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「レオンハルト様!」
「ララ」
「怖いです。クライアはどうなってしまうのでしょう……」
戻ってきたレオンハルトに駆け寄るララが胸に飛び込んで怯えた子猫のように震える。
王妃であれば、クライアがどうなってしまうのかではなく、なぜ民が暴動を起こしてしまったのか考えるべきなのにララにはそんな考えは微塵もない。
「ララ、客人の前だ。控えろ」
「ユーフェミア様、こんな時にいらしたのですね」
「あなたその言い方──!」
ララの言い方にカッとなったシュライアをユーフェミアが腕を掴んで止める。
他国の王妃に対する言い方としてはありえないものの、こんな状況の中で礼儀を説いている場合ではない。
「ララ、下がっていろ」
「あの暴動についてお話されるのですよね? 私も参加します」
「いい。下がれ」
「私は王妃ですよ!」
「下がれと言っているんだ!!」
「ッ!?」
怒鳴られるとは思ってなかったララは驚きに目を見開き、その大きな瞳に涙を浮かべて走り去った。
レオンハルトからは既に怒りの感情は感じられず、無表情に近いまま応接間へと入っていく。
「レオンハルト王、ワガママを言って通していただき感謝いたします」
「いや……このような所まで足を運ばせて申し訳ない。シュライアがワガママを言ったのだろう。このような時間に押しかけて迷惑をかけた」
軽く頭を下げるレオンハルトにユーフェミアは驚きを隠せなかった。
なぜこんなに素直に謝罪を口にできる男が民の前であんな言い方をしたのか……。
「座ってくれ」
レオンハルトの言葉に豪華なソファーへと腰かけ、改めて身体を向ける。
「民のクーデターが軽い気持ちで行われたわけではないということは、おわかりですよね?」
「ああ……」
「離婚は個人問題ではあるといえど、国民にとっては母が変わる大きな問題です。わたくしはお話を聞いただけですし、内情を知らぬ身ですからこのような口出しに気分を害されるかもしれませんが、少しだけお許しください」
「構わない」
「シュライア様を廃妃にされてからララ様をお迎えするのに時間をかけなかったこと。これが第一に民の不安を招いたのではないでしょうか?」
クライアの民はシュライアを慕っていた。それはあの涙と言葉で痛いほど伝わってきた。
あの姿はユーフェミアが離婚に踏みきれなかった理由の一つでもあった。
自分は離婚してしまえば終わりだが、そこで生き続ける国民は違う。世継ぎもいない、母もいないのでは不安になるだろう。自分がいなくなったあと、トリスタンが今と変わらない調子で良き王を演じ続けられるかも不安だった。平和を謳ってきたアステリアを彼の代で崩壊させるわけにはいかないという気持ちもあった。
もし、トリスタンがレオンハルトと同じように国民の声に耳を傾けなくなったらアステリアは終わる。
他人事ではないのだと身につまされる思いだった。
「レオンハルト王はこの国を愛してらっしゃいますか?」
「もちろんだ」
「それを聞いて安心しました」
ユーフェミアの微笑みにレオンハルトは気まずそうに目を閉じる。
「他国のわたくしが口を出すべきことではありませんが、一つお聞きしてもよろしいですか?」
閉じていた目を開けたレオンハルトの瞳がユーフェミアの瞳をとらえた。
「この混乱を落ち着かせるために王としてできることはなんだと思いますか?」
まるで子供に問いかけるような優しい口調と声色にレオンハルトの強張っていた表情が少し落ち着いていく。
「……民の声に、耳を……傾ける……」
「そうです。武力ではなく、彼らの声に耳を傾けるのです。お城の中にいるのではなく、民の前に姿を見せて声を聞く。それはとても大切なことなのです」
「……トリスタン王はそうしていると?」
「はい。毎月の公務の中に必ず街を歩きながら民の声を聞く日を作っています。年に一度、ギルド代表を国会に招いて税の話し合いに加えます。小さなことではありますが、彼は自らの耳で聞くことが大事だと常々そう口にし、実行されています」
長い時間そうしているわけではないが、それでも民と話す時間を作っているトリスタンの行動はユーフェミアの誇りでもあった。
「民がいなければ国は成り立ちません。国あっての民ではなく、民あっての国だと心得ます。レオンハルト王もどうか、どうすればいいと声を上げる前に、民の声に耳を傾けてください。そして聞き入れられることは聞き入れてください」
「ララへの不満はどうすればいい?」
「それは使用人や教育係ではなく、夫であるあなたが変えていかなければならないことなのです。彼女を王妃として迎えたあなたに責任があります。あなたとて一人の人間。妻を持ちながら他の女性に恋をしてしまうこともあるでしょう。ですが、問題はそのあとです。落ち度のない王妃を突然廃妃にすれば誰だって戸惑います。説明があったところで到底納得することはなかったでしょう。ですが、不満を持たせないよう努力をすれば時間はかかるかもしれませんが国民たちは納得しようとしたはずです。あなたが王としての責任を果たさなかったことがこのクーデターの原因だと私は感じました」
ユーフェミアが放つ厳しい言葉にレオンハルトの眉が下がっていく。鋭いナイフのようだった瞳はいつの間にか弱弱しいものへと変わり、シュライアはその表情を見て呆れていた。
「俺は……トリスタン王のようにできない」
「陛下も最初から上手くできたわけではありません。わからない、どうすればいいんだと泣いて叫んで怒って暴れて……そんな子供っぽい王だったんです。できない、やりたくない、やらないと脱走することも多々あって。それでも落ち着いてお城に帰れば、彼は泣きながら仕事をこなしました。彼なりに王とは何か、と模索していたんです。そして最近、ようやく大人な王になりつつあるんですよ。二十年経ってようやく」
ユーフェミアの微笑みは慈愛に満ちていて、今までで会ってきたレオンハルトの記憶の中にはない笑顔だった。どこかはにかんでいるようにも見える笑顔にレオンハルトはまた目を閉じた。
「俺は、王に向いていないのだろうか?」
レオンハルトの自信なさげな声にユーフェミアは懐かしさに小さく吹き笑ってしまう。
「そう思うか?」
「すみません、そういうつもりではなくて。昔、陛下も同じことを言っていたんです。『僕は王の器じゃない』『皆が勝手に王と呼ぶだけだ』『王なんて向いてない』と毎日泣いては同じことを繰り返して……ふふっ、それでも二十年続けてきたんです」
「二十年……」
国際会議でトリスタンが言っていた言葉を思い出した。
『僕は二十年という時を王として生きている!』
それはトリスタンが王という立場に苦悩しながら生きてきたことへの誇りから出た言葉だったのだろう。
「わたくしたちは今でも立派な王や王妃と言ってもらえるような人間ではありません。自分たちの問題さえ上手く解決できなかったのですから」
「愛人問題か?」
「はい。向き合っているようで、二人とも別の場所を見ていた。つもりになっていただけで実際は向き合ってすらいなかったのです。わたくしに正直に話すこと、彼に本気で怒ること、問い詰めること……何もしてこなかったのです。でもそれでは何も解決しないのだと気付いたのは最近のこと。ですから、レオンハルト王もどうか、クライアを、民を愛しているのなら目を逸らさず、向き合ってください。シュライア様がおっしゃったように、ちゃんと向き合わなければ何も解決しないのです」
返事はなかった。黙り込んで拳を握りしめるレオンハルトが今の話をどう受けとったのかはわからないが、反論がないということはそれなりに届いたものがあったと信じたいユーフェミアはレオンハルトが強く握り拳を軽くトントンと叩く。
「一人で抱え込む必要はないのですよ? わからないことがあれば誰かに意見を求めてもいいのです。自分が信頼できる相手にどうすればいいと思う?と問いかければ皆、一緒に考えてくれますから」
「王が人に意見を仰ぐのか?」
「王とて人です。王だからと独断で決めるより、王だからこそ皆の意見が聞きたいと問うほうがいいと思うのです。わたくしは、そういう王のほうがずっと素敵だと思いますよ」
戦争では人に頼ることはできない。軍人として生きてきたレオンハルトは誰かに頼って生きるという生き方をしたことがなく、頼り方を知らない。
だが、知らないからとそのままにしていては変わることはできない。
『批判を受けてもそれもその人の意見だと受け止めればいい。全ての人に好かれる人間はいない。それは王妃であろうと変わらない。あなたを嫌いな国民は絶対にいる。それは酷いことではなく当たり前のことなのです。小さなことで怒っていては自分の精神が消耗するだけ。自分と違う人間が自分と違う意見を持っているのはごく自然なことだと受け止めなさい。あなたを王妃と認め、応援し、愛してくれる民を見て、愛し、生きるのです』
そう教えられたからユーフェミアはその言葉を胸に、軸に、人と接して生きてきた。
嫌な思いをすることもあった。それに泣くこともあった。だけど、引きずらなかったのはその言葉があったから。
レオンハルトも人の子であり人の親である。立派に生きようという心構えだけは持っているのではないかとユーフェミアはあくまでも提案として言葉にする。
「勝手だったかもしれませんが、シュライア様がおっしゃった議会を民にも参加してもらって、民の声を聞きませんか?」
「……そうだな」
「その場にシュライア様の同席を認めていただけますか?」
「……わかった」
国民はシュライアを求めている。その場にシュライアがいなければそれだけで不満が起こるだろう。今はこれ以上の不満を抱かせるわけにはいかないと判断し、頷いた。
「部外者が偉そうに語ってすみません」
「君は部外者じゃない」
「え?」
「いや、この場に来てくれたから……」
「同盟国ですから。陛下も許可を出してくれましたし」
ようやく顔を上げてくれたレオンハルトに笑顔を向けると少し唇を尖らせるレオンハルトが子供のように拗ねるトリスタンと重なって見え、思わず手を伸ばして頭を撫でた。
「ッ!?」
「あ、すみません! 陛下によくするものですから……!」
「いや、構わない。突然のことに驚いただけだ」
撫でられ慣れていないレオンハルトの心臓が異様に速く音を立てる。
「では、わたくしはこれで失礼いたします」
「え、帰るの!?」
「今日も公務がありますから。あとは、お二人で議会についてしっかりと話し合ってください。民が与えてくれた最初で最後の機会を台無しにしてしまわないようにお願いしますね。では、失礼いたします」
今から帰れば公務の時間に間に合うと時計を見て判断したユーフェミアは二人に仲良くするよう言ってドアへと向かうと
「トリスタン王に申し訳なかったと謝っておいてくれ」
「わかりました」
「直接謝罪にも向かうことも」
「お待ちしております」
自らドアを開けてくれたレオンハルトの言葉に頷いて城を後にした。
明るい空の下で見るクライアの状態はまだ暗かった空の下で見たものよりずっと凄惨なものだった。その光景に一度立ち止まって目を閉じる。
必死で訴えた者の思いに耳を傾けず無下にしたレオンハルトが変わらなければクライアに未来はない。それを今回のことで自覚してくれることを祈るしかないものの、問題はレオンハルトだけではなくララにもある。
たった一年で国民の不満となるララをなんとかしなければレオンハルトが変わっても意味はない。彼女は夫であるレオンハルトが変えなければならない。変えるか、切るか。
人は簡単には変えられない。だからこそ努力が必要。その努力の結果、何も変わらなかったのであれば切るしかない。それがレオンハルトにできるのか。
「正しい判断を──」
祈るように呟いたユーフェミアはエリオットと馬車で待機していた騎士たちと共にアステリアへと帰っていった。
「ララ」
「怖いです。クライアはどうなってしまうのでしょう……」
戻ってきたレオンハルトに駆け寄るララが胸に飛び込んで怯えた子猫のように震える。
王妃であれば、クライアがどうなってしまうのかではなく、なぜ民が暴動を起こしてしまったのか考えるべきなのにララにはそんな考えは微塵もない。
「ララ、客人の前だ。控えろ」
「ユーフェミア様、こんな時にいらしたのですね」
「あなたその言い方──!」
ララの言い方にカッとなったシュライアをユーフェミアが腕を掴んで止める。
他国の王妃に対する言い方としてはありえないものの、こんな状況の中で礼儀を説いている場合ではない。
「ララ、下がっていろ」
「あの暴動についてお話されるのですよね? 私も参加します」
「いい。下がれ」
「私は王妃ですよ!」
「下がれと言っているんだ!!」
「ッ!?」
怒鳴られるとは思ってなかったララは驚きに目を見開き、その大きな瞳に涙を浮かべて走り去った。
レオンハルトからは既に怒りの感情は感じられず、無表情に近いまま応接間へと入っていく。
「レオンハルト王、ワガママを言って通していただき感謝いたします」
「いや……このような所まで足を運ばせて申し訳ない。シュライアがワガママを言ったのだろう。このような時間に押しかけて迷惑をかけた」
軽く頭を下げるレオンハルトにユーフェミアは驚きを隠せなかった。
なぜこんなに素直に謝罪を口にできる男が民の前であんな言い方をしたのか……。
「座ってくれ」
レオンハルトの言葉に豪華なソファーへと腰かけ、改めて身体を向ける。
「民のクーデターが軽い気持ちで行われたわけではないということは、おわかりですよね?」
「ああ……」
「離婚は個人問題ではあるといえど、国民にとっては母が変わる大きな問題です。わたくしはお話を聞いただけですし、内情を知らぬ身ですからこのような口出しに気分を害されるかもしれませんが、少しだけお許しください」
「構わない」
「シュライア様を廃妃にされてからララ様をお迎えするのに時間をかけなかったこと。これが第一に民の不安を招いたのではないでしょうか?」
クライアの民はシュライアを慕っていた。それはあの涙と言葉で痛いほど伝わってきた。
あの姿はユーフェミアが離婚に踏みきれなかった理由の一つでもあった。
自分は離婚してしまえば終わりだが、そこで生き続ける国民は違う。世継ぎもいない、母もいないのでは不安になるだろう。自分がいなくなったあと、トリスタンが今と変わらない調子で良き王を演じ続けられるかも不安だった。平和を謳ってきたアステリアを彼の代で崩壊させるわけにはいかないという気持ちもあった。
もし、トリスタンがレオンハルトと同じように国民の声に耳を傾けなくなったらアステリアは終わる。
他人事ではないのだと身につまされる思いだった。
「レオンハルト王はこの国を愛してらっしゃいますか?」
「もちろんだ」
「それを聞いて安心しました」
ユーフェミアの微笑みにレオンハルトは気まずそうに目を閉じる。
「他国のわたくしが口を出すべきことではありませんが、一つお聞きしてもよろしいですか?」
閉じていた目を開けたレオンハルトの瞳がユーフェミアの瞳をとらえた。
「この混乱を落ち着かせるために王としてできることはなんだと思いますか?」
まるで子供に問いかけるような優しい口調と声色にレオンハルトの強張っていた表情が少し落ち着いていく。
「……民の声に、耳を……傾ける……」
「そうです。武力ではなく、彼らの声に耳を傾けるのです。お城の中にいるのではなく、民の前に姿を見せて声を聞く。それはとても大切なことなのです」
「……トリスタン王はそうしていると?」
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「民がいなければ国は成り立ちません。国あっての民ではなく、民あっての国だと心得ます。レオンハルト王もどうか、どうすればいいと声を上げる前に、民の声に耳を傾けてください。そして聞き入れられることは聞き入れてください」
「ララへの不満はどうすればいい?」
「それは使用人や教育係ではなく、夫であるあなたが変えていかなければならないことなのです。彼女を王妃として迎えたあなたに責任があります。あなたとて一人の人間。妻を持ちながら他の女性に恋をしてしまうこともあるでしょう。ですが、問題はそのあとです。落ち度のない王妃を突然廃妃にすれば誰だって戸惑います。説明があったところで到底納得することはなかったでしょう。ですが、不満を持たせないよう努力をすれば時間はかかるかもしれませんが国民たちは納得しようとしたはずです。あなたが王としての責任を果たさなかったことがこのクーデターの原因だと私は感じました」
ユーフェミアが放つ厳しい言葉にレオンハルトの眉が下がっていく。鋭いナイフのようだった瞳はいつの間にか弱弱しいものへと変わり、シュライアはその表情を見て呆れていた。
「俺は……トリスタン王のようにできない」
「陛下も最初から上手くできたわけではありません。わからない、どうすればいいんだと泣いて叫んで怒って暴れて……そんな子供っぽい王だったんです。できない、やりたくない、やらないと脱走することも多々あって。それでも落ち着いてお城に帰れば、彼は泣きながら仕事をこなしました。彼なりに王とは何か、と模索していたんです。そして最近、ようやく大人な王になりつつあるんですよ。二十年経ってようやく」
ユーフェミアの微笑みは慈愛に満ちていて、今までで会ってきたレオンハルトの記憶の中にはない笑顔だった。どこかはにかんでいるようにも見える笑顔にレオンハルトはまた目を閉じた。
「俺は、王に向いていないのだろうか?」
レオンハルトの自信なさげな声にユーフェミアは懐かしさに小さく吹き笑ってしまう。
「そう思うか?」
「すみません、そういうつもりではなくて。昔、陛下も同じことを言っていたんです。『僕は王の器じゃない』『皆が勝手に王と呼ぶだけだ』『王なんて向いてない』と毎日泣いては同じことを繰り返して……ふふっ、それでも二十年続けてきたんです」
「二十年……」
国際会議でトリスタンが言っていた言葉を思い出した。
『僕は二十年という時を王として生きている!』
それはトリスタンが王という立場に苦悩しながら生きてきたことへの誇りから出た言葉だったのだろう。
「わたくしたちは今でも立派な王や王妃と言ってもらえるような人間ではありません。自分たちの問題さえ上手く解決できなかったのですから」
「愛人問題か?」
「はい。向き合っているようで、二人とも別の場所を見ていた。つもりになっていただけで実際は向き合ってすらいなかったのです。わたくしに正直に話すこと、彼に本気で怒ること、問い詰めること……何もしてこなかったのです。でもそれでは何も解決しないのだと気付いたのは最近のこと。ですから、レオンハルト王もどうか、クライアを、民を愛しているのなら目を逸らさず、向き合ってください。シュライア様がおっしゃったように、ちゃんと向き合わなければ何も解決しないのです」
返事はなかった。黙り込んで拳を握りしめるレオンハルトが今の話をどう受けとったのかはわからないが、反論がないということはそれなりに届いたものがあったと信じたいユーフェミアはレオンハルトが強く握り拳を軽くトントンと叩く。
「一人で抱え込む必要はないのですよ? わからないことがあれば誰かに意見を求めてもいいのです。自分が信頼できる相手にどうすればいいと思う?と問いかければ皆、一緒に考えてくれますから」
「王が人に意見を仰ぐのか?」
「王とて人です。王だからと独断で決めるより、王だからこそ皆の意見が聞きたいと問うほうがいいと思うのです。わたくしは、そういう王のほうがずっと素敵だと思いますよ」
戦争では人に頼ることはできない。軍人として生きてきたレオンハルトは誰かに頼って生きるという生き方をしたことがなく、頼り方を知らない。
だが、知らないからとそのままにしていては変わることはできない。
『批判を受けてもそれもその人の意見だと受け止めればいい。全ての人に好かれる人間はいない。それは王妃であろうと変わらない。あなたを嫌いな国民は絶対にいる。それは酷いことではなく当たり前のことなのです。小さなことで怒っていては自分の精神が消耗するだけ。自分と違う人間が自分と違う意見を持っているのはごく自然なことだと受け止めなさい。あなたを王妃と認め、応援し、愛してくれる民を見て、愛し、生きるのです』
そう教えられたからユーフェミアはその言葉を胸に、軸に、人と接して生きてきた。
嫌な思いをすることもあった。それに泣くこともあった。だけど、引きずらなかったのはその言葉があったから。
レオンハルトも人の子であり人の親である。立派に生きようという心構えだけは持っているのではないかとユーフェミアはあくまでも提案として言葉にする。
「勝手だったかもしれませんが、シュライア様がおっしゃった議会を民にも参加してもらって、民の声を聞きませんか?」
「……そうだな」
「その場にシュライア様の同席を認めていただけますか?」
「……わかった」
国民はシュライアを求めている。その場にシュライアがいなければそれだけで不満が起こるだろう。今はこれ以上の不満を抱かせるわけにはいかないと判断し、頷いた。
「部外者が偉そうに語ってすみません」
「君は部外者じゃない」
「え?」
「いや、この場に来てくれたから……」
「同盟国ですから。陛下も許可を出してくれましたし」
ようやく顔を上げてくれたレオンハルトに笑顔を向けると少し唇を尖らせるレオンハルトが子供のように拗ねるトリスタンと重なって見え、思わず手を伸ばして頭を撫でた。
「ッ!?」
「あ、すみません! 陛下によくするものですから……!」
「いや、構わない。突然のことに驚いただけだ」
撫でられ慣れていないレオンハルトの心臓が異様に速く音を立てる。
「では、わたくしはこれで失礼いたします」
「え、帰るの!?」
「今日も公務がありますから。あとは、お二人で議会についてしっかりと話し合ってください。民が与えてくれた最初で最後の機会を台無しにしてしまわないようにお願いしますね。では、失礼いたします」
今から帰れば公務の時間に間に合うと時計を見て判断したユーフェミアは二人に仲良くするよう言ってドアへと向かうと
「トリスタン王に申し訳なかったと謝っておいてくれ」
「わかりました」
「直接謝罪にも向かうことも」
「お待ちしております」
自らドアを開けてくれたレオンハルトの言葉に頷いて城を後にした。
明るい空の下で見るクライアの状態はまだ暗かった空の下で見たものよりずっと凄惨なものだった。その光景に一度立ち止まって目を閉じる。
必死で訴えた者の思いに耳を傾けず無下にしたレオンハルトが変わらなければクライアに未来はない。それを今回のことで自覚してくれることを祈るしかないものの、問題はレオンハルトだけではなくララにもある。
たった一年で国民の不満となるララをなんとかしなければレオンハルトが変わっても意味はない。彼女は夫であるレオンハルトが変えなければならない。変えるか、切るか。
人は簡単には変えられない。だからこそ努力が必要。その努力の結果、何も変わらなかったのであれば切るしかない。それがレオンハルトにできるのか。
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