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親という障害
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珍しく両親に呼び出しを受けたハロルドは二人の話が理解できず思わず口を開けた。
「は?」
言えたのはそれだけ。息子がわからないと表情で伝えているのに両親はそれに気付いているのか、それとも無視なのか、用件の中心人物である息子の感情は置き去りに話を続ける。
「もうすぐあなたの誕生日だから今年は盛大にパーティーを、って考えてるの。あなたの好きな料理を用意して、あなたを祝ってくれる人たちをたくさん呼んで、あなたのお誕生日を祝うつもりよ」
「頼んでない」
「でもせっかくの誕生日なんだからお祝いしなきゃ」
「毎年そんなでもないのにどうして今年だけ? 去年は盛大なパーティーも好物もなかったはずだけど」
ハロルドはパーティー好きでもなければ祝ってくれる人が多いわけでもない。兄ほど社交性があるわけではないし、それをどうにかしようとも思ってもいない。
なぜ今年だけそんなことを言い出したのか、二人の性格を考えれば容易に想像がつく。
「ユズリハと二人で祝うから必要ないよ」
「そんなのダメよ!!」
ユズリハが嫁いできてもうすぐ一年が経とうとしているのに二人がユズリハと関わったのは一回。それも数に数えていいのかどうか、といったところ。嫁いできた日に軽い挨拶だけ交わしたのを回数として数えなければ関わりはゼロ。
和女であるだけでも気に入らないのに息子はその和女と一緒に暮らしている。ウォルターに脅されているならまだいいが、窓を開けていると二人の笑い声がよく聞こえるし、窓から覗けば二人が並んで歩いている姿もたびたび見かける。脅されて一緒にいるわけではないことは見ればわかる。それがまた気に入らないのだ。
だからせめて誕生日は自分たちと過ごさせようと考えていた。
「祝ってくれるのは嬉しいけど、おめでとうだけでいいよ。欲しい物もないし、ユズリハと過ごしたいんだ」
幼い頃から親にべったり甘えるほうではなかったといえど、ここまでハッキリ告げることもなかった。
ユズリハと結婚してからハロルドは変わってしまった。両親はそう考えている。
兄を殴ることもなければ反抗もあまりしなかった。でもユズリハと結婚してからのハロルドは第一にユズリハ、第二に家族となっている。
母親からすればそれは屈辱的で、不満を表情に出すほど苛立っていた。
「あ、そうだわ! じゃあ、こうしましょう! パーティーに彼女も連れて──」
「行かないよ」
エスパーにでもなったのではないかと思うほど母親の考えが透けて見える。
「彼女、じゃなくてユズリハだし、パーティーに連れていってユズリハを見せ物にするつもりはない。一人にさせたくもないし」
「一人になんてならないわよ。大勢の人がいるんだから」
祖父の言いなりになるのは仕方ないと思っていた。自分もそうだったから。だが、それを抜きにしても思いやりのない人間だと実感する。
両親も自分も昔からなんでも『仕方ない』で終わらせてきた。自分だけが正しい暴君に怯え、反抗してはいけないと、いつしかそれが暗黙のルールとなっていたから。
祖父の意に沿わないことは禁止。ヘインズ家で上手く祖父を利用してきたのは兄だけ。それが羨ましくも疎ましくて嫌いだったが、今はもうほとんど関わることがなくなってその感情も消えている。
しかし、両親は別。こうしてあからさまにユズリハを邪険にしようとする。大事な息子の記念日に息子を不快にする作戦を無意識に立てるのだから才能だと心の中で嘲笑った。
「どんな記念日もユズリハと二人で祝う」
「私たちの誕生日にもプレゼントと手紙だけだったじゃない!」
「あれは少し寂しかったな」
どんな言葉も寛大な心で受け止める。そう心がけているのに自分勝手な二人の発言に苛立ってしまう。
プレゼントと手紙以外に何が必要だったのか。ハロルドは手紙を付けるつもりなどなかったが、ユズリハが手紙は嬉しいものだと言うから書いた。それでも寂しいと言われるのだから腹が立つ。
「二人はさ、自分の両親にプレゼントと手紙以外で何かしてるの? 父さんはお祖父様のために盛大なパーティーを開いたの?」
「それは、本人がいらないと言うから……」
「僕もいらないって言ってる」
息子の言葉に妻が余計なことを、と夫を睨む。
「僕は二人の子供だけど、もう家庭を持ってる。妻がいるんだ。二人で祝いたい。それだけだよ」
「私たちの気持ちは無視なの?」
なぜ女はその言葉が好きなのだろう。アーリーンも同じことを言っていた。
「気持ちの押し付けは迷惑なだけだよ」
傷ついた顔でワッと泣き出した母親に頭が痛くなるのを感じて額に手を当てる。
「言いすぎだぞ」
妻を抱きしめながら息子を注意する父親にハロルドが首を振る。
「じゃあ逆に聞くけど、僕の気持ちは無視してもいいって思ってるの?」
「そんなこと言ってないだろう。母さんはお前の誕生日を盛大に祝いたいと……」
言葉を遮るように大きな溜息をついた。これ以上の話に意味はないだろうと判断して立ち上がり、ドアへと向かう。
「ハロルド、戻りなさい。まだ話は終わってないだろう」
「僕はユズリハと二人で祝いたいと言ったし、パーティーはいらないとも言った。祝いたいって二人の気持ちは嬉しいけど、僕の気持ちを無視して自分たちの気持ちを優先しようとするなら話し合いに意味はないよ。気持ちだけ受け取っとくから」
出ていく息子の背中に戻れと声をかける父親を無視して出ていった。
せっかくの休日。朝からくだらないことで呼び出されたと苛立ちを地面にぶつけるように強く速い大股で歩いて家へと戻る。
「おかえり」
「ただいま」
家に帰ると出迎えてくれる妻がいる。きっと当日に豪勢なパーティーはないだろうが、不満などない。十人二十人と集まらなくていい。おめでとうの言葉なんて多くなくてもいい。愛する妻がいればそれでいいのだ。心からおめでとうと言われるだけで充分に満たされるのだから幸せなのだ。
「ど、どうした? 何かあったのか?」
正面から無言で抱きしめるハロルドに驚きながらも背中を撫でる小さな手が荒れた心に落ち着きを与える。
「あの二人にはうんざりだ。親だから息子だからって、そんな言葉だけで操ろうとするなんて……腹が立つ」
「親にならねばわからぬ気持ちもあるのやもしれぬな」
自分たちは親にはなれない。だから両親の気持ちを理解することは一生ないのだろうが、理解して同じように押し付けるぐらいなら理解できなくていいと心の中で吐き捨てる。
「僕は両親とお前が溺れていたらお前を助ける。あんな二人、助けてやるもんか」
「随分と荒れておるのう」
「僕は両親よりもお前が大事なんだ」
「それはありがたいが、少し落ち着け」
感情が読みやすく、声を荒げることも多いが、ここまで心を荒らすほうではないだけに何があったのか問うべきか迷った。十中八九自分の話題だろうと確信はあれど、それを問いかけるとまたハロルドが荒れそうな気がして言葉ではなく赤ん坊をあやすように一定のリズムで背中を叩く。
その間、ハロルドは無言でユズリハを抱きしめ、落ち着いた頃に鼻から大きく息を吐き出した。
「お前はいいな、両親が良い人で」
それに頷けば自慢のようになってしまうし、否定はしたくない。とりあえずの苦笑を滲ませながら身体をそっと押し離して顔を見上げると珍しく情けない顔が見えた。
「どうした? 今日は随分と感情が不安定じゃのう」
「僕も家族と仲良くできればよかったのに」
切実な願いに手を伸ばして両頬に触れる。
「両親が大事か?」
「………………一応?」
「長い沈黙じゃったのう」
嫁いできた日、ウォルターによって開かれた家族だけの小さなパーティーに短い時間だったが出席したユズリハが覚えているのは、彼の両親が嫌悪を持っていたということだけ。だから挨拶もほどほどに距離を取った。
何も両手を広げて大歓迎されるとは思っていなかった。期待していたのはハロルドに会えることだけ。だから彼の両親が何を言っていようと気にはならないが、ハロルドが辛く当たられるのは辛い。
「出かけないか?」
「それはかまわぬが……気分はどうじゃ?」
「この敷地内にいるより良くなりそうだ」
別々に暮らすと異常だった日常が変わり、今まで見えていなかった部分が見えるようになった。
もともとは自分も差別主義者であり、無能な人間を見下すタイプだったため両親や兄がそういう人間でもおかしくはないし、むしろヘインズ家では正常なことなのだろう。それを恥ずかしいと思えるようになったことこそ、学校で優秀な成績を収めるよりずっと誇らしいことだとハロルドは思う。
あれが自分の両親で、彼らは一生あのままなのだろうと呆れを溜息に変えてから家を出た。
外に出て屋敷を見上げると窓にはこちらを覗く母親の姿。目が合うと奥へと引っ込んだ。今まで気付いていなかっただけで、あんな風にこちらを眺めていることも多いのだろう。そしてそれを見ては面白くないと思っている。
それこそ面白くないことだとまた込み上げる怒りに唇を噛んだ。
「そのような顔で外を歩くのか?」
「どこかもっと別の場所で暮らしたいな」
「……それもよいかもしれぬな」
できるわけがない。あの家はユズリハのためを思って祖父が年月かけて建てた家。そこから離れて田舎で暮らすことは誰の干渉も受けない二人だけの新たな生活にはなれど、ユズリハの家を手放すことになってしまう。
モミジを何度も移動させるわけにはいかないし、ユズリハの思い出の場所を自分一人の感情で手放させるわけにもいかない。
嫌だと言わずに受け入れようとするユズリハにそんなことを一瞬でも考えさせてしまったことが申し訳ない。
「ごめん」
「よいよい。外で何か美味い物でも食べよう。美味い物を食べれば人の心は豊かになる」
額に口付けて感謝の言葉を呟くも表情は浮かない。
そのうちと待っていても両親が家を出るはずもない。
祖父がいなくなったらどうなるのだろうと小さな不安を感じながらも二人で馬車に乗り込んだ。
外でも関係なく触れ合っているのだろう息子たちの姿にギリッと歯を食いしばる母親が爪を噛んだ音がした。
「は?」
言えたのはそれだけ。息子がわからないと表情で伝えているのに両親はそれに気付いているのか、それとも無視なのか、用件の中心人物である息子の感情は置き去りに話を続ける。
「もうすぐあなたの誕生日だから今年は盛大にパーティーを、って考えてるの。あなたの好きな料理を用意して、あなたを祝ってくれる人たちをたくさん呼んで、あなたのお誕生日を祝うつもりよ」
「頼んでない」
「でもせっかくの誕生日なんだからお祝いしなきゃ」
「毎年そんなでもないのにどうして今年だけ? 去年は盛大なパーティーも好物もなかったはずだけど」
ハロルドはパーティー好きでもなければ祝ってくれる人が多いわけでもない。兄ほど社交性があるわけではないし、それをどうにかしようとも思ってもいない。
なぜ今年だけそんなことを言い出したのか、二人の性格を考えれば容易に想像がつく。
「ユズリハと二人で祝うから必要ないよ」
「そんなのダメよ!!」
ユズリハが嫁いできてもうすぐ一年が経とうとしているのに二人がユズリハと関わったのは一回。それも数に数えていいのかどうか、といったところ。嫁いできた日に軽い挨拶だけ交わしたのを回数として数えなければ関わりはゼロ。
和女であるだけでも気に入らないのに息子はその和女と一緒に暮らしている。ウォルターに脅されているならまだいいが、窓を開けていると二人の笑い声がよく聞こえるし、窓から覗けば二人が並んで歩いている姿もたびたび見かける。脅されて一緒にいるわけではないことは見ればわかる。それがまた気に入らないのだ。
だからせめて誕生日は自分たちと過ごさせようと考えていた。
「祝ってくれるのは嬉しいけど、おめでとうだけでいいよ。欲しい物もないし、ユズリハと過ごしたいんだ」
幼い頃から親にべったり甘えるほうではなかったといえど、ここまでハッキリ告げることもなかった。
ユズリハと結婚してからハロルドは変わってしまった。両親はそう考えている。
兄を殴ることもなければ反抗もあまりしなかった。でもユズリハと結婚してからのハロルドは第一にユズリハ、第二に家族となっている。
母親からすればそれは屈辱的で、不満を表情に出すほど苛立っていた。
「あ、そうだわ! じゃあ、こうしましょう! パーティーに彼女も連れて──」
「行かないよ」
エスパーにでもなったのではないかと思うほど母親の考えが透けて見える。
「彼女、じゃなくてユズリハだし、パーティーに連れていってユズリハを見せ物にするつもりはない。一人にさせたくもないし」
「一人になんてならないわよ。大勢の人がいるんだから」
祖父の言いなりになるのは仕方ないと思っていた。自分もそうだったから。だが、それを抜きにしても思いやりのない人間だと実感する。
両親も自分も昔からなんでも『仕方ない』で終わらせてきた。自分だけが正しい暴君に怯え、反抗してはいけないと、いつしかそれが暗黙のルールとなっていたから。
祖父の意に沿わないことは禁止。ヘインズ家で上手く祖父を利用してきたのは兄だけ。それが羨ましくも疎ましくて嫌いだったが、今はもうほとんど関わることがなくなってその感情も消えている。
しかし、両親は別。こうしてあからさまにユズリハを邪険にしようとする。大事な息子の記念日に息子を不快にする作戦を無意識に立てるのだから才能だと心の中で嘲笑った。
「どんな記念日もユズリハと二人で祝う」
「私たちの誕生日にもプレゼントと手紙だけだったじゃない!」
「あれは少し寂しかったな」
どんな言葉も寛大な心で受け止める。そう心がけているのに自分勝手な二人の発言に苛立ってしまう。
プレゼントと手紙以外に何が必要だったのか。ハロルドは手紙を付けるつもりなどなかったが、ユズリハが手紙は嬉しいものだと言うから書いた。それでも寂しいと言われるのだから腹が立つ。
「二人はさ、自分の両親にプレゼントと手紙以外で何かしてるの? 父さんはお祖父様のために盛大なパーティーを開いたの?」
「それは、本人がいらないと言うから……」
「僕もいらないって言ってる」
息子の言葉に妻が余計なことを、と夫を睨む。
「僕は二人の子供だけど、もう家庭を持ってる。妻がいるんだ。二人で祝いたい。それだけだよ」
「私たちの気持ちは無視なの?」
なぜ女はその言葉が好きなのだろう。アーリーンも同じことを言っていた。
「気持ちの押し付けは迷惑なだけだよ」
傷ついた顔でワッと泣き出した母親に頭が痛くなるのを感じて額に手を当てる。
「言いすぎだぞ」
妻を抱きしめながら息子を注意する父親にハロルドが首を振る。
「じゃあ逆に聞くけど、僕の気持ちは無視してもいいって思ってるの?」
「そんなこと言ってないだろう。母さんはお前の誕生日を盛大に祝いたいと……」
言葉を遮るように大きな溜息をついた。これ以上の話に意味はないだろうと判断して立ち上がり、ドアへと向かう。
「ハロルド、戻りなさい。まだ話は終わってないだろう」
「僕はユズリハと二人で祝いたいと言ったし、パーティーはいらないとも言った。祝いたいって二人の気持ちは嬉しいけど、僕の気持ちを無視して自分たちの気持ちを優先しようとするなら話し合いに意味はないよ。気持ちだけ受け取っとくから」
出ていく息子の背中に戻れと声をかける父親を無視して出ていった。
せっかくの休日。朝からくだらないことで呼び出されたと苛立ちを地面にぶつけるように強く速い大股で歩いて家へと戻る。
「おかえり」
「ただいま」
家に帰ると出迎えてくれる妻がいる。きっと当日に豪勢なパーティーはないだろうが、不満などない。十人二十人と集まらなくていい。おめでとうの言葉なんて多くなくてもいい。愛する妻がいればそれでいいのだ。心からおめでとうと言われるだけで充分に満たされるのだから幸せなのだ。
「ど、どうした? 何かあったのか?」
正面から無言で抱きしめるハロルドに驚きながらも背中を撫でる小さな手が荒れた心に落ち着きを与える。
「あの二人にはうんざりだ。親だから息子だからって、そんな言葉だけで操ろうとするなんて……腹が立つ」
「親にならねばわからぬ気持ちもあるのやもしれぬな」
自分たちは親にはなれない。だから両親の気持ちを理解することは一生ないのだろうが、理解して同じように押し付けるぐらいなら理解できなくていいと心の中で吐き捨てる。
「僕は両親とお前が溺れていたらお前を助ける。あんな二人、助けてやるもんか」
「随分と荒れておるのう」
「僕は両親よりもお前が大事なんだ」
「それはありがたいが、少し落ち着け」
感情が読みやすく、声を荒げることも多いが、ここまで心を荒らすほうではないだけに何があったのか問うべきか迷った。十中八九自分の話題だろうと確信はあれど、それを問いかけるとまたハロルドが荒れそうな気がして言葉ではなく赤ん坊をあやすように一定のリズムで背中を叩く。
その間、ハロルドは無言でユズリハを抱きしめ、落ち着いた頃に鼻から大きく息を吐き出した。
「お前はいいな、両親が良い人で」
それに頷けば自慢のようになってしまうし、否定はしたくない。とりあえずの苦笑を滲ませながら身体をそっと押し離して顔を見上げると珍しく情けない顔が見えた。
「どうした? 今日は随分と感情が不安定じゃのう」
「僕も家族と仲良くできればよかったのに」
切実な願いに手を伸ばして両頬に触れる。
「両親が大事か?」
「………………一応?」
「長い沈黙じゃったのう」
嫁いできた日、ウォルターによって開かれた家族だけの小さなパーティーに短い時間だったが出席したユズリハが覚えているのは、彼の両親が嫌悪を持っていたということだけ。だから挨拶もほどほどに距離を取った。
何も両手を広げて大歓迎されるとは思っていなかった。期待していたのはハロルドに会えることだけ。だから彼の両親が何を言っていようと気にはならないが、ハロルドが辛く当たられるのは辛い。
「出かけないか?」
「それはかまわぬが……気分はどうじゃ?」
「この敷地内にいるより良くなりそうだ」
別々に暮らすと異常だった日常が変わり、今まで見えていなかった部分が見えるようになった。
もともとは自分も差別主義者であり、無能な人間を見下すタイプだったため両親や兄がそういう人間でもおかしくはないし、むしろヘインズ家では正常なことなのだろう。それを恥ずかしいと思えるようになったことこそ、学校で優秀な成績を収めるよりずっと誇らしいことだとハロルドは思う。
あれが自分の両親で、彼らは一生あのままなのだろうと呆れを溜息に変えてから家を出た。
外に出て屋敷を見上げると窓にはこちらを覗く母親の姿。目が合うと奥へと引っ込んだ。今まで気付いていなかっただけで、あんな風にこちらを眺めていることも多いのだろう。そしてそれを見ては面白くないと思っている。
それこそ面白くないことだとまた込み上げる怒りに唇を噛んだ。
「そのような顔で外を歩くのか?」
「どこかもっと別の場所で暮らしたいな」
「……それもよいかもしれぬな」
できるわけがない。あの家はユズリハのためを思って祖父が年月かけて建てた家。そこから離れて田舎で暮らすことは誰の干渉も受けない二人だけの新たな生活にはなれど、ユズリハの家を手放すことになってしまう。
モミジを何度も移動させるわけにはいかないし、ユズリハの思い出の場所を自分一人の感情で手放させるわけにもいかない。
嫌だと言わずに受け入れようとするユズリハにそんなことを一瞬でも考えさせてしまったことが申し訳ない。
「ごめん」
「よいよい。外で何か美味い物でも食べよう。美味い物を食べれば人の心は豊かになる」
額に口付けて感謝の言葉を呟くも表情は浮かない。
そのうちと待っていても両親が家を出るはずもない。
祖父がいなくなったらどうなるのだろうと小さな不安を感じながらも二人で馬車に乗り込んだ。
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