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錬金術師ギルバート
しおりを挟む「私、車って初めて乗ります」
「見たことは?」
「ありません。今、初めて見ます」
馬車と交代したように停まっている車をマリーは物珍しげに見ていた。
車が生産している国はまだ少なく、マリーの住むクルンストではまだ車は生産されていない。クルンストの首都に住んでいる者でも見たことがあると言う者は少ないだろう。郊外に住んでいるマリーが見たことがないのも仕方ない。
「クルンストはまだ馬車が主流だからね。アルキュミアは車が主流になってるんだ」
「馬車を引いていた馬はどうされたのですか?」
「乗馬施設で働いてもらってるよ」
「それは素敵ですね」
アルキュミアに馬車は必要ない。だからといって馬まで捨てることはできない。そのためアルキュミアでは乗馬施設を作って国民達の娯楽として開放した。
家で馬は飼えないが乗りたいという声が多かったことから観光地ではなく地元民の娯楽施設となっている。
「ではどうぞ、お姫様」
馬車と違ってドアも屋根もない。あるのは運転席と助手席のシートだけ。差し出された手を取ってステップに足をかけ、恐る恐る乗りこむと馬車のシートとはまた違う座り心地に緊張する。
「マリー様、こちらをお忘れですよ」
「あ、ごめんなさい。ありがとうございます」
「アルキュミアをお楽しみください」
「楽しんでき──ひゃあっ!」
ハンネスが届けてくれた日傘を受け取って笑顔で軽く頭を下げるも運転席に乗り込んだアーサーがエンジンをかけたことでその音と振動にマリーの身体が大袈裟なほど飛び上がる。
「はっはっはっはっ! ごめんごめん。驚かせてしまったね」
「とても、大きな音がするんですね」
「そうだね。もっと静音化できたらいいんだが、まだまだ試行錯誤中で結果が出るのはまだ先かな」
馬車も職人達が試行錯誤を繰り返して便利になった。車も同じなのだと思うが、なぜ馬車にある壁やドアを作らないのかがわからないマリーは、不思議な構造を改めて見回す。
「安全運転を心がけるけど、あちこち見回して落ちないように気をつけて」
「あ、はい!」
アーサーの言葉に見回すのをやめて座席の左側についているグリップを握って身体を固定する。エンジンが音を立てるのに合わせて振動し続ける違和感が馬車とは全く違う。馬がいないのにどうやって走るのだろうかとアーサーを見ると視線に気付いたアーサーがマリーと目を合わせた後、目を細めてから前を向いて車を走らせた。
急に動き始めた車にグリップを握る手にも力が入る。どうやって走っているのか、どうやって止まるのか。馬が引いているのではない。だから手綱はない。緊張で吐きそうな気分だった。
「マリー、大丈夫かい?」
「だ、大丈夫です!」
「馬車で行ったほうがよかったかな」
「へ、平気です!」
強がりではあるが、自分はアーサーの妻になってこの国で暮らしていくのだから主流である物に慣れる必要があると踏ん張っていた。
(運転してる姿を見る余裕なんかないか)
運転している姿を見てもらってかっこいいと思ってほしいというアーサーの下心は無惨にも砕け落ちた
「マリー、着いたよ」
エンジン音が止まると振動も止まる。いつの間にか閉じていた目を開けると何かの建物の前に停まっていた。
「おいで」
助手席側に回ってきたアーサーの手を借りて降りるとそのまま握られた手を引かれて一緒に中へ入っていく。チラッと見た看板には【リサイクルショップ】と書いてあった。
店の中は少し薄暗く、なんとなく不気味な雰囲気。マリーは反対の手でアーサーの袖を掴んで警戒しながら進んでいく。カウンター前で止まったアーサーはマリーを守るように背後に移動させたあと、声をかけた。
「おじゃましてもいいかな?」
「おいおい、営業中って看板出てたか? 気分次第で営業って書いてただろ。いくらアーサー・アーチボルトでも例外はねぇよ。帰んな」
奥にいたローブのフードを深くかぶった男は声の主が誰かわかっていながらも横柄な態度で追い返そうとする。大公国の君主で、ローブの男は国民。それなのに犬を追い払うような仕草で帰らせようとすることにマリーは驚きが隠せず戸惑っていたが、アーサーは楽しそうにクスッと笑い声を漏らす。
「婚約者を連れてきたって言ってもかい?」
「ッ!? マジかよ! どこだ!?」
「ここだよ」
急に声色を変えて興味津々といった様子で立ち上がり、カウンターまで秒で寄ってきた男の前にマリーを出した。ヒッと短い声を上げるマリーは戸惑ったまま振り返るもアーサーは笑顔。
「ちっちぇな~……」
「可愛いだろう」
「いや、俺のサイズ考えると小さいのはあんまり。お前もだろうに……可哀相だな、お嬢ちゃん」
「え……なんの、話……」
「なんでもないよ、マリー」
余計なことを言うなと目を見開いて無言の圧力をかけるアーサーに男は大笑いしながらローブを下ろして顔を見せた。
無精ひげを生やしたワイルドな風貌はどこかの国で騎士団長をやっていてもなんら違和感はないだろう野性味を感じさせる。
「彼女はマリー。マリー、彼はギルバート。この店の店主で、アルキュミア唯一の錬金術師だよ」
「ギルって呼んでいいぜ」
「錬金術って……不老不死を可能にするという?」
「おうおう、すげー話が出来上がってんな。不老不死を成功させようとした時代も確かにあったが、錬金術自体上手くできてなかった時代だぜ。可能にはしてねぇよ。夢物語で終わっちまった」
アーサーとは全く違う喋り方にマリーはどう対応していいかわからず困惑し続けている。マリーの周りで砕けた口調で喋ったのはネイトだけ。そのネイトよりずっと乱暴な口調で喋るギルバートがどういう人間なのかわからないため、マリーは振り返ってアーサーを見上げた。
「どうしたんだい? ああ、ギルが怖い? 熊みたいだしね。大丈夫。私が守ってあげるよ」
包み込むように腕を回して抱きしめるアーサーの機嫌は良く、頭頂部に口付けを落とす。
「はあ? なんだそりゃお前。完全無欠のアーサー・アーチボルトも女を知ってすっかり軟弱になっちまったってか」
「柔和になったって言ってくれるかい? 真実の愛を見つけた男なんてこんなもんだよ」
「こんな若いお嬢ちゃん捕まえてナニしようってんだ?」
「妻にしようとしてる」
「可哀相なのに捕まったな」
「うるさい」
親しげに言葉を交わす二人の笑顔を見ていると、ただの大公と国民というわけではなく親しい間柄なのがよくわかる。顔は怖いし口調も乱暴だが、笑顔は人の警戒を簡単に解かせるような豪快なもの。アーサーの腕から抜けて手を差しだすことはしないが、強い警戒は解いた。
「あの……」
「あ?」
「ギル、返事が怖いよ」
「チッ……どした?」
「あれは、なんですか?」
怖い自覚はあるのか言い直したギルバートを見上げた後、店の奥にある発光する緑の炎の上にある大釜から立ちのぼる蛍光ピンクの煙を指さした。
店内が暗いからこそ、その二つがよく見える。
「ああ、あれか? 連れてってやろうか?」
「お前の皮膚一枚でもマリーに触れたら、その手を切り落とす」
「いっ!?」
抱きあげてカウンターを超えさせようと考えたギルバートがマリーに手を伸ばすもその手はアーサーのそこそこ威力のある手刀によってカウンターに叩き落された。目にも止まらぬ早業に避けられずカウンターに強く叩きつけられた手に走る痛みに慌てて手を揺らして痛みを軽減しようとするギルバートがアーサーを見るとアーサーは笑顔だった。さっきマリーに向けていた笑顔とは異なる対敵用の笑顔。
大きな溜息を吐いて顔の横に両手を上げて首を振る
「お嬢ちゃん、悪いことは言わねぇから今からでも婚約破棄しろ」
「余計なこと言ってないで説明」
さっきから同情ばかりするギルバートはアーサーのことをよく知っている。それは確かだが、婚約破棄された自分が婚約破棄などありえないとマリーは小さく笑ってしまう。
「あれが錬金術すんのに必要不可欠な大釜だ」
「あれで何をするんですか?」
「錬金術だっつってんだろ」
「えぇ……」
ヤギの鳴き声のような声を漏らすマリーを強く抱きしめて思いきり眉を寄せるアーサーは口パクでこう伝えた。
〝電話するぞ〟
何を言っているかわかったギルバートは乱暴に頭を掻いて奥へと進んでいく。
「こっち来い。見せたほうが早い」
「わ、私なにか怒らせるようなこと言ってしまったのでしょうか?」
「彼はね、錬金術でなんでも作れるんだけど、人の心だけは作れなかったんだ。だから優しさとか思いやりがないんだ。許してあげてくれるかい?」
「あ、はい」
「おい、適当なこと言うな。お前も納得すんな。あ、はい。じゃねぇだろ」
本当は天才が故に説明が苦手なだけ。説明が苦手だからあれこれ説明されるのが嫌いですぐに苛立ってしまう。全て自分の感覚でレシピを作り上げてきただけにマリーの疑問に答えられるかもわからないのだ。
本来、絶対に奥には通さないが、アーサーの婚約者ということもあって奥への通行を許可した。
「マリー、抱っこするけど少し大人しくしててね」
「え? キャッ! あ、あのっ!」
「シーッ。マリー、大人しくして」
一部だけ上がるようになっている板を上げてカウンターを通り抜けると辺りは液体が入った瓶や薬草や粉類が所狭しと置いてあるためマリーが蹴飛ばして怒りを買わないようにアーサーは子供を抱っこするようにマリーを抱きあげて奥へ進んでいく。
姫抱きにされるだけでも恥ずかしいのに子供がされるような抱っこはもっと恥ずかしい。だが、錬金術を知らないマリーが見ても周りにはたくさんの物が置いてあり、下手に歩いて蹴飛ばすわけにはいかないとわかる。
「そのまま抱いてろ。そっちのがよく見えるだろ」
近付くと大釜は予想以上に大きく、マリーの身長と変わらないほどの高さがある。抱っこされている恥ずかしさはあるが、確かにこうして抱かれているほうが見やすい。
「この大釜は魔女の大釜っつって、五百年前、サピエンティア遺跡から発見されたもんだ」
「そんなに大昔の物をどうやって手に入れたのですか?」
「オークションだ」
納得の理由に頷くも、マリーにはその大釜にどれだけの価値があるのか想像もつかない。頭にあるのはその大釜なら何人分のシチューができるだろうということだけ。
「クマの爪、イノシシの牙、松の実、人魚の涙──」
「人魚って……」
「シッ」
人魚はおとぎ話の話であって実在しないはず。瓶の中に入っていた発光する液体を数滴、大釜の中に入れるギルバートに問いかけようとするもアーサーがマリーの唇に指を押し当てて真剣な顔で首を振る。
錬金術は集中力がいるもの。少しでも分量を間違えれば全く違う物が出来上がってしまう。
「んで最後にこのマンドラゴラの根を入れて……」
「キャッ!」
「完成だ」
パラパラと数本の細かい根が大釜の中に入るとボンッと小さな爆発音が鳴り、大釜から上がる白い煙が輪に変わっていく。
ピンクだった大釜の中の煙はいつの間にか青に変わっており、手のひら大ぐらいの小瓶に出来上がったばかりの液体を注いだギルバートがアーサーに手渡した。
「これが錬金術ってもんよ」
ドヤ顔を向けるギルバートにマリーが向けたのは『よくわからない』という顔。
「あんだけの材料からコレを作ったんだぞ」
「それはなんですか?」
「お前さん達の関係を深めるもんだ。主にアーサーが使う」
「栄養剤ですか?」
「残念。これは精力増──」
「ただのスタミナ剤だよ」
ギルバートの言葉を遮って笑顔を見せるアーサーの脅迫はまだ続いている。マリーの顔が近いため目を見開くことも口パクで伝えることもできないため頬に書いた。
〝これ以上、余計なことを言ったら飛ぶのは手だけでは済まないぞ〟と。
「ッ!?」
「チッ。ちょっと待ってろ」
急にジリリリリッと大きなベルの音が鳴りだしたことに驚いたマリーと一緒にカウンターの外に戻って床に下ろすとギルバートを指さした。
何かを手に持って耳に当てて喋っている。だが周りには誰もいない。
「ギルバート様は何を、されているのですか?」
「あれはね、電話っていうんだよ」
「でんわ?」
「遠くにいる人とも話せるんだよ。たぶん、あと一年もすればあっという間に流行るんじゃないかな」
聞いたことがない単語に首を傾げるマリーは改めて辺りを見回す。置いてあるガラクタのような物はどれも見たことがない物ばかり。壁にかけてある〝電話〟もそうだ。
アルキュミアは世界で最も最先端の国で最も裕福な国だと言われている。まだ馬車が主流の国が多い中でアルキュミアは車が主流と切り替わっており、電話というものが発明されている。
まるで別世界に来てしまったような感覚だった。
「電話があればアーサー様ともお話ができますか?」
「もちろん」
「あ、でも……困りますね」
「困る?」
「だって、お声を聞いたら絶対に会いたくなってしまうと思うんです。お手紙読んでるだけでもずっと会いたくなってたのに……」
困った顔で笑うマリーを見るアーサーの顔は無表情だった。そうしていなければ冷静さが保てないことがわかっていたから。
自分は四十二歳の大人。性欲が抑えられない十七歳の子供じゃない。腹の中にどれほど獣の本能を宿していようと理性という騎士が戦ってくれる。実際、今こうして必死に騎士は表に出ようとする獣と戦って抑えてくれている。
「でも、離れていてもアーサー様のお声が聞けるのは嬉しいです」
笑顔で見上げてくるマリーを見てアーサー様は心の中でハンネスに謝った。
(ごめん、ハンネス。僕はもうムリかもしれない)
いつの間にか獣が優勢となり、騎士が劣勢となっている。このままではアーサーはマリーに『マリーも疲れているだろうし、本格的な観光は明日にして、今日はもう家に帰ろうか』と言いだしかねない。
ベンジャミンとカサンドラの信頼を裏切るわけにはいかない。何より、マリーを傷つけるわけにはいかない。なんとか我慢しなければと強く目を瞑って必死に堪えていると頬に手が触れた。
「大丈夫ですか? 気分でも?」
(ああ……その顔はダメなんだよ、マリー。そんな顔をされると……)
「アーサー様? あ、ああああああのっ、ここはっ、ギルバート様がいらっしゃいますから!」
小声で拒否をするマリーに迫るアーサーの余裕はない。
「まだ電話してるから大丈夫だよ」
自分はきっと変態なんだと自覚するのはマリーの泣き顔や心配する顔に欲情するから。笑顔も好きだ。それは間違いない。それでもやはり清らかな涙を流すマリーや自分を心配してくれるマリーがたまらなく好きだった。
ここで衣服を剥ぎ取って襲うことは騎士が抑えてくれているため行動せずに済んでいるが、キスがしたい欲は抑えられず顔を近付ける。しかしマリーはここが外であること、ギルバートの店でありギルバートがそこにいることを気にして身体を逸らしてアーサーの胸を押す。それでもアーサーの接近は止まらず、マリーの背中に手を当てて倒れてしまわないように支えるとカウンターに隠れるようにして唇を重ねた。
「ア……サ……」
唇を重ねた瞬間こそ強く胸を押したマリーも音を立てないよう啄まれると身体の力が抜けてしまう。胸を押していた手はいつの間にか胸元のシャツを握っていた。
「マリー、少し唇開けて」
スタミナ剤は飲んでいない。ポケットに入っている。それなのにもっと深くまで味わいたいと思っているアーサーは唇を触れ合わせたまま願いを囁く。触れ合ったまま喋られるくすぐったさはあるが、それに笑う余裕はマリーにはない。ゆっくり唇を開けたその隙間からマリーの中へ侵入しようとした瞬間、頭上からギシッと木が軋む音が鳴った。
「はい、そこまでー」
低い声が二人に待ったをかけ、アーサーが眉を寄せてゆっくり唇を離す。マリーがそのまま床に尻もちをついてしまわないように抱き起して抱きしめるとギルバートを睨みつける。
「アーサー、オメーは発情期の犬か」
返す言葉もない。アーサーは自分でも驚くほど我慢ができなくなっている。初夜は結婚してからだとわかっているから騎士も必死に戦ってくれるが、キスはマリーも許してくれているという思いからか騎士もあまり必死にならない。
初夜が戦争だとしたらキスは鍛錬。騎士の働きぶりはそこまで差があった。
「その様子じゃあ、スタミナ剤はいらねぇな。余計なお世話だったか」
「ギル、口にチャックしてくれ」
楽しげに声を上げて笑うギルバートは止めようとしても止まらない。紹介という目的は果たしたため出ようかとマリーを見ると呼吸を整えようとしているのが見える。
「マリー、大丈夫?」
「あ、はい。あ、あのっ」
「あ? 去勢剤か? いるなら作ってやるぞ」
「去勢? あの、電話が欲しいです」
さっきまでギルバートが使っていた奥の電話を指さして買いたいと言うマリーの全身に視線を這わして身につけている物を確認する。
「金貨百五十枚だ」
「ひゃく……ひゃくご、じゅ……?」
ドレス一枚が大体金貨十五枚。電話一台がドレス十枚分。祖父母がくれるお小遣いはほとんど使わず貯めているが、全て金貨ではないし、かき集めても金貨百五十枚にはならない。
「これはあくまでも本体台だ。魔石を原動力に動かすから魔石代を含むと二百枚になる」
もう驚きに声も出ない。
トンッとカウンターの上に置かれた淡い光を放つ紫色の石が金貨五十枚の価値を持ち、動かない電話は金貨百五十枚の価値。マリーでは到底手が出せない物。
「マリー、私がプレゼントするから大丈夫だよ」
「そんなに高価な物をいただくわけには。おじいさまもおばあさまも気を遣います」
「でもマリーの家に電話があれば、マリーが結婚してこっちに来ても彼らといつでも電話できるんだよ?」
「う……」
そう言われると迷ってしまう。電話があればアーサーといつでも話ができる。手紙に書き合ったように会いたいと声で伝えることができるのだ。笑い声だってそこから聞こえるのだ。おはようやおやすみも言い合えるかもしれない。そう考えると魅力的な申し出ではあった。
しかし、プレゼントとしてもらうには高すぎる。いくら大公といえど金貨二百枚を簡単に出せるものだろうかと心配になる。
「大丈夫だよ、マリー。世の中には友達割引というのがあるんだ。だから僕は金貨二百枚で買わなくていいんだよ。そうだろう、ギル?」
「値切った物を女にプレゼントとは最高にクールだな」
「法外な値段から定価に下げてもらうだけだよ」
「俺が作ったもんだ。俺がつけた値段が定価だっつーの」
アーサーは笑顔、ギルバートはニヤつく。二人の間には火花が散っている。
「ギルバート様、人魚の涙は本物ですか?」
「あ? 本物じゃねぇもん入れる意味あるか?」
「ない、ですけど……人魚は実在するのですか?」
「人間に恋して泡になった人魚しか知らねぇタイプか。お嬢ちゃん、子供の作り方も知らな──んぐっ!?」
人魚は存在するのかと真剣な顔で問いかけるマリーはきっと絵本の中に出てくる悲しい結末になった人魚しか知らないのだろうと察し、そういうタイプは子作りの方法さえも知らないのだと経験上から当てようとしたのだが、余計なことばかり口にするギルバートの口をガッと掴んだアーサーの手にこもる力が本気度を伝えていた。
最終警告だと言わんばかりにギルバートの顔の骨をミシミシッと軋ませる。
「冗談だって」
「マリー、そろそろ出発しよう。ここにいると日が暮れる」
「あ、はい」
さすがにこれ以上の軽口はマズイと判断して両手を上げるとアーサーの手が離れる。マリーの肩に手を置いて店を出るとギルバートがフードを目深にかぶって見送りに出てくる。
「次はもっとイイもん錬金してやっからな」
「はい」
「マリー、私と一緒のときだけだよ?」
「はい」
「おいおい、過保護なパパだな」
「夫だ。二度とそうやって呼ぶな」
「おーこわっ。お嬢ちゃん、俺はボインな姉ちゃんにしか興味ねぇから警戒しなくてもいいぜ」
「マリーはこれから成長するんだ。もう店に入れ」
「大公様をお見送りしないとな」
マリーは二人のやり取りが面白くて笑ってしまう。普段は優しい紳士的なアーサーがギルバートが相手だと口調が少し砕けている。雄々しく感じる一面が見れたことが嬉しかった。
マリーを先に車に乗せてから運転席に乗りこんだアーサーはギルバートに呆れた顔をしながらも片手を上げて別れを告げて車を走らせた。
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