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エリスローズは悦楽する
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「エリーはあっち行け」
さっきまであんなに甘えていたのが嘘のように突き放されたエリスローズは両親を見て肩を竦めながら笑った。
「エリーの名前から教えろ」
「夫人、名前は……」
どういう綴りだろうと振り返ったが、同時に思い出した。彼らは字が書けないのだと。
ということは綴りなど知るはずがない。
「えっと……」
名前を勝手に書いてしまってもいいのだろうかともう一度顔をみると両親は申し訳なさそうに頷いていた。
「こう、かな」
「合ってんのか?」
「うん」
不安げに書くリオンに疑いの眼差しを向けるロイの目つきはシオンたちのように優しくない。
苦笑しながら頷くリオンにロイが何度も耳打ちをして文字を教えてもらう。
紙は触ったことがある。街から飛ばされてくるチラシを見たりしていたから。
だがペンはない。グッと手のひらで握り込むのをリオンが一から教えていく。
エリスローズは彼の面倒見が良いことは自分の相手をしてくれることからわかっていたが、子供の扱いがここまで上手いとは思っていなかった。
「にーに」
絵本を持ってきたメイが読んでくれと差し出すとソファーにのぼって再びリオンの膝上に腰掛ける。
「メイはこれ好きだね」
「んっ」
うさぎが抱きしめる絵本がお気に入りになったメイが表紙を叩いて早くと急かす。
「ロイ、大丈夫かい?」
「練習してるからいい。読んでやれよ」
リオンへの態度の注意はもうやめた。両親が注意する度にリオンが「叱らないでやって。ありのままでいいんだ」と言うから。
ひたすら字を書き続けるロイを横目で見ては絵本を読むという忙しい時間を過ごすリオンに笑いながら庭へと出ていく。
「おねーちゃん」
空を見上げているシオンの肩を後ろから叩くと笑顔がこっちを向く。
近くにいた兵士を呼んでノートに書いた字を読んでもらう。
「元気だった?」
『ええ』
「のど、痛くない?」
『痛くない』
「早くおねーちゃんとおしゃべりしたいな」
『私もよ』
抱きついてくるシオンを抱き上げると庭に置いてあるガーデンチェアに腰掛けた。
『空見てたの?』
空を指差すエリスローズに頷いてシオンがまた空を見上げる。
「空ってすごいね。クルッてまわってもずーっとどこまでもお空なんだよ。あっちに行ってもこっちに行ってもお空が見えるんだ。僕ね、ここが大好き」
スラム街で空を見上げても空が見える場所は決まっていた。
地下のような場所で暮らす者にとって空は平等でもなんでもない。空さえも与えられる人間が決まっているのだと思っていたほど。
この場所が好きだと笑うシオンから笑顔を奪う日が来ることを考えると胸が痛い。
エリーナが戻るまでの間、身代わりをすることを条件に貸し出してもらった場所。エリーナが戻ればここに住むことはできないのだ。
シオンはまだそれを知らない。
「おにーちゃんがね、ずーっとおねーちゃんを探してるんだ」
『ロイ?』
「うん。おねーちゃんいないよって言うとね、わかってるって言うんだけど探してる。お外に出ておねーちゃんが行っちゃったほうをずーっと見てたりするから」
スラム街で育つと大体の考え方は諦めるか強がるかのどちらかになる。
仕事がないのだから稼ぐこともできず、その額は貧困街にさえ上がれないほど。
どんなに身体に鞭を打って朝から晩までの重労働に耐えようともらえるのは犬の餌さえ買えないような額。
だからほとんどの人間は諦めることを選ぶ。この場所で生き、娯楽さえ知らぬまま、字を書くことも読むこともできないまま死んでいくのだと。
エリスローズの両親もそうだ。貧困街に上がれるとは思っていないし、まともな職に就けるとも思っていない。だからスラム街の人間が唯一働ける荷役人夫の仕事を父親がこなし、母親は娼婦をやっている。
だが、エリスローズとロイは違った。一生をここで終えるとは思っていない。人生を諦めることができないのだ。
ロイは自分が働けるようになったら大金を稼いで家族全員で脱出し、エリスローズを家族を幸せにするという人生目標を掲げていた。
それはエリスローズも同じ。だからこそ腐った人間代表のような大臣の言葉に乗ったのだ。
「おねーちゃんいないのさみしいな」
『私もよ』
皆で暮らしたい。良い生活じゃなくてもいい。自由に空を見上げることができて、差別を受けずに雨風が凌げる場所であればどこでもいい。
そういう点では周りに家も建物もないこの場所は最高の立地といえる。
だが手に入る家ではない。
もたれかかるように抱きつくシオンの頭に頬を乗せながら頷く。
(もう少し辛抱してね)
まだ稼ぎ足りない。この二ヶ月分の給料があれば貧困街に家を買うことぐらいはできる。だがそこは理想的ではない。
貧困街に家を買ったところで差別を受けるのはわかりきっている。
だからエリスローズはまだまだ稼ぎたかった。こんな場所に家を買えるほどの金が。
この家がいくらするかはわからないが、身代わりとして一年二年働いたところで買えないものだというのはわかる。
ここまで大きな家でなくともいい。二階建てでなくてもいい。一階建ての小さな家でもいいからこういう場所に建てたいという希望があった。
それを実現させるためには彼らにまだもう少し我慢してもらわなければならない。
早くエリーナに帰ってきてほしいという気持ちはある。だが、明日帰ってこられると給金はもう貰えない。
二ヶ月分では家は買えない。だからもう少し帰ってこないでという矛盾した思いがあるのも確か。
「僕、もう泣かない」
一ヶ月前、あんなに泣いていたシオンにエリスローズが驚いた顔を見せる。
「だって僕が泣くとね、おにーちゃんが泣けないから」
シオンはわかっているのだ。ロイが生まれながらにして兄であるのではなく兄であろうとしていることを。
弟が泣くから兄は泣けない。それをちゃんとわかっているからシオンも我慢をする。
シオンもメイの兄。メイが泣けば自分も泣きたくなるが、メイと一緒に泣いてはいけない。だって自分はメイのお兄ちゃんだからと思うのだろう。
ロイの気持ちがわかったシオンの成長に嬉しくもあり寂しくもある。
『そんなに早く大人にならなくていいのに』
「ん? なんて言ってるの?」
エリスローズが何を言っているのか口が読めなかったシオンが首を傾げる。
まだ五歳。わがままを言ってもいいし、泣きじゃくってもいい。妹と並んで泣いたっていい。
わがままを言ってはいけないこと、お金がないと何もできないこと、メイの兄としてしっかりしなければならないこと。
そんなことを悟るにはあまりにも早すぎる。
プレゼントだと言われれば全て自分のだと思うぐらいわがままでいいし、メイばっかりズルイと言ってもいい。
色んなことを伝えたい。でも声が出ないから誰かに伝えてもらうしかない。
(声が出ないってもどかしい)
これは自分の口の悪さが招いた結果。
自分が猫をかぶっていればきっと声を封印されることはなかった。
家族をも巻き込んでしまったことに申し訳なさを感じながらシオンの額にキスをすると目を見つめる。
『大好きよ』
「僕もおねーちゃんだいすき」
それは口の動きだけでちゃんとわかったシオンが嬉しそうに笑ってエリスローズに身体を預ける。
まだまだ小さい身体。
もっとわがままでいい。もっと甘えてもいい。我慢させっぱなしの人生から解放するためにもエリスローズは稼がなければならない。
「僕もおにーちゃんといっしょに字おぼえたい。字をおぼえたらメイに絵本読んであげられるし」
今日の夕方にはもうこの家を出なければならない。そうなるとメイに絵本を読める人間はいなくなる。
兵士たちは読めてもそれは仕事ではないためさせられない。
今のメイを見るにきっと何度読んでもまた読んでほしいとねだられるに決まっている。シオンもそれがわかるから言っているのだろう。
「おねがいしてもいーい?」
エリスローズが頷くとシオンは嬉しそうにリオンのもとへと駆け出した。
「僕もいっしょにべんきょーする!」
「お、頑張れるかな?」
「うん! メイに絵本読んであげるんだ!」
「立派なお兄ちゃんだね。よし、じゃあ皆で勉強しようか」
「よ、よろしいのですか?」
リオンは既にロイに字を教えて、メイには本を読んでいる。
本来であれば親である自分たちがすべきことを全て王太子にさせていることに父親が慌てるもリオンは笑顔のまま。
「もちろん。こういうの、すごく楽しいよ。まるで家族の一員になれたようでね」
「家族じゃねーし」
「家族にしてくれないのかい?」
「絶対してやんねー」
「じゃあ字を教えるのはやめようかなー」
「ふざけんな! 教えるって言ったのお前だろ! 責任持てよ! 王太子だろ!」
「痛いとこ突くなぁ。ここでは王太子じゃないただの男として過ごしたいって思ってるのに」
「お前が来るの今回だけだし」
「来月は?」
「絶対くるな!」
毛嫌いしているのだろうが、リオンがほとんど受け止めているため喧嘩にはならない。
生意気な口を利いても笑顔を絶やさないのはありがたいことだと心の中で感謝しながらエリスローズはロイの隣に座る。
「エリー、次はコイツ連れてくるなよ」
戻ってきたエリスローズにリオンを指差しながら言うロイ。
『どうして?』
「だって……」
「僕がいても甘えていいんだよ?」
「は!? なんっ……お前嫌い!」
「冗談だよ、ごめんごめん」
久しぶりに賑やかになった家。二ヶ月前までこんな賑やかさが当たり前だったのに、一瞬で変わってしまった。
二ヶ月前は雨が吹けば四方から吹き込み、風が吹くと子供たちはクローゼットの中に入って身を寄せ合って寒さを凌いだ。食べる物がなく、あっても子供たちに食べさせる。貯めた雨水を飲んで空腹を凌ぎ、厳しい仕事で鞭を浴びながら暴言を吐かれながら仕事を続けた。でも毎日が笑顔に溢れていた。
今は雨が吹いても風が吹いても身を寄せ合う必要もなく、空腹で腹の虫を騒がせることもない。それでも二ヶ月前ほどの笑顔はなくなった。
どっちが幸せなのだろうと何度も何度も考えるが答えは出ない。
親としてできることがあるはずなのに無力なばかりに何もできない。
犠牲になどなるなと言ったところで生活を変えるだけの力もない。
こうして子供たちが寒さに凍えることも空腹だと訴えることがないのは全てエリスローズのおかげ。
でもその犠牲と引き換えにロイは笑顔を失っていった。
だから今日こうしてロイが子供らしい反応を見せているのを見ると涙が出そうなほど嬉しかった。
足りなかったピースがはまり、笑顔が溢れる。
これが家族だと噛み締めずにはいられない。
リオンは約束通り時間一杯まで相手をしてくれた。
その間、両親はずっとその光景を目に焼き付けていた。
さっきまであんなに甘えていたのが嘘のように突き放されたエリスローズは両親を見て肩を竦めながら笑った。
「エリーの名前から教えろ」
「夫人、名前は……」
どういう綴りだろうと振り返ったが、同時に思い出した。彼らは字が書けないのだと。
ということは綴りなど知るはずがない。
「えっと……」
名前を勝手に書いてしまってもいいのだろうかともう一度顔をみると両親は申し訳なさそうに頷いていた。
「こう、かな」
「合ってんのか?」
「うん」
不安げに書くリオンに疑いの眼差しを向けるロイの目つきはシオンたちのように優しくない。
苦笑しながら頷くリオンにロイが何度も耳打ちをして文字を教えてもらう。
紙は触ったことがある。街から飛ばされてくるチラシを見たりしていたから。
だがペンはない。グッと手のひらで握り込むのをリオンが一から教えていく。
エリスローズは彼の面倒見が良いことは自分の相手をしてくれることからわかっていたが、子供の扱いがここまで上手いとは思っていなかった。
「にーに」
絵本を持ってきたメイが読んでくれと差し出すとソファーにのぼって再びリオンの膝上に腰掛ける。
「メイはこれ好きだね」
「んっ」
うさぎが抱きしめる絵本がお気に入りになったメイが表紙を叩いて早くと急かす。
「ロイ、大丈夫かい?」
「練習してるからいい。読んでやれよ」
リオンへの態度の注意はもうやめた。両親が注意する度にリオンが「叱らないでやって。ありのままでいいんだ」と言うから。
ひたすら字を書き続けるロイを横目で見ては絵本を読むという忙しい時間を過ごすリオンに笑いながら庭へと出ていく。
「おねーちゃん」
空を見上げているシオンの肩を後ろから叩くと笑顔がこっちを向く。
近くにいた兵士を呼んでノートに書いた字を読んでもらう。
「元気だった?」
『ええ』
「のど、痛くない?」
『痛くない』
「早くおねーちゃんとおしゃべりしたいな」
『私もよ』
抱きついてくるシオンを抱き上げると庭に置いてあるガーデンチェアに腰掛けた。
『空見てたの?』
空を指差すエリスローズに頷いてシオンがまた空を見上げる。
「空ってすごいね。クルッてまわってもずーっとどこまでもお空なんだよ。あっちに行ってもこっちに行ってもお空が見えるんだ。僕ね、ここが大好き」
スラム街で空を見上げても空が見える場所は決まっていた。
地下のような場所で暮らす者にとって空は平等でもなんでもない。空さえも与えられる人間が決まっているのだと思っていたほど。
この場所が好きだと笑うシオンから笑顔を奪う日が来ることを考えると胸が痛い。
エリーナが戻るまでの間、身代わりをすることを条件に貸し出してもらった場所。エリーナが戻ればここに住むことはできないのだ。
シオンはまだそれを知らない。
「おにーちゃんがね、ずーっとおねーちゃんを探してるんだ」
『ロイ?』
「うん。おねーちゃんいないよって言うとね、わかってるって言うんだけど探してる。お外に出ておねーちゃんが行っちゃったほうをずーっと見てたりするから」
スラム街で育つと大体の考え方は諦めるか強がるかのどちらかになる。
仕事がないのだから稼ぐこともできず、その額は貧困街にさえ上がれないほど。
どんなに身体に鞭を打って朝から晩までの重労働に耐えようともらえるのは犬の餌さえ買えないような額。
だからほとんどの人間は諦めることを選ぶ。この場所で生き、娯楽さえ知らぬまま、字を書くことも読むこともできないまま死んでいくのだと。
エリスローズの両親もそうだ。貧困街に上がれるとは思っていないし、まともな職に就けるとも思っていない。だからスラム街の人間が唯一働ける荷役人夫の仕事を父親がこなし、母親は娼婦をやっている。
だが、エリスローズとロイは違った。一生をここで終えるとは思っていない。人生を諦めることができないのだ。
ロイは自分が働けるようになったら大金を稼いで家族全員で脱出し、エリスローズを家族を幸せにするという人生目標を掲げていた。
それはエリスローズも同じ。だからこそ腐った人間代表のような大臣の言葉に乗ったのだ。
「おねーちゃんいないのさみしいな」
『私もよ』
皆で暮らしたい。良い生活じゃなくてもいい。自由に空を見上げることができて、差別を受けずに雨風が凌げる場所であればどこでもいい。
そういう点では周りに家も建物もないこの場所は最高の立地といえる。
だが手に入る家ではない。
もたれかかるように抱きつくシオンの頭に頬を乗せながら頷く。
(もう少し辛抱してね)
まだ稼ぎ足りない。この二ヶ月分の給料があれば貧困街に家を買うことぐらいはできる。だがそこは理想的ではない。
貧困街に家を買ったところで差別を受けるのはわかりきっている。
だからエリスローズはまだまだ稼ぎたかった。こんな場所に家を買えるほどの金が。
この家がいくらするかはわからないが、身代わりとして一年二年働いたところで買えないものだというのはわかる。
ここまで大きな家でなくともいい。二階建てでなくてもいい。一階建ての小さな家でもいいからこういう場所に建てたいという希望があった。
それを実現させるためには彼らにまだもう少し我慢してもらわなければならない。
早くエリーナに帰ってきてほしいという気持ちはある。だが、明日帰ってこられると給金はもう貰えない。
二ヶ月分では家は買えない。だからもう少し帰ってこないでという矛盾した思いがあるのも確か。
「僕、もう泣かない」
一ヶ月前、あんなに泣いていたシオンにエリスローズが驚いた顔を見せる。
「だって僕が泣くとね、おにーちゃんが泣けないから」
シオンはわかっているのだ。ロイが生まれながらにして兄であるのではなく兄であろうとしていることを。
弟が泣くから兄は泣けない。それをちゃんとわかっているからシオンも我慢をする。
シオンもメイの兄。メイが泣けば自分も泣きたくなるが、メイと一緒に泣いてはいけない。だって自分はメイのお兄ちゃんだからと思うのだろう。
ロイの気持ちがわかったシオンの成長に嬉しくもあり寂しくもある。
『そんなに早く大人にならなくていいのに』
「ん? なんて言ってるの?」
エリスローズが何を言っているのか口が読めなかったシオンが首を傾げる。
まだ五歳。わがままを言ってもいいし、泣きじゃくってもいい。妹と並んで泣いたっていい。
わがままを言ってはいけないこと、お金がないと何もできないこと、メイの兄としてしっかりしなければならないこと。
そんなことを悟るにはあまりにも早すぎる。
プレゼントだと言われれば全て自分のだと思うぐらいわがままでいいし、メイばっかりズルイと言ってもいい。
色んなことを伝えたい。でも声が出ないから誰かに伝えてもらうしかない。
(声が出ないってもどかしい)
これは自分の口の悪さが招いた結果。
自分が猫をかぶっていればきっと声を封印されることはなかった。
家族をも巻き込んでしまったことに申し訳なさを感じながらシオンの額にキスをすると目を見つめる。
『大好きよ』
「僕もおねーちゃんだいすき」
それは口の動きだけでちゃんとわかったシオンが嬉しそうに笑ってエリスローズに身体を預ける。
まだまだ小さい身体。
もっとわがままでいい。もっと甘えてもいい。我慢させっぱなしの人生から解放するためにもエリスローズは稼がなければならない。
「僕もおにーちゃんといっしょに字おぼえたい。字をおぼえたらメイに絵本読んであげられるし」
今日の夕方にはもうこの家を出なければならない。そうなるとメイに絵本を読める人間はいなくなる。
兵士たちは読めてもそれは仕事ではないためさせられない。
今のメイを見るにきっと何度読んでもまた読んでほしいとねだられるに決まっている。シオンもそれがわかるから言っているのだろう。
「おねがいしてもいーい?」
エリスローズが頷くとシオンは嬉しそうにリオンのもとへと駆け出した。
「僕もいっしょにべんきょーする!」
「お、頑張れるかな?」
「うん! メイに絵本読んであげるんだ!」
「立派なお兄ちゃんだね。よし、じゃあ皆で勉強しようか」
「よ、よろしいのですか?」
リオンは既にロイに字を教えて、メイには本を読んでいる。
本来であれば親である自分たちがすべきことを全て王太子にさせていることに父親が慌てるもリオンは笑顔のまま。
「もちろん。こういうの、すごく楽しいよ。まるで家族の一員になれたようでね」
「家族じゃねーし」
「家族にしてくれないのかい?」
「絶対してやんねー」
「じゃあ字を教えるのはやめようかなー」
「ふざけんな! 教えるって言ったのお前だろ! 責任持てよ! 王太子だろ!」
「痛いとこ突くなぁ。ここでは王太子じゃないただの男として過ごしたいって思ってるのに」
「お前が来るの今回だけだし」
「来月は?」
「絶対くるな!」
毛嫌いしているのだろうが、リオンがほとんど受け止めているため喧嘩にはならない。
生意気な口を利いても笑顔を絶やさないのはありがたいことだと心の中で感謝しながらエリスローズはロイの隣に座る。
「エリー、次はコイツ連れてくるなよ」
戻ってきたエリスローズにリオンを指差しながら言うロイ。
『どうして?』
「だって……」
「僕がいても甘えていいんだよ?」
「は!? なんっ……お前嫌い!」
「冗談だよ、ごめんごめん」
久しぶりに賑やかになった家。二ヶ月前までこんな賑やかさが当たり前だったのに、一瞬で変わってしまった。
二ヶ月前は雨が吹けば四方から吹き込み、風が吹くと子供たちはクローゼットの中に入って身を寄せ合って寒さを凌いだ。食べる物がなく、あっても子供たちに食べさせる。貯めた雨水を飲んで空腹を凌ぎ、厳しい仕事で鞭を浴びながら暴言を吐かれながら仕事を続けた。でも毎日が笑顔に溢れていた。
今は雨が吹いても風が吹いても身を寄せ合う必要もなく、空腹で腹の虫を騒がせることもない。それでも二ヶ月前ほどの笑顔はなくなった。
どっちが幸せなのだろうと何度も何度も考えるが答えは出ない。
親としてできることがあるはずなのに無力なばかりに何もできない。
犠牲になどなるなと言ったところで生活を変えるだけの力もない。
こうして子供たちが寒さに凍えることも空腹だと訴えることがないのは全てエリスローズのおかげ。
でもその犠牲と引き換えにロイは笑顔を失っていった。
だから今日こうしてロイが子供らしい反応を見せているのを見ると涙が出そうなほど嬉しかった。
足りなかったピースがはまり、笑顔が溢れる。
これが家族だと噛み締めずにはいられない。
リオンは約束通り時間一杯まで相手をしてくれた。
その間、両親はずっとその光景を目に焼き付けていた。
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