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また一年
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「ユーフェミア」
「はい、陛下」
「ユーフェミア」
「はい、陛下」
「ユーフェミア」
「はい」
「ユーフェミア」
「用件」
「あ、はい」
夜、二人でベッドに入ってクッションにもたれかかりながら本を読んでいるユーフェミアの気を引くことには成功したが、しつこいと笑顔で苛立った声色を放たれたトリスタンは落ち込みながらも隠していた一冊のスケッチブックを差し出した。
「……ああ……」
予算案にしてはまだ早く、かといって他に王から知らされることなどないはずだと不思議そうにスケッチブックを開くとドレスのデザインに溜息が出る。
「来年のパレードのドレスだ! 素敵だろう?」
「わたくしの意見を聞かずにドレスを用意されるおつもりですか?」
「うっ……」
ドレスは女が着るものであって男が着るものではない。できることならユーフェミアも自分でドレスを選びたいのに今までトリスタンが決めていたせいで自分で決めたことはなかった。
「で、でも君に似合うドレスは僕が一番知っているから……」
「そんなことより陛下、一つお願いしたいことがございます」
「そんなことより……んんっ、なんだ?」
「博物館を建てるのはいかがでしょう?」
「ハクブツカン?」
突然の提案に鼻水を垂らした何も考えていない子供のような様子になるトリスタンにユーフェミアはサイドテーブルに置いていたハンカチで出てもいないトリスタンの鼻水を拭く。
「今まで陛下がご用意くださったドレスを全て置いてあるのです。二十年前の結婚式のドレスからパレードやパーティーのドレスまで全部。これからも新調し続けるのであれば、衣裳部屋もいっぱいになりますし、捨てるなどもってのほかですから、博物館に展示するのはどうかなと思ったのです」
「それはいいな! あいててっ」
思った以上に大きな反応と声が返ってきたことにビクッと肩を跳ねさせるユーフェミアは思わずハンカチでトリスタンの鼻を摘まむ。
「ドレスや装飾品を飾って、外した絵画なんかも展示するのはいかがでしょう?」
「……結婚指輪は展示しないぞ」
「離婚したら展示してください」
「君は意地悪だな! 離婚は絶対にしないぞ!」
変わっていくのに時間はかかる。それでもトリスタンは必死に変わろうとしている。その思いが明確に伝わってくるほどに。愛人も切ってもらって離婚する理由がなくなった。それはユーフェミアが何よりも望んでいたこと。
安堵している今、新たなことをしたかった。自分たちが王族として民のためにできることを考えた結果、博物館が浮かんだ。
「で、話を戻すのだが──」
「ララ様の件、何かわかりましたか?」
パレードの話に戻したいトリスタンと話を逸らしたいユーフェミア。勝つのはいつもユーフェミアで、トリスタンはユーフェミアが満足してからでなければ話ができない。
もはやそれは二人の間で暗黙のルールと化している。
「いや、まだだ。調べさせているが、報告は上がっていない」
「そうですか」
「なに、心配するな。裏切り者には必ず死を与える」
「物騒なことをおっしゃらないでください」
「ははっ、冗談だ。だが、それなりの罰は受けてもらう」
国家機密を自国の人間に話すだけでも重罪だというのに、それを他国の人間に話してしまうのは重罪では済まされない話だ。その犯人はなんとしてでも見つけなければならない。
「ティーナはお元気ですか? もう、出産はしたのでしょうか?」
「ああ、どうだろうな。何も聞いていない」
「陛下……」
「この話はしない約束だぞ、ユーフェミア」
「はい、陛下」
ユーフェミアはティーナがどうなったのか相変わらず知らない。知っているのはトリスタンとブラッドリーだけで、彼に聞けばわかるのかもしれないが、彼はトリスタンの臣下であるためユーフェミアが聞いても頑なに断る可能性が高い。
ティーナはどこかで療養している。そこには監視員も配備していて、これからはずっとそこで暮らすとだけ聞いた。だから出産もそこでしたはず。
トリスタンは認めないと言うが、生まれてきた赤子は王家の血を引く者。ユーフェミアは少し気がかりだった。
「君は気にする必要はないのだ。何も心配するな」
心配しているのだろうユーフェミアを抱きしめたトリスタンは永遠に、と付け足そうとした口は声を出さないまま口を閉じ、小さな笑みを浮かべる。
ユーフェミアが知る必要はなく、知らせるつもりもない。真実はブラッドリーと自分だけが知っていればいいのだからと。
「あー、それで話は戻るのだが──」
「博物館を設置する場所は国民に聞きましょう。飾る物はわたくしがリストアップしてもよろしいですか?」
「ああ、かまわない。好きにしてくれ。とにかく僕は話を戻したい!」
トリスタンの胸を押して身体を離したユーフェミアが続ける内容に素早く了承するも我慢できないトリスタンは何度も布団を叩きながら抗議した。
「ふふっ、ふふふふふっ。すみません。どうぞ」
いつ爆発するのだろうと意地悪に待っていたユーフェミアはようやく望む姿が見られたことに吹き出すように笑いながら話の主導権をトリスタンに渡す。
「ドレス選びは僕も参加したい」
「わたくしの意見は?」
「もちろん取り入れよう」
「陛下の意見はなしという意見も?」
「そ、それはズルいぞ! それでは僕が参加したことにならないじゃないか!」
「当日まで内緒にしておいて、それで陛下をびっくりさせたいのです」
「可愛いことを言う……」
世界中探してもこれほど扱いやすい男はいないだろうと確信するユーフェミアはトリスタンの手を両手で握り、唇まで引き寄せ、トリスタンがしてくれたように手の甲へと口付ければ小首を傾げて真っ直ぐ見つめる。
それだけでトリスタンはゴクリと喉を鳴らして握り返す手に力が入る。
「よし、結婚二十一回目のパレードのドレスは君に任せよう」
「ありがとうございます」
ユーフェミアは一枚ずつスケッチブックを捲りながら感慨深くなった。
二十一回目のドレス候補だけで半分は埋まっている。一体いつからデザイナーと話し合っていたのか。
王妃が不妊であることを伝えてからトリスタンもユーフェミアも忙しくなった。今まではそれなりにしか届いていなかった国民からの文がたくさん届くようになったからだ。
国民への返事は王や王妃が直接書くわけではなく、専属の者が行う。それでも手紙に目を通すのは王と王妃の役目。今までならのんびりティータイムに使っていた時間も最近は手紙を読む時間へと変わり、のんびりした時間は過ごせていない。
王妃よりも公務が多い王はそれ以上に時間がないだろうに、その中でどうにかこうにか時間を作ってこうしてデザイナーと打ち合わせをしているのだと思うと嬉しくて笑みがこぼれる。
「気に入るデザインはあったか?」
「ふふっ、全て気に入ってしまいました」
「なら全部作るか!?」
「国費で?」
「バカな。僕の私財だ。今年の収入一年分を使ってもいい」
「それこそバカなお考えですよ、陛下」
「ふふっ、そうだな」
トリスタンも本気で言ったわけではない。ただ、自分がデザイナーに汗をかかせながら描かせたデザインを気に入ってくれたなら私財を使い果たしてでも用意したいと思っただけ。
ユーフェミアのためならそうすることさえ惜しくはない。
「あっという間の一年でしたね」
「去年の今頃の僕は君に離婚を突きつけられるなんて想像もしていなかった」
「想像ではなく愛人を抱いていましたものね」
「そ、それには理由があって……君もわかっているだろう?」
「理解はしています。くだらない理由でしたが」
「すまないと何百回も謝ったじゃないかユーフェミア~!」
顔を逸らして拗ねた顔を見せるもすぐに破顔する。
濃密、というには苦しいことがあった一年であったことは確かだが、それでも苦しみばかりではなかった。反省し、邁進する覚悟ができた一年でもあった。
理解できなかった相手を理解する機会が与えられ、愛する民に説明する機会も得、一歩前進した。彼の愛を知れたことはそれ以上に大きなことだった。
この一年、救われたのはトリスタンではなくユーフェミアのほうだ。
「来年はきっと色々変わる年になるだろうな」
トリスタンの言葉の意味をユーフェミアはわかっている。
今までの反省を踏まえて進む一年が今までと同じはずがない。これからはより良い王と王妃に。民に誇ってもらえる象徴にならなければならないのだから。
「きっと良い年になるはずです」
抱えていた問題が一つずつ解決され、ユーフェミアが抱えている問題は一つだけ。だがそれは自分が行動してもどうしようもないためトリスタンに任せることにしている。
二十一周年のパレードまでに解決することを願っているが、いつになるかもわからない。ただ待つことしかできないことが少しもどかしい。
それでも気落ちしているわけではない。
去年とは違う、新たな気持ちで迎えるパレードをユーフェミアは楽しみにしていた。
「雪解けが楽しみだな」
「そうですね」
外は積もるほど雪が降り続いている。部屋の中は暖炉のおかげで暖かく寒くはない。それでも二人はまるで互いの温もりを分け合うように寄り添って眠りについた。
「はい、陛下」
「ユーフェミア」
「はい、陛下」
「ユーフェミア」
「はい」
「ユーフェミア」
「用件」
「あ、はい」
夜、二人でベッドに入ってクッションにもたれかかりながら本を読んでいるユーフェミアの気を引くことには成功したが、しつこいと笑顔で苛立った声色を放たれたトリスタンは落ち込みながらも隠していた一冊のスケッチブックを差し出した。
「……ああ……」
予算案にしてはまだ早く、かといって他に王から知らされることなどないはずだと不思議そうにスケッチブックを開くとドレスのデザインに溜息が出る。
「来年のパレードのドレスだ! 素敵だろう?」
「わたくしの意見を聞かずにドレスを用意されるおつもりですか?」
「うっ……」
ドレスは女が着るものであって男が着るものではない。できることならユーフェミアも自分でドレスを選びたいのに今までトリスタンが決めていたせいで自分で決めたことはなかった。
「で、でも君に似合うドレスは僕が一番知っているから……」
「そんなことより陛下、一つお願いしたいことがございます」
「そんなことより……んんっ、なんだ?」
「博物館を建てるのはいかがでしょう?」
「ハクブツカン?」
突然の提案に鼻水を垂らした何も考えていない子供のような様子になるトリスタンにユーフェミアはサイドテーブルに置いていたハンカチで出てもいないトリスタンの鼻水を拭く。
「今まで陛下がご用意くださったドレスを全て置いてあるのです。二十年前の結婚式のドレスからパレードやパーティーのドレスまで全部。これからも新調し続けるのであれば、衣裳部屋もいっぱいになりますし、捨てるなどもってのほかですから、博物館に展示するのはどうかなと思ったのです」
「それはいいな! あいててっ」
思った以上に大きな反応と声が返ってきたことにビクッと肩を跳ねさせるユーフェミアは思わずハンカチでトリスタンの鼻を摘まむ。
「ドレスや装飾品を飾って、外した絵画なんかも展示するのはいかがでしょう?」
「……結婚指輪は展示しないぞ」
「離婚したら展示してください」
「君は意地悪だな! 離婚は絶対にしないぞ!」
変わっていくのに時間はかかる。それでもトリスタンは必死に変わろうとしている。その思いが明確に伝わってくるほどに。愛人も切ってもらって離婚する理由がなくなった。それはユーフェミアが何よりも望んでいたこと。
安堵している今、新たなことをしたかった。自分たちが王族として民のためにできることを考えた結果、博物館が浮かんだ。
「で、話を戻すのだが──」
「ララ様の件、何かわかりましたか?」
パレードの話に戻したいトリスタンと話を逸らしたいユーフェミア。勝つのはいつもユーフェミアで、トリスタンはユーフェミアが満足してからでなければ話ができない。
もはやそれは二人の間で暗黙のルールと化している。
「いや、まだだ。調べさせているが、報告は上がっていない」
「そうですか」
「なに、心配するな。裏切り者には必ず死を与える」
「物騒なことをおっしゃらないでください」
「ははっ、冗談だ。だが、それなりの罰は受けてもらう」
国家機密を自国の人間に話すだけでも重罪だというのに、それを他国の人間に話してしまうのは重罪では済まされない話だ。その犯人はなんとしてでも見つけなければならない。
「ティーナはお元気ですか? もう、出産はしたのでしょうか?」
「ああ、どうだろうな。何も聞いていない」
「陛下……」
「この話はしない約束だぞ、ユーフェミア」
「はい、陛下」
ユーフェミアはティーナがどうなったのか相変わらず知らない。知っているのはトリスタンとブラッドリーだけで、彼に聞けばわかるのかもしれないが、彼はトリスタンの臣下であるためユーフェミアが聞いても頑なに断る可能性が高い。
ティーナはどこかで療養している。そこには監視員も配備していて、これからはずっとそこで暮らすとだけ聞いた。だから出産もそこでしたはず。
トリスタンは認めないと言うが、生まれてきた赤子は王家の血を引く者。ユーフェミアは少し気がかりだった。
「君は気にする必要はないのだ。何も心配するな」
心配しているのだろうユーフェミアを抱きしめたトリスタンは永遠に、と付け足そうとした口は声を出さないまま口を閉じ、小さな笑みを浮かべる。
ユーフェミアが知る必要はなく、知らせるつもりもない。真実はブラッドリーと自分だけが知っていればいいのだからと。
「あー、それで話は戻るのだが──」
「博物館を設置する場所は国民に聞きましょう。飾る物はわたくしがリストアップしてもよろしいですか?」
「ああ、かまわない。好きにしてくれ。とにかく僕は話を戻したい!」
トリスタンの胸を押して身体を離したユーフェミアが続ける内容に素早く了承するも我慢できないトリスタンは何度も布団を叩きながら抗議した。
「ふふっ、ふふふふふっ。すみません。どうぞ」
いつ爆発するのだろうと意地悪に待っていたユーフェミアはようやく望む姿が見られたことに吹き出すように笑いながら話の主導権をトリスタンに渡す。
「ドレス選びは僕も参加したい」
「わたくしの意見は?」
「もちろん取り入れよう」
「陛下の意見はなしという意見も?」
「そ、それはズルいぞ! それでは僕が参加したことにならないじゃないか!」
「当日まで内緒にしておいて、それで陛下をびっくりさせたいのです」
「可愛いことを言う……」
世界中探してもこれほど扱いやすい男はいないだろうと確信するユーフェミアはトリスタンの手を両手で握り、唇まで引き寄せ、トリスタンがしてくれたように手の甲へと口付ければ小首を傾げて真っ直ぐ見つめる。
それだけでトリスタンはゴクリと喉を鳴らして握り返す手に力が入る。
「よし、結婚二十一回目のパレードのドレスは君に任せよう」
「ありがとうございます」
ユーフェミアは一枚ずつスケッチブックを捲りながら感慨深くなった。
二十一回目のドレス候補だけで半分は埋まっている。一体いつからデザイナーと話し合っていたのか。
王妃が不妊であることを伝えてからトリスタンもユーフェミアも忙しくなった。今まではそれなりにしか届いていなかった国民からの文がたくさん届くようになったからだ。
国民への返事は王や王妃が直接書くわけではなく、専属の者が行う。それでも手紙に目を通すのは王と王妃の役目。今までならのんびりティータイムに使っていた時間も最近は手紙を読む時間へと変わり、のんびりした時間は過ごせていない。
王妃よりも公務が多い王はそれ以上に時間がないだろうに、その中でどうにかこうにか時間を作ってこうしてデザイナーと打ち合わせをしているのだと思うと嬉しくて笑みがこぼれる。
「気に入るデザインはあったか?」
「ふふっ、全て気に入ってしまいました」
「なら全部作るか!?」
「国費で?」
「バカな。僕の私財だ。今年の収入一年分を使ってもいい」
「それこそバカなお考えですよ、陛下」
「ふふっ、そうだな」
トリスタンも本気で言ったわけではない。ただ、自分がデザイナーに汗をかかせながら描かせたデザインを気に入ってくれたなら私財を使い果たしてでも用意したいと思っただけ。
ユーフェミアのためならそうすることさえ惜しくはない。
「あっという間の一年でしたね」
「去年の今頃の僕は君に離婚を突きつけられるなんて想像もしていなかった」
「想像ではなく愛人を抱いていましたものね」
「そ、それには理由があって……君もわかっているだろう?」
「理解はしています。くだらない理由でしたが」
「すまないと何百回も謝ったじゃないかユーフェミア~!」
顔を逸らして拗ねた顔を見せるもすぐに破顔する。
濃密、というには苦しいことがあった一年であったことは確かだが、それでも苦しみばかりではなかった。反省し、邁進する覚悟ができた一年でもあった。
理解できなかった相手を理解する機会が与えられ、愛する民に説明する機会も得、一歩前進した。彼の愛を知れたことはそれ以上に大きなことだった。
この一年、救われたのはトリスタンではなくユーフェミアのほうだ。
「来年はきっと色々変わる年になるだろうな」
トリスタンの言葉の意味をユーフェミアはわかっている。
今までの反省を踏まえて進む一年が今までと同じはずがない。これからはより良い王と王妃に。民に誇ってもらえる象徴にならなければならないのだから。
「きっと良い年になるはずです」
抱えていた問題が一つずつ解決され、ユーフェミアが抱えている問題は一つだけ。だがそれは自分が行動してもどうしようもないためトリスタンに任せることにしている。
二十一周年のパレードまでに解決することを願っているが、いつになるかもわからない。ただ待つことしかできないことが少しもどかしい。
それでも気落ちしているわけではない。
去年とは違う、新たな気持ちで迎えるパレードをユーフェミアは楽しみにしていた。
「雪解けが楽しみだな」
「そうですね」
外は積もるほど雪が降り続いている。部屋の中は暖炉のおかげで暖かく寒くはない。それでも二人はまるで互いの温もりを分け合うように寄り添って眠りについた。
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