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家探し
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「ジルヴァが来てくれるなんて嬉しい!」
「今日はハッピーだね!」
ミーナとシーナは今日をとても楽しみにしていた。ジルヴァが一緒に探してくれることになったと言った直後から家が崩れそうなほど走り回り、天井から木屑がパラパラと落ちてきた。本気で崩れるかもしれないから落ち着けと言うと『引っ越すんだからいいじゃない』と言ったシーナにディルは驚いた。
ディルも妹たちもこの家で生まれ育った。思い出がないわけじゃない。特に二人は母親との記憶は残っているだろうに、名残などないようにあっけらかんとしていたのだ。
そして待ち合わせ時間より二十分も早く着き、その十分後に到着したジルヴァの両側をキープした二人は腕を絡めて上機嫌に歩いている。煙草を吸おうにも腕が取られているのでは火もつけられないが、ジルヴァは離れろとは言わなかった。自分がしたらきっと言われる。妹に嫉妬するのはみっともないが、嫉妬してしまう。
「お前も十歳の頃、おてて繋いで帰ってやったろ」
考えが読まれているような言葉にハッとする。毎晩ジルヴァと手を繋いで帰った日の記憶。あの瞬間が何よりも嬉しかったあの頃。思い出すと同時にしんみりともする。妹たちはまだあの頃の自分と変わらない年齢なのだと。口達者でマセているから時々忘れてしまう。
「で、どこ見るんだ?」
「最低でもここからは出たい。構造がしっかりしてる家がいいし、窓には格子が欲しい。鍵は最低でも二つ付いてて、塀が高い家」
「一軒家か?」
「アパートでもいいんだけど、俺が同じ時間に不在にして家に妹二人しかいないことがわかると厄介かなって」
もう成人を迎えたディルなら一軒家の購入も手間がない。金さえあれば購入でき、この一年で貯めた額はそれなりだろうディルにジルヴァは野暮なことは聞かない。ただ一つの心配事を除いては。
「管理していけるのか?」
一軒家は管理費が高い。住む場所によってはそれなりの設備があり、景観がどうのと文句を付ける人間もいると聞く。地区によって住む人間の種類が違うため一軒家といえど干渉はあるだろう。主に妹二人が長い時間を過ごす場所で近隣住民と問題を起こすことは避けたいディルにとってそこが一番選びたいことだろうが、それには長い時間がかかるはず。
「目処は付いてんのか?」
「とりあえず不動産屋を当たってみようと思って」
行き当たりばったりで行くつもりだったディルにジルヴァがやれやれと呆れたように首を振る。
「だと思った。来い」
「え?」
「コイツらが安全に暮らす家だ。お前に任せてたら何年かかるか分からねぇ」
「え、で、でも知り合いなんかいないし! ジルヴァ!?」
ジルヴァが歩くと二人も歩く。それを慌てて追いかけながらどこへ向かうのかと聞いてもジルヴァは答えない。それから十五分ほど歩いたところでジルヴァが止まった。
「わー! お家がたくさん!」
とある店舗の前。ガラスには間取りが書かれた紙がたくさん貼ってある。張り付くように駆け寄って間取りを見ながら「こっちがミーナで、こっちがシーナ」「シーナはこっち。ミーナがこっち」と二人で自分の部屋を決めようとしている妹たちを横目にジルヴァに問いかける。
「不動産屋?」
「パン屋に見えるか?」
「見えないけど……あ!」
なぜここに来たのかわかったディルにフッと笑ったジルヴァが中へと入っていく。
「ジルヴァさん! どうしたんですか?」
中に入ると奥で書類と向き合っていた男が立ち上がって嬉しそうに表情を輝かせながら寄ってくる。
「家賃はまだ先ですよ」
「俺がわざわざ家賃払いに来ると思うか?」
「だから不思議だったんです。私が行かないと絶対に払ってくれないお方ですからね」
「欲しけりゃ取りに来いって言ってんだろ」
「払う義務があるのはあなたなんですけどね」
「だから支払いはする。でも払いに行くとは言ってねぇ」
「わかってますよ。で、今日はどうなさったんですか? 弟、さん……?」
昔からの知り合いなのだから笑顔で対話するのは普通だが、これにも嫉妬してしまう。ジルヴァはフレンドリーな性格ではないため誰にでも軽口を叩くわけじゃない。だからこそこうして話をするのは仲が良い証拠でありジルヴァが相手を受け入れている証拠でもある。そんな相手に言われた弟扱いの言葉。思わずカッとなった。
「婚約者になる男です!」
キョトンとした顔をする男にこれまた失礼だと眉を寄せるディルを男が見つめたあと、真実かとジルヴァを見た。
「四年後、結果が出るらしいぜ」
他人事のように答えるジルヴァに「なるほど」と呟いた男が愉快そうに笑って奥へと案内する。
「ミーナ、シーナ入っておいで!」
まだ外で部屋割りを決めている二人に声をかけると手を繋いで中に入ってくる。ソファーに腰掛けると三人にはオレンジジュース。ジルヴァには珈琲が出てきた。
「お引越しなさるのですか?」
「コイツらがな。兄妹だ。ガーベージに住んでんだが、イイ女に成長してきたもんだから兄貴が心配してセキュリティの良い場所に住ませたいってなってな」
ミーナとシーナの肩を抱き寄せて笑うジルヴァに二人は身体を寄せてニッコリ笑う。
「ガーベージ……」
三人に笑顔は見せるが、金はあるのかと言いたいのだろう。男はそんな目をしていた。
「親御さんは?」
「ガーベージだって言ったの聞いてたか?」
「すみません、そうでしたね」
親が同行せず兄が探していると言った時点で察しろと少し声色を変えるジルヴァに謝り、書類が入っている棚に向かった。
「ご予算や希望の地区などありますか?」
「予算で絞るのはあとだ。とりあえずお前が良いと思ってる物件出してくれ」
「アパートか一軒家か……」
「どっちもだ」
ディルは一軒家が良いと言っていたが、アパートも見ておいて損はないとジルヴァは考えている。
棚から取り出された茶封筒。中から取り出した書類をテーブルの上に広げて一つずつ説明していく。管理してある物件の多さに驚くディルだが、話を聞いてもあまりわからないでいる。専門用語を乱発されても困るだけでディルの頭上にはずっと疑問符が浮かんでいた。
「とりあえず値段はいいから安全性の高い物件から紹介してくれ。行くぞ」
「え? 今日ですか?」
「ああ。それも今からだ」
「私、これから商談がありまして……」
「そうか。なら他の奴に頼む。おい、誰か内見付き合って──」
「私が行きます!」
ジルヴァの無茶振りに振り回される男の顔は決して困ってはいなかった。ジルヴァはモテる。それがよくわかる光景だとディルは他人事のように眺めている。
「ちょっとお兄ちゃんッ」
「ん?」
「ちゃんとジルヴァのこと掴まえておかないと取られちゃうよ!」
心配するシーナの言葉にディルが笑う。
「ジルヴァはこの世界で一番意思が固い人だ。言い寄られたから心が揺れるってのはないよ」
嫉妬はするが心配はしていないディルに二人は呆れた顔をする。
「女心がわかってない男ってこれだから……」
「余裕ないくせに余裕ぶってるのがイタイ」
「応援してるんだよな?」
「してるから呆れてるの」
「男らしくないし、道を間違えてる」
まだ男を知らない妹たちに男の何がわかるんだと反論したい気持ちはあったが、二対一。いつも負ける。二人に反論することは惨敗を意味すると知っているディルは反論を諦めた。
「では、いくつか候補がありますので行きましょうか」
「車だろうな?」
「もちろんです」
「車!」
「車に乗れるの!?」
「良い子にしてろよ。暴れると止まっちまうからな」
嘘をつくジルヴァに従って二人は後部席に乗り込んだ。ジルヴァの手を引いて強制的に後部席に乗せ、ディルも強制的に助手席に。
「ボロいとこに案内したら殴るからな」
「わかってますよ」
信用問題に発展するようなことはしないと約束して車を出した。
歩くよりもずっと速い流れる景色を目に焼き付ける妹たちの表情。こんな表情を見たのはジルヴァの美味しい食事を口いっぱいに頬張ったとき。当たり前に慣れてしまうが、二人は今でもジルヴァの食事に舌鼓を打ち、感動に足をバタつかせる。
まだ免許を持っていないため車に乗ることはできない。家を買えば車を買うのはまだ数年は先になるだろう。十年かかるかもしれない。それでもこんな顔が見れるのなら車の購入を夢に加えるのもいい可もしれないと思った。
「一軒目はここです」
車が止まり、全員が降りて目にした物件に一番に眉を寄せたのはジルヴァ。
「却下だ」
中を見ることもせず言い放ったジルヴァが車に乗り込む様にミーナとシーナも慌てて乗り込む。
「ジルヴァさん、ここはかなりオススメ物件ですよ。ここは──」
「お前の娘が旦那と家を探してる。オススメの物件あったら紹介してほしいって頼んできたら一番に紹介する物件なんだな?」
「それは……」
もし即答だったらジルヴァは車を降りてすぐに内見しただろう。だが、わかりやすく目を逸らしたことでジルヴァが運転席のシートを蹴飛ばした。
「信用問題に発展するようなことはしねぇと言ったのは幻聴だったか?」
「こ、ここは本当にオススメなんです! 彼が出した条件に合っているという意味でのオススメです!」
顔を青くする男が早口でオススメを強調する。娘には勧められないが、ディルが出した条件に合う物件と言うとジルヴァが長い足を組んだまま問いかける。
「理由は?」
抱えていた茶封筒の中から物件の間取りが書かれた紙を出してジルヴァに渡し、建物を手で指す。
「ここは比較的まだ新しく、この一帯では珍しく建築基準をクリアしたアパートです。壁が分厚いのでハシャいでも近所迷惑にはなりませんし、ドアの頑丈さも安全性の高さと言えます。鍵は上と下に二つあり、窓には格子があります」
ディルの出した条件が全てクリアされている物件は確かに内見の価値ありだとディルは思ったが、ジルヴァはそう思っていない。車を降りる気はなく、書類を突き返した。
「ジルヴァさんは何が気に入らないのですか?」
男の問いかけにジルヴァの睨みが向く。
「とぼけてんじゃねぇぞ」
怒気を含んだ声に男の顔に緊張が走った。
「上、向かい、下。全部男が住んでんじゃねぇか」
「……はい」
「コイツは朝から晩まで帰らねぇことが多い。家で留守番してんのは主にコイツら二人だ。安全性が高い場所が良いっつったの聞こえてなかったか?」
「で、ですから、建築基準はクリアして……」
運転席のシートがジルヴァの足によって再度揺れる。
「ガーベージに安全性の高い家建てたら娘住ませるか?」
「ジ、ジルヴァさん、あのですね……」
「住ませるのかって聞いてんだよ」
「……すみません」
「答えはイエスかノーだ」
「住ませません」
あの部屋だけではなく、この建物自体この男の会社の持ち物なのだろう。だからジルヴァの指摘に「知らなかった」とは言わなかった。思うことはあれどジルヴァが怒っているなら自分が追加で怒る必要はないとディルは黙っていることにした。
「壁が分厚い。そりゃ結構だ。でもコイツらが拉致られたらコイツらの叫び声も聞こえねぇってことだよな?」
「…………」
「ドアが頑丈。そりゃいい。でもコイツらが逃げ出そうとしても簡単には破れねぇってことだよな?」
「…………」
「窓には格子付き。安全安心。でもコイツらが──」
「すみません! 申し訳ございません! ここはオススメではありませんでした! 私のミスです! お許しください!」
条件をクリアしていたとしても肝心の“安全性”が満たされていないのでは意味がない。
こういう人で見下して判断する人間を嫌うジルヴァは男がミスを認めるまで問い続けるつもりだった。だから頭を下げて許しを請う男に冷めた視線を向けたあと、ミーナたちに問いかけた。
「どうする? 一発目にこれじゃあ信用出来ねぇよな。他の不動産当たるか?」
バッと勢いよく顔を上げた男の顔には焦りがあったがジルヴァは目を合わせない。全てはミーナとシーナの意見一つで決まる。二人は顎に指を当てながら「んー」と唸ったあと、男を見てニッコリ笑った。
「ジルヴァがいるから平気!」
「見るのはタダだもん!」
「ありがとうございます!」
えらく信用を得たもんだと肩を竦めるジルヴァの嬉しそうな顔。言葉はなく顎で指示を受けた男は慌てて車に乗り込んで次の物件へと向かった。
「今日はハッピーだね!」
ミーナとシーナは今日をとても楽しみにしていた。ジルヴァが一緒に探してくれることになったと言った直後から家が崩れそうなほど走り回り、天井から木屑がパラパラと落ちてきた。本気で崩れるかもしれないから落ち着けと言うと『引っ越すんだからいいじゃない』と言ったシーナにディルは驚いた。
ディルも妹たちもこの家で生まれ育った。思い出がないわけじゃない。特に二人は母親との記憶は残っているだろうに、名残などないようにあっけらかんとしていたのだ。
そして待ち合わせ時間より二十分も早く着き、その十分後に到着したジルヴァの両側をキープした二人は腕を絡めて上機嫌に歩いている。煙草を吸おうにも腕が取られているのでは火もつけられないが、ジルヴァは離れろとは言わなかった。自分がしたらきっと言われる。妹に嫉妬するのはみっともないが、嫉妬してしまう。
「お前も十歳の頃、おてて繋いで帰ってやったろ」
考えが読まれているような言葉にハッとする。毎晩ジルヴァと手を繋いで帰った日の記憶。あの瞬間が何よりも嬉しかったあの頃。思い出すと同時にしんみりともする。妹たちはまだあの頃の自分と変わらない年齢なのだと。口達者でマセているから時々忘れてしまう。
「で、どこ見るんだ?」
「最低でもここからは出たい。構造がしっかりしてる家がいいし、窓には格子が欲しい。鍵は最低でも二つ付いてて、塀が高い家」
「一軒家か?」
「アパートでもいいんだけど、俺が同じ時間に不在にして家に妹二人しかいないことがわかると厄介かなって」
もう成人を迎えたディルなら一軒家の購入も手間がない。金さえあれば購入でき、この一年で貯めた額はそれなりだろうディルにジルヴァは野暮なことは聞かない。ただ一つの心配事を除いては。
「管理していけるのか?」
一軒家は管理費が高い。住む場所によってはそれなりの設備があり、景観がどうのと文句を付ける人間もいると聞く。地区によって住む人間の種類が違うため一軒家といえど干渉はあるだろう。主に妹二人が長い時間を過ごす場所で近隣住民と問題を起こすことは避けたいディルにとってそこが一番選びたいことだろうが、それには長い時間がかかるはず。
「目処は付いてんのか?」
「とりあえず不動産屋を当たってみようと思って」
行き当たりばったりで行くつもりだったディルにジルヴァがやれやれと呆れたように首を振る。
「だと思った。来い」
「え?」
「コイツらが安全に暮らす家だ。お前に任せてたら何年かかるか分からねぇ」
「え、で、でも知り合いなんかいないし! ジルヴァ!?」
ジルヴァが歩くと二人も歩く。それを慌てて追いかけながらどこへ向かうのかと聞いてもジルヴァは答えない。それから十五分ほど歩いたところでジルヴァが止まった。
「わー! お家がたくさん!」
とある店舗の前。ガラスには間取りが書かれた紙がたくさん貼ってある。張り付くように駆け寄って間取りを見ながら「こっちがミーナで、こっちがシーナ」「シーナはこっち。ミーナがこっち」と二人で自分の部屋を決めようとしている妹たちを横目にジルヴァに問いかける。
「不動産屋?」
「パン屋に見えるか?」
「見えないけど……あ!」
なぜここに来たのかわかったディルにフッと笑ったジルヴァが中へと入っていく。
「ジルヴァさん! どうしたんですか?」
中に入ると奥で書類と向き合っていた男が立ち上がって嬉しそうに表情を輝かせながら寄ってくる。
「家賃はまだ先ですよ」
「俺がわざわざ家賃払いに来ると思うか?」
「だから不思議だったんです。私が行かないと絶対に払ってくれないお方ですからね」
「欲しけりゃ取りに来いって言ってんだろ」
「払う義務があるのはあなたなんですけどね」
「だから支払いはする。でも払いに行くとは言ってねぇ」
「わかってますよ。で、今日はどうなさったんですか? 弟、さん……?」
昔からの知り合いなのだから笑顔で対話するのは普通だが、これにも嫉妬してしまう。ジルヴァはフレンドリーな性格ではないため誰にでも軽口を叩くわけじゃない。だからこそこうして話をするのは仲が良い証拠でありジルヴァが相手を受け入れている証拠でもある。そんな相手に言われた弟扱いの言葉。思わずカッとなった。
「婚約者になる男です!」
キョトンとした顔をする男にこれまた失礼だと眉を寄せるディルを男が見つめたあと、真実かとジルヴァを見た。
「四年後、結果が出るらしいぜ」
他人事のように答えるジルヴァに「なるほど」と呟いた男が愉快そうに笑って奥へと案内する。
「ミーナ、シーナ入っておいで!」
まだ外で部屋割りを決めている二人に声をかけると手を繋いで中に入ってくる。ソファーに腰掛けると三人にはオレンジジュース。ジルヴァには珈琲が出てきた。
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「コイツらがな。兄妹だ。ガーベージに住んでんだが、イイ女に成長してきたもんだから兄貴が心配してセキュリティの良い場所に住ませたいってなってな」
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「ガーベージ……」
三人に笑顔は見せるが、金はあるのかと言いたいのだろう。男はそんな目をしていた。
「親御さんは?」
「ガーベージだって言ったの聞いてたか?」
「すみません、そうでしたね」
親が同行せず兄が探していると言った時点で察しろと少し声色を変えるジルヴァに謝り、書類が入っている棚に向かった。
「ご予算や希望の地区などありますか?」
「予算で絞るのはあとだ。とりあえずお前が良いと思ってる物件出してくれ」
「アパートか一軒家か……」
「どっちもだ」
ディルは一軒家が良いと言っていたが、アパートも見ておいて損はないとジルヴァは考えている。
棚から取り出された茶封筒。中から取り出した書類をテーブルの上に広げて一つずつ説明していく。管理してある物件の多さに驚くディルだが、話を聞いてもあまりわからないでいる。専門用語を乱発されても困るだけでディルの頭上にはずっと疑問符が浮かんでいた。
「とりあえず値段はいいから安全性の高い物件から紹介してくれ。行くぞ」
「え? 今日ですか?」
「ああ。それも今からだ」
「私、これから商談がありまして……」
「そうか。なら他の奴に頼む。おい、誰か内見付き合って──」
「私が行きます!」
ジルヴァの無茶振りに振り回される男の顔は決して困ってはいなかった。ジルヴァはモテる。それがよくわかる光景だとディルは他人事のように眺めている。
「ちょっとお兄ちゃんッ」
「ん?」
「ちゃんとジルヴァのこと掴まえておかないと取られちゃうよ!」
心配するシーナの言葉にディルが笑う。
「ジルヴァはこの世界で一番意思が固い人だ。言い寄られたから心が揺れるってのはないよ」
嫉妬はするが心配はしていないディルに二人は呆れた顔をする。
「女心がわかってない男ってこれだから……」
「余裕ないくせに余裕ぶってるのがイタイ」
「応援してるんだよな?」
「してるから呆れてるの」
「男らしくないし、道を間違えてる」
まだ男を知らない妹たちに男の何がわかるんだと反論したい気持ちはあったが、二対一。いつも負ける。二人に反論することは惨敗を意味すると知っているディルは反論を諦めた。
「では、いくつか候補がありますので行きましょうか」
「車だろうな?」
「もちろんです」
「車!」
「車に乗れるの!?」
「良い子にしてろよ。暴れると止まっちまうからな」
嘘をつくジルヴァに従って二人は後部席に乗り込んだ。ジルヴァの手を引いて強制的に後部席に乗せ、ディルも強制的に助手席に。
「ボロいとこに案内したら殴るからな」
「わかってますよ」
信用問題に発展するようなことはしないと約束して車を出した。
歩くよりもずっと速い流れる景色を目に焼き付ける妹たちの表情。こんな表情を見たのはジルヴァの美味しい食事を口いっぱいに頬張ったとき。当たり前に慣れてしまうが、二人は今でもジルヴァの食事に舌鼓を打ち、感動に足をバタつかせる。
まだ免許を持っていないため車に乗ることはできない。家を買えば車を買うのはまだ数年は先になるだろう。十年かかるかもしれない。それでもこんな顔が見れるのなら車の購入を夢に加えるのもいい可もしれないと思った。
「一軒目はここです」
車が止まり、全員が降りて目にした物件に一番に眉を寄せたのはジルヴァ。
「却下だ」
中を見ることもせず言い放ったジルヴァが車に乗り込む様にミーナとシーナも慌てて乗り込む。
「ジルヴァさん、ここはかなりオススメ物件ですよ。ここは──」
「お前の娘が旦那と家を探してる。オススメの物件あったら紹介してほしいって頼んできたら一番に紹介する物件なんだな?」
「それは……」
もし即答だったらジルヴァは車を降りてすぐに内見しただろう。だが、わかりやすく目を逸らしたことでジルヴァが運転席のシートを蹴飛ばした。
「信用問題に発展するようなことはしねぇと言ったのは幻聴だったか?」
「こ、ここは本当にオススメなんです! 彼が出した条件に合っているという意味でのオススメです!」
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「理由は?」
抱えていた茶封筒の中から物件の間取りが書かれた紙を出してジルヴァに渡し、建物を手で指す。
「ここは比較的まだ新しく、この一帯では珍しく建築基準をクリアしたアパートです。壁が分厚いのでハシャいでも近所迷惑にはなりませんし、ドアの頑丈さも安全性の高さと言えます。鍵は上と下に二つあり、窓には格子があります」
ディルの出した条件が全てクリアされている物件は確かに内見の価値ありだとディルは思ったが、ジルヴァはそう思っていない。車を降りる気はなく、書類を突き返した。
「ジルヴァさんは何が気に入らないのですか?」
男の問いかけにジルヴァの睨みが向く。
「とぼけてんじゃねぇぞ」
怒気を含んだ声に男の顔に緊張が走った。
「上、向かい、下。全部男が住んでんじゃねぇか」
「……はい」
「コイツは朝から晩まで帰らねぇことが多い。家で留守番してんのは主にコイツら二人だ。安全性が高い場所が良いっつったの聞こえてなかったか?」
「で、ですから、建築基準はクリアして……」
運転席のシートがジルヴァの足によって再度揺れる。
「ガーベージに安全性の高い家建てたら娘住ませるか?」
「ジ、ジルヴァさん、あのですね……」
「住ませるのかって聞いてんだよ」
「……すみません」
「答えはイエスかノーだ」
「住ませません」
あの部屋だけではなく、この建物自体この男の会社の持ち物なのだろう。だからジルヴァの指摘に「知らなかった」とは言わなかった。思うことはあれどジルヴァが怒っているなら自分が追加で怒る必要はないとディルは黙っていることにした。
「壁が分厚い。そりゃ結構だ。でもコイツらが拉致られたらコイツらの叫び声も聞こえねぇってことだよな?」
「…………」
「ドアが頑丈。そりゃいい。でもコイツらが逃げ出そうとしても簡単には破れねぇってことだよな?」
「…………」
「窓には格子付き。安全安心。でもコイツらが──」
「すみません! 申し訳ございません! ここはオススメではありませんでした! 私のミスです! お許しください!」
条件をクリアしていたとしても肝心の“安全性”が満たされていないのでは意味がない。
こういう人で見下して判断する人間を嫌うジルヴァは男がミスを認めるまで問い続けるつもりだった。だから頭を下げて許しを請う男に冷めた視線を向けたあと、ミーナたちに問いかけた。
「どうする? 一発目にこれじゃあ信用出来ねぇよな。他の不動産当たるか?」
バッと勢いよく顔を上げた男の顔には焦りがあったがジルヴァは目を合わせない。全てはミーナとシーナの意見一つで決まる。二人は顎に指を当てながら「んー」と唸ったあと、男を見てニッコリ笑った。
「ジルヴァがいるから平気!」
「見るのはタダだもん!」
「ありがとうございます!」
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