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今更な真実
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「陛下? どうなさいました?」
国会が終わってユーフェミアの部屋にやってきたトリスタンはソファーに腰かけていたユーフェミアの許可も取らずに膝枕をしてもらうために横になった。
いつものように大袈裟なほど大きな声を出して会いに来たと告げることもなく静かに甘えてくるのは必ず何かあったとき。
「僕は貴族から嫌われている」
「今更ですね?」
「まあ、そうだな。僕は独裁政治を行ってきたわけだし、嫌われていないと思うほうがおかしいか」
「あら、独裁政治をしていた自覚がおありでしたか」
「もちろんだ。僕は変わると決めたのだから過去を振り返って反省する。この国とて、貴族がいるからほどほどの豊かさを保てているのは間違いない。それもちゃんとわかってはいるさ。だが……」
国会でどういう話があったのかユーフェミアが聞くことはないし、トリスタンが喋ることもない。それでも何があったのか大体の想像はつく。変わろうとしているトリスタンの言葉にユーフェミアは微笑みながらその柔らかな前髪を撫でる。
反省してから子供のように駄々をこねることはしなくなったトリスタンは顔こそ童顔ではあるものの、年相応の落ち着きを見せることが増えた。
一人で抱え込んで決めるよりもユーフェミアに意見をもらうべきかと考え、ポツリとこぼしてみた。
「貴族は下々の人間を見下す。もっと互いに尊敬し、尊重し合うべきだ」
「生産者がいなければ国は豊かになりませんしね」
「そうだ。富だけではダメだ。物だけではダメだ。しかし、富を持つ者と同じ税率を貧民に課すわけにはいかないだろう?」
「貴族にはノーブレスオブリージュがありますが、それを実行する者は少ないですね」
「なぜ何もしていない者に分け与えなければならないのか……と言う者が多すぎる。富を持ったまま死ぬことはできぬというに、分け与えるぐらいなら自分で使ってしまうか、全て子に与えて私欲を掻く、というのが当たり前なのだろうな。自分の財産を愛しい我が子に……その気持ちもわからぬではないが、だからといって王としてそれを受け入れることはできぬ」
持てるものは与えなければならないという貴族の決まりのような精神もアステリアの貴族には通じない。富裕層と貧困層の税が同じでは貧困層は今日食べる物にも困ってしまうのだから税が同じであるはずがないとトリスタンが決めたことが貴族は気に入らず、何年も抗議し続けている。
下町の民には聞くのに貴族には何も聞かずに税を決めてしまうトリスタンを嫌う貴族もいる。何かしら反発すれば腰抜けの王は困って言うことを聞くかもしれないと思っているのだ。
それに失敗したのがミルワードである。
「ミルワードは来年から参加させない」
「そうですか」
「新しい者を探さなければな」
「貴族間にも上下関係はありますし、判断が難しいところですね」
「正義感の強い者を選びたいが……潰される可能性もある。あー……どうしたものか」
王は知らない貴族の世界。ユーフェミアが貴族であれば色々情報も入ってきただろうが、ユーフェミアは貴族との繋がりがない。なんの情報も入ってこないのでは誰が会議に出るに相応しいかわからないのだ。
頭を悩ませている相手の力になれないのは王妃としても妻としても力不足で申し訳ない。
「有力候補は?」
「いるにはいるが、ヴィクターがダメだと言うのだ」
「……んー……困りましたね」
トリスタンに人を見る目があるかどうか、ユーフェミアにはわからない。愛人候補に選んだのはとんだ性悪だったし、お気に入りの宝石商はとんでもない宝石を持ってきて口上手くトリスタンに購入させたし、側近は蛇のような男だし……と、勢揃いする独特な人選にユーフェミアは口が裂けても「陛下の見る目を信じていますから」とは言えなかった。
「わたくしが面接いたしましょうか?」
「ダメだ」
断られるのはわかっていた。女が政治に口出しをするなどあってはならない。トリスタンは特にユーフェミアを政治に関わらせたがらないため許可が出るとは思っていなかったが、こうも即答されるとも思っていなかった。
「若いイケメンがいたらどうするんだ! 背が高くて、顔が整っていて、金髪碧眼で、良い声だったらどうする!」
「どうもしません」
「その若さでユーフェミアにアプローチするかもしれないじゃないか!」
「アプローチしたとて私が揺らがなければ意味がありません」
「嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! ユーフェミアに面接はさせない! それなら僕がする!」
「それがよろしいですね」
首を左右に振って駄々をこねるトリスタンは相変わらず子供だと思うもユーフェミアにはこっちの方が安心できるもので、クスクスと笑い声をこぼしながら頷いた。
「陛下もお顔は整っていますよ? 金髪で碧眼ですし」
「僕もイケメンか?」
「世間的にはわかりませんが、わたくしは好きですよ」
「じゃあいい! 背が低くても僕はイケメンだ!」
自ら背が低いと言うトリスタンは世間的に見ると全くイケメンではないが、二十年間見てきた顔を評価するには愛情がフィルターをかけてしまっている。
レオンハルトやルークに比べれば整い方に差は出てしまう。それでも魅力は顔だけではないことを証明しているとようやく相手の良い所が見つかったと思い、ユーフェミアはふと、シュライアに会いたくなった。
「陛下、またシュライア様に会いに行ってもよろしいでしょうか?」
「もう離婚の心配はなくなったと報告してやれ」
その言葉にユーフェミアの笑顔が固まる。
「言っておきますが、離婚は今はしないだけで、これからの陛下の言動次第でまたその問題は浮上しますからね」
「愛人は切ったのに!?」
「そうです」
「わ、わかった……」
釘を刺しておかなければ何をしでかすかわからないと先手を打ったユーフェミアにトリスタンは従うしかなく、眉を下げてあからさまな落ち込みを見せた。
もうないものだと思っていた離婚もまだどこかで繋がっているのかと少し上目遣いで見上げるトリスタンの顔を手で覆った。
「その手にはもう通じませんからね」
「くそッ」
捨てられた子犬のような顔を向けられてはたまらないと防御したユーフェミアにトリスタンが悔しそうに声を上げる。わかっていながらしようとしたトリスタンの鼻を摘まむユーフェミアだが、その顔は確かに笑顔だった。
「クライアの危機について話しておいたほうがいいかもしれないな」
「関係ないとおっしゃっていましたが……」
「強がりなだけだ。廃妃になってレオンハルトへの愛は消えても国民への愛はそう簡単に消えはせぬだろう。世間話程度に話せばいい」
今更話したところでレオンハルトの気持ちが変わるわけでもシュライアがどうにかできるわけでもないのに、話す意味などあるのだろうかと考えるユーフェミアだが、自分が同じ立場でも国のことは気になると思い、トリスタンの言葉に頷いて頬を撫でた。
「クライアの国民にとって王妃は未だシュライアだけだろうな。こう言っては差別になってしまうかもしれないが、王妃になる者にはそれなりの身分が必要だ。何も知らぬ二十代そこそこの娘が新たな王妃など、ましてや下町の娘。レオンハルトは何を考えているのか……。ユーフェミア、そなたはララと話してみてどう思った?」
「ララ様のことはまだよくわかりませんが、陛下が言えることは何もないかと」
「なぜだ?」
納得いかないという顔を見せるトリスタンに本当にわからないのかと首を傾げて見せるユーフェミア。
「十代そこそこの、ましてや下町の娘を王妃にしたのをお忘れですか?」
「あ……」
「ね?」
「そなたは気品が溢れているから忘れてしまうのだ。実は生まれながらにして王女の称号を得ていたのではないか? そなたは王女として生まれたのに訳あって花屋に引き取られ──……」
トリスタンの言葉にユーフェミアは笑みを浮かべて相手の頬を引っ張る。
「その失言癖も気をつけていきましょうね」
「あ、はい」
王だからなんでも言っていいわけではない。土下座をした日からトリスタンは色々と自覚し始めた。自分が正しい、自分の意見が絶対だとしていた幼稚な王から少しずつではあるが成長しようとしている。
周りの意見を聞こうとする姿勢には使用人の誰もが驚きを隠せず、トリスタンはなぜそんなに驚くのかがわからず一人だけ不思議がっていた。
「でも、僕が言ってることは間違いじゃないと思わないか? よくあるだろう? 本当は王家の子でありながら事情があって粗末な家の子として育ったとか」
「残念ながらそんな小説のようなことは……」
「小説のような人生だろう?」
「ふふっ、そうですね」
なんの取柄もない花屋の娘がある日突然、王子に求婚されて好き合っていた者を忘れる決意で結婚した。こんな人生、歩もうと思っても歩めるものではない。
笑ってしまうユーフェミアを見上げながらトリスタンの表情にもようやく笑みが浮かぶ。
「しかし、レオンハルトはララを王妃に迎えるのが早すぎたな」
「待てないほどに恋焦がれてしまったのでしょうね」
「だろうな。だからといって己が気持ちを優先すべきではなかったな。自分勝手に国民を困惑させたのだから、その責任を取ってからすべきだった」
「ん~?」
「た、確かに僕もそうだが、僕は君しか王妃にしないし、君を廃妃にしたりもしない。約束する」
「約束ですからね」
いつも妻を優先する夫が言えたことかと笑うユーフェミアに必死に言い訳をするトリスタンが可愛く見え、前髪を掻き上げて額に軽く口付けを落とすとトリスタンはひどく驚いた顔をしていた。
「陛下?」
「い、いや……君からこのようなことをされるのははじめてで……う、嬉しい……」
破顔する相手に表情は今までの照れや笑顔とは全く違うもので、なぜかユーフェミアのほうが赤くなってしまう。
「ユーフェミア? 顔が赤いぞ?」
「あ、少し……暑いですね」
「窓を開けるか? おっ、今日は良い風が吹いている」
どうしてしまったのだろうと不安になるほど胸が早く動いている。心臓はその音がハッキリ聞こえるほど強く大きく脈を打つ。
窓を開けると吹き込んでくる風に靡く髪を押さえながらトリスタンを見た。
「ユーフェミア、こっちへ。風が気持ちいいぞ」
降り注ぐ太陽の光が金色の髪を透かす。青い空を背景に振り返るトリスタンに後光が見えるのも全て幻覚だと思うも、イアンに恋をしていたときと同じように胸がときめいている。
四人も愛人を作って、妻が愛人を切ってと願っても切らず、離婚はしないと拒否する最低な男だったのに、なぜ自分はそんな男に恋をしているような気持ちになっているのだろうか。
彼を愛している。その気持ちに嘘はない。でも恋という感情が過去にあったかどうかは怪しい。気がつけば彼を愛していた。だから恋を自覚した瞬間がないのだ。
自分でも不思議でならないが、嘘ではないこの気持ちにユーフェミアは少し恥ずかしくなった。
「ユーフェミア」
手を差し出す夫にソファーからゆっくり立ち上がり歩み寄る。隣に並んでも背丈はそれほど変わらず、握った手の大きさも変わらないのに、誰よりも素敵な人だと思ってしまう自分はおかしいだろうかと自問するもおかしくないと即答する。
彼はイアンより背が低いし、端正な顔立ちではないし、包み込んでくれる安心感もない。それでもイアンを恋しく思わないほど彼を愛しているのは彼が全身全霊で愛してくれる人だから。それが素敵でなければなんだというのか。
「陛下」
「ん?」
「お慕いしております」
目を瞬かせるトリスタンから空に視線を移し見上げるユーフェミアの横顔をトリスタンは愛おしげに見つめる。
そっと腰に手を回して自分の方に抱き寄せ、それを合図のようにユーフェミアが顔を向けて互いに唇を寄せ合おうとした瞬間
「ユーフェミア様! リリアナ様からお手紙が届きゃぁああああああああ!」
ノックもなしに開いたドアから上機嫌なラモーナが二人のキス寸前を見て悲鳴を上げた。
「も、ももももももも申し訳ございません! お二人がこれからキスをするところだったなんて知らなくて! ももももももも申し訳ないです!」
顔を真っ赤にして頭を下げるラモーナに二人は力が抜けたように笑い、ユーフェミアはソファーに戻り、トリスタンはラモーナの傍に寄って肩を叩いた。
「ラモーナ、僕はもう仕事に戻る。見せつけてしまってすまないな」
「と、ととととんでもない! 眼福です!」
「はははっ! そなたはユーフェミアの次に可愛いな。あ、ユーフェミア、夜は本当にするからな」
「人を指さしてはいけませんよ」
「ううっ、せっかくキメたのに」
「お待ちしております」
ユーフェミアの返事に歓喜の声を上げながら走って執務室に戻っていくトリスタンを見送ったあと、ラモーナは目を瞬かせながらユーフェミアに近付く。
「ユーフェミア様ってば、陛下とキスしようとしてたなんて驚きました!」
「私と陛下は夫婦よ?」
「それは……そうなんですけど、なんというか……なんというか……んー、上手く言葉にできないです。不思議だなぁって思うのと、お二人が寄り添っておられるお姿を見れたのはなんだかすごく嬉しいって感情がごちゃ混ぜになってます!」
「ふふっ、それは大変ね。それより、リリアナ様からお手紙が届いたって言ってなかった?」
思い出したように手紙を差し出すラモーナから受け取るとすぐに文に目を通すユーフェミアの表情が柔らかくなっていく。
「お茶会のお誘いですか?」
「そうね。お話がしたいって」
「お返事のご用意を?」
「ええ、すぐ返事を出すわ」
またリリアナと話せるのは嬉しい。
これから発展していくだろうクリュスタリスがどういう方針で進んでいくのかも興味があった。
だが、まさかリリアナが来る日にまた一つ、問題が起こることになるとは思ってもいなかった。
国会が終わってユーフェミアの部屋にやってきたトリスタンはソファーに腰かけていたユーフェミアの許可も取らずに膝枕をしてもらうために横になった。
いつものように大袈裟なほど大きな声を出して会いに来たと告げることもなく静かに甘えてくるのは必ず何かあったとき。
「僕は貴族から嫌われている」
「今更ですね?」
「まあ、そうだな。僕は独裁政治を行ってきたわけだし、嫌われていないと思うほうがおかしいか」
「あら、独裁政治をしていた自覚がおありでしたか」
「もちろんだ。僕は変わると決めたのだから過去を振り返って反省する。この国とて、貴族がいるからほどほどの豊かさを保てているのは間違いない。それもちゃんとわかってはいるさ。だが……」
国会でどういう話があったのかユーフェミアが聞くことはないし、トリスタンが喋ることもない。それでも何があったのか大体の想像はつく。変わろうとしているトリスタンの言葉にユーフェミアは微笑みながらその柔らかな前髪を撫でる。
反省してから子供のように駄々をこねることはしなくなったトリスタンは顔こそ童顔ではあるものの、年相応の落ち着きを見せることが増えた。
一人で抱え込んで決めるよりもユーフェミアに意見をもらうべきかと考え、ポツリとこぼしてみた。
「貴族は下々の人間を見下す。もっと互いに尊敬し、尊重し合うべきだ」
「生産者がいなければ国は豊かになりませんしね」
「そうだ。富だけではダメだ。物だけではダメだ。しかし、富を持つ者と同じ税率を貧民に課すわけにはいかないだろう?」
「貴族にはノーブレスオブリージュがありますが、それを実行する者は少ないですね」
「なぜ何もしていない者に分け与えなければならないのか……と言う者が多すぎる。富を持ったまま死ぬことはできぬというに、分け与えるぐらいなら自分で使ってしまうか、全て子に与えて私欲を掻く、というのが当たり前なのだろうな。自分の財産を愛しい我が子に……その気持ちもわからぬではないが、だからといって王としてそれを受け入れることはできぬ」
持てるものは与えなければならないという貴族の決まりのような精神もアステリアの貴族には通じない。富裕層と貧困層の税が同じでは貧困層は今日食べる物にも困ってしまうのだから税が同じであるはずがないとトリスタンが決めたことが貴族は気に入らず、何年も抗議し続けている。
下町の民には聞くのに貴族には何も聞かずに税を決めてしまうトリスタンを嫌う貴族もいる。何かしら反発すれば腰抜けの王は困って言うことを聞くかもしれないと思っているのだ。
それに失敗したのがミルワードである。
「ミルワードは来年から参加させない」
「そうですか」
「新しい者を探さなければな」
「貴族間にも上下関係はありますし、判断が難しいところですね」
「正義感の強い者を選びたいが……潰される可能性もある。あー……どうしたものか」
王は知らない貴族の世界。ユーフェミアが貴族であれば色々情報も入ってきただろうが、ユーフェミアは貴族との繋がりがない。なんの情報も入ってこないのでは誰が会議に出るに相応しいかわからないのだ。
頭を悩ませている相手の力になれないのは王妃としても妻としても力不足で申し訳ない。
「有力候補は?」
「いるにはいるが、ヴィクターがダメだと言うのだ」
「……んー……困りましたね」
トリスタンに人を見る目があるかどうか、ユーフェミアにはわからない。愛人候補に選んだのはとんだ性悪だったし、お気に入りの宝石商はとんでもない宝石を持ってきて口上手くトリスタンに購入させたし、側近は蛇のような男だし……と、勢揃いする独特な人選にユーフェミアは口が裂けても「陛下の見る目を信じていますから」とは言えなかった。
「わたくしが面接いたしましょうか?」
「ダメだ」
断られるのはわかっていた。女が政治に口出しをするなどあってはならない。トリスタンは特にユーフェミアを政治に関わらせたがらないため許可が出るとは思っていなかったが、こうも即答されるとも思っていなかった。
「若いイケメンがいたらどうするんだ! 背が高くて、顔が整っていて、金髪碧眼で、良い声だったらどうする!」
「どうもしません」
「その若さでユーフェミアにアプローチするかもしれないじゃないか!」
「アプローチしたとて私が揺らがなければ意味がありません」
「嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! ユーフェミアに面接はさせない! それなら僕がする!」
「それがよろしいですね」
首を左右に振って駄々をこねるトリスタンは相変わらず子供だと思うもユーフェミアにはこっちの方が安心できるもので、クスクスと笑い声をこぼしながら頷いた。
「陛下もお顔は整っていますよ? 金髪で碧眼ですし」
「僕もイケメンか?」
「世間的にはわかりませんが、わたくしは好きですよ」
「じゃあいい! 背が低くても僕はイケメンだ!」
自ら背が低いと言うトリスタンは世間的に見ると全くイケメンではないが、二十年間見てきた顔を評価するには愛情がフィルターをかけてしまっている。
レオンハルトやルークに比べれば整い方に差は出てしまう。それでも魅力は顔だけではないことを証明しているとようやく相手の良い所が見つかったと思い、ユーフェミアはふと、シュライアに会いたくなった。
「陛下、またシュライア様に会いに行ってもよろしいでしょうか?」
「もう離婚の心配はなくなったと報告してやれ」
その言葉にユーフェミアの笑顔が固まる。
「言っておきますが、離婚は今はしないだけで、これからの陛下の言動次第でまたその問題は浮上しますからね」
「愛人は切ったのに!?」
「そうです」
「わ、わかった……」
釘を刺しておかなければ何をしでかすかわからないと先手を打ったユーフェミアにトリスタンは従うしかなく、眉を下げてあからさまな落ち込みを見せた。
もうないものだと思っていた離婚もまだどこかで繋がっているのかと少し上目遣いで見上げるトリスタンの顔を手で覆った。
「その手にはもう通じませんからね」
「くそッ」
捨てられた子犬のような顔を向けられてはたまらないと防御したユーフェミアにトリスタンが悔しそうに声を上げる。わかっていながらしようとしたトリスタンの鼻を摘まむユーフェミアだが、その顔は確かに笑顔だった。
「クライアの危機について話しておいたほうがいいかもしれないな」
「関係ないとおっしゃっていましたが……」
「強がりなだけだ。廃妃になってレオンハルトへの愛は消えても国民への愛はそう簡単に消えはせぬだろう。世間話程度に話せばいい」
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「クライアの国民にとって王妃は未だシュライアだけだろうな。こう言っては差別になってしまうかもしれないが、王妃になる者にはそれなりの身分が必要だ。何も知らぬ二十代そこそこの娘が新たな王妃など、ましてや下町の娘。レオンハルトは何を考えているのか……。ユーフェミア、そなたはララと話してみてどう思った?」
「ララ様のことはまだよくわかりませんが、陛下が言えることは何もないかと」
「なぜだ?」
納得いかないという顔を見せるトリスタンに本当にわからないのかと首を傾げて見せるユーフェミア。
「十代そこそこの、ましてや下町の娘を王妃にしたのをお忘れですか?」
「あ……」
「ね?」
「そなたは気品が溢れているから忘れてしまうのだ。実は生まれながらにして王女の称号を得ていたのではないか? そなたは王女として生まれたのに訳あって花屋に引き取られ──……」
トリスタンの言葉にユーフェミアは笑みを浮かべて相手の頬を引っ張る。
「その失言癖も気をつけていきましょうね」
「あ、はい」
王だからなんでも言っていいわけではない。土下座をした日からトリスタンは色々と自覚し始めた。自分が正しい、自分の意見が絶対だとしていた幼稚な王から少しずつではあるが成長しようとしている。
周りの意見を聞こうとする姿勢には使用人の誰もが驚きを隠せず、トリスタンはなぜそんなに驚くのかがわからず一人だけ不思議がっていた。
「でも、僕が言ってることは間違いじゃないと思わないか? よくあるだろう? 本当は王家の子でありながら事情があって粗末な家の子として育ったとか」
「残念ながらそんな小説のようなことは……」
「小説のような人生だろう?」
「ふふっ、そうですね」
なんの取柄もない花屋の娘がある日突然、王子に求婚されて好き合っていた者を忘れる決意で結婚した。こんな人生、歩もうと思っても歩めるものではない。
笑ってしまうユーフェミアを見上げながらトリスタンの表情にもようやく笑みが浮かぶ。
「しかし、レオンハルトはララを王妃に迎えるのが早すぎたな」
「待てないほどに恋焦がれてしまったのでしょうね」
「だろうな。だからといって己が気持ちを優先すべきではなかったな。自分勝手に国民を困惑させたのだから、その責任を取ってからすべきだった」
「ん~?」
「た、確かに僕もそうだが、僕は君しか王妃にしないし、君を廃妃にしたりもしない。約束する」
「約束ですからね」
いつも妻を優先する夫が言えたことかと笑うユーフェミアに必死に言い訳をするトリスタンが可愛く見え、前髪を掻き上げて額に軽く口付けを落とすとトリスタンはひどく驚いた顔をしていた。
「陛下?」
「い、いや……君からこのようなことをされるのははじめてで……う、嬉しい……」
破顔する相手に表情は今までの照れや笑顔とは全く違うもので、なぜかユーフェミアのほうが赤くなってしまう。
「ユーフェミア? 顔が赤いぞ?」
「あ、少し……暑いですね」
「窓を開けるか? おっ、今日は良い風が吹いている」
どうしてしまったのだろうと不安になるほど胸が早く動いている。心臓はその音がハッキリ聞こえるほど強く大きく脈を打つ。
窓を開けると吹き込んでくる風に靡く髪を押さえながらトリスタンを見た。
「ユーフェミア、こっちへ。風が気持ちいいぞ」
降り注ぐ太陽の光が金色の髪を透かす。青い空を背景に振り返るトリスタンに後光が見えるのも全て幻覚だと思うも、イアンに恋をしていたときと同じように胸がときめいている。
四人も愛人を作って、妻が愛人を切ってと願っても切らず、離婚はしないと拒否する最低な男だったのに、なぜ自分はそんな男に恋をしているような気持ちになっているのだろうか。
彼を愛している。その気持ちに嘘はない。でも恋という感情が過去にあったかどうかは怪しい。気がつけば彼を愛していた。だから恋を自覚した瞬間がないのだ。
自分でも不思議でならないが、嘘ではないこの気持ちにユーフェミアは少し恥ずかしくなった。
「ユーフェミア」
手を差し出す夫にソファーからゆっくり立ち上がり歩み寄る。隣に並んでも背丈はそれほど変わらず、握った手の大きさも変わらないのに、誰よりも素敵な人だと思ってしまう自分はおかしいだろうかと自問するもおかしくないと即答する。
彼はイアンより背が低いし、端正な顔立ちではないし、包み込んでくれる安心感もない。それでもイアンを恋しく思わないほど彼を愛しているのは彼が全身全霊で愛してくれる人だから。それが素敵でなければなんだというのか。
「陛下」
「ん?」
「お慕いしております」
目を瞬かせるトリスタンから空に視線を移し見上げるユーフェミアの横顔をトリスタンは愛おしげに見つめる。
そっと腰に手を回して自分の方に抱き寄せ、それを合図のようにユーフェミアが顔を向けて互いに唇を寄せ合おうとした瞬間
「ユーフェミア様! リリアナ様からお手紙が届きゃぁああああああああ!」
ノックもなしに開いたドアから上機嫌なラモーナが二人のキス寸前を見て悲鳴を上げた。
「も、ももももももも申し訳ございません! お二人がこれからキスをするところだったなんて知らなくて! ももももももも申し訳ないです!」
顔を真っ赤にして頭を下げるラモーナに二人は力が抜けたように笑い、ユーフェミアはソファーに戻り、トリスタンはラモーナの傍に寄って肩を叩いた。
「ラモーナ、僕はもう仕事に戻る。見せつけてしまってすまないな」
「と、ととととんでもない! 眼福です!」
「はははっ! そなたはユーフェミアの次に可愛いな。あ、ユーフェミア、夜は本当にするからな」
「人を指さしてはいけませんよ」
「ううっ、せっかくキメたのに」
「お待ちしております」
ユーフェミアの返事に歓喜の声を上げながら走って執務室に戻っていくトリスタンを見送ったあと、ラモーナは目を瞬かせながらユーフェミアに近付く。
「ユーフェミア様ってば、陛下とキスしようとしてたなんて驚きました!」
「私と陛下は夫婦よ?」
「それは……そうなんですけど、なんというか……なんというか……んー、上手く言葉にできないです。不思議だなぁって思うのと、お二人が寄り添っておられるお姿を見れたのはなんだかすごく嬉しいって感情がごちゃ混ぜになってます!」
「ふふっ、それは大変ね。それより、リリアナ様からお手紙が届いたって言ってなかった?」
思い出したように手紙を差し出すラモーナから受け取るとすぐに文に目を通すユーフェミアの表情が柔らかくなっていく。
「お茶会のお誘いですか?」
「そうね。お話がしたいって」
「お返事のご用意を?」
「ええ、すぐ返事を出すわ」
またリリアナと話せるのは嬉しい。
これから発展していくだろうクリュスタリスがどういう方針で進んでいくのかも興味があった。
だが、まさかリリアナが来る日にまた一つ、問題が起こることになるとは思ってもいなかった。
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