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愛の大きさ

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「これは気にいるかわからぬが、作らせた物だ」

 靴が入っていそうな大きさの箱を受け取るとそれほど重くはないが、箱は高級感があって開けるのが少し怖い。
 ミュゲットは王女という肩書きは持っているものの、一般的な貴族のような生活はしてきていない。
 少し金を持っている庶民と変わらないだろう生活だったため高級品を身につけることはほとんどなかった。
 誕生日に欲しい物はと聞かれるとリクエストしていたのは本という一般家庭と同じ感じで生きてきた。
 花束やキャンディにクッキーというのは経験があっても、この見るからに高級そうな箱は素直に喜べる物かわからない。
 それでもアルフローレンス自ら取り寄せてくれた物。本開きになっている箱を開けるとミュゲットは予想外の物に目を瞬かせた。

「砂時計……?」

 キラリと輝く金の枠にはまるガラスの中には砂と一緒に小さな石が入っている。

「これって……シーポティリ?」
「そうだ」

 近付けて見てみるとシーポティリは星のような形になっており、それが二個入っていた。

「どうやってこんな小さく加工したの?」
「難しいことではない。そういう技術に特化した者がいる」
「もしかして砂もフローラリアの?」
「そうだ」

 これも嬉しい贈り物だった。
 今のアルフローレンスならいつでもフローラリアに連れて行ってくれるだろうが、そうそう帰る予定はない。
 フローラリアの空が、海が恋しくなることはあれど理由なく帰るつもりもなかった。
 アルフローレンスもそれを望んでいないだろうから。
 だからこれはミュゲットの想像を超えたミュゲットでも思いつかない贈り物。

「ねえ、この光るシーポティリは海の底のほうにしかないはずだけど……」

 星が光っていることに気付いたミュゲットが発光タイプのシーポティリがどこにあるかを思い出して顔を向ける。

「海を凍らせてしまえば下まで行くなど容易いこと」
「あなたが行ったの?」
「そうだ」

 人のために動くこと、何かをすることなんて知らなかったアルフローレンスがこの砂時計を作るために自ら動いた。
 フローラリアに滞在していた際、アルフローレンスは『少し離れる』と言って二時間ほど帰ってこなかった。
 まさかあの時間で海の底まで降りてこのために動いていたとは想像もしていなかったミュゲットは驚きに言葉が出てこない。 

「嬉しくないのか?」

 砂時計を見つめたまま黙り込んでいるミュゲットの顔を覗き込もうとするアルフローレンスがミュゲットの表情を見て自分も表情を緩ませた。
 言わずとも伝わってくる喜びが顔に出ている。

「フローラリアの砂ってこんなにキラキラしてたかしら?」
「砂金を混ぜた」
「砂金……」
「落ちるときにただの砂より砂金が混ざっていたほうがいいと思った」

 アルフローレンスが箱から取り出して手のひらに立てて乗せると砂が落ちる際に砂金が輝きを放つ。
 その美しさに目を細めながら見つめているとそれをテーブルの上に移動させた。

「こっちのほうがよく見るだろうからな。気に入ったか?」
「ええ、とても。気に入らないほうがおかしいぐらい素敵だもの」

 安堵したアルフローレンスが次の物を取りにカーテンの裏へと向かう。
 わざわざあそこに全て置いて、それを一つずつ披露するのが子供のようで愛おしくなる。
 どんな気持ちで用意をして、あの場所に隠し、この時間まで過ごしていたのだろう。
 
「ねえ、あなたの誕生日──」
「その話は明日でいい。今日はお前の誕生日のやり直しだ。余計なことは考えるな」

 相手の誕生日にも同じようにたくさんのプレゼントを用意したい。相手が喜ぶ物がどういう物か想像もつかないが、シェスターに相談してあれやこれやと用意して反応を見たい。
 でも今は相手の言う通りそれは明日考えることにすると箱をテーブルの上に置いて次を待った。

「これは喜ぶとわかっている」
「本当に?」
「余は──」
「嘘はつかない、でしょ?」
「そうだ」

 ふふっと笑いながら今度は薄い小さめの箱を受け取る。
 薄さからしてハンカチだろうかと想像するもハンカチを使うタイミングがない。
 そもそもアルフローレンスがハンカチを選ぶ姿さえ想像できない上、ミュゲットはハンカチが好きだとは言っていない。実際好きと言うわけでもない。
 確実にきにいると確信がある物という言葉をヒントに中身を当てようとしていると片手で頬を掴まれ唇が寄る。

「無粋な真似はやめてさっさと開けろ」
「あ、ごめんなさい」

 探るのは失礼だったと反省して箱を開けるとハンカチのような薄布が入っている。
 それを取り出そうとすると少し重みがあり、ハンカチではなく中に何か包まれているのだと気付いてゆっくり布を開けた。

「これって……しおり?」
「そうだ」
「でもこれ……金?」
「金以外に見えるか?」
「見えないけど……」

 金でできたしおりだった。本の長さぐらいあるだろう大きなしおり。羽根の形をしており、持ち手のほうには細いチェーンがついていてその先には円状の薄い水色の宝石が付いている。

「あなたの瞳の色みたいな宝石」
「アクアマリンというらしい」
「素敵な色」

 ミュゲットの瞳の色ではなく自分の色を持ってきたところがアルフローレンスらしいと笑うミュゲットがしおりを取り出すとデニスにもらったばかりの本の一ページ目に挟んだ。

「見て、すごく素敵!」

 少しはみ出す程度に大きくはあるが、それでもミュゲットは嬉しそうだった。
 上から垂れる宝石が特に気に入ったらしく、それを揺らして本を抱きしめた。

「次で最後だ」
「まだあるの?」
「これが一番時間がかかった」
「いつから用意してくれてたの?」
「無粋な質問はするな」

 いつからしていたのかは無粋ではないだろうが、答えたくないのはきっと最近ではなくもう少し前から用意していたからだろう。
 心はとっくに変わっていたのに表現の仕方がわからなかったからあまり変わったように見えなかったが、こうしてみると優しい心をちゃんと持った暖かな人間なのだとミュゲットは実感する。
 心を凍らせなければならないほど辛い過去があったから傷つかないように分厚い氷で心を守った。
 本当はこんなに優しいのに、誰もそれを知らず恐れ続けた。
 自業自得な部分があるとはいえ、寂しかっただろうと後ろから近付いて背中に抱きついた。

「待ちきれぬのはわかるが、そうされていては渡せぬぞ」
「あなたが大好き」

 小さく身体が反射的にピクッと動いたのを感じながらミュゲットは腕の力を強くする。

「お前にそう言われるだけで余は心が満たされる。空っぽだった心が隙間なく埋まっていくのを感じるのだ」

 与えられるばかりで何も与えられなかった人生。
 守っているつもりで守られていて、気付けるはずなのに気付かなかった人生。
 アルフローレンスのこともミュゲットは与えようと思って与えたわけではない。母親の言いつけを守る子供の行動で相手が救われただけ。
 だがこれからはちゃんと相手に与えたい。幸せや喜びは当然のこと、悲しみや寂しさをちゃんと前に出すことを、出してもいいのだと教えたい。

「それはあとでこの中で何度も受け取る。今はお前がこれを受け取ってくれ」

 この中というのがどこなのかはわかっている。
 徹夜コースだと思うも笑ってしまうのは今はそれを嫌だと感じることがないから。
 冷たい身体を持つ相手が唯一熱くなる場所。その体温を感じられるのが嬉しい感じるのだ。

「ブーツ?」
「探るな。開けろ」

 身体を離して受け取ったのは靴が入っているような箱。
 ブーツはグラキエスに来て初めて履いた物。新調してくれたのだろうかと開ける前に相手を見るも答えてはもらえない。
 蓋を開けるとミュゲットは今日一番驚いた顔で固まった。

「お前はすぐに固まるのだな。余が無意識にお前を凍らせているのか?」
「だってこれ……」

 入っていたのはガラスの靴。絵本で見たあの靴と同じ物。

「こ、これ……履けるの?」
「ああ、強化してあるからな。履きたいか?」
「履くだけ。歩くのは怖いから」

 ガラスの靴を履いて舞踏会で王子様と踊るなんて夢があって素敵だと言ったのを覚えていたのだろうかとミュゲットは速くなる鼓動に胸を押さえる。
 ミュゲットの感想にアルフローレンスは呆れたような物言いで『ガラスの靴で踊るなど自殺行為でしかない。そもそもガラスの靴で踊れるはずがないだろう。少し歩いただけでヒビが入るぞ』と言っていた。
 女心がわからない男だと呆れたように言い返したのは随分と前の話。
 それなのにこうしてガラスの靴を用意してくれた相手に胸がいっぱいになって呼吸をするのを忘れてしまう。
 箱の中には赤いクッション。その上に寝かせていたガラスの靴をクッションの一緒に取り出したアルフローレンスがミュゲットに椅子に座るよう促す。

「自分で履く──」
「王子様はガラスの靴が合う者を妻に迎えるのだろう?」
「……そうね。白馬に乗ってくるの」

 目を瞬かせたミュゲットが今にも泣き出しそうな顔で笑って頷く。

「余は白馬にしか乗らぬ」
「金髪じゃないけど」
「余が金髪になったらあまりの美しさにお前が余を直視できなくなるだろうから余はこの髪色にしているのだ」
「それはそれはお気遣いどうも」

 笑いながら椅子に腰掛けると目の前にアルフローレンスが膝をつく。
 足元に置かれた靴にそっと足を入れると驚くほどピッタリだった。

「皇帝の妻になる気分はどうだ?」
「プロポーズもされてないのに妻になれって? 随分傲慢な王子様ね」
「そのつもりがなければ靴など履かぬだろう」
「だってまだガラスの靴で踊ってない」
「踊れぬくせに高望みだな」
「踊れない王子様を選んでるんだから高望みじゃないでしょ? キャッ!」

 手を引かれて強制的に立たされたミュゲットは靴が割れてしまうのではないかと心配だったが、アルフローレンスは何も気にしていない。
 
「余の氷で補強してある。心配するな」
「それで割れない?」
「ああ」

 即答する相手に頷くとミュゲットは握られる両手を握り返してアルフローレンスを見上げる。

「いつもよりあなたの顔が少しだけ近い」
「嬉しいか?」
「ふふっ、ええ」

 ミュゲットの頭の中には「欲しがっているのはあなたでしょう?」という返しが浮かんだが、今は相手が欲しがっている言葉を言いたかった。
 いつもは遠すぎる。背伸びをしても相手が顔を近付けてくれなければキスができない。
 小説の中のように女性が少し背伸びをして自分から積極的にアプローチをするというシーンを再現することができないのだ。
 できるのは相手が座っているときだけ。
 この靴を履いたからといってそれができるようになったわけではないが、それでも少し近くなったのは素直に嬉しかった。

「これ、飾っておいてもいい?」
「お前がそう言うと思ってケースを用意している」
「至れり尽くせりね」
「余がこれだけ尽くすのはお前だからだ。わかっているだろうな?」
「光栄ですわ、皇帝陛下」
「茶化すな」

 驚きっぱなしの一日。
 もう驚くことにも慣れたと言っても過言ではないほどだ。
 共に笑い合える時間が、相手の愛がどれほど大きいか知れたことが、自分がどれだけ相手を想っているかわかったことが嬉しかった。
 幸せが降ってきたような感覚にミュゲットは握った手にギュッと力を入れる。

「このまま散歩でもどうだ?」
「それもプランのうち?」
「ああ、そうだ」
「もう驚かないからね」
「余を普通の男だと思うな」

 散歩ぐらいじゃと前置きがあったように聞こえたアルフローレンスは片手を離してそのままテラスへとゆっくり歩いていく。
 本当に割れないだろうかと不安なままついていくミュゲットはテラスで立ち止まったアルフローレンスを見ると手に冷気が集まっているのが見えた。
 そのまま手すりを触ると現れたのは氷でできた階段。それがミュゲットの足元から伸びている。
 一歩踏み出せば一段上れる状態。

「驚かないのではなかったか?」

 ガラスの靴を見たときよりも驚いた顔をしているミュゲットに指摘するもミュゲットはそのままアルフローレンスを見つめ続けた。

「こんなの驚かないわけない……」
「その顔が見たかったのだ」

 驚いているということは相手の想像にはなかったことができたということ。
 今のところ全て成功していると確信を得たアルフローレンスが先に階段を二段上がった。

「お手をどうぞ」 
「もう繋いでる」
「なら余を信用してついて来い」

 どこまで伸びているのかわからない宙にかかる階段。地面から伸びている何かに支えられているわけではない。かといってアルフローレンスが乗っても揺れるわけでもない。
 ガラスの靴同様に大丈夫なのだろうかと不安はあるが好奇心が勝ってミュゲットの足が階段を踏み締める。
 靴も階段も割れる音はしない。
 
「どこまで行くの?」
「雲の上だ」
「……冗談よね?」 
「余は冗談も言わぬ」

 上機嫌な様子で歩いていくアルフローレンスに手を引かれるままにミュゲットも上がっていく。

「お前にグラキエスの星を見せてやる」

 そう言って振り返るアルフローレンスの顔は少年の笑顔のように眩しかった。
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