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5話

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 Side 白海花

 「~~!!」

 軽い千鳥足で家路に着いた私は、そのままふらふらとした足取りで家に帰った。
 への挨拶もそこそこに、半ば駆け足で、二階にある自室へと向かう。
 そしてドアを開け、そのままベッドにダイブ。

 ボフンという音ともに飛び込み、ベッドにうつ伏せになりながら叫ぶ。

 「恥ずかしい……か、か、か、カッコいいって言っちゃった……どうしよう……恥ずかしいよぉ」

 ベッドから足だけ出し、バタバタさせる。
 私は今日、彼に言ったことを頭の中で反芻させ、赤面する。

 気付く人もいると思うが、私は学校や外に行くときとは態度も話し方も違う。
 それには理由がある。

 いわば、自己防衛だ。
 中学生頃になった辺りで女の子らしい体つきにいち早くなった私は、多くの男の子に告白を受けた。

 内気だった私は、申し訳なさそうに全てを断るも、それが悪かった。
 即決で振らないと分かった私に対して、過剰ともいえるアプローチを仕掛けてきた。
 私が何かを持つ度に、

 『持ってあげる』

 だとか、

 『大変そうだね。手伝うよ』

 ならまだましだったが、

 『半分持つよ。お礼に今度どっか行かない?』

 とかも、あった。

 ふ ざ け る な、と思った。
 最初の二つはありがたいが、その回数が多すぎてうざったい。
 最後など論外だ。
 お礼がましいし、意味わからない。
 今思えば、中学生男子の精一杯のアプローチだったのだろうが、その当時の私はそんな風に感じることができなかった。

 それに男子のことだけならまだよかったが、当然それだけでは終わらず、女子からは嫉妬による攻撃が待っていた。

 調子に乗るな、とか八方美人でムカつく、だとか、シンプルにウザイとかが書いてある紙を下駄箱に入れてあったり。
 はたまたビッチだとか。これはよく意味がわからないけども。
 まだ良かったのは、体への直接的被害が無いこと。

 でも、当時中学生の私の心は深く傷ついた。
 どうすればいいか、と悩んだ結果はこの口調と性格だった。

 メリットは、攻撃してきた相手への徹底反撃による、イジメの中止と、男子避け。
 デメリットは、多くの敵を作ること、味方も離れていってしまうこと。

 傷ついた私に必要だったのは時間。
 普段困るデメリットでも当時の私は嬉しかった。
 効果はすぐに現れた。
 男子からは困惑と、幻滅。
 女子からは牽制と、蔑み。

 特に女子からはついに本性を現した、みたいなことを言われたが特に気にせずスルー。

 そして、中学生生活を何事もなく……いや、一つあったわね。
 まあ、普通に過ごしていった。

 唯一の誤算はこの性格が定着して、治らなかったことだ。



 私は軽く回想に浸りながら、彼……狭山渚について考える。

 「はぁ……なぎくんカッコよくなってたなぁ」

 ちなみにこの口調で話すのは、中学校での唯一の友達と家族だけだ。

 私は幼稚園から小学生まで、そして中学生の頃の二回、なぎくんに会っている。

 その二つの出会いは私の人生を変えてくれた。

 幼稚園の頃は、なぎくんとは同じ組だった。

 まだ、私の父が生きていた頃、私は『美原』を名乗っていた。
 今の白海は母の旧姓なのだ。
 私を捨てたこの名字には、なんの感慨も湧かないが。

 私は場に馴染むことが出来ずに一人ぼっちで過ごしていた。
 たまに誰かに誘われることもあったが、返事をしようとしても、緊張して声を出すことができなかった。
 しだいに私の周りからは人が消えていった。

 そんな時、なぎくんが現れた。

 「なんでいつも一人なんだ? 一緒に遊ぼうぜ!」

 不思議な少年だった。
 目付きが鋭く、園児達から怖がられていたが、一緒に遊ぶことでその壁を取り払い、その頃、園児たちの中心だった。
 周りの子は少し怖がっていたけれど、私はその目が嫌いではなかった。
 確かに鋭いけど、それは輪郭だけ。
 なぎくんの目はとても優しく、暖かかった。
 それにどこか大人びていた。

 そんな彼が差し伸べてくれた手を私は、取ることができなかった。
 本当は取りたかったのに。

 「あ、う、うぅ」

 また私は声を出せなかった。
 一緒に遊びたいと言いたかった。
 ……でも言えなかった。
 私はなぎくんもきっと、周りと同じく離れていくのだろうと思った。

 しかし違った。

 「あぁ、話すの苦手なんだろ? 無理しなくていいぞ? 返事は頷くか、首を振るかでいいから」

 なぎくんは私が喋ることが苦手ということを気付いていた。

 声が出せなかった私に、なぎくんはまた手を差し伸べてくれた。
 そして、彼はそのままニヤっとして再び聞いてくれた。

 「で、どうする? 遊ぶ? 遊ばない? 俺としては遊びたいなぁ」

 そして、チラッと見てくる。
 その仕草に私は堪えきれず笑った。

 「ふふっ」

 それが幼稚園での始めての笑いだった。

 「うん!」

 私は彼が言ってくれた通りに首を振らずに、しっかりと声で自分の思いを伝える。
 不思議とその声はすんなりと出た。

 「なんだよ、しっかり声出せるじゃん! よし! 行こうぜ!」

 私は彼の手を取って走る。
 その手はとても暖かかった。
 そこから私は笑顔が溢れた。

 そして私は気が付いた。
 なぎくんが好きだ、と。
 これが私の初恋だ。
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