愛人を切れないのなら離婚してくださいと言ったら子供のように駄々をこねられて困っています

永江寧々

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力になれること

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「陛下、ご到着されました」
「通してくれ」

 今日は特別な日。装いこそ普段と変わらないものの、二人の心臓は今にも飛び出してしまいそうなほど緊張していた。
 ドアの向こうから聞こえる二つの足音。出迎えるべく二人はソファーから立ち上がってドアが開くのを待っていた。

「お久しぶりです、トリスタン王」
「おお、ルーク。そなたの顔が見られて嬉しいぞ」
「ユーフェミア様、申し訳ございません。赴くと言ってくださいましたのに陛下がどうしても自分が向かうとおっしゃって……」
「とんでもない。本来ならこちらから伺うべきものを、遠路遥々ようこそお越しくださいました」

 自分たちがお願いに行くのだから自分たちから行くとトリスタンから言い出したときはユーフェミアも驚いた。国際会議に出席する途中、両親を乗せた馬車ごと崖から落ちた日以来、トリスタンはその道を通るのが怖くなってしまったと言っていた。それなのに自ら足を運ぶと言い出したのだ。
 クリュスタリスに向かうにはその道を通らなければならないのだが、震えて吐いてしまうトリスタンが行けるとは思っていなかったため、ルークが向かうと言っているとの返事を受け取ったときは申し訳なさはあったが、安堵もあった。

「どうぞ、おかけください」

 四人でソファーに腰かけると使用人たちがお茶の用意だけ手早く済ませて部屋は四人だけになった。

「不躾な内容を送ってしまい申し訳ない」
「とんでもない。私たちもそのことについて話していたのです」
「話していた?」

 トリスタンが首を傾げるとルークはリリアナと顔を合わせて微笑み合う。

「本当なら第一子を養子に迎えてもらっても構わないのですが、それでは周りの者が納得しないでしょうから、第二子を養子に迎えていただけたらと話していました」

 ルークたちとは反対に驚いた顔で顔を合わせるトリスタンとユーフェミア。

「クリュスタリスは長子制度にしようと思っているんです。絶対に男が王でなければならないわけではない。女王が君臨する国もあります。色々学んでいくうちに、長子制度を取っている国もあることを知りました。なので、クリュスタリスも長子制度にしようと思っています」

 それがどういう意味なのか、二人はすぐに理解した。

「リリアナはまだ十四で、私は十六です。互いに心身共に健康で、なんの問題もありません。ですから、もしお二人が受けてくださるのであれば第ニ子を養子に迎えていただけないでしょうか?」
「ぼ、僕たちには願ってもないことだ! そ、そのような提案をそなたらからしてもらえるとは……!」
「リリアナ様、本当によろしいのですか?」
「もちろんです。陛下がおっしゃったのですよ。王家にとって世継ぎがいないのは致命的で、国を揺るがす問題になる。子を産めと自分たちでさえ既にプレッシャーをかけられているのに、そんな中で二十年も子供ができない辛さは想像を絶すると。わたくしも、子供は早ければ早いほどいいとせっつかれています。気持ちは陛下と同じなのです。二十年もあんな風につつかれるなんて、わたくしだったら耐えられません。ユーフェミア様はもう、苦しみから解放されるべきです」

 リリアナの言葉にユーフェミアの目から大粒の涙がこぼれ落ちる。
 王妃の最大の仕事は国の内情を知ることではなく、世継ぎを残すこと。いくら仕事ができようと子供が産めなければ価値はない。ずっとそう言われてきた。
 国民の中にも世継ぎが生まれないことを不安視していた者は多いだろうとわかってはいるものの、国民のそんな声までは王宮には届かない。
 だが貴族は違う。会う機会もあり、そこで心配するふりをして責めてくる。この二十年間ずっと『世継ぎが産めない王妃など必要ない。お前は王妃に相応しくない』と遠回しに言われているように感じていた。
 そんな状況に耐えられたのはトリスタンの嘘があったから。その嘘のおかげでずっと自分のせいではないと思いこむことができていたから。
 十年前、もしトリスタンが本当のことを告げていたら耐えられなかったかもしれない。いや、きっと耐えられなかっただろう。トリスタンが自分を種無しだと公表してくれなければ逃げ出していたはず。
 この二十年で強くなった。それでも年齢的に不可能だと言われる歳になるまでずっとそう言われることを覚悟しなければならないと思っていた二人はまだ若い彼らに最後の希望としてまだ生まれていない子を養子として引き取る相談をさせてもらおうと思っていた。何子でも構わないからと。
 でも彼らは第二子をくれると言った。だが、それよりも嬉しかったのは第二子とかではなく、苦しみから解放しようと考えて言ってくれたこと。

「私どもにできることを考えた結果です。リリアナはユーフェミア妃にとても懐いていて、国でも『ユーフェミア様は今、何をしておられるのでしょうか』『ユーフェミア様とお話がしたい』とうわ言のように言っているらしく」
「へ、陛下!」
「侍女から聞いたぞ?」
「ユーフェミア様の前で言わなくてもいいじゃないですか!」
「悪いことじゃないだろう?」
「それはそうですが……ユーフェミア様に聞かれるのは恥ずかしいです……」

 顔を真っ赤にしながら頬を押さえるリリアナがなぜこんなに懐いてくれているのかユーフェミアにもわからない。特別なことは何もしていないのに、リリアナはいつも長い手紙をくれる。咲いたばかりの花を押し花にして、その日のクリュスタリスの香りだと愛らしい言葉をくれる。
 会ったのは世界会議が初めてだったのに、その日から送られてくるリリアナの手紙はユーフェミアの楽しみの一つでもあった。

「ユーフェミア様はリリアナの目標であり、心の支えなのです」

 支えられているのは自分のほうだとユーフェミアは首を振る。

「僕は、偉そうなことを言っているが、本当はそなたらに何かを教えられるような立派な人間ではないのだ。嘘つきで、傲慢で、ワガママで、きっとそなたよりもずっと幼稚な男だ。ユーフェミアは違う。立派な淑女であり、王妃であり、アステリアの母であり、僕の自慢の妻だ」

 自分という人間を振り返ると自分で誇れる部分など何一つ見つからなかったトリスタンは、ルークやリリアナに王とはどういう存在かを説いておきながら、実はそんなことが言える人間ではないと自覚があった。
 情けないほど幼稚な男なのだと。

「立派である必要があるのでしょうか?」

 ルークの言葉に三人の視線が集中する。

「トリスタン王のおっしゃる嘘というのはきっと、その人のためを思ってのことだと思います。それがその人のためにならなかったのだとしても、その人のためと思った気持ちは嘘ではない。私もリリアナのためなら嘘をついてしまうと思うんです。そしてバレて謝る。そんな未来が想像できます」
「陛下……」
「立派な人間とは何か……失敗をしない人間? 嘘をつかない人間? 我慢強い人間? 私は失敗もするし、くだらない嘘もつきます。我慢強くもないし、聖人のようには生きられる自信もない。王と呼ばれることにまだ違和感が拭えなくて、リリアナに陛下と呼ばれるのも堅苦しく思っています。こんな正装はしたくない。期待はしないでほしい。そんな思いを胸に、毎日生きています」

 意外な言葉に一番驚いたのはリリアナで、何度も瞬きを繰り返しながらルークを見つめている。
 リリアナにとってルークは聖人のような人だった。
 誰よりも気高く、心優しい人間。文句を言っている姿など見たことがないし、自分一人で決めずに周りの意見を聞きながら物事を進めると側近から聞いたことがある。
 まだ貴族たちから不満の声は聞こえていない。それがリリアナの誇りだった。
 それでもプレッシャーがないわけではない。ルークは我慢しているだけで本当は色々な思いを抱えている。妻に愚痴として吐きだすこともなく、毎日穏やかな顔で接してくれていた。
 そんな彼が立派である必要はないと言った。驚きだった。

「そなたも本当の僕を知ればきっと幻滅する」
「二十年、この国の王であり続けている方にどう幻滅しろとおっしゃるのですか?」
「僕は──」
「トリスタン王の性格がどのようなものでも、今こうして王として君臨し、アステリアが続いていることが全てだと私は思います」

 優しい笑顔にトリスタンは目頭が熱くなるのを感じて思わず指で押さえた。

「僕を泣かせるな」
「すみません」

 笑いながら謝るルークにトリスタンもユーフェミアも頭が上がらない。自分たちがいかに子供のまま育ってきたかを思い知っている。

「養子に出して、後悔しませんか?」

 お腹を痛めて産んだ子供を差し出すのは容易ではない。それは妊娠したことがないユーフェミアにだってわかる。もし自分が子を差し出さなければならなくなった状況を想像するだけでも辛いのに、二人は笑顔でそれを了承してくれた。

「お二人ならしっかり育ててくださるでしょうから心配はありません。後悔なんてとんでもない」
「リリアナの気持ちを優先しようと思ったんです。でもリリアナは迷うことなくお二人の子供にと」
「ありがとうございます」

 ユーフェミアが頭を下げるとトリスタンも一緒になって頭を下げる。
 二人に頭を下げられたことに慌てるルークとリリアナだが、二人が「本当に」と何度も繰り返し感謝を口にするため無理矢理頭を上げさせることはせずに笑顔で受け取ることにした。

「あ、あの……それで、一つ、わたくしのほうからもお願いがございまして……」
「なんでも言ってくれ! 何でも用意するぞ! 領地か? 城か? 広場に二人の記念像でも建てるか?」
「い、いえっ! そんな大層なものは……!」
「陛下のおっしゃるとおり、なんでも言ってください」

 何を言われても叶えるつもりだった。金貨であろうと別荘地であろうとなんでも。しかしリリアナの反応はそういう物ではないと慌てる様子さえ見せていて

「前にお話した侍女の件なのです」

 侍女は四六時中傍にいるため信頼できる者でなければならない。リリアナの曇る表情から今の侍女に問題を感じているのは間違いないと確信し、ラモーナを呼んだ。

「はい! ラモーナで……ヒェッ……」

 嬉しそうに入ってきたラモーナだが、ルークの顔を見て絶句した。目がハートに変わっては普通に戻るを繰り返すのは理性と戦っている様子にユーフェミアが苦笑する。
 可愛くはあるものの、いつもの調子で話すわけにはいかず咳払いで意識を向かせる。

「ラモーナ、あなたが一番信用できる使用人は?」
「キーアです」

 即答したラモーナに頷いた。

「もし、ユーフェミア様さえよろしければ侍女を派遣してはいただけないでしょうか?」
「もちろんです」
「ありがとうございます!」

 立ち上がって頭を下げるリリアナの大きな声にルークが「はしたないぞ」と小さな声で注意すると慌てて座ってまた頭を下げる。互いに注意し合う。必要なことなのに自分たちはそんなことさえしてこなかった。もっと早く気付いていればと二人を見ては小さな後悔に苛まれる。

「ラモーナ、キーアを呼んできてくれる?」
「も、もしかしてキーアはクリュスタリスに行くんですか!?」
「ラモーナ、キーアを呼んできて」
「も、もももももしかしてリリアナ妃の侍女になるというお話ですか?」
「ラモーナ、キーアを呼んできなさい」
「は、はい! すぐに呼んでまいります!」

 ユーフェミアの圧を感じる笑顔にハッとし、慌てて飛び出したラモーナの振舞いはとても王妃の侍女に相応しいとは言えず、苦笑しながら二人に謝った。

「明るい方ですね」
「ええ、とても。彼女の明るさに何度も救われてきました」
「キーアさんとはどのような方なのですか?」
「ラモーナと同じような子ですね。歳は二十一歳。明るくて、前向きで、人に好かれるタイプですね。ただ──」

 キーアを深く知っているわけではないが、ラモーナがよく話すため知り合いのような気分になっている。いつも笑顔で元気に働く姿はどこにいても目立つもので、時折すれ違ってはラモーナが手を振っているのをよく見る。それに振り返して怒られるキーアの姿も。
 できれば完璧な使用人を送るほうがいいのだろうが、完璧な使用人はリリアナとは歳が離れすぎている。できれば歳が近いほうがいいのではないかと考えてラモーナに聞いたのだが、不安な点もあった。
 ドドドドドドッと大群が押し寄せているのかと思うほどの大きな足音にユーフェミアは目を閉じて眉を寄せる。

「お、お待たせしました! キーアを呼んでまいりました!」
「キーアでございます! クリュスタリュスの王妃様はどこでしょうか!」

 ノックもせずにドアを開けて猛スピードで駆け込んできては風を起こしてブレーキをかけたキーアとラモーナ。
 全速力で来たせいか髪は乱れ、品を忘れて声は大きく、とても自信を持って送り出せる人物ではなくなっている。

「クリュスタリス!!!!」
「クリュスタリスでした! 失礼しました! 申し訳ございません!」

 ラモーナの注意を受けて頭を下げる謝罪の声も大きい。

「こういう感じです」

 明るさは伝わっただろうが、不安しか残らなくなった。

「初めまして、キーアさん。クリュスタリスのリリアナと申します。当然の申し出に驚かれたことでしょう。キーアさん、どうか、クリュスタリスに来ていただけませんか?」
「わ、私のことはキーアとお呼びください!」
「では、キーア。あなたにわたくしの侍女となることをお願いしたいのです」
「…………ほ、本当に?」
「はい」

 侍女になれるかもしれないとここに来るまでにラモーナから聞いてはいたのだろうが、実際にクリュスタリスの王妃から聞くと実感する。礼儀も忘れて問いかけるキーアに笑顔で答えるリリアナを見て、キーアはドパッと滝のような涙を流す。

「ら、ラモーナ……わ、わだぢ……わだぢ、侍女になるんだよぉ! わだぢなんかが侍女にぃ!」
「よがっだねぇ! よがっだねぇ!」

 キーアが泣いているのを見てラモーナもつられて泣くと二人は抱き合って泣きじゃくる。
 大丈夫だろうかと心配になる様子だが、リリアナたちは不安など感じておらず、むしろ微笑ましげに二人を見つめていた。

「一週間以内に向かわせますので──」
「今日、一緒にクリュスタリスに連れ帰ってもよろしいでしょうか?」
「今日? このまま?」
「ご家族にご挨拶などは?」
「家族はいないんです。だから大丈夫です」

 笑顔で答えるキーアにラモーナは眉を下げながら背中を撫で、リリアナは立ち上がって自分より大きなキーアをそっと抱きしめる。

「一緒に帰りましょう、クリュスタリスに」
「は、はい!」

 一介の使用人でしかなかった自分がラモーナの推薦によりクリュスタリスの王妃の侍女になれることになった。親なしは出世しないと言われる使用人。キーナは欲がないため出世に興味はなく、友人がいるこの場所で一生を過ごすのも悪くないと思っていた。
 お城勤め。他人に誇れる仕事だ。でも本当はほんの少し、友人のラモーナが羨ましかった。楽しげに王妃とのことを話すラモーナが。
 だからアステリアではないものの王妃の侍女になれることが嬉しくてたまらない。それもこんな自分を優しく抱きしめてくれる心優しい王妃の侍女になど夢を見ている気分だった。

「ルーク、そなたには感謝してもしきれぬ。何かあればいつでも言ってくれ。僕ができることならなんでもしよう」
「ありがとうございます」
「リリアナ様、キーアをよろしくお願いいたします」
「ユーフェミア様! ラモーナ! お世話になりました! リリアナ様の侍女として立派にお仕えしてゆきます!」

 王族の馬車に乗せるのは申し訳ないとキーアを別の馬車に乗せる提案をしたが、二人がかまわないと言ってくれたため同乗したキーアが窓から顔を出して何度も手を振る。まだそこにいるのに。
 大きな声は庭師にまで届いていそうだと思うほどだが、ラモーナ同様に明るく大きなこの声がもう聞けないと思うと少し寂しかった。

「ユーフェミア様、もしよろしければこちらをお受け取りいただけませんか?」
「これは?」
「通信機です。これがあれば顔を合わせてお話することができるんです」
「そんな便利な物があるのですか!?」
「はい」

 アステリアは科学や魔法とは無縁に近く、ユーフェミアはこんな便利な物があるとは知らず、コンパクトのようにしか見えない通信機を受け取って全体をまじまじと凝視する。
 こんな物でどうやって会話するのかわからず首を傾げているとリリアナがスイッチを指さした。

「音が鳴りますのでスイッチを押してください。そうすると私が映りますので」
「ここにですか?」
「目の前にです」
「目の前……」

 手紙だけで人とやり取りしてきたユーフェミアにはチンプンカンプンな話で、リリアナの説明を聞いてもわからないためバカになった気分だった。

「帰ったら試してみますね」
「あ、ありがとうございます」

 目の前に映るという意味が全くわからないが説明を受けてもわからないこともあって頷きだけ返す。

「リリアナ様、本当にありがとうございます」
「いえ、わたくしもこれで子を産む楽しみができました。不安ばかりだったのですが、勇気が持てそうです」

 子供を産まなければならない不安をリリアナは一人で抱え込んでいた。勇気を出してそれをルークに話したとき、君の不安は全て受け止めるから一緒に頑張ろうと言ってくれた。そして子供のことを話し合っているときに出た、養子の話。
 ユーフェミアに相談に乗ってもらっているが、子供を待ち望んでいるユーフェミアに相談するのは失礼かもしれないとリリアナが言ったことで持ち上がった話だった。
 貴族を相手にすることがどれほど大変なことなのか身をもって経験している最中のルークは二人の助けになることを考え続けていたため、我が子を孕み、産んでくれるリリアナさえ良ければと提案したのだが、悩むこともなく受け入れてくれたのは予想外であり嬉しいことでもあった。
 そして今、こうして心から喜んでくれる二人の顔を見ることができ、それが何よりも嬉しいことになった。

「二人のお子が生まれるまで、もう暫く辛抱ください」
「いつまででも待つさ。十年でも二十年でも」
「そんなに待たせるつもりはありませんよ」
「二十年待ったんだ。希望があるならそれぐらい待てるということだ」
「二十年も経ったら五十を超えているのですよ?」
「僕に怖いものなどないさ」
「離婚もですか?」
「それは怖い」

 落ち込んだように肩を落とすトリスタンに笑いながら三人はクリュスタリスへと帰っていった。

「キーアは僕には挨拶しなかったな」

 ぽつりと呟いたトリスタンにユーフェミアとラモーナは聞こえないフリをして中へと戻っていく。

「僕は王だぞ! なぜ僕に世話になったと言わなかったんだ!?」
「親になる人がそんな小さなことを気にしてどうするのです」
「そうだ! 僕たちは親になるのだ! 僕はこれから真っ当な人間になるぞ!」
「陛下ならなれます! 我らが王は偉大なのですから!」
「ラモーナ、そなたにピーチパイをホールで食べさせよう!」
「やったぁ! 約束ですよ!」

 大はしゃぎする二人にやれやれと首を振るユーフェミアはまだ実感が湧かなかった。我が子を見ていないのだから当然だが、トリスタンから種無しだったと告げられて以来、毎月嫌味なほど訪れる〝月のもの〟を繰り返しているうちに「子を持つに相応しくないのかもしれない」と思うようになっていたユーフェミアにとって自分が子を持つというのは現実味に欠けるもの。
 最低でも二年後。二十年間戦ってきたのだから二年ぐらいどうってことはない。トリスタンの言うように十年だって待てる。
 我が子を迎えるまでにやらなければならないことがある。それは本当の意味で愛される王、王妃になるために自分たちが変わらなければならないというもの。

「陛下」
「ん? どうした?」
「成長していきましょうね。人としても王としても」
「もちろんだ」

 国の希望が現れる。それを希望にユーフェミアは差し出されたトリスタンの手を握る。
 子供好きなトリスタンが父親になったところを見たい。今はその思いで胸がいっぱいだった。
 彼との子ではないけれど、そんなことはどうだっていい。国にとって、自分たちにとって大きな希望となる子なのだから。
 差し込んだ一筋の希望を胸に二人は幸せな夜を過ごすことができた。

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