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エリスローズは墓参する

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「せめて骨でも拾ってやれりゃあよかったんだがな」
「こんなに立派なお墓を建ててもらっただけでじゅうぶんよ」

 三人で訪れた墓参り。
 家からさほど遠くない霊園に立派すぎる墓を建ててもらった。
 墓にはコリン、フィーネ、シオン、メイの名前が刻まれている。
 刻むには早すぎる年齢ばかり。
 他の墓の下にはあるだろう棺桶も骨もない。あるのはこの墓だけ。
 骨を拾おうにも家と共に砕けてしまったことと、すぐにその灰や瓦礫を処分してしまったため拾えなかった。
 事は一刻を争うと言う医者と魔法使いの言葉に従ったのだ。
 アレンは悔やんでいるが、エリスローズは後悔していない。

「骨に魂が宿るわけじゃないんだもの。戦争に行って帰ってこれなかった人のお墓に意味がないわけじゃないでしょ?」
「それはそうだが……」
「これは彼らが生きてた証なの。この世にいた証。それでじゅうぶん」

 スラム街で死ねば墓なんて建てられない。燃やすこともなく、本当のゴミ捨て場のような場所に連れて行って腐りきるのを待つだけ。
 墓があることはエリスローズにとってありがたいことでしかない。

「リオンが先に来てたみたいだな」
「そのようですね」

 豪華すぎる花束。知り合いなどいない墓の前にそれが置いてあるなど不自然でしかない。
 こんなことをする人物がいるとすればたった一人。
 
「おっさんの花束よりスゲーじゃん」
「おいおい、これは俺らで植えた花で作ったんだぞ。金払って用意したもんとは価値が違うんだよ」
「セコいだけじゃねーの?」
「おまっ、ったく……よく言うぜ。庭の花で花束作って持っていこうって言ったら目ぇキラッキラさせてそれがいいって大喜びしてたの誰だよ」
「おっさんだろ」
「俺かよ。知らなかったわ」
「ボケんのにはまだはえーぞー」

 今この光景を見て両親はきっと笑っているだろう。
 二人だけで暮らしているのを見たらきっと泣いていたと思う。
 何度も何度も謝って、行けるはずの天国を選ばず、自ら地獄を選んで落ちていたかもしれないと。
 愛情深く、いつだって家族優先だった二人が子供の幸せを願わないはずがない。子供が苦労することを望むはずがないのだ。
 だからこうして三人で墓参りし、笑顔で過ごしていることを喜んでいるのではないかと思うとエリスローズも嬉しかった。

「今日は天気が良くて気持ちいい」

 青空の下に立つこと、風が運ぶ緑の匂いを嗅ぐこと、太陽の暖かさを感じること──日々の中に当たり前にあることを当たり前にできなかったエリスローズにとって今この瞬間は幸せを感じることの一つ。
 賑やかな声が聞こえ、目を閉じても外の明るさがわかる。
 鼻から胸いっぱいに今の爽やかな空気を吸い込むと少し息を止めて肺の中に少しの間留めてからゆっくりと息を吐き出す。

「キス待ちか?」
「ちーがーう。おじさん、本気で相手探してみたら?」

 わりとスキンシップ多めのアレンは欲求不満なのではないかとエリスローズは時々本気で思う。

「二十歳と十一歳の子持ちを誰が相手するんだよ。需要ねぇのよ、この顔でも」
「娼婦探せば? おっさんの相手してくれる物好きも探せばいるだろ」
「お前よくそんなひどいことが言えるな。この身体に抱かれたいって女は山ほどいるんだぞ」
「需要ねーんだろ?」
「よく回る口だな。クリップで止めてやろうか」
「止めてみろよ。おっさんのダセェ身体じゃ重すぎて捕まえるのも無理だろうけど」

 目の下を引っ張って舌を出したロイが走り出すと呆れた顔をしたアレンが腕まくりをし

「捕まえたら新聞でケツ百叩きの刑に処す」
「やってみろよ! ゼッテー捕まらねーから」
「俺の身体は筋肉でできてんだよ! 俺が脱ぐだけで目がハートになる女は山ほどいんだぞ!」

 ロイを追いかけるために走り出したアレン。

「需要ねーんだろ! 女日照りの言い訳すんなよ! おっさんの下半身枯れ枝みてーだもんな!」
「どう見ても大木だろうが! コイツッ、マジで百叩きの刑だ!」
「ギャーッ! 本気出すなんて大人気ねーぞ! こっちくんな! キモいんだよ!」
「お前のケツがリンゴになるまで叩いてやる!」
「エリー助けて! 気持ち悪いおっさんがハアハア言いながら追いかけてくる!」
「逃げきらなきゃお尻リンゴだよー」
「助けろよ! ギャーッ!」

 五十五歳の男と十一歳の子供が追いかけっこをしている様子に呆れながらもエリスローズは笑う。
 
「帰るよー。一番最後の人は夕飯のお酒なしだからね」
「俺かよ!」
「やーい! バーカ!」

 しっかり捕まっているロイがアレンの頬を引っ張りながら大笑いする。
 馬車に乗り込み家に帰るため走り出した馬車の中で、エリスローズは四人の姿を見た気がした。
 幻覚だとわかっているが、四人並んで手を振る姿にエリスローズは涙を滲ませながら手を振り返した。

「なー、エリー」
「ん?」
「雪が降り続ける国ってマジであんのかな?」

 家に帰ってエリスローズの膝に座って本の読み聞かせをしてもらうロイが一つの疑問を口にする。
 雪が降り続ける国で愛を見つける青年の話。
 先日アレンが買ってきてくれた本だ。

「真実の愛を見つけたからって人生変わらねーのに」
「ロイはお姉ちゃんを愛して人生変わらなかったの?」
「全然。だってエリーはいつも俺の人生の真ん中にいるんだもん。だからなーんにも変わらねーの」

 互いに家族のことは愛していても互いが特別だった。
 支えであり、愛すべき存在。離れようにも離れられない存在となっていた。
 吐き出してしまえばスッキリした感情にエリスローズはもはや開き直りのように愛という言葉を口にする。

「でもこの人は変わったの。だって一人ぼっちだったんだもの」
「一人はまあ……寂しいよな」

 同情するように眉を下げると挿絵の青年を指でツンツンと突くロイの後頭部にキスを落とす。

「そうでしょ? だから愛を知って幸せになったの」
「でも愛を知ったからって雪はやまねーじゃん。天気とコイツの感情は関係ないわけだし」
「そこがロマンチックなの。青年が持ってたのは特別なランプで、愛を知ったことで青年のランプが光って空を晴らした。見えなかった星空の下で青年は愛する女性と幸せに暮らしましたってお話」
「嘘くさー。安っぽー」
「夢がないなぁ、ロイは」
「俺は現実主義なだけ」
 
 まだロイには早いかと本を閉じるとテーブルに置いた。

「実話に近いって言われてるがな」
「そうなの?」
「遠い国の話だからどこまでが本当かは知らんが」
「その国に行ったことある?」
「いや、ない。寒いとこはあんま好きじゃねぇのよ」
「堪え性ないしな」
「人肌が恋しくなるからだよ」
「どっかで他にガキ作ってねぇだろうな……」
「お前に会うまでは伴侶もガキも作らねぇって決めてたんだよ」
「今は?」

 会えたのだから作ればいいと首を傾げるエリスローズにアレンは肩を竦めて小さな笑みを浮かべながらグラスにブランデーを注いで一口飲むと首を振る。

「お前らの世話で手一杯でな」
「世話してねーじゃん」
「一緒に風呂入ってんのにそれはなくね?」
「俺とエリーが入ってるとこに入ってきたんだろ! あんときのことは絶対許さねーからな!」
「俺がエリーの裸見たことか? それともエリーが俺の裸見たことか?」
「どっちもだよクソジジイ!」
「すぐ出ただろ? そんな怒んなよ」

 近くにあったグレイのボールを投げつけると簡単にキャッチされた。
 それに腹を立てたロイがエリスローズの膝から降りて直接叩きに行ったが、その手も掴まれて逆に抱きしめられた。

「離せクソジジイ! 俺のがデカくなったら覚えとけよ! ボッコボコにしてやるからな!」
「そりゃ楽しみだな」

 アレンのスキンシップに慣れたのか、ロイは大した抵抗はしなくなった。両手でアレンの顔を押して頬に吸いつかれるのを必死で拒絶する以外は。
 眠たいときはアレンに抱っこされるのも嫌がらず、ベッドまで運んでもらうことも増えた。
 そういう光景を見る度にエリスローズはいつも父親の言葉を思い出す。
 余裕がないのに赤ん坊を拾っては育てる両親に対してエリスローズが「家族じゃないのにどうして家族にするの?」と問いかけた。
 すると父親はこう答えた。

「家族じゃないから家族になるんだよ」と。

 幼いエリスローズには理解できなかった。
 家族じゃないのに家族になどなれるはずがないと。
 だが、ロイやシオンやメイを拾って一緒に育てていくと確かに彼らは家族になった。
 二人は血の繋がりがある分、おかしくないことなのかもしれない。だからといってエリスローズはそこに疎外感を覚えたこともない。
 こうして過ごしていく間にいつの間にか家族になっていくのだと実感する。

「どうしておじさんはロイって名付けようと思ったの?」
「ん? ああ、そりゃ俺の息子は王に相応しい男だからだ。まあ、そのまんまだな」

 ロイという名前が持つ意味そのままに名付けようとしたネーミングセンスに今更ながら苦笑するも、スラム街にいる人間がそんな意味を持った名前を子供につけようと思ったことが不思議で、アレンはエリスローズを見た。

「お前さんの両親はなんでコイツをロイって名付けたんだ?」
「この子が持つ意味は赤」

 ロイという名が持つ別の意味はアレンも知っていたが、ロイの瞳は赤くない。
 だがすぐにわかった。

「お前さんの物だってことか」
「そうなの? 俺が、エリーの物?」

 反応したロイが嬉しそうにエリスローズに駆け寄り、その愛らしい表情にエリスローズが額にキスをするとロイは猫のように擦り寄る。

「私の目を見てロイは笑ってくれたの。真っ直ぐに見つめて、笑ってくれた。シオンやメイは泣いちゃったんだけどね」

 後にも先にも赤い瞳を見て泣かなかったのはロイだけだと微笑むエリスローズにロイが鼻を擦ってドヤ顔を見せつける。

「だって俺、エリーの目、すげーキレーだって思ったもん」
「覚えてるの?」
「当たり前だろ。全部覚えてる」
「エリーにおっぱいもらったこともか?」
「もらってねぇよエロジジイ! お前マジで余計なことしか言わねぇな!」

 アレンにクッションを投げつけるロイを止めて膝に乗せるとギュッと抱きしめた。

「エリーに惚れたかなってお父さんが言ったの。エリーを守ってくれる王子様になるかもしれないねって」
「守るよ、俺。絶対に何があってもエリーのことは俺が守るから」
「ありがと」
「お前さんの瞳の色を名前として付けたわけか」
「だから私が名付け親」

 名前は同じでもそこに宿る意味が違う。
 納得したように頷くアレンにエリスローズは少し申し訳ないと思った。
 ロイが捨てられなければアレンは今頃王位を継いでいたかもしれない。そしてロイは世継ぎとして生きていたかもしれない。空腹を感じることも悪臭を感じることもない贅沢の中で両親の愛を目一杯受けていたかもしれない。
 それでもエリスローズはロイが捨てられてよかったと思っているし、何があろうと今更アレンに渡すつもりもなかった。

「でもシオンとメイも同じぐらい大切だった」

 どんどん増えていった可愛い弟と妹。手放したくなかった。幸せになる姿を見届けたかった。

「大切な物は一つにしとけ。どんなに大切でもお前が両手で持てるのは一つだ。大切な物を作りすぎれば手からこぼれ落ちたときに後悔するぞ」

 家族六人の幸せを願い続けてきた。必死に働いてお金を稼いでこれからということに神は無惨にも四人を奪った。
 辛くとも悲しくとも耐えられたのは家族との未来を想像していたから。
 まるでエリスローズを弄ぶように苦痛を与え続けた挙句、願いを叶えるどころか最悪の形で奪ったのが神であるならエリスローズは一生恨み続けると思った。
 恨んだところでいるかどうかもわからない存在。信仰しなかったことへの罰かとも考えたが、慈悲すら与えない存在を信仰などできるわけがないと今も気持ちは変わらない。
 
「おじさんはロイと私、どっちが大事?」
「どっちも大事じゃねぇよ。俺はただの保護者。お前らを見守る存在なだーけ」
「俺はエリーが大事。このおっさんは付属品」
「ロイ」

 お尻を叩かれてもアレンには舌を出す。
 アレンの言葉に二人はショックを受けていない。アレンは意外にもわかりやすく、大切な物は一つにしておけと言った以上は選べない。 
 だからあえてそう言ったが、表情はそうは言っていない。
 笑うエリスローズに呆れたようにアレンが笑う。

「お前さんも存外意地が悪いね」
「おじさんほどじゃないけどね」

 二人の笑い声を遮るように鳴ったノッカーに全員が振り向く。 

「ん? 誰か来た。見てこいよ」

 ロイがアレンに顎で指示するも動かない。

「酒飲んで酔っ払ってるから無理だわ」
「一口飲んだだけだろ」
「おじさん酒弱いのよ」
「じゃあこの酒捨ててくる。酔ってエリーに何かしたら殺したくなるから」
「待て待て待て待て! もったいないだろ! それ高いんだぞ!」
「私が見てくるからロイも座ってて」
「エリーはダメ! 俺が行く!」

 立ち上がったエリスローズにロイが座ってろと促して玄関へと走っていく。
 控えめに鳴るノッカーの音に誰だと警戒しながらゆっくりとドアを開けたロイが目を見開く。

「お前……」
「やあ、久しぶりだね」

 苦笑にも似た控えめな笑顔を見せるリオンが立っていた。
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