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変じゃない
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雨の少ない国ではあるが雨が降らないわけじゃない。降らないときは全く降らないのに降るときは一気に降る。
この日もバケツをひっくり返したような大雨で、三十分前まで星空が見えていたのが嘘のようだった。
「めっちゃ濡れたー!」
三人で走って店の中へと入ったはいいが濡れていない場所を探すほうが難しいほど全員頭から足先までずぶ濡れになっている。
「上行け上!」
ロイクの促しに二階へと駆け上がると風呂場の前でロイクがアルフィオの服を追い剥ぎのように脱がせる。肌に張り付いて一人では脱げないためそうしたほうが早いのはわかっているが、ジルヴァは思わず距離を取った。
「二人で一緒に入ったほうが早いだろうが」
「うるせえな。寒くねんだよ」
「風邪引かれちゃ困るんだよ。誰が面倒見ると思ってんだ」
「見てくれなんて頼んでねぇよ」
「俺は心優しいから放置できねんだよ。面倒かけんなバカッ」
追い詰めるように寄ってくるロイクの隙を見て逃げ出そうとするが腕を掴まれて失敗。
店はいつも繁盛しているため病人が出ると皆が心配して気もそぞろになるため良いことではない。自然と引いてしまった風邪は仕方ないが、できることをしないで引いたのなら迷惑でしかない。だからジルヴァが嫌がろうと無理矢理服を剥いだ。
「お……?」
下着まで脱がさずともわかる膨らみ。アルフィオはジルヴァに対し『男より男っぽくなりやがって』と悔し紛れに言うため女だと思っていたが男だったのだろうかと固まったロイクの目に映ったのは悔しいのか怒っているのか泣きたいのかなんとも言えない表情を見せるジルヴァ。
「ロイク、コイツは俺と入るのが嫌なんじゃなくてこういう身体だから見られたくな──」
説明しておかなければと焦ったアルフィオの言葉をロイクが遮る。
「お前立派なもん付いてんじゃねぇか」
アルフィオとジルヴァが驚いた顔でロイクを見る。
「そんな立派なもん持ってながら一丁前に隠そうとしてんじゃねぇよ。堂々としてろ」
「……は? 立派……?」
「おうよ。アルフィオより立派じゃねぇか」
「はあ!? 俺のが立派だし!」
アルフィオはこれを見たとき笑わなかった。でも『スゲー!』と声を上げた。どうなってるのかと何度も人の股の間を覗き込んで目を瞬かせていた。ロイクはそうはせず笑い声を上げて肩を叩く。
これを立派だと言ってくれた者は今まで一人だっていない。受け入れてくれた者がアルフィオ以外にも現れた。それはとても嬉しいが怖くもあった。傷つけないためにそう言っているだけかもしれない。自分たちが風呂に入れば一階に降りて手を洗い始めるかもしれない。吐きそうになっているかもしれない。明日になればどこかよそよそしくなっているかもしれない。ロイクはそういう人間ではないのにジルヴァの中で一気に嫌な妄想が広がる。
「気味悪ィだろ……。母親は俺をバケモノと呼んだ。俺だってそう思う。男か女かもわからねぇこんな身体……呪われてんだ」
ロイクを見ずにそう呟くジルヴァにアルフィオが眉を下げる。そんなことないと言ってもジルヴァは喜ばないし、そんな言葉では何も救えない。どうしたらジルヴァの心を救えるだろうと考え続けているがまだ答えは見つかっていない。
「世の中にはな、わかんねぇことのが多いもんだ。神様って存在もそうだ。いるかどうかなんて誰にもわからねぇ。誰も見たことがねぇわけだしな。でも信じる奴は信じてる。お前はそれを気持ち悪いって吐き捨てるか?」
「俺のは不確かなもんじゃねぇ。これが現実で真実で全てだ。見りゃわかることなんだから……」
普段からは考えられないほど声が小さいジルヴァの頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でる。
「料理も同じなんだぜ。あれとこれを掛け合わせれば美味くなる。でもそれとこれは不味くなる。なんでだ? わかんねぇ。でもそれが事実なんだから抗っても仕方ねぇ。それならあれとそれを掛け合わせて美味いもん作るっきゃねぇだろ。良いもんは良い。ダメなもんはダメ。それを判断するのは誰だ? 客か? いいや、違うね。俺だよ」
店に出される料理は誰が美味いと言おうとオーナーであるロイクが美味いと言わなければ客には出せない。食べて美味いか不味いかを決めるのは客の自由だと思っていたジルヴァは予想外の言葉に顔を上げて目を瞬かせる。その顔に手を伸ばして頬を軽く摘んだ。
「だからお前も気味悪ィかどうかは自分で決めろ。お前を見て他人がどう思うかじゃねぇ。お前がお前をどう思うかが大事だろ。そりゃ人の口に戸は立てらんねぇし鍵も付けらんねぇ。それこそ神の力でもなきゃムリな話だ。でもお前がお前自身を受け入れることに神の力なんざ必要ねぇんじゃねぇか?」
「それができりゃ……」
「やろうとしたか?」
していない。愛せるわけがない。母親は罵倒し、父親は面白がった。誰にも披露できない呪われた身体をどう愛せと言うのか。でも反論しようとはしなかった。ロイクが真っ直ぐ目を見て言ってくれるから目頭が熱くなって鼻の奥がツンと痛くなる。
「ジルヴァ、自分で自分を傷つける必要はねぇよ。必要なのは自分を愛することだ。それができりゃ今よりずっと世界は明るくなるし、お前の心だって豊かになる。だろ?」
作った拳でノックをするようにトントンと少し強めにジルヴァの胸を叩いたロイクが人差し指を立てた。
「デイヴは男か? 女か?」
「……わかんねぇ」
見た目は完全に男だが、言葉遣いや所作は女っぽくもある。男のくせに女のくせにという言葉を嫌うデイヴに何度耳を引っ張られたかわからない。それでもジルヴァは言うのをやめず、デイヴもやめない。
ハッキリ言いきらないのがジルヴァの本音だとロイクは笑う。
「この世には男と女しかいねぇと言うが、男がいて女がいれば男か女かわからねぇ奴ぐらいいるだろ。両方あるからなんだよ。男でも女でも好きに生きられるなんざ最高じゃねぇか」
世の中はわからないことだらけだからこれが正しいと言いきってしまう人間のほうがおかしいんだとロイクは言った。アルフィオとはまた違った受け入れ方だが、それがとてもロイクらしくてジルヴァはまた俯いて鼻を啜る。
「おいおい、鼻水垂らしてんじゃねぇよ。だから早く入れって言っただろ」
「わあってるよ!」
「身体が湯気立つまで上がってくるんじゃねぇぞ」
ロイクだって濡れている。真冬の寒い空気の中で子供たちを優先して入らせ、自分は服を脱いで毛布に包まりながら暖炉の前で身体を暖める。
本当は湯船に三人で入れればいいが、そこまで広くない。ストーブで沸かしているヤカンの中に入っている湯を水を貯めた湯船の中に入れて温度調節する。
湯船に浸かると一瞬で冷えた身体が暖まる。早くロイクにも入らせなければと二人は顎下まで浸かる。
「俺のが立派だからな」
まだ気にしているアルフィオをジルヴァが鼻で笑う。
「第三者が俺のが立派だって言ったんだぜ。諦めろよ」
「俺のが背も高くなってんだからあっという間に成長してお前の二倍のデカさになるから」
「キモすぎ。見せてくんなよ」
「お前こそ成長止まっても逃げんなよ」
「成長してから言えよ」
この一年でジルヴァも背が伸びたが、アルフィオはそれより伸びた。きっとまだまだこれから伸びるだろうアルフィオがどこまで大きくなるのか想像がつかない。
ジルヴァも母親は背が低かったが父親は背が高かったため父親に似れば背が伸びる可能性がある。アルフィオに勝ち誇った顔をさせないためには自分も成長する必要がある。
「でも、よかったな。ロイクはやっぱ良い人だよな」
「……そうだな」
ロイクに言えばきっと否定するだろうからここで褒めておく。二人はロイクが好きだった。優しくて暖かい心を持った良い人間。
「俺、ここでシェフになってもっともっとでっかい店に建て替えるんだ。そんでロイクを大金持ちにする」
「お前じゃムリだろ」
「なんでお前はそうやって俺を否定すんの? 俺のが才能あるじゃん」
「ビビリのボクちゃんにはムリだって言ってんだよ」
「でもロイクは俺がシェフになるって言ったら喜んでた」
「そりゃそうだろ。テメーが教えたことでガキの夢が決まったんだ。嬉しいだろうよ」
「なら二人で盛り上げようぜ。成功したらきっとロイクのやつスゲー顔するぜ」
「だろうな」
二人の夢はシェフになること。そしてロイクを今より大金持ちにすること。この国のどのレストランより流行らせることだと同じ夢を持っていた。湯船の中で拳を合わせて似たような笑みを浮かべる二人が思い描く未来は眩しいほど明るかった。
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店はいつも繁盛しているため病人が出ると皆が心配して気もそぞろになるため良いことではない。自然と引いてしまった風邪は仕方ないが、できることをしないで引いたのなら迷惑でしかない。だからジルヴァが嫌がろうと無理矢理服を剥いだ。
「お……?」
下着まで脱がさずともわかる膨らみ。アルフィオはジルヴァに対し『男より男っぽくなりやがって』と悔し紛れに言うため女だと思っていたが男だったのだろうかと固まったロイクの目に映ったのは悔しいのか怒っているのか泣きたいのかなんとも言えない表情を見せるジルヴァ。
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「お前立派なもん付いてんじゃねぇか」
アルフィオとジルヴァが驚いた顔でロイクを見る。
「そんな立派なもん持ってながら一丁前に隠そうとしてんじゃねぇよ。堂々としてろ」
「……は? 立派……?」
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「はあ!? 俺のが立派だし!」
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これを立派だと言ってくれた者は今まで一人だっていない。受け入れてくれた者がアルフィオ以外にも現れた。それはとても嬉しいが怖くもあった。傷つけないためにそう言っているだけかもしれない。自分たちが風呂に入れば一階に降りて手を洗い始めるかもしれない。吐きそうになっているかもしれない。明日になればどこかよそよそしくなっているかもしれない。ロイクはそういう人間ではないのにジルヴァの中で一気に嫌な妄想が広がる。
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ロイクを見ずにそう呟くジルヴァにアルフィオが眉を下げる。そんなことないと言ってもジルヴァは喜ばないし、そんな言葉では何も救えない。どうしたらジルヴァの心を救えるだろうと考え続けているがまだ答えは見つかっていない。
「世の中にはな、わかんねぇことのが多いもんだ。神様って存在もそうだ。いるかどうかなんて誰にもわからねぇ。誰も見たことがねぇわけだしな。でも信じる奴は信じてる。お前はそれを気持ち悪いって吐き捨てるか?」
「俺のは不確かなもんじゃねぇ。これが現実で真実で全てだ。見りゃわかることなんだから……」
普段からは考えられないほど声が小さいジルヴァの頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でる。
「料理も同じなんだぜ。あれとこれを掛け合わせれば美味くなる。でもそれとこれは不味くなる。なんでだ? わかんねぇ。でもそれが事実なんだから抗っても仕方ねぇ。それならあれとそれを掛け合わせて美味いもん作るっきゃねぇだろ。良いもんは良い。ダメなもんはダメ。それを判断するのは誰だ? 客か? いいや、違うね。俺だよ」
店に出される料理は誰が美味いと言おうとオーナーであるロイクが美味いと言わなければ客には出せない。食べて美味いか不味いかを決めるのは客の自由だと思っていたジルヴァは予想外の言葉に顔を上げて目を瞬かせる。その顔に手を伸ばして頬を軽く摘んだ。
「だからお前も気味悪ィかどうかは自分で決めろ。お前を見て他人がどう思うかじゃねぇ。お前がお前をどう思うかが大事だろ。そりゃ人の口に戸は立てらんねぇし鍵も付けらんねぇ。それこそ神の力でもなきゃムリな話だ。でもお前がお前自身を受け入れることに神の力なんざ必要ねぇんじゃねぇか?」
「それができりゃ……」
「やろうとしたか?」
していない。愛せるわけがない。母親は罵倒し、父親は面白がった。誰にも披露できない呪われた身体をどう愛せと言うのか。でも反論しようとはしなかった。ロイクが真っ直ぐ目を見て言ってくれるから目頭が熱くなって鼻の奥がツンと痛くなる。
「ジルヴァ、自分で自分を傷つける必要はねぇよ。必要なのは自分を愛することだ。それができりゃ今よりずっと世界は明るくなるし、お前の心だって豊かになる。だろ?」
作った拳でノックをするようにトントンと少し強めにジルヴァの胸を叩いたロイクが人差し指を立てた。
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見た目は完全に男だが、言葉遣いや所作は女っぽくもある。男のくせに女のくせにという言葉を嫌うデイヴに何度耳を引っ張られたかわからない。それでもジルヴァは言うのをやめず、デイヴもやめない。
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