた婚約話。相手は、騎士団長の叔父の部下。侍女に聞くと、どうやら社交界で超人気の男性らしい。こんな釣り合わない相手、絶対に叔父が権力を使って、無理強いしたに違いない!  リーディアは相手に遠慮なく断ってくれるよう頼みに騎士団へ乗り込むが、両親も叔父も相手のことを教えてくれなかったため、全く知らない相手を一人で探す羽目になる。  怪しい変装をして、騎士団内をうろついていたリーディアは一人の青年と出会い、そのまま一緒に婚約者候補を探すことに。  しかしその青年といるうちに、リーディアは彼に好意を抱いてしまう。 全21話(本編20話+番外編1話)です。

もうすぐ婚約破棄を宣告できるようになるから、あと少しだけ辛抱しておくれ。そう書かれた手紙が、婚約者から届きました

柚木ゆず
恋愛
《もうすぐアンナに婚約の破棄を宣告できるようになる。そうしたらいつでも会えるようになるから、あと少しだけ辛抱しておくれ》  最近お忙しく、めっきり会えなくなってしまった婚約者のロマニ様。そんなロマニ様から届いた私アンナへのお手紙には、そういった内容が記されていました。  そのため、詳しいお話を伺うべくレルザー侯爵邸に――ロマニ様のもとへ向かおうとしていた、そんな時でした。ロマニ様の双子の弟であるダヴィッド様が突然ご来訪され、予想だにしなかったことを仰られ始めたのでした。

おさななじみの次期公爵に「あなたを愛するつもりはない」と言われるままにしたら挙動不審です

あなはにす
恋愛
伯爵令嬢セリアは、侯爵に嫁いだ姉にマウントをとられる日々。会えなくなった幼馴染とのあたたかい日々を心に過ごしていた。ある日、婚活のための夜会に参加し、得意のピアノを披露すると、幼馴染と再会し、次の日には公爵の幼馴染に求婚されることに。しかし、幼馴染には「あなたを愛するつもりはない」と言われ、相手の提示するルーティーンをただただこなす日々が始まり……?

姉の身代わりで冷酷な若公爵様に嫁ぐことになりましたが、初夜にも来ない彼なのに「このままでは妻に嫌われる……」と私に語りかけてきます。

恋愛
姉の身代わりとして冷酷な獣と蔑称される公爵に嫁いだラシェル。 初夜には顔を出さず、干渉は必要ないと公爵に言われてしまうが、ある晩の日「姿を変えた」ラシェルはばったり酔った彼に遭遇する。 「このままでは、妻に嫌われる……」 本人、目の前にいますけど!?

皆さん、覚悟してくださいね?

柚木ゆず
恋愛
 わたしをイジメて、泣く姿を愉しんでいた皆さんへ。  さきほど偶然前世の記憶が蘇り、何もできずに怯えているわたしは居なくなったんですよ。  ……覚悟してね? これから『あたし』がたっぷり、お礼をさせてもらうから。  ※体調不良の影響でお返事ができないため、日曜日ごろ(24日ごろ)まで感想欄を閉じております。

成人したのであなたから卒業させていただきます。

ぽんぽこ狸
恋愛
 フィオナはデビュタント用に仕立てた可愛いドレスを婚約者であるメルヴィンに見せた。  すると彼は、とても怒った顔をしてフィオナのドレスを引き裂いた。  メルヴィンは自由に仕立てていいとは言ったが、それは流行にのっとった範囲でなのだから、こんなドレスは着させられないという事を言う。  しかしフィオナから見れば若い令嬢たちは皆愛らしい色合いのドレスに身を包んでいるし、彼の言葉に正当性を感じない。  それでも子供なのだから言う事を聞けと年上の彼に言われてしまうとこれ以上文句も言えない、そんな鬱屈とした気持ちを抱えていた。  そんな中、ある日、王宮でのお茶会で変わり者の王子に出会い、その素直な言葉に、フィオナの価値観はがらりと変わっていくのだった。  変わり者の王子と大人になりたい主人公のお話です。

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

恋人でいる意味が分からないので幼馴染に戻ろうとしたら‥‥

矢野りと
恋愛
婚約者も恋人もいない私を憐れんで、なぜか幼馴染の騎士が恋人のふりをしてくれることになった。 でも恋人のふりをして貰ってから、私を取り巻く状況は悪くなった気がする…。 周りからは『釣り合っていない』と言われるし、彼は私を庇うこともしてくれない。 ――あれっ? 私って恋人でいる意味あるかしら…。 *設定はゆるいです。

処理中です...