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幼馴染みの恋と私の悩み
しおりを挟む〝私、彼氏が出来た。〟
友希の驚きの発言に、一瞬…自分が悩んでいた事を忘れる。
カフェのテラスに座る私とゆっこは、向かいでにんまりと幸せそうな顔をする友希の方へ同時に身を乗り出した。
綺麗にカールされたゆっこのモカブラウンの髪が大袈裟に揺れる。
「ちょっと待って!いつの間にっ⁉︎」
ゆっこは驚きと嬉しさの混じった表情で興奮気味に言う。
「この間の週末~♫ ナオ君がこっちに遊びに来てくれた時に。」
「うわぁ~…、いつの間にそんな事に…。う、羨ましい。」
友希とゆっこの会話を聞きながら──…、いや、あんまり頭には入って来なかったけど。
突然過ぎる報告…。まぁ、二人は絶対にうまくいくと思っていたし、大島君、どう見ても絶対友希の事好きだし。笑
夏の北海道旅行の後、友希はもう一度一人で北海道へ行っていた。
でもその時は何も無かったらしく、帰って来た彼女は〝好きって言われなかった…〟と、すごく落ち込んでいたから私は〝何やってんだよ、大島!〟と思っていた。
「良かったね、友希。おめでとう。」
そう言って笑った私に、彼女は〝ありがとう〟と、頬杖をついた両手を頬に当てて本当に幸せそうに微笑んだ。
「でもさ、北海道か…。遠いね…。」
目を伏せて少し寂しそうに言ったゆっこに、友希は変わらない笑顔で続ける。
「でもナオ君の職場、全国にあるからこっちに移動希望出してみるって!」
「うっそ…、大島君の行動力…。愛されてるなぁ~!」
配送トラックの〝飛脚〟のロゴが有名な大手配送会社に勤める大島君。
都心への移動希望は容易じゃないだろうけど、その行動力は本当…凄い。
「移動希望の理由、なんで書くんだろう…。恋人がいる為って書くの? 面白すぎるでしょっ!」
悪びれもせずニヤけた顔でそれを提出する大島君の姿を想像して、お腹を抱えて笑う私に二人の呆れた視線が注がれる。
「ほらまた…。意味分かんない事で笑う…。」
「ほんっとにね…。そう言えば、和也君もそうだったよ。笑いのツボ、かなり変わってた。」
「うそ…。和也君も変な人なの⁉︎」
「ゆっこちゃん、失礼すぎだよ。会った事もないのに。笑」
彼女達のそんな会話が聞こえて、笑いが止まる…。
思い出した…。ここ数日のモヤモヤした気持ち。
サイン会の打ち上げの後、一言も話さなかった彼を追いかけた。渡したい物があったから…。
じゃがポックルのお礼にと買っていた名刺入れ。郵便で送ろうか迷っていた時にサイン会の話を聞いたから、お祝いも兼ねて直接渡そうと思っていた。
でも彼と話せる機会は本当に無くて、ゆりりんと幸平君と座った端の席には次から次へと誰かしら話しかけに来た。
しかも…、何故か男の人ばかり…。
まぁ、男性比率の高かったあの打ち上げで、若くて小柄な可愛らしいゆりりんは目立っていたから仕方ない。
なんとなくその場を抜けづらくて、知らないおじさん達と盛り上がらない話を永遠とした。
気づけば打ち上げも終わってしまって、最後まで和也君に話しかけるタイミングを失ったまま、ゆりりんと駅までの道を歩き始める。
携帯を取り出そうと開いた鞄の中に箱が見えてハッとした。
ゆりりんに〝用事を思い出したから…〟と謝って、歩いて来た道を足早に戻った。
角を曲がると、空を見上げて立ち止まっている彼の後姿…。
伸ばしかけた手を慌てて引っ込めて名前を呼んだ。
無意味なスキンシップを嫌う和也君。
今日、無意識にハイタッチをしてしまった自分を後悔していた。
また…、嫌な思いをさせたんじゃないだろうか、と。
本の発売とサイン会の成功って言葉を足して、〝ストラップのお礼に…〟と渡したそのプレゼントを彼は黙って見ていた。
静かに顔を上げた無表情の彼と一瞬目が合った。
その無表情を崩さないままの彼が、私の腕をどうして引き寄せたかなんて考える暇もなく………、
私は和也君に抱き締められていた────。
「ちょっと……、何それ…。どう言う事っ⁉︎」
なぜそうなると言わんばかりに口を開いたゆっこと、状況が飲み込めずにポカンとする友希。
「いや…、聞きたいのは私の方…。」
湯気のたつティーカップを両手で握り、中の紅茶を見つめながらあの日の和也君の行動をもう一度考える…。
でも…、それでも答えは分からない───。
「……で、どうなったの…。」
「────…、走って帰った…。だってびっくりしちゃって…。」
〝え……、〟なんて声と一緒に二人の動きと表情が止まる。
その後、深いため息をついて椅子の背もたれに沿って体をのけ反らせたゆっこの言葉は、フワフワと風に乗って消えた。
「亜弥~、それは無いでしょ~。」
そんな事、私も十分過ぎるくらい分かっている。
アレは無かったな、と…。
でも、びっくりした私の気持ちも察してほしいよ。
酔っていたとは言え、急に抱きついてくるなんて和也君の行動とはとても思えなかったから…。
ただただ、驚くしかなくて…、慌てて両手で彼の体を力一杯押し返した。
何か言いたそうだった彼を待たずに踵を返して走り出してしまった。
「で、それ以来…、和也君から連絡は?」
黙って私の話を聞いていた友希は口を開いた。
「それなんだけど…、意外にも普通にメール来た。」
彼から送られてきたメールを携帯の画面に出して、二人の方へ向ける。
友希とゆっこは腰を上げて画面を覗き込んだ。
昨日、二週間ぶりに和也君からメールが届いた。
その普通過ぎる内容に私の気持ちは更に混乱…。
〝先日はありがとうございました。
あと、名刺入れも。
大事に使わせてもらいます。
次のイベントの手伝いも宜しく
お願いします。〟
「おぉ…。これはまた…、事務的。」
メールを読んだ友希は、椅子に座り直しながら〝笑っちゃいけないだろうけど、ごめん…〟と吹き出す。
「なんか私…、和也君が何考えてんのかまるで分からない…。あの人、人前で絶対お酒飲まない方が良い……。あんな酔い方、立ち悪すぎでしょ。しかも絶対覚えてないから。」
たぶん、彼はあの出来事を覚えていないんだろう。
覚えてるなら、気まずくて連絡出来ないか、一言謝って言い訳してくるかだと思う。
じゃなきゃ、こんな普通のメール送れる訳ない。
私の携帯を持ったまま座ったゆっこは、無言で画面を見つめ続ける。
「いくら酔ってるからって、アレは無いよ。こっちも動揺…、て言うか驚くの普通じゃん!」
「亜弥、人の事言えないけどね。笑」
ゆっこは〝ありがと…〟と、携帯を差し出しながら皮肉っぽく笑った。
「なんでよ…。」
「だって、亜弥もするじゃん。飲み会で初めて会う人に〝今日は楽しかったね~〟とか言って肩組んだりとかさ。まぁ、亜弥の場合は女の子にもするけど。」
口を尖らせる私にゆっこは続ける。
「しかも、それ以前にそう言うの慣れてるじゃん、亜弥は。笑 ノリ良くて、誰とでもすぐに距離を縮められてさ。ハグなんてし慣れてるし、され慣れてるじゃん。なのに和也君にだけそんな腹立てちゃってさ。」
揶揄うように笑ったゆっこに友希の顔が〝なぁるほど〟と、ニヤつく。
「確かにぃ~。笑 男の人に抱き締められたくらいでプリプリするなんて、亜弥ちゃんらしくなぁ~い。」
「ちょっ…、そんな怒ってなんかないよっ! 私はただっ…、ただ、酒癖の悪い人が酔ってああ言う事するのが嫌なだけっ!」
そう!そうだよ!確かに私は慣れてる方かも知れないけど、お酒の勢いで…、なんの感情も無いあんなの、私相手じゃ無くてもだいたいの人に失礼だよ!
…と、半ば強引に自分の考えを肯定してみる。
その言い訳…、妙な違和感でチクリと胸が痛んだ気がするけど、それも強引に無かった事にした。
「じゃあ…、もし和也君が酔ってなかったら…、それだったら良かったの? もし覚えていたら? それなら亜弥は怒らなかったって事なの?」
小さく〝よいしょ〟と言って、テーブルの下を見ながら足を組み替えたゆっこ。
その声は淡々としていて、なんか…問い詰められてる気分。
「だっ…、だから怒ってない! ゆっこ、それ誘導尋問!」
「あぁ、ごめんごめん。職業柄。笑」
「いや、弁護士がそのキツい感じ、絶対ダメでしょ。」
私とゆっこのやりとりを黙って見ていた友希はそう言って笑う。
昔から恐ろしく勉強が出来たゆっこ。
勉強だけじゃなくて、そもそもが賢い人。
〝ロースクール行きたくないから、大学出るまでに試験に合格する〟と言っていた彼女は、宣言通り大学在学中に予備試験に合格して、そのまま司法試験を突破。
大学を卒業と同時に法律事務所に就職した。
しかも、ロースクールに行きたくない理由が、〝時間の無駄〟だったから、頭の良い人の考えはよく分からないと思った。
「で、結局どっちなの? と言うか、亜弥は何がそんなに嫌だったの?」
割と童顔で可愛らしいゆっこはその柔らかい笑顔とは反対に、ぐいぐい答えを迫ってくる。
「そ、それは……────、」
本当は……、何がそんなに嫌だったのか私にもよく分からない。
抱き締められた事自体が嫌だったのか、それとも、酔った勢いだったからなのか…。
朝起きると覚えてもいない様な…、彼にとってその程度の事だったからなのか……────。
そもそも、〝嫌〟だと思っているのかさえ曖昧で……。
本当、私は何をそんなにモヤモヤしているんだろう……。
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