鑑賞用王女は森の中で黒い獣に出会い、愛を紡ぐ

永江寧々

文字の大きさ
上 下
66 / 71

国民の本音

しおりを挟む
 クラリッサが去ってから一週間後、城の前には大勢の国民が押し寄せていた。何かの祝福に駆けつけたわけではなく、門の前を占拠する全員の表情には怒りが見える。

「な、なんだ!? なぜあんなに集まっているんだ!?」

 今朝目が覚めてみると、の話ではなく、数日かけて集まったのだ。門番が声を荒げても誰一人帰ろうとはせず、皆が手に紙を握りしめて声を上げている。巻き起こるシュプレヒコールは遠くて聞こえないが、文句を言っているのはわかるため怪訝な顔をする父親の横にウォレンが立った。

「あの紙は……事前告知した紙っぽいね」

 カーテンの隙間から双眼鏡を差し込んで国民たちの様子を見ると手に握っているのが国民にダークエルフによる契約反故のため森を燃やすと記した告知のビラだと判明すれば父親がウォレンの胸ぐらを勢いよく掴んだ。

「だから言っただろう! 私は告知には反対だったんだ! お前がしなければ国民から反感を買うと言うからしたのに、その結果がこれだぞ!」
「でも、告知せずに行ったことを他国が知れば間違いなく批判は受けると思うよ。国は民あってのものというのは全世界共通だろうからね」
「ッ! お前……こうなることがわかった上で……」

 次男は自分には反抗しないと思って信用しきっていた父親はあまりに冷静に話す息子はここまでわかってのことだったのだと遅い後悔に怒りをこみ上げさせるが、門の外に集まる国民の様子を見に行った使用人が大慌てで戻ってくると胸ぐらを掴んでいた手を離して振り返った。

「報告しろ!」
「国王を出せと言っています! 説明しろと!」

 上がっている声が説明を求める声であることに苛立ちを隠せず地団駄を踏み、手にしていた杖を床に投げつけた。

「あいつらは字が読めんのか!? そこに書いてあることが全てだろうが! 他になんの説明をしろと言うんだ!!」
「国王の言葉で説明が欲しいんだと思うよ」
「エヴァン! お前が行け!」
「国王を出せって言って俺が出たら逃げたと思われると思うけどな」
「ぐぅうッ!」

 国民からの評判を気にする父親にとって激怒している状態の国民を更に激怒させることだけは避けたい。エヴァンに責任を押し付けようにも逃げたと怒りを買えば評判は下がってしまう。良い国王を演じてきた自信があるからこそ、国民の負の感情は買わないようにと不満を抱えながらも正装に着替えて門へと向かった。

「これこれ、このような所まで遥々どうしたと言うのだ?」

 人の良さそうな微笑みを浮かべながら優しい声で問いかけると国民たちの声は一際大きくなる。

「どういうことだ!」
「な、なんだ!?」

 まさか開口一番怒鳴り声が飛んでくると思ってもいなかっただけに驚きを隠せず後ずさり、門の隙間から腕を伸ばして紙を見せつけるように上下に動かす男がまた怒鳴る。

「ダークエルフの森を燃やすってどういうことだ!」

 何をそんなに怒っているのか理解できないものの、日頃の不満ではないことに安堵して咳払いをしたあと、微笑みを戻して口を開いた。

「モレノスの王族は代々、ダークエルフと協定を交わしてきた。人間がダークエルフに干渉しない代わりにダークエルフは森から出ないと。その約束をダークエルフは破ったのだ。森から出ただけではなく、我が娘クラリッサにまで手を出していた。これは断じて許されることではない」

 ザワつく国民たちの様子に気を良くした国王は更に声を高くする。

「ダークエルフは約束も守れぬ野蛮な生き物。モレノスにあの森があるだけで皆の心から不安は消えないだろう。此度の契約違反のこともあり、私はあの森を焼き払うことにしたのだ。これは皆のためでもある。どうか理解してほしい」

 最高の王様だろうとニヤつきそうになるのを堪えてキメ顔を作って見せるも、聞こえてきたのは絶賛の声や拍手ではなく荒れた声だった。

「燃えるのは森だけで済むのか!? 街にも火の手が迫る可能性はないのか!?」
「煙で商売どころじゃないわよね!? その間の賃金は保障してもらえるの!?」
「俺たちはどこに逃げれば良いんだ!?」
「シェルターはあるのか!?」

 矢継ぎ早に飛んでくる生活の保障を問う声に国王の頭の中には子供たちに向けるような言葉が繰り返されているが表情には出さない。困ったような顔で手を揺らしながら落ち着けと宥めるも国民の感情は止まらない。

「こんなの受け入れられるわけないだろ! 何が森を燃やすだよ! ダークエルフたちは大人しくしてんじゃねぇか!」
「そうよ! 森を燃やすなんて野生動物を解き放つようなもんじゃないのさ!」
「そうだそうだ! 俺たちの誰かが被害に遭ったらどうしてくれるんだよ! こんなことになるとは思わなかった、じゃ済まないんだぞ!」

 ウォレンが危惧していたことを国民も危惧しており、焼き払いを国が行うと言うのなら安全も生活も保障してもらわなければ困ると大勢が一斉に訴え始め、門番はあまりの騒音に思わず耳を押さえるほど。
 ダークエルフたちから被害を受けていない国民たちからすれば森を焼き払ったことで逃げてきたダークエルフが国を滅茶苦茶にしたらどうするんだと何度も問いかけるも国王は答えない。

「なんとか言ってくれよ!」
「皆も親ならわかるだろう。娘が手篭めにされていたことを許すことはできない」
「娘一人のために俺たち国民を危険にさらそうってのか!?」
「鑑賞用王女とか言って見せ物にしてたアンタが娘のためなんて言葉を使うな!」
「そうよそうよ! 娘が鑑賞用なんて呼ばれたら私だったら絶対に許さない!」

 他国にまで鑑賞用王女という称号が轟いているのだから国民にも、とは思っていたが、まさかそれが受け入れられていないとは思ってもいなかった。クラリッサの美しさを見れば誰もがその呼び名に納得するものだと思っていた国王にとってこれは耳を疑うレベルの批判。

「大体アンタは貴族しか得をしない政策ばかりで俺たち国民のことなんざ何一つ考えてくれちゃいねぇんだ!」
「なっ! そ、そんなことはない! 私はいつも民のことを考えて……」
「嘘をつくな! ならどうして俺たちは今もこんなに苦しい生活を強いられてるんだよ! 俺たちは貧しい中でも高い税を払って今日、明日しか考えられねぇ毎日を送ってるってのにアンタら王侯貴族はパーティー三昧だ! そこに使う金を国民のために使おうとは思わないのか!」
「引退しろ!!」

 大勢の中から誰かが一際大きな声で発した言葉に場は一瞬だけ静まり返ったが、その言葉を皆が待っていたように賛同の声を上げ始める。

「そうだ! 思いやりのない国王にはもう我慢の限界だ! 引退しろ!」
「退任だ!」
「国民のことを考えられない国王なんざ俺たちには必要ない!」

 一斉に巻き起こる引退のシュプレヒコール。自分はこの国の王として長年尽くしてきたと自負していた国王にとって国民たちからの意見は想像もしていなかったもので耐え難いもの。
 信じられない言葉が全身を震わせるほど束となってぶつけられることに怯え、膝の力が抜けて尻餅をついた。

「森を燃やすな!」
「国民を守れ!」
「無能な王は必要ない!」
「引退しろ!」

 ダークエルフの森を燃やせば国民たちは絶賛すると思っていた。ダークエルフを追い出してくれた素晴らしい国王だと歓喜の声が聞こえてくるはずだったのにと目の前の光景が信じられず、一人一人の顔を見ても誰も微笑んではいない。怒りばかりの表情にどうすればいいのかもわからず、辺りを見回して身代わりにさせるエヴァンの姿を探すもエヴァンは一緒に来てはいなかった。

「す、全ては息子エヴァンの考えだ!」

 大声で告げた言葉で国民の声が止まったことに安堵したのも束の間、猛犬の鳴き声のようにまた反論の声が上がる。

「決定権はアンタにしかないだろ!! 誰が提案したことでもアンタが承認したならアンタのせいだ! 息子のせいにするんじゃねぇ!」
「今更逃げようったってそうはいかねぇぞ!」

 握っていた紙を丸めて門の隙間から投げ入れる国民たちから守るべく使用人が前に立つと使用人の顔や身体に丸められた紙が当たる。痛みはないが、何発も飛んでくるのが鬱陶しい。
 こんな王でなければこんな目に遭うこともなかったのにと使用人たちは心の中でそう思いながらも目を閉じてグッと耐えていた。

「わ、私のせいじゃない! 全てはエヴァンの責任だ! あいつが国王になったらモレノスはもっとひどい国になるんだぞ! それをわかっているのか!?」
「娘と貴族にしか興味のないアンタよりマシだ!! さっさと引退しろ!!」

 掴まれた門が揺れ始めたことに慌てて立ち上がった国王は使用人に声をかけることなくその場から逃げていった。
 子供たちの姿を見ても怒鳴りつけることはせず横を通り過ぎて部屋にこもって鍵をかけた。国民の怒りを目の当たりにした国王は殺されるのではないかとベッドの中に潜り込んで身体を震わせる。
 自分は良い国王だったはず。それを理解できない低脳な国民が悪いのであって自分は何も悪くはない。親として娘を自慢することの何が悪い。鑑賞と称されるだけの美しさがある娘をそう呼ばせて何が悪いんだと暗闇の中で呟き続けた。

「兄さんの出番だよ」
「茶番劇とわかってて出るのは結構キツイな」
「実行係なんでしょ?」
「リズも一緒に行ってあげる」
「お前はややこしくするだけだから行くな」

 これから怒る国民の前に出るエヴァンの隣に立ったリズの腕を掴んで引き寄せるダニエルがリズの口を手で覆う。なんでも喋ってしまうリズが出て茶番劇さえも台無しにしては困るのだ。

「気持ちだけ受け取っとく。ありがとな」

 リズの頭を撫でると親指を立てたサムズアップだけが返ってくる。
 その場で一度だけ深呼吸をしてから背筋を正し、父親がさっきまで立っていた場所へ向かった。

「上手くいくかな?」

 心配するロニーとは反対にウォレンは笑顔を見せる。

「いかなくてもいいよ。僕たちは一度徹底的に落ちてやり直さなきゃいけないのかもしれない。それは僕たちが父親が見せる面倒さから逃げるために全てをクラリッサに押し付けて彼女を犠牲にし続けた罰なんだって受け止めるんだ」

 誰もがそれに頷き、エヴァンがどう出るかを見守ることにした。上手くいこうと失敗しようと、どんな結末になろうと全て受け入れる覚悟はできていた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。 貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?  猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。  疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り―― ざまあ系の物語です。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

前世でイケメン夫に殺されました

鈴元 香奈
恋愛
子爵令嬢のリタには前世の記憶があった。それは美しい夫に殺される辛い記憶だった。男性が怖いリタは、前世で得た知識を使い店を経営して一人で生きていこうとする。 「牢で死ぬはずだった公爵令嬢」の厳つい次男ツェーザルのお話ですが、これ単体でも楽しんでいただけると思います。 表紙イラストはぴのこ堂様(イラストAC)よりお借りしています。 小説家になろうさんにも投稿しています。 (C)2018 Kana Suzumoto

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

処理中です...