上 下
11 / 22

11、勘違いとはいえ自業自得だ【フィリクス視点】

しおりを挟む

 雪山で怪我をしたとき、メアリーが助けてくれた。
 あのときは寒さと恐怖で震えていたからか、メアリーが女神のような存在に思えた。

 彼女が困っているから支援しようと思った。
 彼女に会いにいくたびに、心の中が満たされた。
 彼女の笑顔を見ると、幸福感に包まれた。

 それらがすべて同情だったというのだろうか。
 メアリーに言わせればそうだ。
 だが、それだけではなかったと思っている。

 少なからず、好意はあったはずだ。
 今ではそれが真実の愛だったのかは、わからない。


 フィリクスはしばらく自分のことがよくわからなくなっていた。
 メアリーに恋人がいたという事実は驚くべきものだったが、彼女がそれで幸せなら身を引くべきだと思った。
 それが紳士たるものであり、相手のことを想っての行動だと自負している。

 しかし、ひとつだけわからないことがある。
 メアリーが最後に教えてくれた言葉の意味。


『本気になった相手に別の男がいたとしたら、あなたの胸の中は嫉妬の嵐に違いないわ』


 ケリーという男に対して戸惑いの気持ちはあったが、それ以外の感情はほぼなかった。
 嫉妬とは、一体どういう感情だろう。


 どちらにせよ、淡い恋は終わってしまったのだ。
 明日からはメアリーのことは忘れて、自分の責務を果たすだけだ。


「アリア、今日から一緒に寝ないか?」

 フィリクスは妻の寝室を訪れた。
 当然、アリアは驚いていた。


 「私たちは偽りの夫婦ですよ」

 当たり前だが、そのように言われた。
 何も反論はできない。
 自分からそのような関係を望んだのだから。

 黙っているとアリアが続けて言った。


「お相手の女性との行為に不満でもあって私で試してみようなどとお考えでしょうか?」

 フィリクスは驚愕し、同時に赤面して、慌てて反論した。


「そ、そんなことはない! 僕はまだ一度もそのような行為をしたことはないんだ!」

 自ら未経験であることを暴露してしまった。
 死にたくなるほど恥ずかしいとはこういうことを言うのか。

 しばらくお互いに言い合いをしていたが、やがてアリアがきっぱりと言い放った。


「旦那さま、私は愛のない行為はいたしません!」


 当然だ。
 フィリクスは新婚早々アリアを拒絶してしまったのだから。
 今さら夫婦生活をしようなどと言っても無理に決まっている。

 思いがけず、かなりショックを受けていることを自覚した。
 自業自得である。
 何も反論できない。


「そうだな。僕が悪かった。忘れてくれ。もう君と寝室をともにするなどとは言わないよ」

 そう言って、アリアの部屋を出ていった。
 誰もいない廊下にひとりで突っ立って、ひたすら深いため息を漏らす。


 自分はなんと愚かなことをしているのだろう。
 今さら妻の心を得ようなどと、虫のいい話だ。

 このまま約束どおり1年後に離縁するのが一番いい。
 しかし、どうしてこれほどの衝撃を受けているのだろうか。

 メアリーに振られてしまったときよりも、妻のアリアに振られたことのほうがショックが大きい。


 やはり、メアリーに言われたとおり、すべては勘違いだったのか。
 あれは愛情ではなく同情だったのか。

 では、アリアに対する気持ちは一体何だろう?


 フィリクスは成人して爵位を継承したにもかかわらず、まさか色恋沙汰でこれほど悩むことになるとは思わなかったのである。

 今、自分にできることは、誠心誠意、妻に尽くすことかもしれない。
 彼女が1年後に別れるという日まで。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

夫の妹に財産を勝手に使われているらしいので、第三王子に全財産を寄付してみた

今川幸乃
恋愛
ローザン公爵家の跡継ぎオリバーの元に嫁いだレイラは若くして父が死んだため、実家の財産をすでにある程度相続していた。 レイラとオリバーは穏やかな新婚生活を送っていたが、なぜかオリバーは妹のエミリーが欲しがるものを何でも買ってあげている。 不審に思ったレイラが調べてみると、何とオリバーはレイラの財産を勝手に売り払ってそのお金でエミリーの欲しいものを買っていた。 レイラは実家を継いだ兄に相談し、自分に敵対する者には容赦しない”冷血王子”と恐れられるクルス第三王子に全財産を寄付することにする。 それでもオリバーはレイラの財産でエミリーに物を買い与え続けたが、自分に寄付された財産を勝手に売り払われたクルスは激怒し…… ※短め

【完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る

金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。 ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの? お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。 ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。 少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。 どうしてくれるのよ。 ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ! 腹立つわ〜。 舞台は独自の世界です。 ご都合主義です。 緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。

【完結】僻地の修道院に入りたいので、断罪の場にしれーっと混ざってみました。

櫻野くるみ
恋愛
王太子による独裁で、貴族が息を潜めながら生きているある日。 夜会で王太子が勝手な言いがかりだけで3人の令嬢達に断罪を始めた。 ひっそりと空気になっていたテレサだったが、ふと気付く。 あれ?これって修道院に入れるチャンスなんじゃ? 子爵令嬢のテレサは、神父をしている初恋の相手の元へ行ける絶好の機会だととっさに考え、しれーっと断罪の列に加わり叫んだ。 「わたくしが代表して修道院へ参ります!」 野次馬から急に現れたテレサに、その場の全員が思った。 この娘、誰!? 王太子による恐怖政治の中、地味に生きてきた子爵令嬢のテレサが、初恋の元伯爵令息に会いたい一心で断罪劇に飛び込むお話。 主人公は猫を被っているだけでお転婆です。 完結しました。 小説家になろう様にも投稿しています。

幼馴染同士が両想いらしいので応援することにしたのに、なぜか彼の様子がおかしい

今川幸乃
恋愛
カーラ、ブライアン、キャシーの三人は皆中堅貴族の生まれで、年も近い幼馴染同士。 しかしある時カーラはたまたま、ブライアンがキャシーに告白し、二人が結ばれるのを見てしまった(と勘違いした)。 そのためカーラは自分は一歩引いて二人の仲を応援しようと決意する。 が、せっかくカーラが応援しているのになぜかブライアンの様子がおかしくて…… ※短め、軽め

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

夫から「余計なことをするな」と言われたので、後は自力で頑張ってください

今川幸乃
恋愛
アスカム公爵家の跡継ぎ、ベンの元に嫁入りしたアンナは、アスカム公爵から「息子を助けてやって欲しい」と頼まれていた。幼いころから政務についての教育を受けていたアンナはベンの手が回らないことや失敗をサポートするために様々な手助けを行っていた。 しかしベンは自分が何か失敗するたびにそれをアンナのせいだと思い込み、ついに「余計なことをするな」とアンナに宣言する。 ベンは周りの人がアンナばかりを称賛することにコンプレックスを抱えており、だんだん彼女を疎ましく思ってきていた。そしてアンナと違って何もしないクラリスという令嬢を愛するようになっていく。 しかしこれまでアンナがしていたことが全部ベンに回ってくると、次第にベンは首が回らなくなってくる。 最初は「これは何かの間違えだ」と思うベンだったが、次第にアンナのありがたみに気づき始めるのだった。 一方のアンナは空いた時間を楽しんでいたが、そこである出会いをする。

【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!

りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。 食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。 だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。 食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。 パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。 そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。 王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。 そんなの自分でしろ!!!!!

処理中です...