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初詣のカステラ
しおりを挟む「亜弥さ~ん! 明けましておめでとうございまぁ~す♫」
ゆりりんは大きく手を振りながらこっちへ走って来る。
そんなゆりりんを正面で待ち構え、腕の中へ飛び込んで来た彼女をぎゅうっと抱き留める。
「明けましておめでと~!」
可愛すぎる彼女を抱きしめたまま体を揺らした。
「飲み会行けなくてごめんなさい~。寂しかったよぅ~。」
「私も会いたかったよ~。」
「ちょっと、お二人さん。恥ずかしいですよ、大の大人が。ゆりりん、飲み会じゃなくて、俺の誕生日会だから。そこ間違えないで。」
その言葉とは反対に、楽しそうに笑いながら後ろを歩いて来たのは幸平くん。
「あ、幸平君もおめでとー!」
ゆりりんと肩を組み、空いた方の手を広げて彼の元へ駆け寄る。
「わーい♫ おめでと~笑 〝ついで〟感が半端なぁ~い♫」
コートのポケットに入れていた両手を出して、ゆりりんの口調を真似ながら小走りで寄ってきた幸平君と三人で円陣を組む。
「って、何してるんだ俺ら…。恥ずかしいわ!」
年が明けて二日目。インフルエンザが全快したゆりりんの声かけで初詣に来た。お正月じゃ無くても人が多いこの神宮は、その三倍くらいごった返している。
参道には露店が並び、カステラの甘い匂いとイカ焼きやとうもろこしのタレの匂いが、お昼をきっちり食べてきたはずの私の食欲を唆る。
取り敢えず三人で参拝の長蛇の列に並ぶ。
私はちゃっかりカステラを持っていた。
「二人とも、お昼食べてきたんじゃ無かった? 太りますよ。」
「やだなぁ、幸平さん。これはおやつですよっ! お、や、つ♫」
「ゆりりん、さっき焼きそばも食べてたよね。一番説得力ないからね。笑」
ゆりりんと私が交互にカステラの袋をガサゴソする様子を見ていた幸平君は、そう言いながらもニヤニヤと手を差し出す。
〝食べたいんじゃん〟と、笑いながら出された手のひらにカステラを一つ乗せる。
「露店のカステラってさぁ……、」
「ん?」
「そんなめちゃくちゃ美味しい訳でも無いのに美味しいよね。」
「どっちなんだよ。」
前を向いたまま真顔でカステラを口に運び続ける私と、同じく真顔でツッコむ幸平君。
私たち三人、カステラをもぐもくしながら無言…笑
白く曇った空、太陽が出ていないせいで寒さは一段と強く感じる。
肩に力を入れて身震いすると、鼻を少し赤くしたゆりりんも隣で同じ動きをする。
ふと顔を見合わせて、〝寒いね〟なんて言い合う。
「私、温かい飲み物買ってきます。お二人も何か要ります?」
一緒に行くと言ったけど、大丈夫です、と笑ったゆりりんに幸平君が三人分のお金を渡した。
ヒラヒラと手を振ってこっちを見ながら走って行くゆりりんに〝前見て!〟と声を張る私。
「ゆりりん、本当危なっかしいなぁ。笑」
「それが、可愛らしいのですよ。世の男性諸君は笑」
幸平君は、彼女が走って行った方を見ながらニヤニヤと笑う。
「ですねぇ。羨ましい限りだよ。あ…、もしかして幸平君も?笑」
「んなわけっ!笑 可愛らしい女子、やっぱり憧れます?」
私の右肩を突く彼の指をパシッ、っと払う。
「うるさいなぁ。良いでしょ、可愛い子に憧れたって。て言うか、それ、遠回しに可愛くないって言ってるから。失礼だから。」
わざと冷たい目をして見せると、私が怒ってない事を知っている幸平君はあはは、と悪戯が成功した少年みたいな顔で笑う。
願わくば、ゆりりんみたいに生まれたかった。
小柄で可愛らしくて、にこにこ、ふわふわしていて。
物腰柔らかな物言いと無邪気な笑顔と仕草は、男の人が守りたくなる理想の女性そのものだと思う。
そのどれもが私には無くて、どう頑張ってもなれないものだと思うから…。
ゆりりんみたいだったら、今とは違った私だったのかな。
もっと上手く、人間関係も恋愛もこなせていたのかな……。
「ま、そんな事言っても仕方ないね。笑」
「……だね。笑」
「笑わないでよ。笑」
口を尖らせた私に、〝無い物ねだり〟と笑った幸平君は続ける。
「でも、ゆりりんは亜弥さんに憧れてますよ。」
前を向いたまま、寒そうに肩を竦めた彼。
「ゆりりんが…?」
「うん。凛としていて、気が利きく品のある大人の女性だって。二年後、自分が亜弥さんと同じ歳になった時、あんな素敵な女性になれてる気がしないって。」
「え……、シンプルに嬉しい…。」
自分が誰かにそんな風に思われているなんて考えもしなかった。
裏表の無いこの性格は気に入ってるけど、そのせいで女友達は少ないし男の人には軽く見られる事の方が多い。
高校生の頃、自分が可愛らしいとは程遠いと気付いた時、たまたま洋画で見たキャリアウーマンみたいになりたいと思った。
スラッと背が高くて、顔立ちがキツくて、男勝りだけど賢く上品な物言いと女性らしい仕草。
初対面では大抵の人に嫌われるけど、接して行くうちにみんなが彼女を好きになって、最後は完璧な男性と結婚する。
彼女が私の〝理想の女性〟だった。
安い話だと思うけど、今もその彼女を追いかけている気がする。
〝可愛らしくない〟事がコンプレックスなのは今も変わらないけど、なりたかった自分に少しでもなれてるのかと思うと嬉しかった。
「何ニヤニヤしてんの…。頬なんか押さえて。笑」
気味悪そうに苦笑いをした幸平くん。
「いやぁ…、嬉し過ぎて。これ以上ニヤニヤしないように止めてる。」
「亜弥さん、普通に気持ち悪い。」
「ちょっと何言ってるか分かんない。」
「─────…で、これは俺の感想。」
「何が?」
「明るくて優しくて…、美人なのに気取ってなくて笑顔が最高すぎて……────、」
「………、」
「……吐き気がする。」
こっちを見て真顔でそう言った彼に、私の口から出た言葉は─────、
「え…、貶してる?」
「超褒めてる。笑」
そう言って笑った幸平君は、私の頭にフワッと左手を乗せてから前を向き直した。
この間と同じ、眼鏡の向こうで弧を描く優しい目。この瞬間だけは本当に大人の笑顔で格好いいと思う。
「幸平君は、女の扱いに慣れ過ぎてて気持ち悪い。」
「え…、貶してる?笑」
「もちろん。」
「相変わらず辛辣。笑 本当はちょっとドキッとしたくせに。」
「ちょっと何言ってんのか分かんない。」
「出た…。それ、亜弥さんの口癖だなぁ。笑」
寒いからなのか、ズズッと鼻をすすりながら笑った彼のその言葉に、違う人の顔が浮かんで違う意味でドキッとしてしまう。
これは、違う…、何の脈絡も無く、ただ不意に思い出したから驚いた方の〝ドキッと〟。
〝ちょっと、何言ってんだか…〟
そう言って、前髪を触りながら俯いて少し照れたように笑う和也君の姿。
その仕草を幼くて可愛いなと思った自分を思い出して、微かに口角を上げる。
「何笑ってんの。」
「ごめん、思い出し笑い。」
「もしかして…、〝例の彼〟ですか?」
どうして分かったのか、ピタリと言い当ててしまう幸平君は凄い。
そう言えば、人の事よく見てるって言ってたな。
やっぱり社会人経験豊富な人生の先輩なんだと感心する。
「そ。彼の口癖、うつってたんだなぁって。」
「当たりか。嫌だね~。…で、亜弥さんの悩みはその後どうなりました?」
「別に何も。こないだも言ったけど、幸平君のおかげでスッキリしたの。その節は本当にありがとう。笑」
「そうですか。それはそれは。」
「そもそも、好きとかって感情があった訳じゃないから。いや、好きには違いないけど…。」
「〝友達として〟…ってヤツですか?」
「うんそれ。そもそも私、それ以外の好きとか分からない人種。」
「………──────。」
和也君とは出会いが出会いだったと思う。
旅行と言うイレギュラーな状況で出会って、二泊三日の旅で毎日朝から夜まで一緒にいた。
同じご飯を食べて同じ部屋に泊まり、二人で話もした。
本来、初めて会う人とあるはずの無い長い時間を過ごした。
ただ、それだけ─────。
彼の面白いと思うノリと笑いは私にも通じる所があったし、もしかすると性格自体が似てるのかも。
あまりにいろんな所が似過ぎていたから、普段なら何とも思わない事にまでドキドキして、その得体の知れない気持ちを勝手に恋愛に繋げて…。
彼の〝普通の優しさ〟を特別なんだと勘違いしてしまった。
だから、抱き締められた理由を一生懸命探して、予想とは違う結果に怒ったり悩んだりしていただけ……────。
「彼は優しい人だって言ったでしょ? わたしはそれを忘れてたの。みんなに優しい人だって事思い出して…、それで今までの事スッキリしたの。」
〝これだから男心の分からない人は…。〟
首を私とは反対に向けてため息をつくとのと一緒にそう言った幸平君の声は、やっぱり私には聞こえない。
「え?なんて?」
「……何でもないです。」
「嘘。今なんか言った。」
「独り言です。」
「ま、良いけど…。まぁ、そんな訳で幸平君には感謝してる訳よ!」
彼の左肩をポンっと叩いて笑って見せた。
〝そーですか〟と笑った彼の表情が何かを含んでいたように見えたから、本当に心配してくれていたんだと思うと純粋に嬉しかった。
「おそくなっちゃってすみません。自販機、すっごく並んでて…。」
小さいペットボトルのお茶と缶コーヒーを抱えたゆりりんが息を切らして戻って来た。
それから少しして、やっとたどり着いた賽銭箱の前。
三人で同時にお金を投げて思い切り手を叩く。
目を瞑って手を合わせ、深く深く頭を下げた。
私の願いはみんなが健康で幸せである事。
あわよくば、
誰かに恋が出来ますようにと──────。
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