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ダンスパーティー

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 二人きりのデビュタントの数日後、二人は告知を出していた通り、城を開放してホールでダンスパーティーを開いた。ドレスコード必須だと書いていたためホールには入ってきた者たちはそれぞれ好みのおしゃれをしていた。

 まだ未婚の者たちは二人の前でうやうやしくカーテシーをして軽く挨拶を交わしてから相手を見つけに行く。

「大盛況ですね」
「こういうイベントならもっとやってほしいと言われたよ」

 年齢は関係ない。下は十代から上は八十代まで集うパーティーは見ているだけで二人は楽しかった。
 挨拶に来た者たちから言われる「こういうのを待っていた」という言葉には苦笑の連続だったが、楽しげにダンスをする者たちの笑顔につられて笑顔になる。

「アルキュミアの伝統を大事にすることばかり考えていたせいで僕はつまらない大公になっていたんだな。ただ仕事をするだけのつまらない男に。彼らはよく僕を見捨てなかったなぁ」
「彼らは皆、アーサー様が大好きですから」
「でも大したことは何もしていない。彼らが言うようにもっと楽しいイベントをしないと。大都市じゃないとかそんなのは関係ない。この国の者たちが楽しく生きていけるようにしなければならないね。この国に生まれてよかった、この国で暮らしていてよかったと思ってもらえるような国にしないと」
「そうですね」

 イベントがないわけではない。先日、一年間の予定表をハンネスに見せてもらった。季節ごとのイベントはもちろんのこと、アルキュミアだけで行われるイベントもあった。だから何もしていないわけではないのだが、ロマンチックなものは開催してはいなかった。
 夫婦で見つめ合って音楽に合わせて踊る者もいれば、独身の者たちが集まって談笑しているのも見える。
 閉鎖的な国の中で出会いを求めるのは難しい。イベントでもなければ皆、ただ自分の仕事をして過ごしているだけなのだから。
 こうして定期的にでもダンスパーティーや軽い集まりのイベントをすれば縁結びにでもなるのではないかと見越していた。

「マリーはどういうイベントがいいとかあるかい?」
「バレンタインデーに赤いバラでハートを作るのはどうでしょう? それを広場に設置して愛の告白をする場所にするんです」
「ロマンチックだね」
「プロポーズだけではなく、既婚者の方でも今までの感謝と愛、これからの誓いをする場所にしてもいいかもしれませんね。とても嬉しいものですから」

 マリーはデビュタントでアーサーがしてくれた誓いが嬉しくてたまらなかった。誓いや告白は一生に一度ではなくてもいい。今までのことやこれからのことを口にして相手への気持ちを改めて誓うのはとても素敵なことだと実感したため、イベントを増やすのであれば提案する。

「君の細い指によく似合ってるよ。贈った男は見る目があるね」
「そうなんです。夫は私に夢中ですから」

 軽口を叩き合うことがこんなにも楽しいことだとは二人は知らなかった。

「君は? 夫に夢中なのかい?」
「夢中です。彼以外、目に入らないぐらい」

 アーサーの唇がキュッと結ばれる。ここが自宅であれば人に見せられないほどだらしない表情を見せていただろうが、ここでのアーサーはマリーの夫ではなくアルキュミア大公国の大公として存在しているため表情を崩さないように必死だった。
 妻が愛おしくてたまらない。女性が苦手だった自分がこんなにも一途に愛せる女性と出会えたのは奇跡だと思っている。だからこそ、まだ結婚していない、相手を見つけていない者たちにもこの幸せを味わってほしかった。

「その案は採用しよう」
「じゃあロマンチックにしないとですね」
「ロマンチックかぁ」

 マリーは嬉しそうに笑うが、アーサーにとって【ロマンチック】というものは自分だけでは到底辿り着けないもの。
 今回のデビュタントは自分の思いつきで成功したが、それは自分の愛が伝わるとわかっていたから。他人のこととなると自信がない。

「マリーはどういうのがロマンチックだと思う?」」

 情けないとは思うが、こういうことは女性の意見を採用したほうがいいのではないかと思った。

「赤いハートは定番ですよね。二段か三段ほど階段を上がる舞台を作って、そこにバラで作ったアーチを置くとかどうでしょう?」
「なるほど」
「その日はチョコレートやチョコケーキ、それから一輪ずつラッピングされた花を売るんです。」
「指輪があるのに?」
「告白や誓いだけではなく、感謝を伝えることにも使ってもらいたいなと思うんです。男性から女性にだけではなく、家族きょうだいにとかもいいと思うんです」
「なるほど……感謝か。君はいつも素晴らしいね」

 愛を伝える日として祝われるバレンタイデーに感謝を伝えてもいいと言うのはマリーらしいとアーサーは微笑む。
 身体をマリーのほうへと傾けて頬に口付けるといつの間に見ていたのか、会場から拍手が起こる。

「私たちのことはいいからダンスを楽しんでくれ」

 妻の頬にキスをしただけで拍手はおかしいと笑いながら手を振り、オーケストラに合図を出して曲を変えさせる。
 アーサーが嫁をもらうのを待っていた国民は多く、車で走って近況を聞いていると必ず『今年こそ結婚する予定は?』と聞いてくる者や『嫁も子供も持たないなんてアルキュミアはどうなってしまうんですか』と嘘泣きをする者もいた。そんな者たちにとってアーサーが妻をもらい、その妻にぞっこんである様子は見ているだけで安堵と喜びを感じていた。

「アーサーさま」

 ドレスアップしたまだ幼い少女が階段を上がって目の前までやってきた。

「ミランダ! 失礼でしょ!」
「大丈夫だよ。どうしたんだい?」

 娘がいつの間にか傍を離れて階段を上がっていたことに気付いた両親が慌てて駆け寄り連れ戻そうとするも二人が階段を上がる前にアーサーが手を見せて止める。
 何か言いたいことがあるからやってきたのだろうと問いかけると少女は嬉しそうに笑った。

「きょうはダンスパーティーをひらいてくれてありがと」

 少し舌たらずにしゃべる少女からの感謝にアーサーは驚いて目を見開いた。

「パパとママがね、ずーっとなかよしなの」
「そう、か。それはよかった」
「アーサーさまのおかげってママとパパがいってたの。だからね、ありがと」
「どういたしまして」

 五歳ほどの小さな娘が両親が仲良く踊っているからとお礼を言いにきた。それがどれほど尊いものか、アーサーは震えた息を吐き出す。
 妻を迎えること、子供をもつことは考えなかった。考えたところで現実になるとは思っていなかったから。だが、愛する者を見つけて妻に迎えた。子供はまだいい、いつかでいいと思っていたが、これほど近くで尊い姿を見せられると欲しくなってしまう。
 
「ずーっとする?」
「毎年するつもりだよ」
「じゃあパパとママ、ずーっとなかよし?」
「そうだね」

 アーサーの言葉に少女が嬉しそうに笑う。両親の仲がいいというだけで子供は嬉しくなるのかとアーサーは自分にはない感情を持っている少女が眩しかった。キラキラ輝く笑顔と純粋な心。愛されて育ったことがわかる雰囲気はマリーに似ていて、アーサーは横を向いてマリーを見る。微笑むマリーを見るだけで好きだという気持ちが込み上げてくることがアーサーにとって最も幸せなことだった。
 いつまでもこの気持ちを忘れたくない。ベンジャミンのように何十年経っても愛していると言い続けたい。それがアーサーの願い。

「チューしてもいい?」
「もちろんだよ」

 頬を出すと小さな唇がアーサーの頬に押し当てられる。

「マリーさまも」

 自分もしてもらえるとは思っていなかったため驚くマリーに少女が頷く。いいのだろうかと思いながら顔を向けるとアーサーは笑顔で「してもらいなさい」と言うためマリーも頬を出した。小さな唇が押し当てられる柔らかな感触にマリーも笑顔になる。

「アーサーさまもマリーさまもずーっとなかよし」
「もちろんだよ」

 手を叩いて嬉しそうに笑いながら降りていく少女は両親が深く頭を下げるのに合わせて頭を下げ、両親と手を繋いで戻っていく。

「子供は可愛いね」
「そうですね」
「清らかで尊い……宝物だよ」
「子供が生まれたら溺愛しそうですね」
「僕もそう思う」

 親バカになりそうだと二人で笑いながらも視線はあの少女に向いている。穏やかな時間の中で両親が向かい合って踊る姿は幼心にも美しく見えたのだろう。今度は父親と娘が一緒に踊っている。

「いつか、あの子はここで運命の相手を見つけるだろうか?」
「そうかもしれませんね」
「僕の息子だったらどうしよう」
「それも素敵じゃないですか」

 まだ親には慣れていない二人だが、あの少女の成長が楽しみになった。毎年こうしてダンスパーティーを開催すれば少女も来るだろう。両親と手を繋いで歩いていたのが、いつの間にか手を離して一人前のレディとして挨拶に来るようになり、ここで素敵な男性と恋に落ちるかもしれない。アーサーがしたように膝をついて告白を受けるかもしれない。そんな光景が二人は楽しみだった。

「なんだか胸がくすぐったいよ」

 アーサーが何を考えているのか聞かずともマリーにはわかる。マリーも今この瞬間、アーサーと同じ気持ちだったから。

「僕はきっと、この感情を一生忘れないと思う」
「私もです」

 子供はいつかでいいという思いは互いに変わっていない。いつ頃、と話し合って作るものではないと思っているし、理想通りにはいかないとも思っている。まだ二人はなんの検査もしていない。だからできるかどうかもわからない。
 だが、その【いつか】は明日でも構わない。
 二人は同じ思いを抱えながら手を繋ぎ、目の前に広がる美しい光景を眺めていた。
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