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クーデター

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 何一つ変わらない穏やかな日常が一生続く保証はない。
 それを証明するかのように信じられないニュースが飛び込んできた。

「クライアが……」

 夜明け前、寝室のドアを叩く音と焦ったエリオットの声で目を覚ました二人は〝クライアでクーデター〟の言葉に飛び起き、慌ててドアを開け、エリオットを中に入れて情報を確認する。

「国境警備隊の情報によればクライアから黒煙が上がっており、クライアの衛兵からクーデター発生との報告を受けたようです!」
「そんな……!」
「いつか起きるのではないかと思っていたが……まさかこんなにも早いとは……」

 クライアで民の不満の声が上がっているとは聞いていた。それでも皆が皆、国を出ていけるほど裕福ではない。国を移動して新しい家を手に入れる資金もなければ働き口がすぐに見つかる保証もない。皆、自分の国でやっていくしかないためクーデターを起こすのを戸惑う。
 それでも一人ではできないことを二人、三人と同じ意志を持つ者が集まれば、最終的に「やってやる」と強気になる。国に対抗するだけの、それこそ国民の半分以上が集まれば政府など怖くないと思う可能性はあり、それを実行に移すのに時間は必要ない。勢いが落ちる前にと暴動を起こしたのだとすれば準備をしていなかった軍の制圧により、多くの国民が命を落とすことになる。

「おやすみ中、申し訳ありません。陛下、少しよろしいでしょうか?」
「入れ」

 既に情報を受けていたヴィクターはそれらをまとめた書類を手に部屋に入り、トリスタンはガウンを羽織ってテーブルに置かれた書類を確認する。

「王妃がララに変わってからまだ一年だぞ。レオンハルトは何をしているのだ!」

 シュライアが王妃だったときは民から不満が上がっているという情報は入ってこなかったのだが、ララに変わってからあっという間に不満が高まり、そして最悪の形で大爆発を起こしてしまった。
 少しの不満で簡単にクーデターなど起こりはしない。民はいつだって耐えている。民の気持ちを理解しない王の下で、我慢しながら生きている。
 まだ建国されたばかりの若き王が君臨するクリュスタリスでさえ不備だなんだとの不満も上がっていないのに、クライアで何かあったのか。

「ユーフェミア様! シュライア元王妃がお越しになっています!」
「通して!」

 まだ夜明け前だというのに既にメイド服に身を包んでいたラモーナが慌てて駆け込んできてはシュライアの来訪を伝える。
 ユーフェミアはガウンも羽織らずそのままの格好で玄関先まで迎えに行くと入り口で足踏みしながら待っているシュライアがいた。

「シュライア様!」
「ユーフェミア! クライアの話は聞いた!?」
「さきほど聞いたばかりです」
「どうしよう! どうすればいいの!?」
「落ち着いてください。とりあえず中へ」

 中に入ってシュライアが持っている情報とヴィクターが持ってきた情報を合わせようと背中に添えた手は振り払われ、涙を滲ませるシュライアが訴える。

「一緒にクライアに行ってほしいの!」
「シュライア様……」
「お願い! ユーフェミア! 私一人じゃ……行けないの……!」

 罪を犯して廃妃にされたわけではないためクライアに入国することは可能だ。シュライアは廃妃になったからと自分からクライアを遠ざけていたのだが、今はそうも言ってられない。自分が生まれ育った国なのだからこのまま知らないふりなどできないことはユーフェミアにもわかっている。
 ただ、怖いのだ。一人でクライアの状況を確認するのが。

「わかりました」
「ユーフェミア様! 陛下が心配なさいます!」
「大丈夫。エリオットは馬車の準備をして」
「お許しになるとは思えません」
「今の陛下なら大丈夫。理解してくださるわ。エリオット、急いでちょうだい」

 このままの服装では行けないのもあって一度部屋に戻って着替えるユーフェミアに気付いたトリスタンが心配の表情を向ける。

「行くのか?」
「行かせてくださいますか?」
「……傷一つ作らず帰ると約束してくれ」
「我が国の騎士は皆優秀ですから」
「そうだな。……そなたに神の加護があらんことを」
「ありがとうございます」

 いくら優秀であろうと戦争は無経験の者ばかり。他国の騎士に比べればアステリアの騎士など騎士にあらずと言われるかもしれない。戦争国であるクライアがもしこのクーデターに軍事圧をかけているのならアステリアの騎士などなんの役にも立たないだろう。
 剣の訓練を欠かさないエリオットとてどこまで役に立つかわからない。
 それでもトリスタンは以前のように頭ごなしにダメだと反対することはなく、ユーフェミアを強く抱きしめて祈りを捧げるように囁いてから身体を離した。

「引き際だけは違えるな」
「はい」

 クライアがダメなら見捨てろ。そう伝えるトリスタンに頷き、馬車に急いだ。

「シュライア様、これを」

 馬車に乗り込んでローブを渡すと心臓が異様に速く鳴る気持ち悪さに不安が大きくなる。
 ララが王妃に相応しくないことはわかっていた。シュライアを廃妃にしてララを王妃として迎えた選択が過ちだったことはレオンハルトも気付いているはず。それなのに国民の不安を解消できなかったのはレオンハルトが適切な対処をしてこなかったから。

「クライアから黒煙が上がっていると聞きました」
「既に暴動が始まっているらしいの」
「情報はどこから?」
「前にウチで会った子たちからよ。彼らはクライアから来てくれてるの。もうすぐ暴動が起こるって知らせも受けてたんだけど、レオンハルトの性格を知ってる国民ならそんなバカなことはしないと思ってたのに……!」

 軍が制圧すれば死者が出る。そうなれば国民の不満は膨れ上がるばかりで解消など不可能になってしまう。
 戦争を良しとする王が今更話を聞くはずがない。クライアの民はそれを知っているはずだと嘆くシュライアの背中を撫でるしかできないユーフェミアにとってもクライアの暴動の知らせはショックだった。

「きっとクライアの国民はシュライア様の帰りを待っていたのではないでしょうか?」
「廃妃になって戻った者はいないわ」
「それでも、待っていたんだと思います。だからシュライア様を廃妃にした王が許せなかった。新しい妻を迎えるためにシュライア様を廃妃にした王など許せるはずがないと」
「受け入れなきゃいけないことよ」
「そうですね。でもそんな簡単には受け入れられない。自分たちが愛したクライアを、そこに住まう民を愛してくれた王妃を蔑ろにした王の不甲斐なさに嘆き、怒り……悪化していくクライアに絶望した。それがこの結果なのかもしれません」
「そこでしか生きられないなら受け入れるしかない。命を懸けても変わらないことなんていくらでもあるのに……」

 国民を愛していたシュライアが廃妃になるのを受け入れたのは国民のため。レオンハルトが暴走して国民が傷つかないように受け入れたのに、それが逆効果になってしまった。
 平和なアステリアでは過去の歴史を遡っても戦争もクーデターも起こった記録がない。 それは王が立派だったからか、それとも国民が我慢してくれているだけなのかはわからないが、現クライアのように悲惨な瞬間を迎えたことは一度もなかった。
 トリスタンが暴走してしまえばいくら平和であろうとクーデターが起きる可能性はじゅうぶんにある。そうなればトリスタンはきっと上手く対処できないだろう。
 立派な王、というよりも、穏やかな国民だからアステリアは続いているのだとユーフェミアは思った。トリスタンはまだ、国民に対して横暴さを見せていないから暴動が起こらない。その一線を踏み越えていないだけなのだと。

「ユーフェミア様、クライアが見えました」
「ああっ……!」

 馬車が大きく揺れるほど全速力で飛ばして暫く経つと見えてきたクライアからは報告にあったとおり、黒煙が立ち上っている。それも一か所ではなくあちこちから上がっているのを見ると、小さなクーデターではない。囂々と燃え上がる火柱が被害の拡大を予想させる。

「ここからは徒歩で行きましょう」

 近くまで馬車を寄せるのは危険だと判断したエリオットに従い、二人はフードを深くまでかぶって歩きだす。
 近付けば近付くほど物が焼ける臭いが強くなる。焦げ臭い。煙たい。熱い。これが本当にクライアなのかと目を疑ってしまう光景がそこにある。

「銃声……?」

 耳を劈くほど勢いよく鳴る銃の連射音にユーフェミアの足が止まる。
 アステリアでは年に一度、パレードの時にしか銃は使わない。一斉に発砲される祝福の音としてしか認識していないユーフェミアにとってこの連射音はあまりにも不気味だった。
 何かに立ち向かうような雄々しい声と絶望を滲ませる悲鳴。抑圧するような怒声が二人の足を石にする。

「ッ!」
「シュライア様!?」

 国民たちの悲鳴に堪えきれず走りだしたシュライアを追いかけようとするも足が動かない。同行していた騎士たちに彼女を守るよう指示を出すことしかできなかった。
 悲鳴を上げながら逃げ惑い、門から外へ出る者たちの涙と恐怖に濡れた顔が目に焼きついていく。
 恐怖とショックに固まっていた足に力を入れて一歩踏み出す。

「行きましょう、エリオット」
「これ以上先に進むのは危険です!」
「エリオット、アステリアもいつこうなるかわかりません。民がどのような思いでこのような行動に出たのか、わたくしはこの目で見ておかなければなりません」
「ですが……」
「エリオット、お願い」

 無傷で帰ると約束した。傷ひとつだって許されないトリスタンとの約束。一人でも進む気はあれど、逃げ惑う民にぶつかって転びでもすればトリスタンは二度と外出の許可は出さないだろう。だから今はエリオットに頼むしかない。

「離れないでください」

 ユーフェミアに何かあればクビなどという軽い処遇では終わらない。きっと処刑されるだろう。そんなことが容易に想像がついてしまうほどトリスタンの愛が深いことをエリオットは知っている。
 ユーフェミア直々に指名を受けて専属となった自分が腰が引けていてどうすると拳を握った。ユーフェミアを守るように肩を抱き、身を屈めながら共にクライアへと入っていく。

「ひどい……なんてこと……」

 クライアは入り口から阿鼻叫喚の光景が広がっていた。地獄絵図。戦争を知らないユーフェミアでさえこの状況をそう呼んだ。
 火柱と黒煙が上がる時点で小さな攻撃ではないと思ってはいたが、これほどとも想像してはいなかった。
 居住区だった場所は瓦礫の山となり、中央広場にあった噴水は破壊され一面に水が広がり、それに足を滑らせて転ぶ民の多いこと。それを捕まえる軍服に身を包んだ兵士が銃を手に彼らに怒声を浴びせ、それでも逃げようとする者には銃を向ける。

「テロリストめ! こんなことをしてどうなるかわかっているんだろうな!?」

 自分たちは関係ないと叫び懇願する民を銃で叩き、地面に伏せさせる。子供が見ていようと配慮はない。攻撃する者も逃げる者も全て民。見分けがつかなくなっている兵士はこの状況をなんとかしようと躍起になっている。自分たちが殺されないために必死なのだ。
 
「やめなさい!!」

 親とはぐれて泣きじゃくる子供。我先に逃げようとする大人。諦めてまだ破壊されていない家の中から怯えながら外の様子を見守るだけの老人。
 クライアは確かに戦争大国ではあったが、こんな国ではなかった。自分が愛した国はもっと豊かで、民はもっと心優しい者たちだった。
 これ以上は見ていられないと駆け寄ったシュライアのローブが外れた。

「シュライア様!」
「シュライア様だ!」
「シュライア様……!」

 銃を向けられている男の前に立ちはだかったシュライアの顔が見えたことで逃げていた者たちの足が止まって声を上げる。

「シュライア様、戻ってきてくださったのですね!」
「シュライア様、助けてください! このままではクライアは崩壊してしまいます!」

 恐怖に染まっていた顔は安堵に変わり、それでもまだ色濃く残る絶望から多くの者たちが涙を流してシュライアの周りに集まり、救いを求める。
 自分が廃妃になって、クライアはどう変わってしまっていたのか想像もつかない。表面の情報しか集まらず、廃妃だからと見て見ぬふりをした結果がこれだと拳を握る。
 国民たちがクーデターを起こすほどの噴火と涙を見れば正しい政治が行われていなかったことは想像するまでもない。

「レオンハルトを呼びなさい」
「あ、あなたはもうこの国の王妃ではありません」
「いいから今すぐ呼びなさい!!」
「はっはい!」
「待て」

 シュライアの迫力に慌てて城内へと戻ろうとした兵士をよく知った顔が止めた。

「ブランドン少佐……」
「お久しぶりでございます、シュライア廃妃」

 挨拶は口にするが頭は下げない。元王妃といえど廃妃になった身であり、今はクライアの国民でもない相手に下げる頭は持っていないと思っているのが伝わってくる。

「レオンハルトを呼んで」
「あなたもよくご存じのはず。王は特別な方としかお会いしません」
「いいから呼びなさい」
「できません」
「ブランドン少佐!」

 シュライアがどれほど当時の威厳を見せようとクライアの王妃ではない女の命令を聞くつもりはないブランドンがそこを動くことはない。

「それならあなたに聞くわ、ブランドン少佐。これはなんのつもり? 国民に銃を突きつけるなんて何を考えてるの?」
「鎮圧のためには致し方ないこと」
「従わない者は地獄行にするのがクライアのやり方だと? いくら戦争に慣れている民でもこんなこと──」
「レオンハルト王のご命令です」
「ッ!?」

 軍が王の許可なく勝手に動くはずがない。ましてや少佐という立場でこれだけ多くの隊を動かせるはずがない。これだけの数が動いているということは王の許可が出たということ。
 レオンハルトがクーデター鎮圧のために武力行使に出るとは考えたくなかったが、可能性として浮上していただけにシュライアは唇を噛みしめる。

「もう一度だけ言うわ。レオンハルトをここに連れてきなさい」
「できません」
「じゃあ私も撃ち殺す?」
「それもできません」
「じゃあ中へ入るわ」
「シュライア廃妃! 勝手な真似は許されません!」

 罪を犯して廃妃になったわけではない以上、ブランドンはシュライアを無下に扱うこともできない。シュライアの立場はとても微妙なもので、シュライアもそれをわかっているから利用しようとしている。
 一般兵を押しのけて城内へ入ろうとするのをブランドンが前に立ちはだかって止めるが、シュライアはそれさえも押しのけようと彼の胸に手を押し当てて力を入れた。

「私を牢にぶち込むか、撃ち殺すか、レオンハルトを呼んでくるか。あなたにできるのはその三つのうちのどれかよ」
「シュライア廃妃、どうかご理解ください。クライアはもうあなたの国ではない。あなたはこの国の母ではないのです」

 その言葉がシュライアの胸をえぐる。
 わかっている。王妃でなくなれば国の母ではなくなる。どんなに国を、民を愛していようとクライアの母はララに変わったのだ。
 理解していたはずなのに、人から言われるとひどく胸が痛む。

「シュライア様、あなた様は今でもクライアの母です! 我々の母です! クライアの王妃はあなた様しかいないのです! お願いします! 戻ってきてください!」
「シュライア様!」
「どうか我々をお救いください!」

 地面に膝をついて祈るように手を組む国民たちがどういう顔をしているのかなぜ見ようともしないのか。自分が王でいられるのは誰のおかげかなぜ自覚しないのか。
 自分をこの国の王にしてくれた者たちにこんな顔をさせるレオンハルトが許せなかった。
 大きく息を吸ったシュライア様は腹に力を込めて一気に声を吐きだし

「レオンハルト! 今すぐここに出てきなさい!」

 城の中まで聞こえたであろう大声から一分も経たずにレオンハルトは外に出てきた。後ろに五人も護衛を引き連れて歩く様は王というより臆病者。
 シュライアはブランドンを押しのけるとそのまま早歩きでレオンハルトの前に行き、その勢いを乗せて思いきり頬をぶった。

「陛下!」
「下がれ」

 剣に手をかける騎士たちを言葉だけで下がらせるレオンハルトの強い目がシュライアに向けられる。

「王族でもないお前が俺に手を上げたことがどういうことか、わかっていないようだな」
「わかっていないのはあなたよ! なぜ叩かれたか考えなさい! なぜ民が怒っているのか、ちゃんと耳を傾けなさい! あなたが王でいられるのはなぜか、その足りない頭で必死に考えなさい!」

 年老いた両親に今更苦労させることになるかもしれないのは怖い。でも今はこの国を愛している者として立ち向かわなければならない。
 このままでは本当にクライアが崩壊してしまう。クライアという国がなくなってしまう。
 自分の生まれ故郷であり、王妃になった国。国民を愛し、国民に愛された大切な場所。それを愚かな王の愚行で崩壊させるわけにはいかなかった。

「王と呼ばれたいなら兵士を引き連れて小さな国でも建てて住めばいい! でもここはあなただけの国じゃないでしょ! どうして国民のことを考えないの! あなたは彼らを守る王なのよ!」

 覚悟があって引き継いだわけではない王位。だとしても引き継いだからには努力が必要だ。そこに胡坐をかいて鎮座していれば自分が死ぬまで安泰という保障はない。
 王になったからには全てを背負って生きなければならず、それを無視することはできないのに、レオンハルトはわかっていない。
 王は、王になった瞬間から死ぬまで王として生きる。
 それが宿命。

「不満があるなら出ていけばいい」

 シュライアの背後に立つ民たちの表情を見てもレオンハルトはまだ強気な態度を崩さない。
 王になるまでは軍に所属していた。厳格な態度で部下に命令していれば全て上手くいったことも王になればそんなやり方は通用しないというのに、レオンハルトは七年経ってもそれがわかっていなかった。

「クライアが好きだからこの国にいたいのに、どうしてそれがわからないの!」
「俺にどうしろと言うんだ!」

 まるで子供のような言い方にシュライアは絶望していた。
 いつからこんな人間だったのだろう。結婚した時からずっとこうだっただろうか?
 政治には関わらない王妃がほとんどの中、シュライアはレオンハルトの側近からずっと情報を得続け、対策を側近に伝えてはそれをレオンハルトにそっとアドバイスする形で伝えてもらっていた。
 実質、この国の政権を握っていたのはシュライアであってレオンハルトではない。
 だから、レオンハルトはシュライアがいなくなって自分が決断を下さなければならないとなったとき、何が正しいのかわからなくなってしまった。
 自分が正しいと思うことをすれば失敗する。何をしても民の反感を買い、祝福すべき王の愛さえも民は貶した。
 増長するばかりの苛立ち。軍とは違う。なぜ自分がこんなことを……そう思うようになった。
 そんな中起こったクーデター。民はテロリストと化し、国を崩壊させようとしている。それなのにシュライアが守っているのは国の王ではなく民。
 なぜテロリストを守るんだと睨みつけるレオンハルトの目を見るシュライアの眼差しは鋭かった。

「向き合いなさい。王として、ちゃんと国民と向き合うの。それができないなら、あなたが国を出ていきなさい」
「なに?」
「今のあなたは王に相応しい人間じゃない。なぜ民が自分の愛した国を壊そうとしているのかさえわからないなんて……残念だわ。破壊行為は確かにテロリストと同じかもしれない。だけど、訴え続けていた彼らの思いを無視したあなたにも責任があるのよ、レオンハルト。それに耳を傾けず、ただ上から武力で押さえつけるだけしかできないのなら……あなたは王を退くべきよ」

 意外にもレオンハルトからの反論はなかった。
 トリスタンが言うように、レオンハルトに王の素質はなく、その器は七年経っても基盤さえできていない。
 重要書類にサインをするだけなら息子にだってできる。だが王がすべきことはサインではなく、責任を背負うこと。国を未来永劫安泰させること。民の生活を守ること。他国に誇れる国を育てること。全て王が背負わなければならないことだ。
 貴族とも下町の者とも向き合って、何が最善なのかよく考えて決定を下さなければならないのに、レオンハルトにはそれができない。向き合ったのは酒場の娘との逢瀬時だけ。

「レオンハルト王……」
「ユーフェミア妃……お前、こんな状況の中、彼女をここまで連れてきたのか!」
「ええ……」
「お前こそ何を考えているんだ! 他国の王妃をここに連れてくるなど正気じゃない! お前一人で来られないのなら来るべきではないだろう!」
「あなたがしっかりしていれば──」
「民の前で言い争いなどおやめください!」

 今度はレオンハルトがシュライアを叱りだしたことに慌てて間に入ったユーフェミアに二人の口が閉じる。

「民の前で言い合いなどしてはなりません。王とは民を安心させるために姿を見せるのであって、醜い姿を晒して不安にさせるものではありません」

 感情的になったシュライアもだと背中に手を添えるとまた強く唇を噛みしめるシュライアだが、自分の感情を押し殺して民に振り向いたときには笑顔を浮かべていた。

「怖い思いをさせてごめんなさい。不安な思いをさせてごめんなさい。でも今日は、どうか皆の慈悲の心で怒りを抑えてほしいの。私を必要としてくれるのであれば、どうか、私の願いを聞いてください」
「ああっ、シュライア様そんなっ!」
「頭を上げてください!」

 深く頭を下げるシュライアに焦りを見せ、触れはしないがなんとか頭を上げさせようと必死だった。

「お、俺たちはシュライア様に戻ってきてほしいだけです!」
「シュライア様がいないクライアに未来はねぇです!」
「今の王妃は私たちのことなんて何も考えてくださらないのです!」
「王も、我々の言葉に耳を傾けてくださらないんです……!」

 次々に上がる声にレオンハルトは眉を寄せながらも反論や銃で強制的に黙らせようとはせず、この現実から目を背けるように顔を背けている。

「……後日、広場で議会を開きます」
「おい」
「レオンハルト王、これはクライアが得た最後のチャンスです。どうか、正しいご判断を」

 シュライアの言葉にレオンハルトは一度唇を噛みしめてから小さく頷いた。
 それを見ても彼らの表情から不安が消えることはなかったが、ぞろぞろと家へと戻っていく。

「レオンハルト王、中に……入れていただくわけにはいきませんか?」

 背中を向けて城内へと歩きだすレオンハルトを追って中に入っていくユーフェミアとシュライアの姿を上から面白くなさそうに見つめるララの姿があった。

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