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エリスローズは終了する
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「もうすぐパレードだね。去年より緊張してない?」
『まだ二度目ですよ? するに決まってます』
「あーやだやだ。お前とエリーが嘘でも夫婦だって公の場に出るのが嫌だ」
「おら、お前がいると不自然だから行くぞ」
「手ぇ出すんじゃねーぞ、リオン」
「わかってるってば」
年明けすぐ始まった結婚記念日のパレードの準備。
もうここに来て一年だと感慨深く思うエリスローズはデザイナーとの打ち合わせ時間までもう少し。
アレンがロイを抱えてドアに向かうとロイが指差しながら念押しする。
何度聞いたかわからないその言葉に苦笑しながら手を振るが、アレンが開ける前に開いたドアにリオンが身体を傾ける。
ノックもなく入ってくる無礼が許されているのは両親だけ。
また何をしに来たんだと眉を寄せたが、すぐにそれは目を見開く形で変わることとなった。
驚いたのはそこにいた全員。アレンでさえ驚きを隠せず数秒間、立ち尽くしていた。
「あら、アレンおじ様じゃない。帰ってきてたなんて偶然」
エリスローズとそっくりの顔をした女が笑顔でアレンに挨拶をする。
エリーナだとエリスローズもロイもすぐにわかった。
「ようやく帰ってきたか、このアバズレ」
「やだ、酷い言い方しないでくれる? ちょっと羽休めに行ってただけよ」
「男っつー木の枝にか?」
「そうね」
夫の前だというのに悪びれもしない女にエリスローズは久しく感じていなかった嫌悪感を顔を歪めることで露わにする。
「その子、アレンおじ様の子? そっくりね。お名前は?」
「コイツに名前聞く前にリオンに言うことあんだろ」
「あらやだ、怖い子。でもそうね。リオン、ただいま」
後ろにいるリオンに顔を見せるように身体を傾けて笑顔で手を振るエリーナにリオンも嫌悪感を露わにする。
「ちょっと、おかえりぐらい言ってくれてもいいんじゃない?」
傍に寄って膝の上に横座りになったエリーナの品のなさに本当に王太子妃かと疑いたくなった。
自分が今まで品性を落とさないようにと受けてきた教育はなんだったのかと思うほどエリーナの格好にも行動にも品性は感じられない。
「一年もいなくなるなんて何を考えてるんだ。どういうつもりだ。王太子妃としての自覚を持てと話した直後にこれか!」
説教を始めたリオンにエリーナがため息をついて立ち上がり、尻を振るような歩き方で窓へと寄っていく。
「人はね、自由がなきゃ生きていけないの。特に私はね」
「王女として生まれたときから自由など望んではいけないとわかってるはずだ」
「あなたはそうでしょうけど私は違う。そういうとこよ、リオン。あなたの顔は好き。とってもキレイで大好き。でもそれだけ。優しいだけの男に価値はない。女はね、全身を熱くさせてくれる男に惹かれるの。あなたにはそれが全くないんだもの、飛び出したくもなるわ」
自分勝手な言い分にリオンの手が拳に変わる。
「あなたも同じ女ならわかるでしょ?」
振り返ったエリーナがエリスローズに声をかけるが、眉を寄せながら寄ってくる。
ハイヒールの音がカツカツとうるさい。
「不気味なぐらいそっくりね。もう一人の自分を見てるみたいで気味が悪いわ」
「彼女は君が消えた一年間、君よりよくやってくれた。王太子妃としての勤めを立派に果たしてくれたんだぞ。感謝の言葉ぐらい言えないのか!」
「お金もらってたんでしょ?」
金を払っているのだからお礼など必要ないはずだと言わんばかりの言い方にリオンが失望したような表情を向ける。
「ああ、そうそう。私からも支払っておくわ。一年間、お疲れ様。王太子妃がいなくなったって大騒ぎになるんじゃないかって思ってたから」
入り口に控えていた侍女が鞄を持って駆け寄ってくる。
その中から両手で持たなければならないほど大きな袋を取り出し、エリスローズの前のテーブルに置いた。
硬貨が鳴る音。ズシッとした重みは持たずとも見ているだけでわかる。
「君が勝手に消えるから彼女は巻き込まれたんだぞ!」
「私は息抜きできたし、彼女はお金を稼げた。声を荒らげる必要ないじゃない」
「君は無責任すぎる!」
「仕方ないじゃない。王太子妃って息が詰まるの。ストレス溜めたままってお肌にも良くないし、あなたとの関係にも悪影響が出そうだなって思ったからリフレッシュしに行っただけ」
「いい加減にしろ!」
テーブルを叩いて立ち上がるリオンに表情を変えないエリーナは自分の立場をわかっているのだとエリスローズは理解した。
どれだけリオンが怒ろうとリオンに離婚する勇気はない。
どれだけ自由奔放に過ごそうと義両親は自分の味方。
それはこの一年間の放浪を許された時点で確信へと変わっているだろう。
「もう、カッカしないでよ。いいじゃない、何も問題は起きなかったんだし、彼女だって別世界を経験できてよかったんじゃない?」
「君はッ!」
怒りで振り上げた手をエリスローズが掴んで止める。
「エリー……」
リオンを見上げながら首を振るエリスローズに唇を噛み締めて再びソファーに腰掛けるとリオンはエリーナから顔を逸らした。
「あなたの名前エリーって言うの? 名前まで似てるなんて本当に不気味。というかあなた、スラム街出身なんですってね。そんなとこで生まれ育った人と顔が似てるだなんて屈辱もいいとこだわ」
拳を震わせているのはリオンだけでエリスローズは表情も変えない。
『彼は魅力的な男性です。心優しく、穏やかで、面倒見も良い人です。責任感があり、人を思いやれる素晴らしさを感じ取れる心があなたにはないのですね』
「なにそれ、私のことバカにしてるの? ゴミの分際で?」
『そういうとこですよ』
ノートを揺らして見せるエリスローズの嘲笑を含んだ表情にエリーナが苛立った表情を見せる。
スラム街の人間をバカにしてもバカにされたことなど一度もない。
「侮辱罪で死刑にしてもいいのよ?」
『そんな権限がおありなのですか?』
「王太子妃だもの。スラム街のゴミを処分するのに誰も反対なんてしないわ」
「俺が反対する」
間に割って入ったアレンにエリーナの冷めた表情が向く。
「アレンおじ様は黙っててくれる?」
「俺もレッドローズ家の人間なんでね、口は出させてもらうぜ」
「まさか、ゴミの味方なの?」
「ゴミってのはな、役に立たねぇ物のことを言うんだよ。王太子妃として機能しねぇ奴のこととかな」
「ちょっと! 私を侮辱するつもり!? 許さないわよ!」
「許さなきゃどうするってんだ? 言ってみろよ」
義両親は脅せてもアレンは脅せない。脅す材料がないのだ。
愛国心もなく自由に生きているアレンにとってアクティーがどうなろうと興味はない。
だから甥っ子と離婚すると脅したところで痛手はないため脅せない。
ランドルに言いつけようとランドルはアレンに勝てない。それもわかっているためエリーナの表情が悔しげに歪む。
「アレンおじ様に隠し子がいたなんて国民が知ったらどう思うのかしらね?」
「ない脳みそ使って考えてから発言しろよ、嬢ちゃん。首切り落とすことになんぞ」
「……私を脅すってことはアクティーの国民を路頭に迷わせるってことなのわかってないの?」
「それをどうにかすんのはランドルとリオンであって俺じゃあねぇ。それにこの国は一度リセットしたほうがいい。それがこの国のためだ」
ロイの存在は隠していたわけではない。
普段から表に出ない男に子供がいたところで誰が騒ぐのかとアレンは遅れて込み上げてきた笑いを堪えることなく表に出す。
「リオン、なんとか言いなさいよ! 私が酷いこと言われて黙ってるつもり!?」
「彼が言ってるのは正論だよ。間違ってるのは君だ」
「ねえ、冗談でしょ? いつまでそうやって怒ってるの? あなたらしくもない。私が家を出るのなんて今に始まったことじゃないでしょ? どうして今回だけそんなに怒ってるの?」
わかっていないエリーナにリオンが強いため息を吐き出す。
「一年という期間は君にとってはさぞ楽しいものだっただろう。でも彼女にとっては地獄でしかなかったんだよ」
「どうして? スラム街じゃ味わえない贅沢を味わえたのに地獄なわけないじゃない」
「贅沢すれば幸せなわけじゃないんだよ」
「そんな強がりを鵜呑みにしてるなんて、あなたやっぱりつまらない男ね」
「つまらない男でいいよ。僕はもともとこういう男だからね。君の好みに合わせようとは思わない」
「それって私がこれからも家を出るのを許すってことよね? だってあなたが妻を引き止める努力を放棄するんだもの」
やり場のない感情を堪えるのに必死なリオンの背中をエリスローズが撫でるとその手をエリーナが強く払った。
「人の夫に馴れ馴れしく触らないでくれる? あなたの役目はもう終わったの。おわかり?」
叩かれた手の痛みより苛立ちが勝るエリスローズの脳内では振り上げた手を思いきりエリーナの顔に叩きつける映像が流れている。
だがそんなことをしたら大問題に発展してしまう。
もうこれで終わりだ。二度と会うことはないのだからと我慢して立ち上がった。
「エリー?」
どこへ行くんだと思わず手を握ったリオンの不安そうな顔は今にも捨てられそうな子犬そのものだが、エリーはその手をそっと押して離させる。
微笑みを見せて首を振り、アレンの隣に立つと外を指差した。
「これで解放だな。ようやく家族と過ごせるんだ。祝ってやれよ、リオン」
我慢し続けた一年。エリーナが帰ってきたことでエリスローズの務めは終わる。
声と瞳の色を戻してもらったら大急ぎで帰る。
あとは貯まった金を持って貧困街で家を探し、家族六人で幸せに暮らす。
ロイを学校に通わせて、シオンにはもっと字を教えて、メイには言葉を教える。
目の前にある幸せを想像するだけでエリーナの侮辱などどうでもよくなった。
「お前の使用人が俺らに取ってた態度って貧困街の奴らと同じだったわ。似すぎて笑えた」
アレンに下ろせと身体を動かして伝え、床に降りるとテーブルに置きっぱなしの袋を抱えて戻り、エリーの手を握る。
「ずいぶんと生意気なボーヤね」
「お前もずいぶんなクソババアじゃん。エリーとすげー似てるのかって想像してたけど全然似てないし、マジでただのクソババアで驚いた」
「どういう教育したらこういう子供が育つの?」
「一流の教育受けさせただけだ」
「絶対に許さないから!」
「お前に許してもらう必要なんざねぇよ。いつまでもガキみてぇにわがまま言ってねぇでさっさと離婚して娼婦にでもなれよ。そっちのがお似合いだぜ」
言葉にならない叫び声を上げるエリーナを無視してアレンに従いエリスローズたちも歩きだす。
「リオン! あなたまでどこに行くの!?」
「僕は彼女たちに最後まで礼儀を尽くすつもりだ」
「お金払ったじゃない! じゅうぶんでしょ!」
「誠心誠意。君に足りない言葉だよ」
顔を真っ赤にして怒るエリーナを無視してリオンは三人を追いかけていった。
『まだ二度目ですよ? するに決まってます』
「あーやだやだ。お前とエリーが嘘でも夫婦だって公の場に出るのが嫌だ」
「おら、お前がいると不自然だから行くぞ」
「手ぇ出すんじゃねーぞ、リオン」
「わかってるってば」
年明けすぐ始まった結婚記念日のパレードの準備。
もうここに来て一年だと感慨深く思うエリスローズはデザイナーとの打ち合わせ時間までもう少し。
アレンがロイを抱えてドアに向かうとロイが指差しながら念押しする。
何度聞いたかわからないその言葉に苦笑しながら手を振るが、アレンが開ける前に開いたドアにリオンが身体を傾ける。
ノックもなく入ってくる無礼が許されているのは両親だけ。
また何をしに来たんだと眉を寄せたが、すぐにそれは目を見開く形で変わることとなった。
驚いたのはそこにいた全員。アレンでさえ驚きを隠せず数秒間、立ち尽くしていた。
「あら、アレンおじ様じゃない。帰ってきてたなんて偶然」
エリスローズとそっくりの顔をした女が笑顔でアレンに挨拶をする。
エリーナだとエリスローズもロイもすぐにわかった。
「ようやく帰ってきたか、このアバズレ」
「やだ、酷い言い方しないでくれる? ちょっと羽休めに行ってただけよ」
「男っつー木の枝にか?」
「そうね」
夫の前だというのに悪びれもしない女にエリスローズは久しく感じていなかった嫌悪感を顔を歪めることで露わにする。
「その子、アレンおじ様の子? そっくりね。お名前は?」
「コイツに名前聞く前にリオンに言うことあんだろ」
「あらやだ、怖い子。でもそうね。リオン、ただいま」
後ろにいるリオンに顔を見せるように身体を傾けて笑顔で手を振るエリーナにリオンも嫌悪感を露わにする。
「ちょっと、おかえりぐらい言ってくれてもいいんじゃない?」
傍に寄って膝の上に横座りになったエリーナの品のなさに本当に王太子妃かと疑いたくなった。
自分が今まで品性を落とさないようにと受けてきた教育はなんだったのかと思うほどエリーナの格好にも行動にも品性は感じられない。
「一年もいなくなるなんて何を考えてるんだ。どういうつもりだ。王太子妃としての自覚を持てと話した直後にこれか!」
説教を始めたリオンにエリーナがため息をついて立ち上がり、尻を振るような歩き方で窓へと寄っていく。
「人はね、自由がなきゃ生きていけないの。特に私はね」
「王女として生まれたときから自由など望んではいけないとわかってるはずだ」
「あなたはそうでしょうけど私は違う。そういうとこよ、リオン。あなたの顔は好き。とってもキレイで大好き。でもそれだけ。優しいだけの男に価値はない。女はね、全身を熱くさせてくれる男に惹かれるの。あなたにはそれが全くないんだもの、飛び出したくもなるわ」
自分勝手な言い分にリオンの手が拳に変わる。
「あなたも同じ女ならわかるでしょ?」
振り返ったエリーナがエリスローズに声をかけるが、眉を寄せながら寄ってくる。
ハイヒールの音がカツカツとうるさい。
「不気味なぐらいそっくりね。もう一人の自分を見てるみたいで気味が悪いわ」
「彼女は君が消えた一年間、君よりよくやってくれた。王太子妃としての勤めを立派に果たしてくれたんだぞ。感謝の言葉ぐらい言えないのか!」
「お金もらってたんでしょ?」
金を払っているのだからお礼など必要ないはずだと言わんばかりの言い方にリオンが失望したような表情を向ける。
「ああ、そうそう。私からも支払っておくわ。一年間、お疲れ様。王太子妃がいなくなったって大騒ぎになるんじゃないかって思ってたから」
入り口に控えていた侍女が鞄を持って駆け寄ってくる。
その中から両手で持たなければならないほど大きな袋を取り出し、エリスローズの前のテーブルに置いた。
硬貨が鳴る音。ズシッとした重みは持たずとも見ているだけでわかる。
「君が勝手に消えるから彼女は巻き込まれたんだぞ!」
「私は息抜きできたし、彼女はお金を稼げた。声を荒らげる必要ないじゃない」
「君は無責任すぎる!」
「仕方ないじゃない。王太子妃って息が詰まるの。ストレス溜めたままってお肌にも良くないし、あなたとの関係にも悪影響が出そうだなって思ったからリフレッシュしに行っただけ」
「いい加減にしろ!」
テーブルを叩いて立ち上がるリオンに表情を変えないエリーナは自分の立場をわかっているのだとエリスローズは理解した。
どれだけリオンが怒ろうとリオンに離婚する勇気はない。
どれだけ自由奔放に過ごそうと義両親は自分の味方。
それはこの一年間の放浪を許された時点で確信へと変わっているだろう。
「もう、カッカしないでよ。いいじゃない、何も問題は起きなかったんだし、彼女だって別世界を経験できてよかったんじゃない?」
「君はッ!」
怒りで振り上げた手をエリスローズが掴んで止める。
「エリー……」
リオンを見上げながら首を振るエリスローズに唇を噛み締めて再びソファーに腰掛けるとリオンはエリーナから顔を逸らした。
「あなたの名前エリーって言うの? 名前まで似てるなんて本当に不気味。というかあなた、スラム街出身なんですってね。そんなとこで生まれ育った人と顔が似てるだなんて屈辱もいいとこだわ」
拳を震わせているのはリオンだけでエリスローズは表情も変えない。
『彼は魅力的な男性です。心優しく、穏やかで、面倒見も良い人です。責任感があり、人を思いやれる素晴らしさを感じ取れる心があなたにはないのですね』
「なにそれ、私のことバカにしてるの? ゴミの分際で?」
『そういうとこですよ』
ノートを揺らして見せるエリスローズの嘲笑を含んだ表情にエリーナが苛立った表情を見せる。
スラム街の人間をバカにしてもバカにされたことなど一度もない。
「侮辱罪で死刑にしてもいいのよ?」
『そんな権限がおありなのですか?』
「王太子妃だもの。スラム街のゴミを処分するのに誰も反対なんてしないわ」
「俺が反対する」
間に割って入ったアレンにエリーナの冷めた表情が向く。
「アレンおじ様は黙っててくれる?」
「俺もレッドローズ家の人間なんでね、口は出させてもらうぜ」
「まさか、ゴミの味方なの?」
「ゴミってのはな、役に立たねぇ物のことを言うんだよ。王太子妃として機能しねぇ奴のこととかな」
「ちょっと! 私を侮辱するつもり!? 許さないわよ!」
「許さなきゃどうするってんだ? 言ってみろよ」
義両親は脅せてもアレンは脅せない。脅す材料がないのだ。
愛国心もなく自由に生きているアレンにとってアクティーがどうなろうと興味はない。
だから甥っ子と離婚すると脅したところで痛手はないため脅せない。
ランドルに言いつけようとランドルはアレンに勝てない。それもわかっているためエリーナの表情が悔しげに歪む。
「アレンおじ様に隠し子がいたなんて国民が知ったらどう思うのかしらね?」
「ない脳みそ使って考えてから発言しろよ、嬢ちゃん。首切り落とすことになんぞ」
「……私を脅すってことはアクティーの国民を路頭に迷わせるってことなのわかってないの?」
「それをどうにかすんのはランドルとリオンであって俺じゃあねぇ。それにこの国は一度リセットしたほうがいい。それがこの国のためだ」
ロイの存在は隠していたわけではない。
普段から表に出ない男に子供がいたところで誰が騒ぐのかとアレンは遅れて込み上げてきた笑いを堪えることなく表に出す。
「リオン、なんとか言いなさいよ! 私が酷いこと言われて黙ってるつもり!?」
「彼が言ってるのは正論だよ。間違ってるのは君だ」
「ねえ、冗談でしょ? いつまでそうやって怒ってるの? あなたらしくもない。私が家を出るのなんて今に始まったことじゃないでしょ? どうして今回だけそんなに怒ってるの?」
わかっていないエリーナにリオンが強いため息を吐き出す。
「一年という期間は君にとってはさぞ楽しいものだっただろう。でも彼女にとっては地獄でしかなかったんだよ」
「どうして? スラム街じゃ味わえない贅沢を味わえたのに地獄なわけないじゃない」
「贅沢すれば幸せなわけじゃないんだよ」
「そんな強がりを鵜呑みにしてるなんて、あなたやっぱりつまらない男ね」
「つまらない男でいいよ。僕はもともとこういう男だからね。君の好みに合わせようとは思わない」
「それって私がこれからも家を出るのを許すってことよね? だってあなたが妻を引き止める努力を放棄するんだもの」
やり場のない感情を堪えるのに必死なリオンの背中をエリスローズが撫でるとその手をエリーナが強く払った。
「人の夫に馴れ馴れしく触らないでくれる? あなたの役目はもう終わったの。おわかり?」
叩かれた手の痛みより苛立ちが勝るエリスローズの脳内では振り上げた手を思いきりエリーナの顔に叩きつける映像が流れている。
だがそんなことをしたら大問題に発展してしまう。
もうこれで終わりだ。二度と会うことはないのだからと我慢して立ち上がった。
「エリー?」
どこへ行くんだと思わず手を握ったリオンの不安そうな顔は今にも捨てられそうな子犬そのものだが、エリーはその手をそっと押して離させる。
微笑みを見せて首を振り、アレンの隣に立つと外を指差した。
「これで解放だな。ようやく家族と過ごせるんだ。祝ってやれよ、リオン」
我慢し続けた一年。エリーナが帰ってきたことでエリスローズの務めは終わる。
声と瞳の色を戻してもらったら大急ぎで帰る。
あとは貯まった金を持って貧困街で家を探し、家族六人で幸せに暮らす。
ロイを学校に通わせて、シオンにはもっと字を教えて、メイには言葉を教える。
目の前にある幸せを想像するだけでエリーナの侮辱などどうでもよくなった。
「お前の使用人が俺らに取ってた態度って貧困街の奴らと同じだったわ。似すぎて笑えた」
アレンに下ろせと身体を動かして伝え、床に降りるとテーブルに置きっぱなしの袋を抱えて戻り、エリーの手を握る。
「ずいぶんと生意気なボーヤね」
「お前もずいぶんなクソババアじゃん。エリーとすげー似てるのかって想像してたけど全然似てないし、マジでただのクソババアで驚いた」
「どういう教育したらこういう子供が育つの?」
「一流の教育受けさせただけだ」
「絶対に許さないから!」
「お前に許してもらう必要なんざねぇよ。いつまでもガキみてぇにわがまま言ってねぇでさっさと離婚して娼婦にでもなれよ。そっちのがお似合いだぜ」
言葉にならない叫び声を上げるエリーナを無視してアレンに従いエリスローズたちも歩きだす。
「リオン! あなたまでどこに行くの!?」
「僕は彼女たちに最後まで礼儀を尽くすつもりだ」
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