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サイコパス保護者

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「やっっっっっぱり納得いかん!」
「あなたの納得なんて必要ないのよ。これはアリスの人生だから」
「俺は兄だぞ!」
「あらそう。私は母親。お腹の中でこの子を育て、この世に生み出したのはこの私。文句ある?」

 朝から喚き散らすカイルをあしらうのは母親の役目。
 今日はアリスとセシルと約束していたデートの日。
 前から母親に相談していたアリスは今日のために母親と一緒にドレスを新調したし、装飾品も新たに揃えに行った。
 この家でアリスはまるで王女にでもなったかのように着替え一つ一つにメイドが付き、皆で相談しながら支度をしてもらう。
 こんなに必要ないと何度言っても母親は『こういうのは数で勝負。相談すればするほど良い結果になるのよ』と言い、母親もパーティーに出かけるときは着替えに十名以上のメイドを呼んでいる。
 メイドがぞろぞろとアリスの部屋に入っていくのを見て、何かあるのかと母親に問いかけた結果、カイルのヒステリーが始まったのだ。

「文句しかない! セシルを信用しすぎるな!」
「あら、学校で何か問題でも起こしているの?」
「サボり癖がある!」
「生徒会の仕事を放棄してるってこと?」
「そうとも言えるな! 自分の仕事はしてくるが、生徒会室に集まって皆で仕事をするのはアイツが一番少ない!」
「それは義務?」
「義務ではないが、皆そうしている! 生徒会室は生徒会が仕事をするためにあるんだ!」
「あら、あなたが皆なんて言葉を使うとはね。皆、そこまで妹に過干渉にはなってないのにあなたは異常性を感じさせるほど妹に干渉してる。あなたも信用するに値しないってことね」
「俺の過保護さを絡めて屁理屈を言うな!」

 カイルは昔から妹が絡むと感情を抑えきれなくなる。
 誰かがアリスを少しでも『可愛い』と言っただけで絡みに行くのだ。
 幼少期から要注意人物として話題になっていた。
 成長するたびに勢いは加速し、手に負えなくなっているのだが、母親だけはそんなカイルを宥めることなく対応する。

「そうやってテーブルを叩いて訴えれば現実が変わるとでも思ってるの? 今時ミドルスクールの子供たちだってそんなことしないわよ」

 怒りを訴える際、カイルがテーブルを叩くのはもはや癖。母親はずっと注意してきた。耳障りだし、テーブルの上の物が移動し、時には汚れるからやめろと。
 十八歳にもなってそんなこともやめられないのかと呆れている。

「アリスがセシルを好きになったらどうするつもりだ!」
「いいじゃない。大歓迎よ」
「アイツは伯爵だぞ!」
「そうね。じゃあヴィンセル王子にもらっていただきましょうか」
「アイツはアリスを泣かせたんだ!」
「恋愛に涙は付き物。泣かずして成長なんてないの。だからあなたはいつまで経っても成長しないお子ちゃまのまま。まだ親指しゃぶりが抜けないのよ」
「よく息子をそんな風に侮辱できるな」
「息子が間違っていたら正すのが親の役目だもの。口達者なあなたを相手できるのは私ぐらいだし」
「セシルがアリスを泣かせたらどうする!」
「起こってもないことにどうするなんて議論するつもりはないわ。くだらない」
「事前に構えておくことが大切なんだ!」
「じゃあアリスが結婚する日のことを想像して色々構えておきなさい」
「アリスは結婚なんかしない! どうして親がもっとしっかりしないんだ!」
「私は子供には自由を与えたいの。貴族の暗黙のルールなんてクソくらえとしか思ってないから」
「本当に貴族出身なのか……?」
「ええ、そうよ。誰もが恐れるあのハインドマン公爵の一人娘。正真正銘の貴族」
「親そっくりだな」
「ありがと」

 カイルは人の弱みを握るのが得意。教師や校長、他の貴族の弱みだって握っているが、両親の弱みだけは何一つ持っていない。
 彼らには後ろめたいことが何もない。
 親を脅す息子など反乱分子のようなものだが、生き残るにはカードは多いほうがいい。それは父親ではなく、母方の祖父であるハインドマン公爵が教えたこと。

『大事なのは人徳ではなく観察眼。人は優しさに味方するのではなく権力に味方する。時には非道になれるだけの強い心が必要だ。見捨てることは悪ではない。最も正しい選択は誰かのためではなく己がため。どんな些細な情報も手放すな。全て記憶しろ』

 まだ幼いカイルに何度もそう言い聞かせた。
 父親はまだ早いと言ったが、祖父は『これから貴族の世界で生きていくんだ。早めに現場を見せておいたほうがいい』と言って幼少期からパーティーに連れて行った。
 貴族は子供の前なら悪どいことでも会話を変えようとはしない。どうせ覚えていない、理解できないと思っているのだ。だが、カイルは全て覚えていた。
 話を聞き、その人物がなんと呼ばれているのかまで記憶して情報を収集する。
 カイルにとってパーティーは宝の山だった。
 それは今も変わらない。欲望渦巻くパーティーでカイルは今や警戒されるだけの人物になった。自分より年上の人間が顔を見ただけで話題を変える。そういうとき、カイルは一直線にそこへ向かって話をする。話題を変えるということは新しい情報があるということ。それを言葉巧みに聞き出せるスキルがカイルにはある。
 それは母親も同じだった。だからカイルは母親と話すのがあまり好きではない。自分ばかりが感情を乱し、それが子供の頃となんら変わらないように思えるから。
 それでもアリスのこととなると冷静ではいられない。

「アリスはもう十七歳。あなたの庇護はいらないし、いつまでもあなたの背中に隠れてはいないの。あなたはあなたの道を歩みなさい」
「兄として妹の幸せを探すことが俺の道なんだ」
「邪魔してるの間違いでしょ」
「アリスの結婚相手は誠実で従順で聡明でなければならない! 生まれてくる子供のためにも顔も大事だ! どの程度仕事を任されているか、どの程度その仕事がこなせているか、今までの女性関係はどうだったか──その全てをクリアした男でなければ認めない」
「じゃあセシルは合格ね」
「アイツは精神的問題を抱えてるって言ってるだろ! もし万が一にでもアリスがアイツの問題に巻き込まれたらどうするつもりだ!」
「あの子のせいならわかるけど、あの子のせいじゃない場合もあるでしょ。するどうするばっかり言わないの」

 カイルはいつもうんざりするほど「どうする」を繰り返す。自分のことには一切言わないのにアリスのことになると何万回と繰り返す。
 満足のいくことが出るまで繰り返すカイルを黙らせる方法はただ一つ。

「いい加減にしないと手が出るわよ」

 暴力に訴えること。

「子に手を上げることを恥ずかしいと思わないのか?」
「全然。あなたはもう子供じゃない。成人したでしょ。大人なの。十八歳にもなって聞き分けの悪いどうしようもない我が子に言い聞かせるには手を上げるしかないの」
「成人する前から手を上げてただろ」
「それはあなたが暴走列車の如く止まらなかったから私が止めてあげたの」
「暴力でな」
「それも親の役目。あなたがリオにしたことを考えたら優しいじゃない」

 けして優しくはなかった母親の止め方。一度、カイルが間違ったことをした際、母親はカイルの髪を掴んで思い切り平手打ちをした。
 その後も反抗が続けば何度も叩いた。
 母親が我が子に手を上げることを楽しんでいるはずはない。そうしなければカイルは止まらないことがあった。

「リオがしたことは犯罪だ」
「それならあなたがしたことは重罪ね」
「アリスが傷ついたんだぞ!」
「だからって半殺しにするバカがどこにいるのよ」
「あれでも手加減したぐらいだ」
「いいえ、全員で止めなきゃ殺してた」

 一度キレると手がつけられない。そんな風に育ってしまったのはなぜだろうかと夫婦で何度も話し合ったが、結局原因はわからないまま。
 二人はカイルの性格なんだろうと結論付けた。大事なのはカイルの性格を直すことではなく、カイルをその状態にしないこと。
 カイルが暴走するのはアリス絡みだけ。早めにアリスから引き離さなければならないと考えているのだが、それもまだなかなか難しい。この一年はまだ我慢の年だと夫婦で苦笑した。

「大体、母さんたちはアリスの幸せを本気で考えてるのか!?」
「アリスの幸せはアリスにしかわからない」
「そうやってアリス任せにするからダメなんだ!」
「アリスの人生をアリスに任せて何が悪いのよ」
「アリスはまだ子供なんだぞ!」
「あなたと一つしか変わらない」
「そういう問題じゃない!」
「お兄様、朝からそんなに声を張ったら喉を痛めるわ」
 
 アリスの声が聞こえるだけでカイルの怒りは鎮まり、立ち上がってアリスに駆け寄る。
 ドレスアップした妹の可愛さに目を細めながら抱きしめるカイルに母親は呆れて肩を竦めた。

「セシルのためにこんなに可愛くなったのかと思うとセシルのはらわたを引きずり出したくなる」
「物騒よ」
「それぐらい今日のお前は特別可愛いってことだ。兄様と出かけるときはこんなにドレスアップしてくれないじゃないか」
「ドレスアップしたら周りがお前に目をつけるから控えめでいいって言ったのはお兄様よ?」
「……そうだったな。だが今度出かけるときは今日よりもドレスアップして出かけよう。お前が世界一可愛いのは兄様と出かけるときだ」
「ふふっ、じゃあお兄様もドレスアップしてね」
「もちろんだ。お前の隣に立つに恥じない格好をするさ」
 
 カイルとアリスがドレスアップすると注目は全てカイルに向く。カイルは自分の顔の良さをわかっているため令嬢たちの視線が向いているのはわかっている。自分が注目を浴びることでアリスは自信をなくす。俯くことが多くなるのだ。カイルはそれを狙っている。
 自分でも酷い兄だと自覚はあるが、それでも自分が守るべき存在を手放したくなかった。カイルにとってアリスはまだ五歳の頃から成長していない。いつもキラキラした瞳で見つめてくれたあの頃のまま。
 いつか誰かのものになって母になる。そんな姿を見たいと思う気持ちはあれど、まだその心づもりができていない。
 カイルは誰よりも臆病だった。

「兄様が贈った髪飾りしてくれてるんだな」
「ええ」
「通信機は持ったか?」
「ええ」
「早く帰ってくるんだぞ? ランチを終えたらすぐ戻れ」
「できません」
「兄様と一緒にアフタヌーンティーの約束をしただろう?」
「それは明日」
「繰り上げよう」
「もうっ」

 相変わらずのカイルにアリスが笑うとカイルも表情が緩む。
 アリスにとってもカイルの過保護さは異常だが、行かせないとは言わないため受け入れている。
 彼がどんなに素晴らしい人間かはアリスもよく知っている。だからこそ、こうして自分に構っているのではなく、自分の幸せを掴んでほしいと願う。

「お兄様もデートに行ったら?」
「お前は酷い妹だな。お前を心配している兄様にデートに行けと言うのか」
「ふふっ、でしょ? だから酷い妹のことなんて心配しないでデートを楽しんで」
「妹がデートに付き合ってくれるならどこへでも行くんだがな」
「誘う相手がいるでしょ」
「いないね」

 言いきるカイルに母親を見るも母親は黙って首を振るだけ。呆れているのか、放っておけと言っているのか。
 アリスの悩みは自分の気持ちの行方だが、願いはカイルの幸せ。
 それもカイルには伝わらず、カイルがその道に進むには自分が婚約者を見つけるしかない。カイルを唸らせるだけの婚約者を。

「セシル・アッシュバートン様が到着されました」
「アイツ、予定通りに来やがって」
「それがマナーよ」

 楽しみだからと早く着くのはマナー違反。準備の多い令嬢を急かすことになる。だからといって遅れるのは言語道断。

「お母様、お兄様、行ってきます」
「気をつけろよ。もし強盗に襲われたら撃ち殺せ」
「物騒なこと言わないの」
「銃を持っていません」
「俺の猟銃を──」
「申請してないでしょ」
「チッ。もっと早く言ってくれれば申請しておいたんだがな!」
「狩り以外では使えないの知ってるでしょ」

 今日は一日こんな風に言い合いをしているのだろうかと思うとアリスの顔に苦笑が滲む。
 妹が男と出かけるというだけで大騒ぎする兄の妹離れはいつできるのだろうかと母親は既に頭が痛かった。

「お前ならできる」
「しません」

 ハッキリ断るとカイルが差し出した腕に手を添えて一緒に階段を降りていく。

「アリス」

 手を上げるセシルに手を振るとカイルが階段の途中で止まる。

「お兄様?」
「あっちの馬車で一緒にオペラを観に──」
「行きません」

 ハッキリ断られると渋々また階段を降り始め、セシルの前へと到着する頃にはカイルの表情は険しいものへと変わっている。
 
「今日も可愛いね」
「この髪飾りは俺が贈った物だ」
「アリスによく似合ってる。さすがはサイコパス過保護」
「口を裂いてやろうか?」
「本当にやりかねないから怖い」

 カイルはアリス以外には厳しい。もし今日のデートでアリスを泣かすようなことでもあればセシルもタダでは済まない。それこそヴィンセルのように拳一発は覚悟しなければならないだろう。

「ちゃんと門限までに送れ」
「わかってる。それは守るよ」
「ならいい」

 意外と尾行したりしないカイルの境界線がどこなのかわからないものの、一応はそれを信用と受け取ってもいいのだろうかとセシルは考える。

「じゃあ行こうか。美味しい物巡りツアーだよ」
「お腹いっぱいにしましょうね」
「公園でお喋りもする予定だから」
「庶民デートか」
「森の別荘に連れて行ってもいいならそうするけど」
「いいわけないだろ。俺はアリスの居場所を嗅ぎ分けられるんだからな」
「こわっ」

 このままカイルと話していると時間ばかりが経ってしまうとアリスを先に乗せると続いて乗り込み、一緒に手を振った。
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