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彼女と俺と告白
しおりを挟む何から話そう…。て言うか、何を話せば良いのか…。
渡した紅茶を開けたものの口をつける事無く見つめる彼女の表情は何となく曇って見える。
そんな彼女をチラチラと横目に見ながら、俺は穏やかじゃない心中を悟られまいと平然を装うのに必死だ。今にも口から飛び出しそうな心臓を飲み込む様に何度もソーダを流し込む─────。
鮮やかに打ち上がる花火を見ながら、言わないと決めていた自分の気持ちを思わず口走ってしまった。しかもなんだよ、“たぶん”って…。思い出すと恥ずかしすぎる。
でもそれで良かったのかも知れない。あの瞬間そう思ったから腹を括れた。
そばに居られれば良いなんて格好良いことを思ってはいたけど、結局意気地の無い自分を正当化していただけだし、彼女の隣にいて自然と出た言葉がそれだったならそれが俺の本心だと思う。
彼女の手を取ってしっかりと握った。隣りに立つゆっこさんに“亜弥さんと話あるんで行きます”と耳打ちをすると、驚く様子も無く“頑張れ!”と肩を叩かれた。
たった一言だったけど、それが妙に嬉しかった。
腹を括った──────、筈だったんだけどな…。
「ふっ……ふふふっ─────、」
突然彼女が吹き出して現実に引き戻される。そうだ、もう一度ちゃんと言うんだった。その為に連れ出したんだから。それを思い出してまた心臓が速くなる。
にしても、何で笑ってんだろう…。止まない笑い声につられる様に彼女へと視線を移した。
俺の目に映った彼女の横顔は暗がりでも相変わらず綺麗で、下を向いて口元を押さえながらクスクスと笑う姿に俺の心臓はゆっくりといつも通りの動きを取り戻していく。楽しそうなその笑顔にふわりと気持ちが温かくなって自然といつも通りの言葉が出た。
「え…、なんで吹いたんですか。」
“堪えようとしたんだけど…”と言いながらも笑い続けるからちゃんと喋れてないし…。本当に、呆れるくらい可愛い…。
「いや、そのゴクゴク…プハー、が妙にリズミカルでさ…。」
─────………。何がそんなに面白かったのか、俺には全然理解出来ない。相変わらずツボが分からん。意味不明。笑
いつもと変わらない悪態をついた。
「ほんとに失礼だからね。」
そう言って肩をすくめて笑っていた彼女がふわりと顔を上げた。目が合ってドキリとする。
大きな目を目一杯細めて本当に楽しそうに笑う彼女を見ながら俺の頭の中にじんわりと言葉が浮かぶ。
“好きです…。 たぶん…、ずっと…────。”
気持ちを止められず零れ落ちる様に好きだと言ってしまったあの場面を思い出した。
沢山の涙を溜めた瞳に無数の花火が映る彼女の横顔…。
泣き顔は見たく無いと思っていたのにあまりに綺麗で見惚れてしまった。
今、目の前にある彼女の笑顔があの瞬間と同じ様に俺の心臓を力強く抱き締めた…。
あぁ、言わなきゃ…。何故か強くそう思った────。
「好きです。俺、亜弥さんのこと。」
俺を見て笑っていた彼女の顔から一瞬で笑顔が消える。大きな目を更に大きくして固まる表情…、でも次の瞬間には呆れた様な…困った様な笑顔を作って視線を落とした。
「今の…───、さっきのも………、それは何?」
好きだから好きだと言った。俺にそれ以外の答えは思い付かなかった。
「…………………。そのままの意味です。」
“なにそれ”と言いながら肩をすくめて顔を上げた彼女。眉間に少ししわを寄せた表情と明るい声がやけにちぐはぐで困っている事は容易に想像出来た。
でも、そんな事は初めから分かっていた。俺の気持ちは必ず彼女を困らせる。意気地が無いなんて理由だけで好きだと言わなかった訳じゃ無い。
でも、もう今さら引けない─────。
「彼女……、いるじゃない。」
茶化すようにそう言った彼女にポカンとしてしまった。いや、恋人がいるのに他の人に好きだとか言う男なんて見た事が無い。どう考えても変な奴だよ、それは…。
「いませんよ。彼女なんて。」
「嘘ばっかり…。さおり……、さん。」
彼女は少し躊躇いながら沙織の名前を口にした。
「沙織は……─────、」
俺の記憶から消えかかっていた名前が突然出てきて、焦って言葉をつまらせてしまう。何故…沙織の名前が亜弥さんの口から? て言うか、何故あいつを俺の彼女だと思ったのか不思議でならない。
あいつの亜弥さんに対する行動や言動に怒りこそすれ、彼女だなんてとんでもない。確かに付き合っていた時期もあったけど、亜弥さんに出会ってしまった今はあいつの良かった所さえ思い出せないくらい。
一瞬、強気な沙織の笑顔を思い出して無性に腹が立った。
「何でも無いですよ。昔付き合っていたのは事実ですけど、今は違うんで。…て言うかもう関係無いんで。」
そう、あいつはもう俺には関係の無い人間だ。
「でも彼女、たぶん和也君の事好きだよ?」
彼女の真剣な横顔にその理由を全く理解出来ない。何を根拠にそんな馬鹿げた話を…。
仮に沙織が俺の事を好きだったとして、そんなのは俺に関係の無い事だし、それにあいつの中で“好きな相手にとる態度”があれで良いと思っているなら頭がおかしい。
「でもそれ、俺には関係無いんで。それに沙織にはちゃんと言いましたから。好きな人がいるって。」
とてつもない勘違いをしている彼女に強い口調でそう言った。
“私の事、女友達だって言ったじゃない…。”
切ない声で静かにそう言った彼女は空を見上げたまま唇をキュッと結んだ様に見えた。外灯の明かりに照らされた瞳が微かに揺らいで、分からないけど何となく…、胸が痛む。ゆっくりと地面に目を落としながら自分が何度も彼女に言った言葉を思い出す。
友達だって言うしか無かった。そう思おうと必死だった。
けれど本当に思えた事は無かった。寧ろ出会ってからただの一度も思った事は無い。そう思えたらどんなに良かったか…。溢れそうな気持ちを何とか押し込める為に自分に言い聞かせていただけだ。
恋人がいる彼女を困らせたく無い、それでもそばに居たい…。口にしていればいつか本当に友達になれて、またしょうもない事で笑い会える俺達に戻れると思いたかった。俺のなけなしの覚悟…のような言葉だったのかも知れない。
去年の暮に偶然見てしまった彼女と佐々木さん。大勢の人が行き交う駅前で嬉しそうに抱き合う二人の姿は今もはっきりと思い出せてしまう。あんなに気持ちが冷たくなる事があるなんて初めて知った…。
「知ってたんだ…。」
「まぁ、なんとなく。だから困らせたく無かったんです。」
「………─────。」
「だから、友達だって自分に言い聞かせれば一緒にいられるかなと。無理でしたけどね。」
もしかすると、あの時から分かっていたのかも知れない。
自分の気持ちが届かない事も、それでも忘れられない事も、
いつか必ず…、好きだと言ってしまう事も─────。
そんな事、今更の後付けで苦しい言い訳。馬鹿みたいな自分に呆れて笑える。でもあの笑顔、俺が彼女にさせたかったな…。
今まで何度も見てきた亜弥さんの笑顔。大口をあけて目一杯目を細めて本当に幸せそうに笑うんだもんな。そんな彼女をずっと隣で見ている事が俺の望みだった…。
─────────……そうだよ。
今までもこれからも、ずっとそれだけなんだよ。
大きな深呼吸を一度だけして立ち上がった。自分の中で究極の答えが出た気がした。
「でも二人をどうこうしたいとか…、多分俺、思って無いんで。」
彼女の方を振り返って笑ってみせる。
「え…、なにそれ。ちょっと待って…、よく分かんない。」
目をまあるくして、ポカンと口を開けてこっちを見ている彼女に思わず吹き出してしまった。
「いや、笑ってないでよ。真剣な話…してた気がするんだけど。」
「してましたよ。」
「じゃあなんで和也君だけスッキリしてるの? 意味、分からない、おかしい…。」
……───鋭い。よく人に無表情だとか何考えてるのか分からないなんて言われるのに。この人はいつも俺の表情から気持ちを読むのが上手過ぎる。しかも何故か喋り方カタコトだし。それが可愛すぎて笑ってしまった。
でも確かに気持ちも頭も妙にスッキリしている。たぶん、自分がどうしたいのかがはっきり分かったから。
「ずっと、笑っててください。結局、俺はそれで十分なんで。」
彼女の目を真っ直ぐ見て伝える。これが好きよりも伝えたかった事かも知れない。たぶん俺、今ちゃんと笑えていると思う。
「和也君が好きだよ…。」
笑う俺を真っ直ぐ見つめ返す彼女の声がゆっくりと空気に乗る…。
何の前触れも無く放たれたその言葉は、力強く…そして確かに俺の鼓膜を揺らした──────。
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