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最高に最低の式
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「あー緊張する。口から心臓が飛び出そうだ」
結婚式の内容を話し合って細かな訂正などを行ってから当日まではあっという間だった。
一日は二十四時間ではなく三時間ぐらいしかなかったのではないかと思うほど早かった今日という日。
アーサーは鏡の中の自分と見つめ合いながら青い顔で立っている。
結婚式は一生に一度。それは花嫁だけではなく花婿も一緒。
二度三度と行う者もいるが、アーサーは一度でいい。
三日前にアルキュミアに入ったマリーとベンジャミンたち。カサンドラは今、マリーの着付けを手伝っている最中だろう。
世界で一番美しい花嫁であることは間違いない。カサンドラが縫い上げたマリーの理想のドレスを身に纏って出てくるのを待つ自分は今以上にひどい顔をしていたらどうしようと不安に襲われるアーサーはのんびりソファーに腰掛けているハンネスに振り返った。
「よく水分が喉を通るな」
「私の結婚式ではございませんので」
「主人の結婚式だぞ? 緊張しないのか?」
「ご主人様の緊張を見ていれば逆に和らぎます」
「他人事だと思って……」
いつでも涼しい顔をしてみせるアーサー・アーチボルトが緊張で吐きそうになっている姿など滅多に見れるものではない。
きっと後にも先にもこの瞬間だけだろう。
彼も人の子なのだとハンネスは緊張よりも嬉しさの方が大きい。
「マリー様の方がよっぽど美しいお顔をなさっていましたよ」
「見たのか!? 僕より先に!?」
「ええ」
「ハンネス……一生恨むぞ」
「おやおや、恐ろしいことを。冗談ですよ」
「お前の冗談はわかりにくいんだ」
今はそれが冗談であるかどうかを見抜く余裕もないほど緊張しているアーサーは鏡へと向き直って衣装に乱れがないかを何度も確認する。
「ハンネス、おかしくはないか? 大丈夫か?」
「顔色以外は平気です」
「よし、なら大丈夫だ」
「お酒を一杯だけでも飲まれてはいかがですか?」
「酒臭い口で誓いのキスをしろと?」
「失礼いたしました」
酒を飲めば緊張も和らぐと思っての発言だったが、アーサーの指摘に立ち上がって頭を下げたハンネス。
「アーサー様、マリー様の準備ができました」
「わかった。行くよ」
ハンネスが長くアーサーに仕えているのには理由がある。
緊張で吐きそうになっている男は真っ青な顔で今にも倒れるのではないかと心配になるほどだったが、マリーの準備ができたと聞いた瞬間、一瞬で覚悟を決めたように顔色が戻った。
鏡の中の自分に頷いて姿勢を正し、開けられたドアから出ていく。赤い絨毯が敷かれた廊下を歩く後ろ姿は立派なもので、さっきまで緊張で震えていた男と同一人物だとは思えない。
人前では一切の不安を見せないのがアーサー・アーチボルトという男。苦手な女性相手にも笑顔で接する。
やるべきことをやり遂げる男だからこそハンネスはアーサーを面白いと思い、長年仕え続けている。
自分の人生を捧げるに相応しい男だと確信しているのだ。
「ハンネス」
庭に設置した会場へ続くドアの前で立ち止まり振り返ったアーサーにハンネスは首を振る。
「どうぞ笑顔でマリー様をお迎えください」
ハンネスの言葉に笑顔を見せたアーサーは静かに頷き、白い花で飾られた花道を歩いていく。
感謝の言葉は必要ない。ハンネスは自分が仕えたくて仕えているだけ。感謝されるようなこともない。結婚しようとハンネスがアーサーに仕えるのはこれからも変わりないのだから。
「アーサー様、まさか貴方様の結婚式を任せていただけるとは思っていませんでした」
「よろしく頼むよ」
笑顔で挨拶を交わしながらもアーサーは内心落ち着かないでいる。
今、マリーはこっちに向かっている。そろそろドアの近くに着いた頃だろうか。自分が出てきたドアが閉まっている。その向こうにマリーはいる。そう考えるとさっきよりも心臓がうるさい。
純白のドレスに身を包んだマリーの美しさ。想像が浮かんでは消えていく。きっと自分が想像するより遥かに美しいのだろうと口元が自然と緩んでいく。
呼んだ奏者たちが鳴らす定番曲。それに合わせてドアがゆっくりと開く。
「ああ……」
思わず声が漏れてしまうほど美しかった。遠目でもわかるその美しさにアーサーは不思議と心臓が落ち着いていくのを感じ、マリーが歩いてくるのをジッと待つ。
ベンジャミンだけではなく、カサンドラも一緒に歩いてくる。両脇に育ての親を添えて一緒にウエディングロードを歩く。
予定にはなかったことだ。ベンジャミンが隣を歩き、カサンドラは指定の席で待っているはずだった。しかし、見送らせたくなかったのだろう。ベンジャミンだけではない、カサンドラにも育ててもらったのだからと。
容易に想像がつくその優しさがマリーらしいと嬉しくなる。
ベンジャミンは既に涙を流しており、マリーがそれを笑い、カサンドラがハンカチを渡す。
この家族をずっと見ていたいと思う気持ちは今も変わらない。できればアルキュミアに招いて一緒に暮らしてほしいと思うほどに。
「アーサー様、孫を……マリーを、どうぞ……よろしくお願いします」
ボロボロと涙をこぼすベンジャミンを見ているとアーサーまで涙が溢れそうになる。この涙は両親が流すものとは少し違うような気がして、胸が苦しくなった。喜びや寂しさが入り混じった中にある願いに応えるようにアーサーは頷いた。
「マリー、君は今、世界で一番美しい花嫁さんだよ」
「ありがとうございます」
手を取り、二人で神父の前まで数歩進んで立ち止まる。
ベンジャミンとカサンドラが席に着いたのを神父が確認してから二人を見た。
「今日この素晴らしき青空の下、女神アーラの祝福を受けるお二人に愛の誓いをしていただきます。アーサー様、誓いの言葉を」
今日この日のために何ヶ月もかけて考えた誓いの言葉。書いては破りを繰り返すこと数十回。完璧に書けた言葉だと自賛した内容を書いた紙をポケットから取り出そうとしてやめた。
手をポケットから離してマリーの手を握り、真っ直ぐ見つめた。
「君に求婚したのは君が甥であるネイトに婚約破棄された日だった。無神経だと思ったのは国に帰ってからで、それまで私は君を救ったつもりになっていたんだ。君に結婚しようと言った日から今この瞬間まで気持ちは変わっていない。君を好きだと、守りたいと思った気持ちにね。いや、今はあの時以上に強く思ってるよ。君と手を繋いで、キスをして、ピアスも開けた。これからもたくさんのことを君と共に経験していきたい。そしてこれからは夫として君を愛し、守り続けていくことを誓うよ。愛してる」
嘘偽りのない気持ち。恋だ愛だと語れるだけの経験はない。耳で聞き、目で見た情報が全てだったアーサーだが、今は自分の心が教えてくれる。この込み上げる気持ちこそが愛なのだと。
「私は……アーサー様に相応しい女性ではないと思います。ですが、相応しい妻になりたいと思っています。私を愛していると言ってくださる素敵な夫に自慢していただけるような素敵な妻になりたいです。結婚しないかと言ってくださったあの日から、アーサー様が与えてくださった愛をちゃんとお返しできるよう頑張ります」
「愛してるって言葉は言ってくれないのかい?」
結婚式の日に意地悪すべきではないとわかっているが、皆の前で言わせるチャンスは今しかない。
耳元で問いかけられた言葉に驚いたように目を見開くマリーに笑顔を向けると困った顔が返ってくるも
「愛しています」
ちゃんと言ってくれた。
「女神アーラの名の下に、二人を夫婦と認めます」
少ない招待客だが、最大の拍手を送ってくれる。
その拍手を耳にしながら二人は触れ合うだけのキスをする。
今までと変わらないキス。もっと深いキスをしたことだってあるのに、今しているキスは特別だと感じる。
夫婦になって初めてのキス。それだけで愛おしかった。
使用人たちが白い服に身を包み、白い花びらが入ったカゴを持って花道で待機している。
「行こうか」
腕を差し出し、腕が添えられる。ゆっくりと歩いていくと花が降ってくる。
「おめでとうございます!」
祝いの言葉と共に降る花と太陽の光、空の青さが美しく、目を細めるアーサーとマリー。
幸せへと続く花道―――であるべきだったのだが
「許さない!」
招待した客の中の一人が立ち上がって大声を上げた。
「アーサー様……?」
「招待していない人間だ」
顔見知り程度の人間は招待していない。本当に呼びたい相手だけを呼ぶことにしたため知らない人間がいるはずがない。だが、立ち上がっている女は知らない人間。
立ち上がって声を上げるだけならまだいい。しかし、女性はどこに隠し持っていたのか、ナイフを握っている。
普通ではない雰囲気を纏っている令嬢がしつこく手紙を送ってきていた相手だろうかと眉を寄せながらマリーを後ろに隠したアーサーは片手を伸ばしてナイフをこっちへ渡すよう伝えた。
「裏切り者! あなたが結婚を申し込んでくれるのをずっと待っていたのに!」
あの手紙の人物で間違いない。
「あなたに恋をして三十年! ずっと待ってた! あなたはシャイな人だから恥ずかしがってプロポーズできないんだって! でもいつか必ずしてくれるって待ってたのに!」
見たところ、令嬢は四十を超えている。アーサーと同い年か、上か。三十年前、どこかのパーティーで一緒になったのだろうが、アーサーの記憶にはない。差出人に書いてあった名前を知っているだけ。
「あなたと結婚するために求婚は全て断ってきたのよ! 大富豪からの求婚だってあったわ! でもあなたは私の運命の人だからって全部断ってきたのに! 私以外と結婚するなんてどういうつもり!?」
四十二年という寿命の半分を過ぎた中、どんなに記憶を辿っても誰かと婚約の約束をした覚えはないし、運命の相手と感じたのはマリーだけ。他の令嬢と軽口でさえそんな話題は口にしたことがない。
彼女の中でだけ記憶が捏造されているのだろう。妄想が彼女の中でだけ現実となり、本当の現実との区別がつかなくなった。
「その女に迫られたのよね? 若さを利用して迫る薄汚い泥棒猫! 絶対に許さない! 彼は私のものよ!」
血走った目が彼女の怒りを表しており、底知れぬ恐怖を感じさせる。
今日が二人の結婚式であることは誰もが知っているが、国に入れるのは招待状を持っている者だけ。門番は賄賂に傾くような人間ではないと信じたいが、わからない。
危惧していたことが起こってしまったと眉を寄せながらマリーを後ろへと下がらせる。
狙いはマリー。
「アンタさえいなくなれば彼は私の元に戻ってくるのよ!」
最高の結婚式になるはずだった。皆に笑顔で見守られ、世界で一番美しい花嫁を抱き上げて花道を歩く。マリーが望んだ白い花をフラワーシャワーにして、皆で軽い食事をする会場へと移動する予定だったのに全てがぶち壊しになった。
「悪いが、私は君を知らない」
「は……?」
「マリーと結婚するのは私がマリーに惹かれたからだ。迫られたからじゃない。私は後にも先にもマリーだけのものであって君のものになることは一生ない」
挑発するべきではないと分かっていながらも冷静でいられないのは今日という特別な日が彼女のせいで最悪の日に変わってしまったから。
何ヶ月も前から打ち合わせをして最高の日になると確信していたことが全て台無しにされた怒りはアーサーをクールな男ではいさせてくれなかった。
「ふざけないでよ! あなたが待ってって言うから待ってたのよ!」
「君と言葉を交わしたことは一度もない」
「目で伝えてきたじゃない!」
最も厄介な相手だとアーサーはうんざりする。
一度でも言葉を交わしたことがあるのならニュアンスの問題で勘違いする者は今までにも何人かいた。しかし、目が合っただけで勘違いする人間は初めてだ。
これは勘違いではなく“妄想“であり、その妄想に取り憑かれて三十年間と言う長い年月をアーサー・アーチボルトと結婚するためだけに結婚しなかった令嬢には同情するが、だからといって許すことはできない。
「私が結婚したい女性はマリー・アーネットだけだ。君じゃない」
「十七歳の子供にあなたの魅力を理解できるはずないじゃない! 私だけよ。私だけがあなたを理解してあげられるの。私だけがあなたの全てを理解できるんだから」
震えた声と共に震え出したナイフを握る手。怒りからか、悲しみからかわからない感情が相手の中に溢れているのはわかる。
一歩下がれば一歩近付いてくる。
使用人たちがなんとかしようと動こうとするのをアーサーが手を向けて動かないよう指示した。
「申し訳ないが私は君など――」
知らないと言おうとしたとき、マリーが前に出てきた。
近付かないように慌てて腕の中へ抱き込むと女の表情がカッとなる。
「彼から離れなさい!」
「アーサー様、少しお話をさせてください」
「ダメだ。話の通じる相手じゃない。彼女は妄想と現実の区別がついていないんだ。それに凶器も持っている。君を傷つける可能性があるのに話なんてさせられない」
何をするかわからない。今はそれが一番怖い。あのナイフの先が少しでもマリーに当たればマリーの肌に傷ができる。
結婚式という最高にめでたい日にマリーの肌にも心にも一生の傷が残ることだけは避けたい。
「彼から離れろって言ってるのよ!」
「私は――」
「離れろって言ってるのよ! 離れろ離れろ離れろ離れろ! さっさと離れろぉぉぉおお!」
マリーはまだ何も言っていない。相手を挑発させるようなことも宥めるようなことも言っていないのに、マリーがアーサーの腕の中にいるというだけで気に入らないのだ。
彼女の中では今日この日、ウエディングドレスを着ているのは自分で、アーサーの腕の中にいるのも自分であるはず。それなのに今はマリーがウエディングドレスを着て、アーサーの腕の中にいる。
全て奪われたのだと怒りを露わにする女の奇声が響き渡り、マリーを睨む目は一層憎悪の色を濃くした。
「そのドレスは私のよ! 私が用意した物なのよ! それをこの泥棒猫!」
「このドレスは祖母が仕立ててくれた物です!」
「嘘をつくな! それは私が結婚式用に仕立てたドレスよ! 貧乏人のくせにそんな立派な物を仕立てられるはずないでしょ! アーサー、わかるでしょ? この女は嘘つきで盗人なの! 平気で嘘をついて盗むのよ! あなたにも嘘をついてるわ! とんでもない嘘をね! 今すぐ目を覚まして私の元に帰ってきて! そして結婚しましょう! あなたが帰ってきてくれるなら私、全てを許すわ」
暴走する妄想に支配されている状態。
マリーのドレスはカサンドラが仕立てた物であり、面識のない令嬢の物であるはずがない。そもそも全くサイズが違うのだ。マリーが着ているドレスを女が着ようとしても絶対に着られない。それなのに女は自分のドレスだと言い張り、挙げ句の果てにマリーを盗人扱い。
呆れるという感情はどういうものだったか忘れてしまいそうになるほどアーサーは疲れを感じている。
「……そう、やっぱりその女が邪魔なのね……」
「ナイフを下ろすんだ」
「いやよ。その女を始末しないとあなたは私の元に帰ってこないもの……」
「ナイフを下ろせ。さもないと――」
「ああぁぁあぁぁああああああ!」
アーサーの忠告も聞かず、女はナイフを両手で握って地面を蹴った。一気に駆け出し、マリーを傷つけるつもりの女にアーサーは首を振った。
「ガッ……!?」
女のナイフが届く前に長い足が間に入ってナイフを蹴り上げた。ナイフが手を離れたことで動きが止まった女の顔にそのまま靴の甲がめり込み、吹き飛ばした。
ベンチまで吹き飛んだ体は背中からぶつかって目を見開いた後、気を失った。
「ハンネスさん」
「レディに暴力を振るうのは紳士としては避けたいところでしたが、彼女はレディとして見るには少々上品さに欠けましたので今回は特別ということで」
手は後ろ手に回ったまま足だけで正確にナイフを蹴飛ばし、そのまま女を吹き飛ばしたハンネスの言葉にアーサーは呆れる。
「少々? 上品さに欠ける? それどころじゃない。彼女は常軌を逸していた。精神病棟に入るべきだ」
「異論はありませんが、それを決めるのは私たちではありませんので」
「警察は呼んであるか?」
「もちろんです」
大きなため息を吐かずにはいられない。
これから警察がやってきて事情聴取が始まる。
招待していない女が連行され、結婚式は終了。
新鮮な気持ちでやり直すことなどできるはずがない。今日という日は二度と戻ってこないのだから。
「マリー、すまない。私が解決していればこんなことにはならなかったのに……」
解決しておけと言われたのにアーサーはほったらかしていた。どう対処すればいいのかわからず、そのままにした結果がこれだと後悔からマリーに頭を下げた。
「忘れられない思い出の一つになりましたね」
マリーに震えはない。不安な表情でもない。本当にそう思ってくれているのならアーサーにとって大きな救いとなる。
大事な結婚式に現れたイカれた女。年月が経てば笑い話になるが、今日明日すぐに笑い話にできることではない。
これから毎日笑顔でいさせてやりたいとは思っているが、今日は特別、最高の笑顔にしてやりたいと思っていたのにできなくなってしまった。
「アーサー様、どんなことが起きようと私たちが結婚することに変わりありません」
「だが、結婚式は一生に一度だ。君の理想を叶えた最高の式になるはずだったのに……」
結婚式が台無しになって落ち込んでいるのは花嫁ではなく花婿。
アーサーはマリー以上に今日の結婚式を楽しみにしていた。マリーの花嫁姿、マリーと歩くウエディングロード、女神の祝福を受けて幸せな気持ちで一日を終えるはずだった。
アーサーの頭の中には完璧なプランがあり、それは当然、初夜まで描かれている。それも今日はそういう雰囲気にはきっとならない。
急いでいるわけではないが、それでも夫婦になったからには繋がる正当な理由ができたのだ。
早くマリーの全てを手に入れたい。全てに触れたい欲は出会ってからずっとアーサーの中に渦巻いている。
「この令嬢、どうしましょうか? 警察が到着するまで木に吊るしておきますか?」
「……やめてくれ」
マリーが聞いていなければ門にでも吊るしておきたい気分だったが、マリーがいる以上そんなことができるはずがない。
「アーサー様」
「ベンジャミン、カサンドラ……」
「大丈夫ですか?」
「すまない。マリーの結婚式を台無しにした。全て私の責任だ」
「お怪我がなくて何よりです」
「台無しになんてなっていませんよ。二人が無事なら何度でもやり直せるんですから」
二人の声掛けにアーサーは苦笑する。弱いのは自分だけで守られているのも自分。女々しいとハンネスが言うのもわかるともう一度ため息を吐き出すと頬を両手で叩いて笑顔へと変える。
「いつか笑い話になりますよ」
前向きなマリーに頷けばそのままマリーを抱きしめて目を閉じる。
「招待客をもてなさないとだね」
「そうですよ。せっかく来てくださってるんですから」
二人は手を繋義、避難した招待客たちの前へと戻って安全は確保したことを伝えた。あとは警察に任せること、もし良ければパーティーは続けたいということ。強制ではなく、参加は自由だということも。
ほとんどの者が参加すると笑顔を見せてくれた。二人はそれならと笑顔で顔を見合わせ、それぞれがかけてくれる挨拶とお祝いにお礼を言って回った。
結婚式の内容を話し合って細かな訂正などを行ってから当日まではあっという間だった。
一日は二十四時間ではなく三時間ぐらいしかなかったのではないかと思うほど早かった今日という日。
アーサーは鏡の中の自分と見つめ合いながら青い顔で立っている。
結婚式は一生に一度。それは花嫁だけではなく花婿も一緒。
二度三度と行う者もいるが、アーサーは一度でいい。
三日前にアルキュミアに入ったマリーとベンジャミンたち。カサンドラは今、マリーの着付けを手伝っている最中だろう。
世界で一番美しい花嫁であることは間違いない。カサンドラが縫い上げたマリーの理想のドレスを身に纏って出てくるのを待つ自分は今以上にひどい顔をしていたらどうしようと不安に襲われるアーサーはのんびりソファーに腰掛けているハンネスに振り返った。
「よく水分が喉を通るな」
「私の結婚式ではございませんので」
「主人の結婚式だぞ? 緊張しないのか?」
「ご主人様の緊張を見ていれば逆に和らぎます」
「他人事だと思って……」
いつでも涼しい顔をしてみせるアーサー・アーチボルトが緊張で吐きそうになっている姿など滅多に見れるものではない。
きっと後にも先にもこの瞬間だけだろう。
彼も人の子なのだとハンネスは緊張よりも嬉しさの方が大きい。
「マリー様の方がよっぽど美しいお顔をなさっていましたよ」
「見たのか!? 僕より先に!?」
「ええ」
「ハンネス……一生恨むぞ」
「おやおや、恐ろしいことを。冗談ですよ」
「お前の冗談はわかりにくいんだ」
今はそれが冗談であるかどうかを見抜く余裕もないほど緊張しているアーサーは鏡へと向き直って衣装に乱れがないかを何度も確認する。
「ハンネス、おかしくはないか? 大丈夫か?」
「顔色以外は平気です」
「よし、なら大丈夫だ」
「お酒を一杯だけでも飲まれてはいかがですか?」
「酒臭い口で誓いのキスをしろと?」
「失礼いたしました」
酒を飲めば緊張も和らぐと思っての発言だったが、アーサーの指摘に立ち上がって頭を下げたハンネス。
「アーサー様、マリー様の準備ができました」
「わかった。行くよ」
ハンネスが長くアーサーに仕えているのには理由がある。
緊張で吐きそうになっている男は真っ青な顔で今にも倒れるのではないかと心配になるほどだったが、マリーの準備ができたと聞いた瞬間、一瞬で覚悟を決めたように顔色が戻った。
鏡の中の自分に頷いて姿勢を正し、開けられたドアから出ていく。赤い絨毯が敷かれた廊下を歩く後ろ姿は立派なもので、さっきまで緊張で震えていた男と同一人物だとは思えない。
人前では一切の不安を見せないのがアーサー・アーチボルトという男。苦手な女性相手にも笑顔で接する。
やるべきことをやり遂げる男だからこそハンネスはアーサーを面白いと思い、長年仕え続けている。
自分の人生を捧げるに相応しい男だと確信しているのだ。
「ハンネス」
庭に設置した会場へ続くドアの前で立ち止まり振り返ったアーサーにハンネスは首を振る。
「どうぞ笑顔でマリー様をお迎えください」
ハンネスの言葉に笑顔を見せたアーサーは静かに頷き、白い花で飾られた花道を歩いていく。
感謝の言葉は必要ない。ハンネスは自分が仕えたくて仕えているだけ。感謝されるようなこともない。結婚しようとハンネスがアーサーに仕えるのはこれからも変わりないのだから。
「アーサー様、まさか貴方様の結婚式を任せていただけるとは思っていませんでした」
「よろしく頼むよ」
笑顔で挨拶を交わしながらもアーサーは内心落ち着かないでいる。
今、マリーはこっちに向かっている。そろそろドアの近くに着いた頃だろうか。自分が出てきたドアが閉まっている。その向こうにマリーはいる。そう考えるとさっきよりも心臓がうるさい。
純白のドレスに身を包んだマリーの美しさ。想像が浮かんでは消えていく。きっと自分が想像するより遥かに美しいのだろうと口元が自然と緩んでいく。
呼んだ奏者たちが鳴らす定番曲。それに合わせてドアがゆっくりと開く。
「ああ……」
思わず声が漏れてしまうほど美しかった。遠目でもわかるその美しさにアーサーは不思議と心臓が落ち着いていくのを感じ、マリーが歩いてくるのをジッと待つ。
ベンジャミンだけではなく、カサンドラも一緒に歩いてくる。両脇に育ての親を添えて一緒にウエディングロードを歩く。
予定にはなかったことだ。ベンジャミンが隣を歩き、カサンドラは指定の席で待っているはずだった。しかし、見送らせたくなかったのだろう。ベンジャミンだけではない、カサンドラにも育ててもらったのだからと。
容易に想像がつくその優しさがマリーらしいと嬉しくなる。
ベンジャミンは既に涙を流しており、マリーがそれを笑い、カサンドラがハンカチを渡す。
この家族をずっと見ていたいと思う気持ちは今も変わらない。できればアルキュミアに招いて一緒に暮らしてほしいと思うほどに。
「アーサー様、孫を……マリーを、どうぞ……よろしくお願いします」
ボロボロと涙をこぼすベンジャミンを見ているとアーサーまで涙が溢れそうになる。この涙は両親が流すものとは少し違うような気がして、胸が苦しくなった。喜びや寂しさが入り混じった中にある願いに応えるようにアーサーは頷いた。
「マリー、君は今、世界で一番美しい花嫁さんだよ」
「ありがとうございます」
手を取り、二人で神父の前まで数歩進んで立ち止まる。
ベンジャミンとカサンドラが席に着いたのを神父が確認してから二人を見た。
「今日この素晴らしき青空の下、女神アーラの祝福を受けるお二人に愛の誓いをしていただきます。アーサー様、誓いの言葉を」
今日この日のために何ヶ月もかけて考えた誓いの言葉。書いては破りを繰り返すこと数十回。完璧に書けた言葉だと自賛した内容を書いた紙をポケットから取り出そうとしてやめた。
手をポケットから離してマリーの手を握り、真っ直ぐ見つめた。
「君に求婚したのは君が甥であるネイトに婚約破棄された日だった。無神経だと思ったのは国に帰ってからで、それまで私は君を救ったつもりになっていたんだ。君に結婚しようと言った日から今この瞬間まで気持ちは変わっていない。君を好きだと、守りたいと思った気持ちにね。いや、今はあの時以上に強く思ってるよ。君と手を繋いで、キスをして、ピアスも開けた。これからもたくさんのことを君と共に経験していきたい。そしてこれからは夫として君を愛し、守り続けていくことを誓うよ。愛してる」
嘘偽りのない気持ち。恋だ愛だと語れるだけの経験はない。耳で聞き、目で見た情報が全てだったアーサーだが、今は自分の心が教えてくれる。この込み上げる気持ちこそが愛なのだと。
「私は……アーサー様に相応しい女性ではないと思います。ですが、相応しい妻になりたいと思っています。私を愛していると言ってくださる素敵な夫に自慢していただけるような素敵な妻になりたいです。結婚しないかと言ってくださったあの日から、アーサー様が与えてくださった愛をちゃんとお返しできるよう頑張ります」
「愛してるって言葉は言ってくれないのかい?」
結婚式の日に意地悪すべきではないとわかっているが、皆の前で言わせるチャンスは今しかない。
耳元で問いかけられた言葉に驚いたように目を見開くマリーに笑顔を向けると困った顔が返ってくるも
「愛しています」
ちゃんと言ってくれた。
「女神アーラの名の下に、二人を夫婦と認めます」
少ない招待客だが、最大の拍手を送ってくれる。
その拍手を耳にしながら二人は触れ合うだけのキスをする。
今までと変わらないキス。もっと深いキスをしたことだってあるのに、今しているキスは特別だと感じる。
夫婦になって初めてのキス。それだけで愛おしかった。
使用人たちが白い服に身を包み、白い花びらが入ったカゴを持って花道で待機している。
「行こうか」
腕を差し出し、腕が添えられる。ゆっくりと歩いていくと花が降ってくる。
「おめでとうございます!」
祝いの言葉と共に降る花と太陽の光、空の青さが美しく、目を細めるアーサーとマリー。
幸せへと続く花道―――であるべきだったのだが
「許さない!」
招待した客の中の一人が立ち上がって大声を上げた。
「アーサー様……?」
「招待していない人間だ」
顔見知り程度の人間は招待していない。本当に呼びたい相手だけを呼ぶことにしたため知らない人間がいるはずがない。だが、立ち上がっている女は知らない人間。
立ち上がって声を上げるだけならまだいい。しかし、女性はどこに隠し持っていたのか、ナイフを握っている。
普通ではない雰囲気を纏っている令嬢がしつこく手紙を送ってきていた相手だろうかと眉を寄せながらマリーを後ろに隠したアーサーは片手を伸ばしてナイフをこっちへ渡すよう伝えた。
「裏切り者! あなたが結婚を申し込んでくれるのをずっと待っていたのに!」
あの手紙の人物で間違いない。
「あなたに恋をして三十年! ずっと待ってた! あなたはシャイな人だから恥ずかしがってプロポーズできないんだって! でもいつか必ずしてくれるって待ってたのに!」
見たところ、令嬢は四十を超えている。アーサーと同い年か、上か。三十年前、どこかのパーティーで一緒になったのだろうが、アーサーの記憶にはない。差出人に書いてあった名前を知っているだけ。
「あなたと結婚するために求婚は全て断ってきたのよ! 大富豪からの求婚だってあったわ! でもあなたは私の運命の人だからって全部断ってきたのに! 私以外と結婚するなんてどういうつもり!?」
四十二年という寿命の半分を過ぎた中、どんなに記憶を辿っても誰かと婚約の約束をした覚えはないし、運命の相手と感じたのはマリーだけ。他の令嬢と軽口でさえそんな話題は口にしたことがない。
彼女の中でだけ記憶が捏造されているのだろう。妄想が彼女の中でだけ現実となり、本当の現実との区別がつかなくなった。
「その女に迫られたのよね? 若さを利用して迫る薄汚い泥棒猫! 絶対に許さない! 彼は私のものよ!」
血走った目が彼女の怒りを表しており、底知れぬ恐怖を感じさせる。
今日が二人の結婚式であることは誰もが知っているが、国に入れるのは招待状を持っている者だけ。門番は賄賂に傾くような人間ではないと信じたいが、わからない。
危惧していたことが起こってしまったと眉を寄せながらマリーを後ろへと下がらせる。
狙いはマリー。
「アンタさえいなくなれば彼は私の元に戻ってくるのよ!」
最高の結婚式になるはずだった。皆に笑顔で見守られ、世界で一番美しい花嫁を抱き上げて花道を歩く。マリーが望んだ白い花をフラワーシャワーにして、皆で軽い食事をする会場へと移動する予定だったのに全てがぶち壊しになった。
「悪いが、私は君を知らない」
「は……?」
「マリーと結婚するのは私がマリーに惹かれたからだ。迫られたからじゃない。私は後にも先にもマリーだけのものであって君のものになることは一生ない」
挑発するべきではないと分かっていながらも冷静でいられないのは今日という特別な日が彼女のせいで最悪の日に変わってしまったから。
何ヶ月も前から打ち合わせをして最高の日になると確信していたことが全て台無しにされた怒りはアーサーをクールな男ではいさせてくれなかった。
「ふざけないでよ! あなたが待ってって言うから待ってたのよ!」
「君と言葉を交わしたことは一度もない」
「目で伝えてきたじゃない!」
最も厄介な相手だとアーサーはうんざりする。
一度でも言葉を交わしたことがあるのならニュアンスの問題で勘違いする者は今までにも何人かいた。しかし、目が合っただけで勘違いする人間は初めてだ。
これは勘違いではなく“妄想“であり、その妄想に取り憑かれて三十年間と言う長い年月をアーサー・アーチボルトと結婚するためだけに結婚しなかった令嬢には同情するが、だからといって許すことはできない。
「私が結婚したい女性はマリー・アーネットだけだ。君じゃない」
「十七歳の子供にあなたの魅力を理解できるはずないじゃない! 私だけよ。私だけがあなたを理解してあげられるの。私だけがあなたの全てを理解できるんだから」
震えた声と共に震え出したナイフを握る手。怒りからか、悲しみからかわからない感情が相手の中に溢れているのはわかる。
一歩下がれば一歩近付いてくる。
使用人たちがなんとかしようと動こうとするのをアーサーが手を向けて動かないよう指示した。
「申し訳ないが私は君など――」
知らないと言おうとしたとき、マリーが前に出てきた。
近付かないように慌てて腕の中へ抱き込むと女の表情がカッとなる。
「彼から離れなさい!」
「アーサー様、少しお話をさせてください」
「ダメだ。話の通じる相手じゃない。彼女は妄想と現実の区別がついていないんだ。それに凶器も持っている。君を傷つける可能性があるのに話なんてさせられない」
何をするかわからない。今はそれが一番怖い。あのナイフの先が少しでもマリーに当たればマリーの肌に傷ができる。
結婚式という最高にめでたい日にマリーの肌にも心にも一生の傷が残ることだけは避けたい。
「彼から離れろって言ってるのよ!」
「私は――」
「離れろって言ってるのよ! 離れろ離れろ離れろ離れろ! さっさと離れろぉぉぉおお!」
マリーはまだ何も言っていない。相手を挑発させるようなことも宥めるようなことも言っていないのに、マリーがアーサーの腕の中にいるというだけで気に入らないのだ。
彼女の中では今日この日、ウエディングドレスを着ているのは自分で、アーサーの腕の中にいるのも自分であるはず。それなのに今はマリーがウエディングドレスを着て、アーサーの腕の中にいる。
全て奪われたのだと怒りを露わにする女の奇声が響き渡り、マリーを睨む目は一層憎悪の色を濃くした。
「そのドレスは私のよ! 私が用意した物なのよ! それをこの泥棒猫!」
「このドレスは祖母が仕立ててくれた物です!」
「嘘をつくな! それは私が結婚式用に仕立てたドレスよ! 貧乏人のくせにそんな立派な物を仕立てられるはずないでしょ! アーサー、わかるでしょ? この女は嘘つきで盗人なの! 平気で嘘をついて盗むのよ! あなたにも嘘をついてるわ! とんでもない嘘をね! 今すぐ目を覚まして私の元に帰ってきて! そして結婚しましょう! あなたが帰ってきてくれるなら私、全てを許すわ」
暴走する妄想に支配されている状態。
マリーのドレスはカサンドラが仕立てた物であり、面識のない令嬢の物であるはずがない。そもそも全くサイズが違うのだ。マリーが着ているドレスを女が着ようとしても絶対に着られない。それなのに女は自分のドレスだと言い張り、挙げ句の果てにマリーを盗人扱い。
呆れるという感情はどういうものだったか忘れてしまいそうになるほどアーサーは疲れを感じている。
「……そう、やっぱりその女が邪魔なのね……」
「ナイフを下ろすんだ」
「いやよ。その女を始末しないとあなたは私の元に帰ってこないもの……」
「ナイフを下ろせ。さもないと――」
「ああぁぁあぁぁああああああ!」
アーサーの忠告も聞かず、女はナイフを両手で握って地面を蹴った。一気に駆け出し、マリーを傷つけるつもりの女にアーサーは首を振った。
「ガッ……!?」
女のナイフが届く前に長い足が間に入ってナイフを蹴り上げた。ナイフが手を離れたことで動きが止まった女の顔にそのまま靴の甲がめり込み、吹き飛ばした。
ベンチまで吹き飛んだ体は背中からぶつかって目を見開いた後、気を失った。
「ハンネスさん」
「レディに暴力を振るうのは紳士としては避けたいところでしたが、彼女はレディとして見るには少々上品さに欠けましたので今回は特別ということで」
手は後ろ手に回ったまま足だけで正確にナイフを蹴飛ばし、そのまま女を吹き飛ばしたハンネスの言葉にアーサーは呆れる。
「少々? 上品さに欠ける? それどころじゃない。彼女は常軌を逸していた。精神病棟に入るべきだ」
「異論はありませんが、それを決めるのは私たちではありませんので」
「警察は呼んであるか?」
「もちろんです」
大きなため息を吐かずにはいられない。
これから警察がやってきて事情聴取が始まる。
招待していない女が連行され、結婚式は終了。
新鮮な気持ちでやり直すことなどできるはずがない。今日という日は二度と戻ってこないのだから。
「マリー、すまない。私が解決していればこんなことにはならなかったのに……」
解決しておけと言われたのにアーサーはほったらかしていた。どう対処すればいいのかわからず、そのままにした結果がこれだと後悔からマリーに頭を下げた。
「忘れられない思い出の一つになりましたね」
マリーに震えはない。不安な表情でもない。本当にそう思ってくれているのならアーサーにとって大きな救いとなる。
大事な結婚式に現れたイカれた女。年月が経てば笑い話になるが、今日明日すぐに笑い話にできることではない。
これから毎日笑顔でいさせてやりたいとは思っているが、今日は特別、最高の笑顔にしてやりたいと思っていたのにできなくなってしまった。
「アーサー様、どんなことが起きようと私たちが結婚することに変わりありません」
「だが、結婚式は一生に一度だ。君の理想を叶えた最高の式になるはずだったのに……」
結婚式が台無しになって落ち込んでいるのは花嫁ではなく花婿。
アーサーはマリー以上に今日の結婚式を楽しみにしていた。マリーの花嫁姿、マリーと歩くウエディングロード、女神の祝福を受けて幸せな気持ちで一日を終えるはずだった。
アーサーの頭の中には完璧なプランがあり、それは当然、初夜まで描かれている。それも今日はそういう雰囲気にはきっとならない。
急いでいるわけではないが、それでも夫婦になったからには繋がる正当な理由ができたのだ。
早くマリーの全てを手に入れたい。全てに触れたい欲は出会ってからずっとアーサーの中に渦巻いている。
「この令嬢、どうしましょうか? 警察が到着するまで木に吊るしておきますか?」
「……やめてくれ」
マリーが聞いていなければ門にでも吊るしておきたい気分だったが、マリーがいる以上そんなことができるはずがない。
「アーサー様」
「ベンジャミン、カサンドラ……」
「大丈夫ですか?」
「すまない。マリーの結婚式を台無しにした。全て私の責任だ」
「お怪我がなくて何よりです」
「台無しになんてなっていませんよ。二人が無事なら何度でもやり直せるんですから」
二人の声掛けにアーサーは苦笑する。弱いのは自分だけで守られているのも自分。女々しいとハンネスが言うのもわかるともう一度ため息を吐き出すと頬を両手で叩いて笑顔へと変える。
「いつか笑い話になりますよ」
前向きなマリーに頷けばそのままマリーを抱きしめて目を閉じる。
「招待客をもてなさないとだね」
「そうですよ。せっかく来てくださってるんですから」
二人は手を繋義、避難した招待客たちの前へと戻って安全は確保したことを伝えた。あとは警察に任せること、もし良ければパーティーは続けたいということ。強制ではなく、参加は自由だということも。
ほとんどの者が参加すると笑顔を見せてくれた。二人はそれならと笑顔で顔を見合わせ、それぞれがかけてくれる挨拶とお祝いにお礼を言って回った。
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