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変化

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 それからのフランは少しずつ前の様子を取り戻していった。
 随分と洗っていなかった髪を洗い、ブラシを通して、オイルをつける。

「ボサボサの髪じゃ誰も撫でたくないよね。フランだってやだよ」

 顔も放置していた汚れを落としてケアをする。

「肌荒れなんてしたことなかったのに……ひどい顔」

 荒れ放題だった部屋はエルムントと一緒に片付けた。

「食器ほとんどなくなっちゃった……」
「まだ残ってる。問題ないだろう」
「でもこれじゃあ数作れないよ」
「ワンプレートにすればいい」
「それでいいの?」
「俺はな」

 鏡や食器類、テーブルランプ、置き物などは新しい物を補充するのは難しい。
 ここには元々人が住んでいた。そのときに使っていた物であるため、わざわざアルフローレンスが用意した物ではないことが救い。
 しかし問題はアルフローレンスがフランを全く気にかけていないこと。気にかけていないどころか今は嫌ってさえいるだろう。
 ミュゲットが暮らしているならまだしも、フランしか暮らしていない家でフランが壊した物を買い与えてやる義理などないと言いきるに決まっている。
 残っているのは棚にあった二枚の皿とグラスが一つだけ。
 再び料理を始めたフランは前のように何枚も皿を使って美しい食卓を作りたいと言っていたが、それも壊してしまった以上は簡単なことではない。
 意外だったのはそれを理解しているかのようにわがままを言わなくなったこと。
 エルムントの予想では「エルムントが買ってよ」と言い出すのではないかと思っていたが、それもない。

「食べてくれる?」
「もちろんだ」

 食材はエルムントが用意した。
 最近の食事はずっと冷えたスープとパンだったが、ほとんど手をつけていなかったためゴミ箱も溢れている状態。
 それを捨ててゴミ箱を空っぽにすれば次に入るのは使えない部分の野菜クズ。
 本人はちゃんとしたコース料理を作りたいと言っていたが、今は叶わないためワンプレートで食べられる物を作っている。 
 自分でメニューを考えて作ることをしていれば両親の関心を得られただろうになぜそうしなかったのかエルムントには不思議でならなかった。

「家では料理しなくてよかったから。シェフが毎日美味しい料理を作ってくれる。フランの料理なんて下手の横好きなだけ」
「それでも娘が作った料理を食べたかったんじゃないかと思うがな」
「今更だよ」
「それもそうだな……すまん」

 娘の手料理を食べたいと思わない親はいない。きっとこんな料理を出せば喜んで食べただろう。
 もうこの世にはいない両親に食べさせたいと思っても不可能なことを言ってしまったことに反省するエルムントの前にコトッと小さな音と共に置かれたマグカップ。

「まだあったのか」
「部屋に置きっぱなしだったのを見つけたの」
「そりゃラッキーだ」

 暖かいスープが冷えた身体を温める。
 寒い中で働くグラキエスの人間にとって一番ありがたいのは身体を温めてくれる物。酒やスープなんかがそうだ。

「お仕事頑張ってね」
「ああ」

 人を労うことなど知らなかったフランの口から出る言葉とは思えない言葉にエルムントは感度する。
 頼まれてはいないが、それからよくフランの元に通うようになった。
 帰るときに寂しげな表情を見せるフランをとびきり甘やかすことはせず、泊まることはせず、時間があるときにフランに顔を見せる程度か食事をするぐらい。
 それでもフランはけしてわがままを言おうとはしなかった。

「ん? なんだ、お前たちも来ていたのか」
「料理食ってけって言うもんだから」
「だってお腹すいたって言うんだもん」

 フランに笑顔が戻ったことで兵士たちは手のひらを返したようにまたフランに優しくし始めた。
 呆れてしまうが、それはエルムントも同じこと。
 だが、今まで見た中で今が一番美しいと感じる。
 フランの穏やかな表情に皆が見惚れるほどだった。

「お酒はないけど、スープはたくさん作ったからいっぱい飲んでね」
「俺ずっと門番してるわ」
「お前やばいやばいって言ってただろ!」
「お前だって言ってただろ!」
「もー喧嘩しないで」

 笑いながら止めるフランと接した兵士たちから聞いた『フランが穏やかになった』という噂は瞬く間に広がり、暖かいスープと共にフランを見る機会を期待する兵士たちは増えていった。
 もともと美人だったフランが更に輝きを増して美しくなった。うんざりしていたワガママを言うことは一度もなく、まるで人が変わったように兵士たちのために作るスープの評判も良い。
 和気藹々としたその光景がエルムントは純粋に嬉しい。

「何か欲しい物はないか?」
「……ない」

 あっても言わないと言うような苦笑にエルムントは自分の胸を軽く叩く。

「明日、街に向かう任務があってな。お前に何か土産物でも買って帰ってやろうと思ってのことだ」
「エルムントが買ってくれるの?」
「そうだ」

 じゃあ……と考え始めるフランにエルムントは嬉しくなる。間違いなく変わってきていることに。

「お花が欲しいな」
「花でいいのか?」
「だって花があると家が明るくなるんだもん」
「なんの花だ? バラか?」
「イヌサフラン」
「イヌサフラン?」
「フランの名前の由来になった花なの。こっちにあるかわからないけど」

 なるほどと納得したエルムントはそれを買って帰ることを約束した。
 花屋に行けば何かしら情報はあるだろうと。

「こっちだったらスズランかな」
「ああ、それは陛下がお前の姉に贈った物だから手に入らん」
「あ、そっか。ミュゲットともう一緒にはいられないだろうから飾っておきたかったな」
「すまんな」

 平気だと笑うフランの頭を撫でるとそっと抱きついてくる。今までのようにべったり甘えることはなくなったフランも自分を見つめ直す中で成長があったのかもしれないと目を細める。

「花瓶も一緒に買ってやろうな」
「エルムントのセンスで大丈夫かな」
「心配なら買って帰らんこともできるぞ」
「嘘だよ! 心配してない!」

 アルフローレンスが知ればきっと呆れるものだろう。愚かだと言って騎士団から除名するかもしれない。
 それでもエルムントは今のフランを好ましく思っている。
 穏やかに笑い、日々その笑顔に似合う穏やかな暮らしをしているフランと一緒にいることが心地よかった。

「ミュゲットに会いたいな……」
「……そうだな」
「謝りたい……」

 エルムントは今のフランを見ればミュゲットもアルフローレンスも少し考え直すのではないかと淡い期待を持っていた。
 もう暴言を吐く女はいない。穏やかに笑う少女がいるだけ。
 フランのせいで失った物はあれど、フランが追い出したから手に入れられた物もあると理解するはずだと考えたエルムントはフランの肩に手を置く。

「掛け合ってやる」
「え? いいの?」
「今すぐ許可が出るということはないだろうがな」

 過去のことをすぐには解消できないだろうが、ミュゲットはきっと情を捨てきれていないはずだと考え、根気強く粘ればと頭の中でシミュレーションしている。

「ミュゲットが許してくれるまでゆっくり待つつもり。フランはずっとミュゲットにひどいことしてきたから、それを簡単に許してもらえるとは思ってないよ。でもいつか許してもらえるなら、ちゃんと謝りたい」
「そうだな」
「全部フランからの一方的なことだから許してもらえるかもわからないけどね。ひどいこと言ったのもしたのも、謝りたいって言うのもフランのワガママだもん。だからいつまでだって待つよ」

 穏やかに笑いながらそう語るフランに頷いたエルムントはミュゲットの許可の前にアルフローレンスだと最初にして最大の壁を超えることから始めようと家を出てアルフローレンスの部屋に向かった。
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