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68話

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Side 六道昌義

 諦めてたまるか。
 そう自分に言い聞かせて何週間が経っただろうか。
 薄暗くじめじめしていて、お世辞にも環境が良いとは言えぬ場所に閉じ込められて幾ばくか経つ。
 原因は不覚、としか言えない。
 私の愛する孫娘が『天笠』の若頭との許嫁が決まり、少し話した後だ。
 自室にて眠っている間に侵入した輩に私は眠らされ運ばれ今に至る。
 やつら──『若草組』はどうも最新のボイスチェンジャーとやらは持っているらしく、私の声と権力を日頃姿を見せないことが仇となり好き放題されている。
 殺すつもりはないのか、それとも遊ばれているだけか。最低限の食事は出され、生かされている状況になっている。こんな状況、生き恥だ。苦痛だ。
 
 しかし、私にはすることがある。どうにかして逃げ出さねばならない。

「諦めてたまるか」

 そう小さく呟いた時、私の元へと幸運が訪れた。


『聞こえてますか?』

 ふいに耳元で聴こえた言葉に一瞬ビクッと体が反応した。
 しかし、看守に妙な気配を悟られては困る。私はそんな気配を感じ取られぬよう、努める。

 聞いた声に聞き覚えはない。だが、このタイミングで何かが成されたということはおそらく助けだ。

 やっと来てくれたか、という小さな安堵とこの状況で助けれるのか、という不安が身体を包む。

 声を出さずにイヤホンから聴こえる言葉に耳を傾けると、話は衝撃的なものだった。

 まず、孫娘……瞳が助けに来ているということだ。こんな危険な場所にだ。
 しかも同行人は『天笠』の面々。

 しかも泣く泣く許嫁を許した『天笠』の若頭。
 正直……正直、『天笠』に助けられるのは百歩譲って良かった。
 だが、憎き孫娘の許嫁、狭山渚に助けられるのは屈辱だ。
 くっ、この一件が片付いた礼を言わねばならない。
 だけど、正直嫌だ!
 いや、だ。ふむふむ、その身をもってお礼をしてやることにしようか、クックックッ。

 そして、私はそんな考えも吹っ飛ぶ程の脱出作戦を聞いた。


☆☆☆


『─────というわけです。これをしてくれれば何とかできます』

 ヒデが考えた作戦は衝撃的なもので、前当主にとってそれを行うことはかなりの屈辱になる。
 だが、安全に助けるためにはそれしかない。

 さーて、いっちょやりますか!

 そして、作戦は開始された。
 ヒデが作戦開始の合図を前当主に送り、ここからだ。
   
 早速前当主は動いた。
 ガチャリと鎖の音が鳴る。その音に看守が振り返ると、屈辱に顔を赤くしながら前当主は言った。
 
「と、トイレに行きたいのだが」

「あ? 用足す時間はまだ先だろうが、我慢しろよ」
 
 看守の一人が高圧的な態度を取りながら否定する。
 しかし、これは予想してある。ここから先がいかに前当主が恥と外聞を捨て去れるかが勝負の鍵になる。

 そして、前当主は仕掛けた!

「も、漏れそうなんだ。このままだと漏れる! い、いいのか? この部屋にアンモニア臭が充満するぞ!」

 イメージ丸くずれな前当主。必死な表情で看守に叫ぶ。ああはなりなくないものだ……。
 前当主の豹変具合に目を剥いた看守たちだが、その必死さと、羞恥で紅くなってる顔を漏れそうなのを我慢してると思われたのか、許可が降りた。

「わ、わかった。良いだろう。動くなよ」

 鎖を移し変えられ、前当主と看守二人はトイレがあるだろう方向へと消えていった。

「……お祖父様のこんな痴態を見たくなかったわ……」

 瞳さんがなんか言ってるけど、無視だ無視! わぁぁぁ。作戦考えたのヒデだし? まあ、トイレをだしに使えば、と言ったのは俺だけど? まあ関係ないよね、あはは……。

 よし! 全て忘れて作戦続行!

「行ってきます!」

「ええ……」

 前当主の痴態を引きずっているのか少し気落ちした瞳さんだが、そんなことを言っていられる状況じゃない。
 俺は瞳さんに合図すると、前当主が閉じ込められていた部屋へと上からダイブした。

 さほど、高さはないので受け身を取る必要もなかった。
 そして、その反対側の看守が見張っていた部屋へと向かう。
 前当主を引き連れて行ったあとなので、牢に鍵はない。
 楽々と牢から出ると、配置されていた机の下に潜り込み待つ。

 あとは戻ってきたら前当主が肘鉄で一人を気絶させ、俺がもう一人は素早くスタンガンで気絶させるだけだ。

 色々とやらかしてるような気もするけど、もう今さらだよな、うん。

 兎にも角にも助け出すためには仕方ない。前当主が恥と外聞を見事に捨て去ったんだ。俺もやることやんなきゃな!

 ジッと機会を窺い、待つ。5分くらい経つと足音が聞こえ、看守を含めた三人が部屋に入る。

「ハッ!」

「グハッ」

 その瞬間、前当主が鎖に縛られている腕をフルに使い肘鉄を打つ。
 看守の一人は情けない声をあげ白目を剥いて気絶した。

 顛末まで見届ける前に俺は素早く動き、後ろからもう一人の看守の首にスタンガンを押し付ける。

「アババババ」

 アニメでの電撃喰らったあとみたいなセリフでそのまま気絶した。
 案外気絶って簡単なんだな。

「ふぅ……」

「助かったぞ──」

「とりあえず、そういうのは後です。逃げましょう」

 何かお礼のことばを言おうとした前当主を遮り、俺は看守の懐から鍵を探し出す。
 もちろん、鎖のだ。
 チャリンと金属同士がぶつかる音が響き、鍵を探し出すことに成功した。

「んっ、よし、と」

 カチャリと鍵が回る音が鳴り、鎖が解かれた。

「さて、どうする────っと失礼」

 鎖が解かれて少し安心したのか、ふらつき、机の上へと寄りかかるように倒れた。

 瞬間だ。

 ビィィッ! とけたたましく警報音のような音が響いた。

「え、なんで!?」

「なんだ!?」

 監視カメラのようなものもないことがわかっている。バレる原因が思い付かない……。

 すると、立ち上がった前当主が警報装置と書かれてあるボタンを押していた。

 ……あ。

「この野郎がよぉぉぉぉぉ!!」

 思わず敬語を忘れ、鬱憤を晴らすかのように叫んでいた。
 どうしろと!?
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