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小さな成長
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「ん……」
「陛下、目が覚めたのですね」
「ユーフェミア?」
トリスタンが目を覚ましたのは空がすっかり暗くなってからだった。
傍に座っていたユーフェミアが優しく頬を撫でると闇夜に慣れようと目を細めるトリスタンに姿を確かめさせるため隣に寝転ぶ。
「眠っていたのか」
「土下座の際に額を思いきり床にぶつけて血を流して気を失ったんです」
「それぐらいで……弱いな、僕」
「本当に」
隣にある温もりを確認するように抱き寄せるとユーフェミアはそれに抵抗せず、腕の中でジッとしている。額に巻かれた包帯が痛々しいが、笑ってくれるトリスタンに少し安堵した。
「もう少し眠っていてください」
「君の顔が久しぶりに近くにある気がする」
手を伸ばして頬に触れてくるトリスタンの手にユーフェミアは目を細める。
寝る時はいつも布団の中で手を繋いで眠る。トリスタンが一方的に握ってきて眠るのだが、こうして向かい合って目を合わせるのは久しぶりだった。
「いつも同じですよ。いつもここで寝ているんですから」
「そうだが……なんだか、いつもより君が近い気がする」
「頭打ったせいで距離がわからなくなってしまったのですか?」
「そうかもしれないな。君をこんなにも近くに感じられるのだから頭をぶつけてよかったかもしれない」
普段聞く声よりずっと落ち着いた声。柔らかく優しい声にユーフェミアは小さな幸せを感じていた。
こんな小さなことで幸せを感じてしまう自分は少し前まで離婚だと言い出していたのにと苦笑が滲むも、トリスタンがそれを消すように頬を指で撫でることで微笑みへと変わっていく。
「僕の名前をずっと呼んでくれていたのだろう? ずっと君の声が聞こえていた気がする」
「土下座で頭ぶつけて血を出したおバカな人を見たのは初めてだったので驚いただけです」
土下座したことで頭から血を流した自虐行為による負傷をまるで誰かに襲われて倒れてしまったのを見たかのような心配の仕方だったと自分の姿を思い返すと顔から火が出そうなほど恥ずかしくなる。
赤く染まる彼女の様子を愛おしげに見つめるトリスタンの手がユーフェミアの唇に触れた。
「君が僕の名を呼んでくれたのはいつぶりだろうか……」
「聞こえていたのですか?」
「僕が聞き逃すはずがないだろう。二十年間の中で君が僕の名を呼んでくれたのは片手で数えるほどもないからな」
「陛下と呼ぶよう言われてからずっと、陛下とお呼びしていますから。一度だけかもしれませんね。陛下に名前で呼んでほしいと言われたあの瞬間だけ」
「僕がどんなにお願いしても君は教育係に怒られたくないからと今日まで陛下としか呼んでくれなかった」
「陛下はわたくしを王妃とは呼びませんね」
「大切な君の愛しい名前を呼ばないなどありえない。呼ぶなと言われても呼び続けるぞ」
教育係に言われた名前呼びは無礼にあたると言われ、王という立場であろうと自分の夫であることに変わりないのにおかしな話だと思ったのだが、当時はトリスタンを愛していなかったため名前などどうでもよくて。陛下と呼ぶのを受け入れてからずっと名前など呼んでいなかった。
彼を愛していると自覚してからは名前を呼ぶことも考えなかったわけではないが、恥ずかしかった。
「君があんな風に喋るのを聞くのも久しぶりだった。王妃ではない、本来の君が見れた気がした」
「王妃ですから。あんな風に喋るのは許されないことです」
「もう教育係はいないんだ。僕と二人きりのときは砕けてくれても構わないぞ?」
イアンと再会したときは砕けていた。それはイアンに会えた懐かしさから王妃を取り繕うことができなかったから。だが、トリスタンの前では花屋のユーフェミアではなく王妃のユーフェミアでいることが当たり前なため、ユーフェミアはゆっくり首を振る。あの頃にはもう戻れないのだ。
「これが今のわたくしです」
「そうか。でも僕は嬉しかったぞ。君が感情を露にして怒る姿が見れて」
「もう忘れてください。あのような感情の乱し方、思い出しても恥ずかしいです」
照れる妻が愛おしい。
横から仰向けへと変えて天蓋を見上げるユーフェミアと同じように仰向けになると目を閉じ、手を繋いだ。
「僕は結局、ずっと独りよがりな生き方をしてきたのだな。君が子供ができにくい身体だと知ったとき、隠さずちゃんと話し合えばよかったんだ。十年前のあの日、君に本当のことを告げて、どういう方法で世継ぎを残すべきか……僕が君と向かい合っていればこんなことにはならなかったのに」
トリスタンの後悔をはじめて聞くユーフェミアは顔だけ横に向けて彼の横顔を見るも何も言おうとはしなかった。
世界会議でルドラに言われた言葉が深く突き刺さっているトリスタンは、自分だけが告知を受けた十年前のあの瞬間を昨日のことのように鮮明に思い出しては深い後悔に襲われている。
それがユーフェミアにも伝わっていた。
「言い訳に聞こえるかもしれないが……僕は嘘をつくことで君を守っているつもりだったんだ。僕が種無しになることで君が責められることはなくなると。そして僕の種を強くすれば君の攻撃に負けずにちゃんと届いて、子供ができるのではないかと。君を傷つけず、子を授かれる方法だと……そう、信じていたんだ。甘い考えだと気付くこともできず、僕が頑張ればいいんだと信じ続けていた」
天蓋を見つめたまま苦笑を浮かべるトリスタンにユーフェミアも顔を戻して一緒に見上げる。見慣れた天蓋。いつもと変わらないはずなのに、今日はなんだかぼんやりとして見える。その代わり、彼の声が妙にハッキリと聞こえる。まるで目の前で文字になっているかのように。
「僕はバカだから先のことなんて考えずに思いつきで動いて、勝手に性欲を溜め込んで。これならきっと大丈夫だと君にぶつけるのではなく、情婦にぶつけた。強くした種を他に蒔けばそこで実るかもしれないのは当たり前なのに、そんな子供でもわかるようなことを僕は……わかっていなかったんだ」
幼稚な王だと言われるのも仕方ないと苦笑が滲む。皆に見せている言動だけではなく、本質がそうであるからそれを見抜いた人間たちがそう呼ぶのは当たり前だと。
「僕がちゃんとしていれば、君は今頃、母になれていたかもしれないのに僕がそれをぶち壊したんだ。二人でちゃんと話し合って、これからのことを考えていれば……」
「陛下、もういいんです」
「よくない! 僕は君のためと言いながら全部自分のために動いていたんだ! 愛人を作ったことも! 愛人を切らなかったことも! 誰よりも大切な、僕の命と引き換えにしても惜しくないほど愛しい君が離婚だって言っても僕は愛人を切ろうとしなかった! すぐ食事を戻して愛人を切ればいいのに僕は……僕は本当に自分だけが大事だったんだ……」
ユーフェミアを心から愛していることはトリスタンにとって神どころか全世界の人間に誓える真実ではあるが、それとは矛盾する行動を取っていた自分があまりにも情けなかった。
震える唇を噛みしめても溢れだす涙は止まらない。目尻からこぼれていく涙を指で拭ってくれる指にトリスタンの顔が横を向くとユーフェミアと目が合った。
「十年という時間は嘘でも短いとは言えません。二十四歳だったわたくしはもう三十四歳になってしまったのですから」
「すまない……すまない、ユーフェミア」
とめどなく溢れだす涙をシーツに染み込ませながら謝るトリスタンにユーフェミアは首を振る。
「陛下のおっしゃるとおり、二十四歳だったわたくしに正直に話してくださっていれば世継ぎ問題は解消されていたでしょう」
「ああ……」
「でも、当時のわたくしがそれに耐えられたかはわかりません」
目を瞬かせるトリスタンにユーフェミアは微笑みを向け、袖で彼の涙を拭い、そのまま頬に手を添えた。
「結婚したばかりの十四歳のわたくしは、陛下を愛してはいませんでした。結婚を約束していた男性がいたからです」
「イアン、だったか?」
知っていたのかと驚きを見せるも静かに頷く。
「調べろと両親に言われていたのだ。もし婚約者がいたら失礼だからと。だから君の両親に話を聞きに行かせたのだが、婚約者はいないと言っていたと報告を受けた」
両親には言っていなかったのだから当然だ。気付いてはいただろうが、自国の王子が娘に求婚しているのを蹴って花屋の息子に差し出す親はいない。特にあの母親はそういう人間だと自分の母親の強欲さを思い出して苦笑する。
「彼を愛していたんです。でも家のために、何より……隣の花屋の人気を妬み、荒んでいく母のためにあなたと結婚しようと決めました。だから当時はあなたといるのが嫌だった。彼よりずっと幼稚でどうしようもないあなたが嫌いですらあった」
「ハッキリ言われると傷つくな……」
それでも今のトリスタンはいつものように抱きついてくることも大袈裟なリアクションもしない。全て受け入れようとしているように見えた。
「でも、十年という年月の中であなたがくれた愛情がわたくしの胸の中に広がって、いつの間にかあなたを愛していました」
「イアンへの想いは消えたか?」
「想いは消えません。思い出となっていつまでも残り続けています。あの頃の想いはきっと一生消えることがないと思います」
「そうか……」
取り乱さないようにしているのか、深呼吸をするトリスタンにユーフェミアは小さく笑ってトリスタンの鼻を軽く摘み、それを不思議そうに瞬きを繰り返しながら見てくる彼に身体を寄せる。
「でも、彼を思い出すことなんてほとんどありませんでした。毎日大騒ぎするあなたと過ごす日々が楽しくて、わたくしはいつの間にか花屋のユーフェミアではなく王妃ユーフェミアとしての生活を好きになっていたからです。あなたに愛されて甘やかされて、そこに胡坐をかいていたのはわたくしも同じなのかもしれません」
ユーフェミアにとってトリスタンはたった一人の夫で愛する人。だから愛人ができたことは耐え難い苦痛でしかなかった。それでも離婚しなかったのはトリスタンを愛しているからという理由だけではなく、離婚すれば失うものが大きすぎるからという考えもあった自分も彼が言っていた『自分だけを愛していた』に当てはまるような気がした。
イアンに送ってもらったあと、トリスタンを捕まえて話し合えばよかったのに自分はいつだって待っているだけで、強く行動に出ようとはしなかった。離婚すると子供のように一点張りで、大人としてのちゃんと向かい合って話し合うことをしようとしなかった。
「愛されているのだから、離婚したくないのはあなたなのだから愛人を切るはずと良い結果を待つばかりだったんです」
「そんなのは当たり前だ。僕がすぐ切るべきだったのだから。君の考えは何もおかしくはない」
「二十四歳で不妊宣告を受けたわたくしはきっと、絶望して部屋に閉じこもり、王妃としては生きていけなかったかもしれません。それこそ離婚してくださいと頭を下げ、真夜中に一人で国を出て行く可能性もあったでしょう」
「君ならありえる話だ」
二十四歳の自分を振り返ってみると何の不安もない、何の苦労もない人生を歩んでいただけ。毎日告げられる『愛してる』を受け、幸せを感じ、王妃としての仕事をこなすだけの日々。子供はそのうちできると甘い考えを持っていた頃。
子供だったのは自分も同じ。子供ができない原因は王妃である自分にあると言われて耐えられるはずがない。それはあくまでも想像でしかないものの、きっとそうだったはずだと確信があった。
「それなりの年齢になってから聞いても城を飛び出したぐらいです。二十四歳のわたくしなら国をも飛び出したでしょう」
国から城に。ほんの少しの小さな成長だが、くだらないと笑うユーフェミアがトリスタンの髪に指を通す。
「この幼稚な考えしか浮かばない頭で必死に悩んでくださったのですよね。わたくしを傷つけないために、わたくしを喜ばせるために」
「ああ、たくさん考えた。でも、所詮は幼稚な王の考えること。結果的に僕がしたことは君に嘘をついて傷つけるだけ。君を心から愛しているのに、その気持ちさえ疑われてもおかしくないようなことを……」
後悔が涙になって押し寄せるトリスタンは自分より一つ上のはずなのに、幼子のように見えてしまう泣き顔がユーフェミアには愛おしく感じる。
「陛下がルドラ様のお言葉で気付いたように、わたくしもダーシャ様のお言葉で気付いたことが一つあったんです」
「何を言われたのだ?」
「愛人がいるのは嫌じゃないのかと聞いたわたくしにダーシャ様は皆で助け合って生きるって素晴らしいとおっしゃいました」
「それはアルデュマがそういう国だからだ。愛人がいて当たり前。第二第三夫人がいて当たり前の国だから協力的なのだ。ティーナはそうじゃなかっただろう」
頷くユーフェミア。
ティーナはアードルフから聞きだした王妃の秘密を王妃に告げ、王妃の座を渡せと言った。子供が産まれても自分が母親であると最大限に主張して、産めない王妃を貶し続けるのは容易に想像できる。
ダーシャのように上手く立ち回る自信もなければ嫉妬をしない自信もない。それはわかっているが、それでもユーフェミアは別の考え方があったのではないかと思っていた。
「愛人など作らずにもっと真摯に向き合うべきだった。今までのことを謝罪し、反省しているから愛人を切ったと早々に行動し告げるべきだった。君の気持ちを蔑ろにすべきではなかった」
「わたくしたちは互いに自分を愛していたから、自分が傷つかない方法を選んでいたのかもしれませんね。幾度も幾度も話し合いを重ねるべきだったのに、互いにそうしようとしなかった。お互い様……とは言いませんが、わたくしに至らぬ部分があったのも確かです」
「僕だけが悪い。君に砂粒程度の落ち度だってない」
「勝手に性欲を溜めて、勝手に愛人を作って、妻の願いも聞かず愛人をなかなか切らなかった夫が悪いのは当然です」
「ううっ、ハッキリ言われてしまった……」
いつもどおりの反応が見れるとユーフェミアは嬉しそうに笑ってトリスタンの肩に顔を埋める。
「でも、許します」
短いが、ハッキリとした言葉にトリスタンは驚きに瞬きも忘れて見開き、暫く固まっていた。
「よい、のか? 罰することもできるのだぞ?」
「裸になって三回回ってワンと言え、とか?」
「やるか?」
「見たくないのでけっこうです」
「見たくないとは……」
ショックを受けたような顔を見せる相手の額に巻いてある包帯に触れて軽く撫でるユーフェミアをジッと見つめるトリスタンは今度は大きな溜息を吐きだした。
「ご気分が悪いのですか?」
「いや、そうじゃない。僕は、自分が今までいかに愚かであったかを思い知ったのだ。ルドラに言われて気付いたはずなのに実際はそうじゃなかった。気付いたフリをし、理解したフリをしていただけ。僕はいつだって自分が傷つかないための逃げ道を用意していたのだと実感している。何度君に謝っても足りぬほどだ」
ルドラから言われた言葉も刺さったが、それよりも意識が朦朧としていた中で聞こえたユーフェミアの『わたくしの気持ちは?』という言葉が一番トリスタンの胸に刺さった。
ユーフェミアは今の今まで一度だって「わたくしの気持ちを考えてください」と言ったことはない。二十年間一度も。
愛人を切ってくれと言いながらも食事の席を一度もボイコットしなかったのは許してくれているからだろうと安易な考え方をしていた。だが実際はそうではなく、ずっと我慢してくれていただけ。
ユーフェミアが言う〝気持ち〟なんて考えたこともなく、トリスタンの頭の中はいつだって〝種を強くする〟ということだけ。それが相手のためになるという思い込みはそれがどんなに自己中心的な考えで愚かな独断であるかさえ気付かせなかった。
「僕にとって一番大切な君の気持ちが一番大切なはずなのに、一番大切な君のために僕が思う一番大切なことをしようとして勝手な行動を始めた。その結果、一番大切な君を傷つけていた。すまない、ユーフェミア」
「そのままでかまいません。頭を打たれたのですから、ご無理をなさらないでください。あと何十回謝罪するおつもりですか?」
「一生だ」
「その必要はありませんよ」
起き上がって頭を下げようとするトリスタンが起き上がれないように軽く肩に手を置いて首を振る。申し訳ないと眉を下げるトリスタンにユーフェミアはまた首を振った。
「陛下、先ほども言ったように、わたくしも悪いのです。陛下の足止めなど赤子を宿すよりずっと簡単なことなのに、わたくしはそうしようとしなかった。わたくしさえ我慢していれば、いつか陛下はわたくしの気持ちに気付いて愛人を切ってくださると思いこんでいました。我慢しているとも言わずに我慢していることに気付いてほしいなんて、傲慢だったのです」
もっと真剣に向き合うべきだったと思っているのはユーフェミアも同じ。トリスタンが愛人を作った時点で怒って、叫んで、暴れまわればトリスタンが愛人を増やすことはなかっただろう。それぐらい彼の愛が強いのをわかっていながらそうしなかった自分は聖女でも気取っていたのかと自嘲めいた笑みを浮かべて目を閉じる。
互いに無駄な時間を過ごすことになってしまったのは夫婦としての話し合いを避けてしまったから。
「これからちゃんと話し合いましょう。世継ぎをどうするかはもちろんのこと、どんな小さなことだって話し合わないと。わたくしたちは夫婦なのですから」
「そうだな。僕たちに最も必要なのはそれだ」
くだらない話はたくさんするのに、必要な話をしない夫婦が真っ直ぐな道を進んでいけるわけがないことに二人はようやく気付いた。
向かい合って手を繋ぎ、愛する者を胸に抱き、抱かれながら約束する。
「墓参りに行こう。父上と母上に報告しなければならないことが山ほどある。失敗も再生も全てな」
「そうですね」
見つめ合って笑う二人は、久しぶりに心から笑い合い、夫婦としての時間を過ごしているような気がした。
「キスしてもいいだろうか?」
「怪我が治ったらしてください」
「嫌だ。待てない」
トリスタンの言葉に笑うユーフェミアの表情は彼が我慢しないのがわかっていたかのようで、手で拒むこともせず、近付いてくる顔に自分からも少し顔を上げて目を閉じた。
「陛下、目が覚めたのですね」
「ユーフェミア?」
トリスタンが目を覚ましたのは空がすっかり暗くなってからだった。
傍に座っていたユーフェミアが優しく頬を撫でると闇夜に慣れようと目を細めるトリスタンに姿を確かめさせるため隣に寝転ぶ。
「眠っていたのか」
「土下座の際に額を思いきり床にぶつけて血を流して気を失ったんです」
「それぐらいで……弱いな、僕」
「本当に」
隣にある温もりを確認するように抱き寄せるとユーフェミアはそれに抵抗せず、腕の中でジッとしている。額に巻かれた包帯が痛々しいが、笑ってくれるトリスタンに少し安堵した。
「もう少し眠っていてください」
「君の顔が久しぶりに近くにある気がする」
手を伸ばして頬に触れてくるトリスタンの手にユーフェミアは目を細める。
寝る時はいつも布団の中で手を繋いで眠る。トリスタンが一方的に握ってきて眠るのだが、こうして向かい合って目を合わせるのは久しぶりだった。
「いつも同じですよ。いつもここで寝ているんですから」
「そうだが……なんだか、いつもより君が近い気がする」
「頭打ったせいで距離がわからなくなってしまったのですか?」
「そうかもしれないな。君をこんなにも近くに感じられるのだから頭をぶつけてよかったかもしれない」
普段聞く声よりずっと落ち着いた声。柔らかく優しい声にユーフェミアは小さな幸せを感じていた。
こんな小さなことで幸せを感じてしまう自分は少し前まで離婚だと言い出していたのにと苦笑が滲むも、トリスタンがそれを消すように頬を指で撫でることで微笑みへと変わっていく。
「僕の名前をずっと呼んでくれていたのだろう? ずっと君の声が聞こえていた気がする」
「土下座で頭ぶつけて血を出したおバカな人を見たのは初めてだったので驚いただけです」
土下座したことで頭から血を流した自虐行為による負傷をまるで誰かに襲われて倒れてしまったのを見たかのような心配の仕方だったと自分の姿を思い返すと顔から火が出そうなほど恥ずかしくなる。
赤く染まる彼女の様子を愛おしげに見つめるトリスタンの手がユーフェミアの唇に触れた。
「君が僕の名を呼んでくれたのはいつぶりだろうか……」
「聞こえていたのですか?」
「僕が聞き逃すはずがないだろう。二十年間の中で君が僕の名を呼んでくれたのは片手で数えるほどもないからな」
「陛下と呼ぶよう言われてからずっと、陛下とお呼びしていますから。一度だけかもしれませんね。陛下に名前で呼んでほしいと言われたあの瞬間だけ」
「僕がどんなにお願いしても君は教育係に怒られたくないからと今日まで陛下としか呼んでくれなかった」
「陛下はわたくしを王妃とは呼びませんね」
「大切な君の愛しい名前を呼ばないなどありえない。呼ぶなと言われても呼び続けるぞ」
教育係に言われた名前呼びは無礼にあたると言われ、王という立場であろうと自分の夫であることに変わりないのにおかしな話だと思ったのだが、当時はトリスタンを愛していなかったため名前などどうでもよくて。陛下と呼ぶのを受け入れてからずっと名前など呼んでいなかった。
彼を愛していると自覚してからは名前を呼ぶことも考えなかったわけではないが、恥ずかしかった。
「君があんな風に喋るのを聞くのも久しぶりだった。王妃ではない、本来の君が見れた気がした」
「王妃ですから。あんな風に喋るのは許されないことです」
「もう教育係はいないんだ。僕と二人きりのときは砕けてくれても構わないぞ?」
イアンと再会したときは砕けていた。それはイアンに会えた懐かしさから王妃を取り繕うことができなかったから。だが、トリスタンの前では花屋のユーフェミアではなく王妃のユーフェミアでいることが当たり前なため、ユーフェミアはゆっくり首を振る。あの頃にはもう戻れないのだ。
「これが今のわたくしです」
「そうか。でも僕は嬉しかったぞ。君が感情を露にして怒る姿が見れて」
「もう忘れてください。あのような感情の乱し方、思い出しても恥ずかしいです」
照れる妻が愛おしい。
横から仰向けへと変えて天蓋を見上げるユーフェミアと同じように仰向けになると目を閉じ、手を繋いだ。
「僕は結局、ずっと独りよがりな生き方をしてきたのだな。君が子供ができにくい身体だと知ったとき、隠さずちゃんと話し合えばよかったんだ。十年前のあの日、君に本当のことを告げて、どういう方法で世継ぎを残すべきか……僕が君と向かい合っていればこんなことにはならなかったのに」
トリスタンの後悔をはじめて聞くユーフェミアは顔だけ横に向けて彼の横顔を見るも何も言おうとはしなかった。
世界会議でルドラに言われた言葉が深く突き刺さっているトリスタンは、自分だけが告知を受けた十年前のあの瞬間を昨日のことのように鮮明に思い出しては深い後悔に襲われている。
それがユーフェミアにも伝わっていた。
「言い訳に聞こえるかもしれないが……僕は嘘をつくことで君を守っているつもりだったんだ。僕が種無しになることで君が責められることはなくなると。そして僕の種を強くすれば君の攻撃に負けずにちゃんと届いて、子供ができるのではないかと。君を傷つけず、子を授かれる方法だと……そう、信じていたんだ。甘い考えだと気付くこともできず、僕が頑張ればいいんだと信じ続けていた」
天蓋を見つめたまま苦笑を浮かべるトリスタンにユーフェミアも顔を戻して一緒に見上げる。見慣れた天蓋。いつもと変わらないはずなのに、今日はなんだかぼんやりとして見える。その代わり、彼の声が妙にハッキリと聞こえる。まるで目の前で文字になっているかのように。
「僕はバカだから先のことなんて考えずに思いつきで動いて、勝手に性欲を溜め込んで。これならきっと大丈夫だと君にぶつけるのではなく、情婦にぶつけた。強くした種を他に蒔けばそこで実るかもしれないのは当たり前なのに、そんな子供でもわかるようなことを僕は……わかっていなかったんだ」
幼稚な王だと言われるのも仕方ないと苦笑が滲む。皆に見せている言動だけではなく、本質がそうであるからそれを見抜いた人間たちがそう呼ぶのは当たり前だと。
「僕がちゃんとしていれば、君は今頃、母になれていたかもしれないのに僕がそれをぶち壊したんだ。二人でちゃんと話し合って、これからのことを考えていれば……」
「陛下、もういいんです」
「よくない! 僕は君のためと言いながら全部自分のために動いていたんだ! 愛人を作ったことも! 愛人を切らなかったことも! 誰よりも大切な、僕の命と引き換えにしても惜しくないほど愛しい君が離婚だって言っても僕は愛人を切ろうとしなかった! すぐ食事を戻して愛人を切ればいいのに僕は……僕は本当に自分だけが大事だったんだ……」
ユーフェミアを心から愛していることはトリスタンにとって神どころか全世界の人間に誓える真実ではあるが、それとは矛盾する行動を取っていた自分があまりにも情けなかった。
震える唇を噛みしめても溢れだす涙は止まらない。目尻からこぼれていく涙を指で拭ってくれる指にトリスタンの顔が横を向くとユーフェミアと目が合った。
「十年という時間は嘘でも短いとは言えません。二十四歳だったわたくしはもう三十四歳になってしまったのですから」
「すまない……すまない、ユーフェミア」
とめどなく溢れだす涙をシーツに染み込ませながら謝るトリスタンにユーフェミアは首を振る。
「陛下のおっしゃるとおり、二十四歳だったわたくしに正直に話してくださっていれば世継ぎ問題は解消されていたでしょう」
「ああ……」
「でも、当時のわたくしがそれに耐えられたかはわかりません」
目を瞬かせるトリスタンにユーフェミアは微笑みを向け、袖で彼の涙を拭い、そのまま頬に手を添えた。
「結婚したばかりの十四歳のわたくしは、陛下を愛してはいませんでした。結婚を約束していた男性がいたからです」
「イアン、だったか?」
知っていたのかと驚きを見せるも静かに頷く。
「調べろと両親に言われていたのだ。もし婚約者がいたら失礼だからと。だから君の両親に話を聞きに行かせたのだが、婚約者はいないと言っていたと報告を受けた」
両親には言っていなかったのだから当然だ。気付いてはいただろうが、自国の王子が娘に求婚しているのを蹴って花屋の息子に差し出す親はいない。特にあの母親はそういう人間だと自分の母親の強欲さを思い出して苦笑する。
「彼を愛していたんです。でも家のために、何より……隣の花屋の人気を妬み、荒んでいく母のためにあなたと結婚しようと決めました。だから当時はあなたといるのが嫌だった。彼よりずっと幼稚でどうしようもないあなたが嫌いですらあった」
「ハッキリ言われると傷つくな……」
それでも今のトリスタンはいつものように抱きついてくることも大袈裟なリアクションもしない。全て受け入れようとしているように見えた。
「でも、十年という年月の中であなたがくれた愛情がわたくしの胸の中に広がって、いつの間にかあなたを愛していました」
「イアンへの想いは消えたか?」
「想いは消えません。思い出となっていつまでも残り続けています。あの頃の想いはきっと一生消えることがないと思います」
「そうか……」
取り乱さないようにしているのか、深呼吸をするトリスタンにユーフェミアは小さく笑ってトリスタンの鼻を軽く摘み、それを不思議そうに瞬きを繰り返しながら見てくる彼に身体を寄せる。
「でも、彼を思い出すことなんてほとんどありませんでした。毎日大騒ぎするあなたと過ごす日々が楽しくて、わたくしはいつの間にか花屋のユーフェミアではなく王妃ユーフェミアとしての生活を好きになっていたからです。あなたに愛されて甘やかされて、そこに胡坐をかいていたのはわたくしも同じなのかもしれません」
ユーフェミアにとってトリスタンはたった一人の夫で愛する人。だから愛人ができたことは耐え難い苦痛でしかなかった。それでも離婚しなかったのはトリスタンを愛しているからという理由だけではなく、離婚すれば失うものが大きすぎるからという考えもあった自分も彼が言っていた『自分だけを愛していた』に当てはまるような気がした。
イアンに送ってもらったあと、トリスタンを捕まえて話し合えばよかったのに自分はいつだって待っているだけで、強く行動に出ようとはしなかった。離婚すると子供のように一点張りで、大人としてのちゃんと向かい合って話し合うことをしようとしなかった。
「愛されているのだから、離婚したくないのはあなたなのだから愛人を切るはずと良い結果を待つばかりだったんです」
「そんなのは当たり前だ。僕がすぐ切るべきだったのだから。君の考えは何もおかしくはない」
「二十四歳で不妊宣告を受けたわたくしはきっと、絶望して部屋に閉じこもり、王妃としては生きていけなかったかもしれません。それこそ離婚してくださいと頭を下げ、真夜中に一人で国を出て行く可能性もあったでしょう」
「君ならありえる話だ」
二十四歳の自分を振り返ってみると何の不安もない、何の苦労もない人生を歩んでいただけ。毎日告げられる『愛してる』を受け、幸せを感じ、王妃としての仕事をこなすだけの日々。子供はそのうちできると甘い考えを持っていた頃。
子供だったのは自分も同じ。子供ができない原因は王妃である自分にあると言われて耐えられるはずがない。それはあくまでも想像でしかないものの、きっとそうだったはずだと確信があった。
「それなりの年齢になってから聞いても城を飛び出したぐらいです。二十四歳のわたくしなら国をも飛び出したでしょう」
国から城に。ほんの少しの小さな成長だが、くだらないと笑うユーフェミアがトリスタンの髪に指を通す。
「この幼稚な考えしか浮かばない頭で必死に悩んでくださったのですよね。わたくしを傷つけないために、わたくしを喜ばせるために」
「ああ、たくさん考えた。でも、所詮は幼稚な王の考えること。結果的に僕がしたことは君に嘘をついて傷つけるだけ。君を心から愛しているのに、その気持ちさえ疑われてもおかしくないようなことを……」
後悔が涙になって押し寄せるトリスタンは自分より一つ上のはずなのに、幼子のように見えてしまう泣き顔がユーフェミアには愛おしく感じる。
「陛下がルドラ様のお言葉で気付いたように、わたくしもダーシャ様のお言葉で気付いたことが一つあったんです」
「何を言われたのだ?」
「愛人がいるのは嫌じゃないのかと聞いたわたくしにダーシャ様は皆で助け合って生きるって素晴らしいとおっしゃいました」
「それはアルデュマがそういう国だからだ。愛人がいて当たり前。第二第三夫人がいて当たり前の国だから協力的なのだ。ティーナはそうじゃなかっただろう」
頷くユーフェミア。
ティーナはアードルフから聞きだした王妃の秘密を王妃に告げ、王妃の座を渡せと言った。子供が産まれても自分が母親であると最大限に主張して、産めない王妃を貶し続けるのは容易に想像できる。
ダーシャのように上手く立ち回る自信もなければ嫉妬をしない自信もない。それはわかっているが、それでもユーフェミアは別の考え方があったのではないかと思っていた。
「愛人など作らずにもっと真摯に向き合うべきだった。今までのことを謝罪し、反省しているから愛人を切ったと早々に行動し告げるべきだった。君の気持ちを蔑ろにすべきではなかった」
「わたくしたちは互いに自分を愛していたから、自分が傷つかない方法を選んでいたのかもしれませんね。幾度も幾度も話し合いを重ねるべきだったのに、互いにそうしようとしなかった。お互い様……とは言いませんが、わたくしに至らぬ部分があったのも確かです」
「僕だけが悪い。君に砂粒程度の落ち度だってない」
「勝手に性欲を溜めて、勝手に愛人を作って、妻の願いも聞かず愛人をなかなか切らなかった夫が悪いのは当然です」
「ううっ、ハッキリ言われてしまった……」
いつもどおりの反応が見れるとユーフェミアは嬉しそうに笑ってトリスタンの肩に顔を埋める。
「でも、許します」
短いが、ハッキリとした言葉にトリスタンは驚きに瞬きも忘れて見開き、暫く固まっていた。
「よい、のか? 罰することもできるのだぞ?」
「裸になって三回回ってワンと言え、とか?」
「やるか?」
「見たくないのでけっこうです」
「見たくないとは……」
ショックを受けたような顔を見せる相手の額に巻いてある包帯に触れて軽く撫でるユーフェミアをジッと見つめるトリスタンは今度は大きな溜息を吐きだした。
「ご気分が悪いのですか?」
「いや、そうじゃない。僕は、自分が今までいかに愚かであったかを思い知ったのだ。ルドラに言われて気付いたはずなのに実際はそうじゃなかった。気付いたフリをし、理解したフリをしていただけ。僕はいつだって自分が傷つかないための逃げ道を用意していたのだと実感している。何度君に謝っても足りぬほどだ」
ルドラから言われた言葉も刺さったが、それよりも意識が朦朧としていた中で聞こえたユーフェミアの『わたくしの気持ちは?』という言葉が一番トリスタンの胸に刺さった。
ユーフェミアは今の今まで一度だって「わたくしの気持ちを考えてください」と言ったことはない。二十年間一度も。
愛人を切ってくれと言いながらも食事の席を一度もボイコットしなかったのは許してくれているからだろうと安易な考え方をしていた。だが実際はそうではなく、ずっと我慢してくれていただけ。
ユーフェミアが言う〝気持ち〟なんて考えたこともなく、トリスタンの頭の中はいつだって〝種を強くする〟ということだけ。それが相手のためになるという思い込みはそれがどんなに自己中心的な考えで愚かな独断であるかさえ気付かせなかった。
「僕にとって一番大切な君の気持ちが一番大切なはずなのに、一番大切な君のために僕が思う一番大切なことをしようとして勝手な行動を始めた。その結果、一番大切な君を傷つけていた。すまない、ユーフェミア」
「そのままでかまいません。頭を打たれたのですから、ご無理をなさらないでください。あと何十回謝罪するおつもりですか?」
「一生だ」
「その必要はありませんよ」
起き上がって頭を下げようとするトリスタンが起き上がれないように軽く肩に手を置いて首を振る。申し訳ないと眉を下げるトリスタンにユーフェミアはまた首を振った。
「陛下、先ほども言ったように、わたくしも悪いのです。陛下の足止めなど赤子を宿すよりずっと簡単なことなのに、わたくしはそうしようとしなかった。わたくしさえ我慢していれば、いつか陛下はわたくしの気持ちに気付いて愛人を切ってくださると思いこんでいました。我慢しているとも言わずに我慢していることに気付いてほしいなんて、傲慢だったのです」
もっと真剣に向き合うべきだったと思っているのはユーフェミアも同じ。トリスタンが愛人を作った時点で怒って、叫んで、暴れまわればトリスタンが愛人を増やすことはなかっただろう。それぐらい彼の愛が強いのをわかっていながらそうしなかった自分は聖女でも気取っていたのかと自嘲めいた笑みを浮かべて目を閉じる。
互いに無駄な時間を過ごすことになってしまったのは夫婦としての話し合いを避けてしまったから。
「これからちゃんと話し合いましょう。世継ぎをどうするかはもちろんのこと、どんな小さなことだって話し合わないと。わたくしたちは夫婦なのですから」
「そうだな。僕たちに最も必要なのはそれだ」
くだらない話はたくさんするのに、必要な話をしない夫婦が真っ直ぐな道を進んでいけるわけがないことに二人はようやく気付いた。
向かい合って手を繋ぎ、愛する者を胸に抱き、抱かれながら約束する。
「墓参りに行こう。父上と母上に報告しなければならないことが山ほどある。失敗も再生も全てな」
「そうですね」
見つめ合って笑う二人は、久しぶりに心から笑い合い、夫婦としての時間を過ごしているような気がした。
「キスしてもいいだろうか?」
「怪我が治ったらしてください」
「嫌だ。待てない」
トリスタンの言葉に笑うユーフェミアの表情は彼が我慢しないのがわかっていたかのようで、手で拒むこともせず、近付いてくる顔に自分からも少し顔を上げて目を閉じた。
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