恐喝されている女の子を助けたら学校で有名な学園三大姫の一人でした

恋狸

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69話

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「さ、戦おうか」

「何、良い笑顔で拳構えてるんですか!? 逃げますよ!?」

「いやいや、せっかく戦えるチャンs……いや、戦うしかない状況になってしまったではないか」

「今、何言いかけた!?」

 くそっ、こいつボタン押したのわざとかよ!? 戦闘狂を発動するにしても今は止めて欲しかった……。
 前当主はすでに拳を握り、構えている。

 もちろん、戦わせる気はないため、無理やり引っ張って手筈通りにさせる。

「あ~~」

「ほら、行きますよっ!」

 なかなか力が強かったが、縛られて体力が落ちたお陰か、引っ張ることができた。
 前当主は情けない声をあげながら俺に引っ張られている。
 結局上手くいかないのかよ……。

 俺は前当主を引っ張り、牢屋へと入る。そのまま瞳さんが用意した紐型の梯子に前当主に登らせる。
 戦いたかったことを引きずっているのか少し渋ったが、お孫さんを危険に晒す気ですか? と言ったら俺をギンッと強く睨んでから渋々登っていった。

 世話がかかる老人だよ、まったく……。

「お祖父様……」

「おぉ、瞳……!」

 見つめあって再会を喜んでいる二人だが、あいにくと、そんなことをしてる時間はない。
 だから前にいる前当主のケツを蹴って急かせる。

「ほら、行きますよ」

「ぐほっ、なんか私の扱い雑じゃないか!?」

 気のせい気のせい、ボタンわざとに押したこと怒ってないよ。ホントダヨ。

 とにかく、そんな一悶着もあったが、とりあえずは来た道を素早く戻る。
 もう存在はバレているから、音をたてないように静かにする必要はない。

 下で侵入者だ! と騒いでいる『若草組』を見ながら、なるべく急いで匍匐前進で進む。

 全員がはぁはぁと息を切らせつつも、30分後に外に出ることができた。

「着いた!」

「急ぎましょう!」

「なあ、戦いを……」

「黙れ!」

 なおもぐちぐち文句を言っている前当主を一喝し、近くに止めてある車へと向かう。

「へい、発進!」

 乗り込むやいなや、ヤスが運転している六人乗りのバンが俺たち全員を乗せて勢いよく発進した。

 まだ外に出てることは疑われていないはず。これで、とりあえずは一安心だ。

「ふぅ、とりあえずは安心です」

「なんかドッと疲れたわ」

 肩を撫で下ろし疲れた様子の瞳さんは額に汗を流しつつ、そう言う。
 それは俺も同じだ。
 前当主がボタンを押した時なんて冷や汗が止まらなかった。
 非難の意を込めつつ、堂々と二人掛けの座席に一人で座り飄々としている前当主を睨む。

「……なんだ?」

「いえ」

 目ざとく視線に気がついた前当主は眉をひそめたが、今さら文句を言ったって後の祭りだ。
 静かにこの怒りは胸の内にしまっておこう。

「……ちょっと楽しかったな」

 前言撤回。やっぱ許さん。
 真顔でそんなことを宣う前当主に、俺のこめかみに青筋がたった。

「お祖父様も、もう年なんだからそういうことを言わないでください」

「いや、でもな……」

 こう会話を聞くと、祖父を優しくあやす孫に見えるけどな。
 
「そういえば、瞳さん。あの話をしなくていいんですか?」

「そうね……。今、話ちゃうわ」
 
 話というのは、偽前当主に出された許嫁の期限の話だ。前当主の人柄を見るに拒否されることは無さそうだが……。

 そして、瞳さんは前当主に話始める。
 話を進めると、無言で聞いていた前当主だが、どんどん怒りで顔が歪んでくる。

「ふはは、許さん……!」

 その瞬間、車の中で猛烈な怒気と威圧感が襲った。
 
「「ひぃぃ」」

 ヤスとヒデはそれに耐えきれず、ぶるぶると体を震わせている。おい、運転中なんだからしっかりしてくれよ。

 その威圧を浴びて何の反応も示さない俺をチラッと見て、ふんっ、と機嫌悪そうに鼻を鳴らし言った。

「とりあえず、瞳を許嫁に出すつもりはないさ。というか、形式上だ、ってあの馬鹿が言ったから狭山渚との許嫁も許した話だ。だから、私が帰ったら許嫁の話は無しにする」

 まあ、俺もそう思ったから許嫁は了承した。前当主が言うなら俺もやぶさかではない。
 しかし、瞳さんはその話を聞くと、一瞬赤くなった顔でチラッと俺を見た後に慌てた様子で捲し立てた。

「ま、待って。それはワタシがしたいことなの! 今の現状を変えるには彼が必要だわ。それに……わ、ワタシも彼を気に入ってるし……」

「だがな。こいつも男だぞ? 何かの拍子に襲われたらどうする!! 納得できない!」

 いや、俺の意思は? てか、襲うわけないでしょ。そんな信用ないんか。
 とはいえ、いきなり現れた男に孫娘を奪われた気分なんだろう。
 俺も前当主の立場だったら、こんな拒否をしなくても難色は示す。
 大事だからこそ認めたくないんだろう。

「で、でも。彼も納得してくれているわ! 当本人同士が良いって言ってるのよ!?」

 考え事をしていると、瞳さんがそんなことを言い出した。
 考えていったわけではないのか、ハッとした表情をした後に俺の事をおろおろと見ている。

「そうなのか……?」

 怒りから悪魔の形相に変わった前当主が俺の事をまるで親の仇のような目で見る。
 いや、いきなり何言ってんねん。

 ふと、瞳さんを見ると、慣れてない様子が丸わかりなウインクでお願いアピールをしている。
 
 だが、俺は前から言っている通りこの話を了承するつもりは欠片もない。
 許嫁の関係が必ずしも悪いと言っているわけではないが、お互いに望んでない関係は歪でおかしい。
 瞳さんも俺の事を好き、というのはあり得ない話だ。お互いの気持ちがない状況で利益が目的の関係は駄目、とハッキリ言える。
 
「俺は納得していません。前当主の言う通りにこの関係を破棄すべきと思っています」

 できるだけしっかりと意思を込めて。前当主と瞳さんを強く見据えてハッキリと意思表示をする。
 瞳さんは絶望と裏切られた、と言わんばかりの顔をする。さらには泣きそうな顔をしている。
 その顔に罪悪感を覚えたが、そうやって問題を先延ばしにしてずるずる進むのはもっと良くない。


「そうか、そうなのか。ふむ、それは嬉しい話だがな? でも……瞳のどこが不満なんだ!?」

 身を乗り出すように俺に近づいて、心なしかさっきよりも怒っている気がする。この人めんどくせぇ……。
 不満があるないの問題じゃないんだよ。
 だから、前当主にも瞳さんにも聞かせるつもりで俺の考えを話す。

「俺の持論ですが、そういう個人のプライベートな関係において、第三者が決めるのはおかしいと思います。利用し利用される関係は歪で上手くいきません」

「……」

 瞳さんは押し黙り、前当主はふむ、と少し考えている。

「だが、結婚はある意味契約だぞ? 例え打算ありきの結婚でも幸せになるパターンは数多くある」

 前当主の言っていることは最もだ。確かにそういう関係もある。
 でも、俺は高校一年生の臭い考えだ、と思われるかもしれない。
 でも、これは曲げるわけにはいかない。

「確かにそういう関係もあるかもしれないですね。でも、俺はそうなりたくないんです。それは……俺の両親ですから」

 そう吐露した事に瞳さんは目を剥いて驚き、前当主は知っていたのかなるほど、と理解を示した。

 ま、今は仲良しだけどな。昔の話だ。

「俺の両親はお互いの利益のために結婚しました。お互いに仕事柄忙しくて当然夫婦の時間を取ることも……いや、取ろうともしなかったです。でも、あることをきっかけに本気でお互いに恋をして、今はおしどり夫婦ですよ」

 俺は両親の姿を思い出して少し笑う。そのは、俺がどれだけ聞いてもはぐらかされてわからない。まあ、両親の恋愛事情を聞いてもあれだしな。

「だから、両親は俺にこう言います。『出会いから別れまで恋をしなさい。そのために全てを捨てることになっても』」

 さすがにそれは言い過ぎだとしても、的は射てる。
 だから、俺は理想の恋人、夫婦像は? と聞かれたらこう答える。

 進むべき未来に不安がないとき。

 と。
 お互いを想って、お互いを尊重し、二人で全てを乗り越える。
 そうした時に、不安なんてものは存在しない。そう在りたいとずっと思っている。
 両親からの影響も然り、この家柄が原因なのもある。


「だから、ずっと断り続けてたの……」

 この話をしたことで、瞳さんはスッとその顔に陰を落として申し訳なさそうな表情をする。
 断っていたことに納得したとともに今までしてきたことに、申し訳なさを感じたのだろう。
 でも、俺はそれが嫌だったわけじゃない。

「そんな顔をしないでください。瞳さんのようにあくまで俺の意思を尊重して無理やりに迫んなかったから、俺は信用することができたんです。尊敬することができたんです」

 少し言葉に力を込めて言う。
 だからこそ、ジジイが場を作って騙したことに俺は激しく怒った。
 ならば、瞳さんは被害者だ。この世界を変えようと全てを擲つ覚悟でいる瞳さんを怒れるものか。
 尊敬だ。素直に敬意を払える。
 
 すると、瞳さんはその深紅の眼から涙が一筋こぼれた。
 その涙に少し驚いていると、瞳さんはありがとう……、と呟いた。
 そして、こぼれた涙をグシグシと強引に拭うと力強い声で宣言した。

「渚……。……うんっ。わかったわ。今度は……! 渚から許嫁にしたい! と言ってくるまでワタシは頑張る! だからね……」

 覚悟しておいてよ?

 そう、思わずドキッとしてしまうほどに魅力的ないたずらな笑みを浮かべた。

 ……あれ? これ大して状況変わってなくないか?
 いや、まあ、元気になったし良い……のか? わかんなくなってきた……。

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