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二人の過去
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エレメンタリースクール卒業式の日、リオはアリスを探していた。
卒業式は着慣れた制服ではなく、決まったミドルスクールの制服を着て卒業式に出席することが決まりで、リオはアリスと同じ学校に行く予定だった。
必死に勉強して合格したミドルスクール。アリスと同じ制服を着て一緒に通うつもりだった。
(アイツ、友達できるか不安だって言ってたからな。俺がいたら安心するだろ)
奥手なアリスには自分が必要だと自負していたリオはミドルスクールが始まるのが楽しみで仕方なかった。
登校初日、クラス分けで同じクラスになり、教室を探すアリスの手を握って一緒に教室に向かう。そのことで何か言われても自分はもう逃げない。アリスに強く当たることはしないし、それを告白のチャンスとすると意気込んでさえいた。
カイルがいるのは邪魔だと思ったが、学年が違うため監視はできない。アリスと仲良くなるチャンスだとニヤついていると同級生が寄ってきた。
「おい、リオ・アンダーソン! お前、アイツに告白しないのかよ」
いつも三人横並びで偉そうに歩いている仲良しごっこの同級生。痩せっぽっちの出っ歯と太っちょの細目とリーダー格のイケメン。
侯爵家の一人息子で大層甘やかされて育ったワガママな男。
いつも自分より下の人間をからかっては優越感に浸るクズ。
そんな人間にからかわれてアリスに強く当たっていた自分はここで変えなければならないと拳を握るリオは真っ直ぐリーダーの男を見た。
「なんだお前、暇なのかよ」
「答えろよ。アリス・ベンフィールドに告白しないのかって聞いてるんだよ」
「答える義理はねぇよ」
「好きなんだろ? リオ・アンダーソンはアリス・ベンフィールドがだーいすきなんだもんな!」
吹聴するように左から右へと身体を動かして声を張る悪意にリオの拳が震える。
「毎日アリスアリスって尻追いかけましてるもんなー!」
「俺、子爵だけど結婚してくれー」
「ダメよ、子爵と結婚なんて恥ずかしい。笑われちゃうもの」
「ッ! 黙れこのデブッ!」
取り巻きの二人がリオとアリスを演じて勝手なことを言う。
これが休み時間ならいいが、今日は卒業式で周りには大人もたくさんいる。
今の会話はきっとすぐに広まってアンダーソン家が恥をかくことになる。自分だけならいいが、両親が恥をかくのは許せない。ましてやこんな奴らのせいでと思うと堪えていた怒りが爆発し、二人に殴りかかった。
どっちの頬にも一発ずつ拳を叩きつけると二人は同時に顔を歪めて大きな泣き声を響かせる。
慌てて駆け寄る親が早口で文句を捲し立てるが、リオの耳には何一つ入っておらず、怒りで見開いた目でリーダー格の男を見ていた。
「さっきの言葉、もう一回言えよ」
「そ、そうやって暴力に訴えるのはダサいぞ!」
「一人になったら何も言えない奴のほうがよっぽどダサいだろ」
「な、なんだよ! 事実だから怒ってるんだろ! ぼ、ぼくたちはお前が告白するチャンスを作ってやってるのに!」
「誰が頼んだよ。俺が協力してくれって言ったのか!?」
「ヒッ! ぼ、ぼくは……ぼくは……うぇぇええええええええんッ!」
一人になると何も言えなくなってしまうタイプの人間だとわかっていた。取り巻きさえいなくなればからかうことはできなくなると。
まさか泣くとは思っていなかっただけに拍子抜けではあったが、スッキリした。最初からこうしていればよかったと後悔したほどだ。
「リオちゃん!」
聞き慣れた声にすぐ反応したリオは取り巻きの親がまだ文句を言っているのを無視してアリスに目をやった。
「大丈夫? 喧嘩したの?」
心配そうな顔で階段を上がってきたアリスにリオの口元が緩む。
泣いている同級生の心配ではなく、自分の心配をしてくれているんだと嬉しくなった。
「喧嘩じゃねぇよ。こいつらがからかってきやがったから教えてやっただけだ」
「何を?」
「俺の怖さを」
「暴力はダメだよ」
「あれぐらいしねぇとわからねんだよ」
「でもダメ。リオちゃんの手も痛いでしょ?」
そう言って赤くなったリオの手を握って労わるように撫でるアリスにずっとドキドキしていた。
今日のアリスは見慣れたアリスではなく、新しい制服に身を包み、ドレスアップしているように見えた。
ふわりと巻かれた髪をポニーテールにし、赤いリボンで飾り付けている。
「へ、平気だっての!」
これ以上触られていると心臓がおかしくなりそうだと勢いよく手を振り払い、失敗したと思いながらもアリスは気にしていない様子だったため少し安堵した。
「リオちゃんも新しい制服だね」
「だな。どうよ」
「すごく似合ってるよ」
アリスはリオのように意地悪を言ったりはしない。笑顔で素直に褒めてくれるのだ。それがくすぐったくて嬉しくてたまらない。
この制服で一緒に学園生活を送るんだと思うとニヤつきは隠せず、鼻の下を指で擦った。
「リオちゃんと同じ学校に行けるの嬉しいな」
「お、俺がいないとどうせ迷子になるだろ? 感謝しろよ、お前が迷子にならないように一緒にいてやるんだから」
「お兄様がいるから大丈夫。リオちゃんには迷惑かけないようにする」
自分たちは両思いではないとリオはちゃんとわかっていた。いつもリオだけが意識して、アリスはリオを友達としか思っていなかった。
意地悪をしていたのだから当然だと理解しながらも少し寂しかった。
「カイルはずっと傍にいてくれるわけじゃねぇだろ」
「そうだけど、リオちゃんに迷惑かけたくないから」
「俺が迷惑だって言ったら迷惑だと思え! 俺が言うまでは迷惑じゃないんだよ!」
ハッとして慌てて口を押さえるリオはまた後悔した。なぜこんなにもすぐに声を張り上げてしまうのだろうと。
目を瞬かせるアリスに泣かないでくれと願っていると表情は歪むことはなく、嬉しそうに綻んでいった。
「じゃあリオちゃんと一緒にいる」
一緒にいる。その言葉が何よりも嬉しくて、リオは下唇を噛み締めて笑顔を堪えた。
「あ、リオちゃん、ネクタイ曲がってるよ」
「あ? ああ、さっきアイツらぶん殴ったときに曲がったのかもな──……」
持っていた花と卒業証書が入った賞状筒を地面に置いたアリスがリオの首に手を伸ばしてネクタイを触る。
まだあまり身長差がない二人の顔は近く、アリスが寄ると良い匂いがした。
ドクンッと跳ねた心臓は次第に加速し、リオの顔を真っ赤に染める。
「男の子は大変だよね。女の子はリボンだから簡単だけど、ネクタイって難しそう。でもちゃんと真っ直ぐ付けなきゃダメだよ? 曲がってたら先生に注意されちゃうかもしれないから。喧嘩もダメ。皆がリオちゃんのこと怖いって思っちゃうの嫌だから喧嘩しないで」
これが独占欲の言葉だったらどんなにいいだろうと思っていた。だが、そんな夢のような言葉は頭からすぐに消え、アリスが近くにいて自分のネクタイを直しているこの状況がたまらなかった。
このシチュエーションはリオが思い描いた将来を見ているようで手が震える。
「はい、できた。こういうのちゃんとしておかなきゃダメ──」
ネクタイが真っ直ぐに直るとアリスの手がポンポンッと二回、リオの胸を叩いた。
それだけ。ただそれだけなのにリオはそれが妙に恥ずかしくなってアリスから距離を取ろうと動いた。
自分が下がって距離を取ればいいだけだったのに、気がつけば自分の両手は前に出ていて、アリスが驚いた顔で宙に浮いていた。
まるで、世界が重力を失ったかのようにその瞬間だけ、妙にスローモーションに見えた。
慌てて手を伸ばしたが間に合うわけもなく、アリスの身体は階段の下にいたどこかの貴族の父親にぶつかって地面に落ちた。
「アリスーッ!!!!!!!!」
カイルの叫び声がやけにハッキリと響き、抱き起こされたアリスの額からは落ちたときに階段の角にぶつけて切った傷から流れているのだろう血が見えた。
それからリオの記憶が飛んだのはあっという間だった。
アリスを両親に任せたカイルが鬼の形相で階段を駆け上がってくるのが見え、そのまま一番上まで引きずられ、背中に感じた大きな衝撃に声も出ず、宙を飛んだ。
大勢いた大人は誰一人として落ちてくる子供を受け止めようとはせず、まるでこれからの結果を望んでいるかのように場所を開けた。
落ちた衝撃と痛みに顔を歪めたのも束の間、駆け降りてきたカイルに仰向けにされて記憶が飛ぶまで殴られた。
「誰に何やったかわかってんのかテメーッ!! 殺されても文句言えねぇようなことやったんだぞクソガキ!」
上からぶつけられる怒声に返事もできず、痛みもないまま顔への衝撃だけ感じている違和感。
「やめなさい! カイル! やめるんだ!」
父親が必死に止めるも怒りで止まらず、教師たちも集まってカイルを引き剥がした。
リオの両親は何も言えず、ただ青い顔で息子の悲惨な姿を見ているだけ。鼻と口から溢れた血に染まった息子を庇うこともできず、カイルが離れてから息子の前に立ってすぐに土下座をした。
「申し訳ございません! 申し訳ございません!」
「申し訳ございません!!」
両親の悲鳴にも似た謝罪だけが聞こえたのを最後にリオの記憶は途切れた。
目が覚めたとき、カイルは既に国外にいて、ベンフィールド家──正確にはカイルから突きつけられた条件を説明された。
「アリスは?」
両親は答えなかった。知らないのか、言えないのか──どちらにしても知ったところでリオにできることなど何もない。
きっとカイルは謝罪さえ許さないだろうと想像はついていた。
傷が残っていなければいいが、とずっと心配していた。
反抗も反論もすることなくリオは全てを受け入れ、パブリックスクールで過ごしていた。
自分があんなバカなことをしていなければ今頃アリスと一緒に過ごしていたのにと後悔しながら──
卒業式は着慣れた制服ではなく、決まったミドルスクールの制服を着て卒業式に出席することが決まりで、リオはアリスと同じ学校に行く予定だった。
必死に勉強して合格したミドルスクール。アリスと同じ制服を着て一緒に通うつもりだった。
(アイツ、友達できるか不安だって言ってたからな。俺がいたら安心するだろ)
奥手なアリスには自分が必要だと自負していたリオはミドルスクールが始まるのが楽しみで仕方なかった。
登校初日、クラス分けで同じクラスになり、教室を探すアリスの手を握って一緒に教室に向かう。そのことで何か言われても自分はもう逃げない。アリスに強く当たることはしないし、それを告白のチャンスとすると意気込んでさえいた。
カイルがいるのは邪魔だと思ったが、学年が違うため監視はできない。アリスと仲良くなるチャンスだとニヤついていると同級生が寄ってきた。
「おい、リオ・アンダーソン! お前、アイツに告白しないのかよ」
いつも三人横並びで偉そうに歩いている仲良しごっこの同級生。痩せっぽっちの出っ歯と太っちょの細目とリーダー格のイケメン。
侯爵家の一人息子で大層甘やかされて育ったワガママな男。
いつも自分より下の人間をからかっては優越感に浸るクズ。
そんな人間にからかわれてアリスに強く当たっていた自分はここで変えなければならないと拳を握るリオは真っ直ぐリーダーの男を見た。
「なんだお前、暇なのかよ」
「答えろよ。アリス・ベンフィールドに告白しないのかって聞いてるんだよ」
「答える義理はねぇよ」
「好きなんだろ? リオ・アンダーソンはアリス・ベンフィールドがだーいすきなんだもんな!」
吹聴するように左から右へと身体を動かして声を張る悪意にリオの拳が震える。
「毎日アリスアリスって尻追いかけましてるもんなー!」
「俺、子爵だけど結婚してくれー」
「ダメよ、子爵と結婚なんて恥ずかしい。笑われちゃうもの」
「ッ! 黙れこのデブッ!」
取り巻きの二人がリオとアリスを演じて勝手なことを言う。
これが休み時間ならいいが、今日は卒業式で周りには大人もたくさんいる。
今の会話はきっとすぐに広まってアンダーソン家が恥をかくことになる。自分だけならいいが、両親が恥をかくのは許せない。ましてやこんな奴らのせいでと思うと堪えていた怒りが爆発し、二人に殴りかかった。
どっちの頬にも一発ずつ拳を叩きつけると二人は同時に顔を歪めて大きな泣き声を響かせる。
慌てて駆け寄る親が早口で文句を捲し立てるが、リオの耳には何一つ入っておらず、怒りで見開いた目でリーダー格の男を見ていた。
「さっきの言葉、もう一回言えよ」
「そ、そうやって暴力に訴えるのはダサいぞ!」
「一人になったら何も言えない奴のほうがよっぽどダサいだろ」
「な、なんだよ! 事実だから怒ってるんだろ! ぼ、ぼくたちはお前が告白するチャンスを作ってやってるのに!」
「誰が頼んだよ。俺が協力してくれって言ったのか!?」
「ヒッ! ぼ、ぼくは……ぼくは……うぇぇええええええええんッ!」
一人になると何も言えなくなってしまうタイプの人間だとわかっていた。取り巻きさえいなくなればからかうことはできなくなると。
まさか泣くとは思っていなかっただけに拍子抜けではあったが、スッキリした。最初からこうしていればよかったと後悔したほどだ。
「リオちゃん!」
聞き慣れた声にすぐ反応したリオは取り巻きの親がまだ文句を言っているのを無視してアリスに目をやった。
「大丈夫? 喧嘩したの?」
心配そうな顔で階段を上がってきたアリスにリオの口元が緩む。
泣いている同級生の心配ではなく、自分の心配をしてくれているんだと嬉しくなった。
「喧嘩じゃねぇよ。こいつらがからかってきやがったから教えてやっただけだ」
「何を?」
「俺の怖さを」
「暴力はダメだよ」
「あれぐらいしねぇとわからねんだよ」
「でもダメ。リオちゃんの手も痛いでしょ?」
そう言って赤くなったリオの手を握って労わるように撫でるアリスにずっとドキドキしていた。
今日のアリスは見慣れたアリスではなく、新しい制服に身を包み、ドレスアップしているように見えた。
ふわりと巻かれた髪をポニーテールにし、赤いリボンで飾り付けている。
「へ、平気だっての!」
これ以上触られていると心臓がおかしくなりそうだと勢いよく手を振り払い、失敗したと思いながらもアリスは気にしていない様子だったため少し安堵した。
「リオちゃんも新しい制服だね」
「だな。どうよ」
「すごく似合ってるよ」
アリスはリオのように意地悪を言ったりはしない。笑顔で素直に褒めてくれるのだ。それがくすぐったくて嬉しくてたまらない。
この制服で一緒に学園生活を送るんだと思うとニヤつきは隠せず、鼻の下を指で擦った。
「リオちゃんと同じ学校に行けるの嬉しいな」
「お、俺がいないとどうせ迷子になるだろ? 感謝しろよ、お前が迷子にならないように一緒にいてやるんだから」
「お兄様がいるから大丈夫。リオちゃんには迷惑かけないようにする」
自分たちは両思いではないとリオはちゃんとわかっていた。いつもリオだけが意識して、アリスはリオを友達としか思っていなかった。
意地悪をしていたのだから当然だと理解しながらも少し寂しかった。
「カイルはずっと傍にいてくれるわけじゃねぇだろ」
「そうだけど、リオちゃんに迷惑かけたくないから」
「俺が迷惑だって言ったら迷惑だと思え! 俺が言うまでは迷惑じゃないんだよ!」
ハッとして慌てて口を押さえるリオはまた後悔した。なぜこんなにもすぐに声を張り上げてしまうのだろうと。
目を瞬かせるアリスに泣かないでくれと願っていると表情は歪むことはなく、嬉しそうに綻んでいった。
「じゃあリオちゃんと一緒にいる」
一緒にいる。その言葉が何よりも嬉しくて、リオは下唇を噛み締めて笑顔を堪えた。
「あ、リオちゃん、ネクタイ曲がってるよ」
「あ? ああ、さっきアイツらぶん殴ったときに曲がったのかもな──……」
持っていた花と卒業証書が入った賞状筒を地面に置いたアリスがリオの首に手を伸ばしてネクタイを触る。
まだあまり身長差がない二人の顔は近く、アリスが寄ると良い匂いがした。
ドクンッと跳ねた心臓は次第に加速し、リオの顔を真っ赤に染める。
「男の子は大変だよね。女の子はリボンだから簡単だけど、ネクタイって難しそう。でもちゃんと真っ直ぐ付けなきゃダメだよ? 曲がってたら先生に注意されちゃうかもしれないから。喧嘩もダメ。皆がリオちゃんのこと怖いって思っちゃうの嫌だから喧嘩しないで」
これが独占欲の言葉だったらどんなにいいだろうと思っていた。だが、そんな夢のような言葉は頭からすぐに消え、アリスが近くにいて自分のネクタイを直しているこの状況がたまらなかった。
このシチュエーションはリオが思い描いた将来を見ているようで手が震える。
「はい、できた。こういうのちゃんとしておかなきゃダメ──」
ネクタイが真っ直ぐに直るとアリスの手がポンポンッと二回、リオの胸を叩いた。
それだけ。ただそれだけなのにリオはそれが妙に恥ずかしくなってアリスから距離を取ろうと動いた。
自分が下がって距離を取ればいいだけだったのに、気がつけば自分の両手は前に出ていて、アリスが驚いた顔で宙に浮いていた。
まるで、世界が重力を失ったかのようにその瞬間だけ、妙にスローモーションに見えた。
慌てて手を伸ばしたが間に合うわけもなく、アリスの身体は階段の下にいたどこかの貴族の父親にぶつかって地面に落ちた。
「アリスーッ!!!!!!!!」
カイルの叫び声がやけにハッキリと響き、抱き起こされたアリスの額からは落ちたときに階段の角にぶつけて切った傷から流れているのだろう血が見えた。
それからリオの記憶が飛んだのはあっという間だった。
アリスを両親に任せたカイルが鬼の形相で階段を駆け上がってくるのが見え、そのまま一番上まで引きずられ、背中に感じた大きな衝撃に声も出ず、宙を飛んだ。
大勢いた大人は誰一人として落ちてくる子供を受け止めようとはせず、まるでこれからの結果を望んでいるかのように場所を開けた。
落ちた衝撃と痛みに顔を歪めたのも束の間、駆け降りてきたカイルに仰向けにされて記憶が飛ぶまで殴られた。
「誰に何やったかわかってんのかテメーッ!! 殺されても文句言えねぇようなことやったんだぞクソガキ!」
上からぶつけられる怒声に返事もできず、痛みもないまま顔への衝撃だけ感じている違和感。
「やめなさい! カイル! やめるんだ!」
父親が必死に止めるも怒りで止まらず、教師たちも集まってカイルを引き剥がした。
リオの両親は何も言えず、ただ青い顔で息子の悲惨な姿を見ているだけ。鼻と口から溢れた血に染まった息子を庇うこともできず、カイルが離れてから息子の前に立ってすぐに土下座をした。
「申し訳ございません! 申し訳ございません!」
「申し訳ございません!!」
両親の悲鳴にも似た謝罪だけが聞こえたのを最後にリオの記憶は途切れた。
目が覚めたとき、カイルは既に国外にいて、ベンフィールド家──正確にはカイルから突きつけられた条件を説明された。
「アリスは?」
両親は答えなかった。知らないのか、言えないのか──どちらにしても知ったところでリオにできることなど何もない。
きっとカイルは謝罪さえ許さないだろうと想像はついていた。
傷が残っていなければいいが、とずっと心配していた。
反抗も反論もすることなくリオは全てを受け入れ、パブリックスクールで過ごしていた。
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