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6、旦那さまが急に甘くなった

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 アリアはふと思った。
 このままフィリクスを除いて義両親と3人で暮らしてもいいかもしれない。


 幼少期から散々、実の両親に冷たくされてきたアリアには、義両親の優しさが身に沁みた。
 こんなに与えてくれることなど、アリアの人生にはないと思っていた。
 甘やかされる喜びを、初めて知った。

 兄も妹もこんなふうに両親に甘やかされてきたのだろう。
 なるほど、これなら自堕落になるはずだ、とも思った。


 結婚当初、離婚したあとは自立してひとりで自由に生きるんだと粋がっていたが、この甘々な生活を体験すると離れがたくなる。


「いい人たちだけど、仕方ないよね」
 とアリアは自分に言い聞かせるように言う。

 だって肝心な夫がよその女を追いかけているのだから。
 しかも、離婚後はその女と再婚するだろうし、当たり前だが前妻の居場所などない。

 余計なことは考えず、今だけを楽しんでおこうと思った。



 ところが、それからひと月ほど経った頃。
 思いもよらないことが起こった。


「アリア、今日から一緒に寝ないか?」
「はっ!?」

 突然、夫のフィリクスから寝室をともにしようと言われたのだ。
 仰天したアリアは思わず聞き返した。


「ええっと……旦那さま、今なんて?」
「一緒に寝ようと言っているんだ」
「え? ちょっと何言ってるかわかんない」

 アリアは驚きすぎて、つい素の面が出てしまった。
 一方、フィリクスはそのことに気づかず、頬を赤くして照れている。


「い、いや……僕たちはほら、一応夫婦だから。その……夫婦としての営みなどを」
「いやいや、あなた私のこと好きじゃないですよね?」
「そ、それは……」
「他に好きな人がいるのでしょう?」
「まあ、そうなのだが……」

 もごもごと話すフィリクスに、アリアは呆れたような少々可愛いような、複雑な感情を抱いた。


「私たちは偽りの夫婦ですよ。営みは必要ありません。それとも何ですか、お相手の女性との行為に不満でもあって私で試してみようなどとお考えでしょうか?」
「そ、そんなことはない! 僕はまだ一度もそのような行為をしたことはないんだ!」
「へっ!?」

 突然の告白にアリアは言葉を失った。


 これはどう反応したらいいのだろうか。
 愛人とそういう関係になっていないということに突っ込むべきか、あるいは今までの人生でそういった行為をいたしたことがないということに突っ込むべきか。

 な、悩む……。


「あの、それは私たちに必要なことですか?」

 アリアはとりあえず冷静に訊ねてみた。
 そうしたら、フィリクスは赤面しながら小声で答える。


「き、君がもし……嫌でなければ」
「なるほど、それは愛人との関係の前に私で練習してみようということでしょうか?」
「そ、そのようなことではない」

 ますます真っ赤になるフィリクスを見ていたら、こっちまで恥ずかしくなってきた。


 だって仕方がないではないか。
 アリアとて、男性とそういった行為をしたことなど一度もないのだから。

 つまりあれか。
 お互いに未経験であるということか。


 アリアはしばし黙り、そして無理やり笑顔を作った。


「旦那さま、私は愛のない行為はいたしません!」

 フィリクスは呆気にとられ、そして俯いた。


 「そうだな。僕が悪かった。忘れてくれ。もう君と寝室をともにするなどとは言わないよ」

 意外とあっさり諦めてくれて、アリアは拍子抜けした。
 フィリクスが自分の部屋へと戻ったあと、アリアはしばらく呆然とした。


「え……今のは一体、何だったの?」

 ここで受け入れていれば、何かが変わったのだろうか。
 いや、変わったところでフィリクスがよその女に目を向けていることには変わらないし、アリアが離婚してこの家を出ていくことだって……。


 変わらない、はず。

 優しい義両親を思い浮かべて切なくなるが。


 よくわからないが、これでフィリクスは二度と寝室をともにしようなどとは言わないだろう。
 ある程度距離を保って上手く付き合っていくことにしよう。
 たった1年なのだから。


 そのように考えていたのだが、事態はさらにおかしな方向へ流れていく。



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