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兄として
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ただぼんやりするだけの毎日に飽きたところで変えられない現実。眠ることもできず、ただ窓から外を見つめて物思いに耽るだけの生活にも慣れ、今日もそうして一日を終えると思っていたクラリッサの耳に焦りの声が聞こえた。
「許可をいただいていません!」
門番が焦ることなどないはずなのにとドアに近付くと聞こえてきた聞き慣れた声。
「妹に会うのに許可がいるのか?」
「決まりですので」
「そうか。それは残念なことだな」
含みのある言い方に瞬き多くエヴァンを見る使用人は次ぐ言葉に耳を疑った。
「今を守って未来を潰すんだな」
まるで脅しのような言い方が何を示しているのか、なんとなくではあるが想像できるだけに使用人の背中を汗が伝う。
「俺が国王になったとき、お前はクビだ」
「そんな!」
「近い将来、だろうな?」
現国王が恐ろしくとも次期国王と決まっているエヴァンの言葉を無視することはできない。今ここでの決断は未来を決める決断でもあるだけに青い顔で使用人二人が顔を見合わせて言葉なき相談を繰り返す。
「働き盛りのお前たちが路上で靴磨きをしたいと言うのなら止めはしない。俺はロニーを連れて部屋に戻るだけだ。お前たちの顔はちゃんと覚えていることだしな」
ここでの給料以上をもらえる働き口などあるはずがない。生活水準を落とす厳しさや妻子に苦労をかける未来を誰が手に取るものか。
「そ、そういえばさ、こないだ言ってた城下町の店なんだけどな」
「あ、ああ、あれな! どうだったんだよ? 行ったのか?」
一人が声をあげて壁に向かって話すともう一人も同じように壁と向かい合う形で返事をする。何も見ていない、知らないと決め込むことにした二人にエヴァンは「今後ともよろしくな」と肩を叩いて扉を開けた。
「お兄様、ロニー」
「会いたかった」
ロニーがクラリッサに抱きつき、それを受け止めながら困惑した表情でエヴァンを見るクラリッサにエヴァンが苦笑する。
「俺がこういうことするのは不思議か?」
妹のためになんでもしてやる兄であれば、こういうことをしても困惑などされなかったのだろうと苦笑が止まらないエヴァンにクラリッサは首を振る。
「よいのですか?」
「次期国王に誰が逆らう?」
「わかりません。でも、もし告げ口があれば……」
幼い頃から全て監視され、隠れてしていることは全て父親に報告された経験があるクラリッサにとって使用人は信用ならない人間ばかりであるため心配の表情を見せるもエヴァンはそれに笑顔を見せる。
「お前はそうやっていつでも誰かの心配をするんだよな」
「え?」
こんな状況の中でも心配は自分の近い将来ではなく使用人を脅した兄のこと。クラリッサらしいと笑ってしまう。
「逃げてばかりだった俺を、お前は一度だって責めはしなかった」
「だってそれは、お兄様はお兄様で背負っているものがありましたし……」
「それだ。お前はそうやって俺たちが持つ小さな小さな責任を見て大きすぎる物を背負うことを選ぶんだ。俺たちはずっとそれに甘えてた。お前なら慣れているから、お前なら持てるだろう、お前なら、お前ならって……お前がムリしてるのに俺たちはそれに気付かないふりをしたんだ」
そんなことないと首を振るクラリッサにエヴァンは首を振り返す。ここでその言葉に甘えてしまっては兄として生きることは許されないからと。
「誰よりも努力してきた妹の背中も押せないで兄貴面はできないよな」
なんの話だとロニーを見ると事情を知っているのか少し寂しげな表情を浮かべながらも微笑みを見せる。
「ボクたちを守ってくれてた姉さんを守れないような弟にはなりたくないんだ」
「なに言って……」
父親に逆らうつもりかと危惧するクラリッサをエヴァンが抱え上げる。
「な、なに!?」
「ずっと座るか寝るかだけの生活だったんだ、走れないだろ?」
「なにをするつもりなの!?」
「愚かな兄が最高の妹にする最初で最後の兄貴面だ」
そう言うとエヴァンは一気に階段を駆け上がり廊下へ出た。全員を脅せるはずもなく、なにも知らない使用人たちは驚きと焦りで声を上げる。止まってください、いけません、誰か国王陛下に連絡しろとパニックを起こしているその間を縫って外へと駆けていく。
王子に、次期国王を命令もなしで身体を張って止められる者はいない。使用人たちにできるのは声をかけること、そして今見ている光景を彼の父親に報告することだけ。それでもあの太った父親がここに到着するまでにはまだ時間がある。幸いにもウォレンが時間を稼いでくれている今しかない。
「私を外に出したなんてお父様が知ったら……」
「老いていくだけの父親に怯えて未来ある妹の人生潰すような男が王なんて嫌だろ? 俺だったらそんな国には住みたくないね」
「ボクも!」
「だろ? だから俺は自分は妹のために一つだけ良いことをしてやれた男として生きていくんだ。情けなくて笑っちまうよな」
向かっているのがどこかなんて考えずともわかる。この先には庭がある。その先には森がある。これは“良いこと”なんて軽い言葉で済むようなことではないのだとクラリッサの目に涙が滲む。
「エヴァン兄さんとウォレン兄さんがこの国を変えるから、姉さんはなにも心配しないで自分の人生を生きてよ」
涙ぐむロニーの言葉に堪えきれず涙が溢れる。
「止まれ! 止まれー!!」
まだ追いついていない父親の声が窓から聞こえてくる。庭に出たところでエヴァンが足を止めた。
「お前ッ……エヴァン! お前は自分がなにをしているのかわかっているのか!?」
「ああ、もちろんだとも」
「ふざけるんじゃない。クラリッサを外に出してどうするつもりだ! 誰がそんなことをしていいと許可を出した!」
「俺だ」
「何様のつもりだ! 私の許可もなく勝手な行動は許さん! 今すぐクラリッサを地下に戻せ!!」
顔を真っ赤にして怒る父親に反抗することがどういうことかエヴァンもわかっていないわけではない。子供の頃に一度受けた折檻を思い出して震えることもあった。もう二度とあんな痛みと恐怖はごめんだと逆らわないようにしていたが、自分の恐怖のために妹を犠牲にすることが正しいことであるはずがないとこの歳まで気付けなかった自分を恥じたまま生きたくはないとクラリッサをゆっくり地面に下ろして顔を上げる。
「もうクラリッサを解放してやれ」
「誰に向かってそんな口を利いているんだ!」
「クラリッサは玩具じゃない! 血の通った人間だ! それを笑うだけの人形にしたのは俺たちだ! それこそ許されることじゃないだろう!」
「親のために生きるのが子の宿命! おかしなことではない!」
「クラリッサはもう自由に生きていいんだ。父上の道具になるのはもう終わりだ」
「エヴァン、後悔することになるぞ。王位を継げないお前に価値などないんだからな!」
価値と口にした父親にエヴァンが声を上げて大笑いする。中にも外にも響き渡るほどの大声で笑うエヴァンに父親が身体を怒りで震わせる。
「価値は父親につけてもらうもんじゃないからいいんだ。俺の価値は俺ではなく国民がつけてくれる。俺は父上のために生きるんじゃなく、国民のために生きるんだからな」
頭だけで湯を沸かせそうなほど真っ赤に染まった父親の顔が破裂しそうな勢いで何かを捲し立てているが、エヴァンはそれを無視して振り向いた。
「俺がしてやれるのはここまでだ」
「お兄様、あんなことを言ったらきっと……」
「いいんだよ、もう怖くないんだ。振り下ろされる鞭を掴んで投げ捨てることができる大人だってもっと早く自覚すべきだった。ごめんな」
何度も何度も首を振る妹を抱き締めると背中に回る腕がジャケットを強く掴んで震わせる。兄として妹のためにできたこれが最初で最後であることが情けないが、エヴァンは笑顔だけは見せ続けようと決めていた。
「ねえ、リズたちずーっと味方だからね!」
「リズの味方は俺らがするから」
「姉さん、会いに行くからね。暮らす場所が決まったら教えて。デイジーとかに手紙出してさ」
リズとダニエルとロニーが駆けつけ、ここから旅立つための見送りに声をかける。
デイジーと同じで、ここから出てしまえば戻ることは許されない。クラリッサがここを出るということはクラリッサが守ってきたもの全てを犠牲にするということ。許されるのだろうかと戸惑うクラリッサの肩を押して離したエヴァンが問いかける。
「王子様が迎えに来る、だったか?」
「え? ……エイベル……」
指差すほうを見れば立っていたのは黒い皮膚を持つ男。愛しくて会いたくてたまらなかった男が微笑んでいる。
「おいで、クラリッサ」
エイベルが両手を伸ばすとクラリッサはそれに向かって走り出した。随分と地面を歩いていなかった足はもつれて転びそうになるのをなんとか堪えて駆けつけ飛びついた。
大きな身体、温もり、匂い……その全てが彼だと証明している。
「すまなかった。俺はお前をひどく傷つけた。お前を愛する資格などないかもしないが、俺にはお前しか──ッ!」
最後まで聞く前にクラリッサは感情のままに唇を重ねた。それに応えるようにエイベルからも唇を押し付け、何度も食み合う。
「愛してるの。あなた以外考えられないわ、エイベル」
「俺もだ。お前が鑑賞用かどうかなどどうだっていい。クラリッサ、お前を心から愛してる」
庭まで追いついた父親の怒鳴り声に振り向いたクラリッサが微笑んで父親を見つめ、最初で最後の暴言を告げる。
「イリオリス」
それがなにを意味する言葉なのか父親は知っていた。
「エルフ語など使うな!!」
「さよなら、お父様。もう二度と会うことはないでしょう。どうか、今後の人生、一つ一つの選択を間違えませんよう」
「ふざけるな! お前にいくらつぎ込んだと思ってるんだ! リズに全て負担がいくんだぞ! 妹を犠牲にするのか!? お前の役目は──うごッ!」
脅そうとする父親の口を塞いだのはエヴァンの拳。まだ完治しきっていない父親の傷の上から更に新しい傷をつけた。
「お前の人生だ、クラリッサ」
「お元気で」
またねと言ってくれるきょうだいに手を振れば、二階の窓に立っているウォレンに気付いた。ウォレンが大きく手を振ることはなかったが、クラリッサはウォレンと見つめ合いながらしっかりと手を振った。エヴァンがここに連れ出してくれるまでの間、時間を稼いでくれたのはきっとウォレンだとわかっていた。
嬉し涙を流すのは久しぶりだが、今は我慢しないことにした。
「アイレ」
エイベルが名を呼ぶと現れたアイレが毛布ほど大きな布を広げて二人を包んだ。その場で姿を消したように見えた家族はようやく一つの悲しい物語が終わりを迎えたのを感じ、それがどこかとても晴れ晴れとした気分にさせてくれていた。
互いに笑顔を向け合い、これでよかったのだと心の中で全員が思うと同時に変えなければならないのだとも自覚する。
そのために必要な頭脳は役割を終えた。あとは実行するだけだと二階を見上げたエヴァンが不敵な笑みを浮かべた。
「許可をいただいていません!」
門番が焦ることなどないはずなのにとドアに近付くと聞こえてきた聞き慣れた声。
「妹に会うのに許可がいるのか?」
「決まりですので」
「そうか。それは残念なことだな」
含みのある言い方に瞬き多くエヴァンを見る使用人は次ぐ言葉に耳を疑った。
「今を守って未来を潰すんだな」
まるで脅しのような言い方が何を示しているのか、なんとなくではあるが想像できるだけに使用人の背中を汗が伝う。
「俺が国王になったとき、お前はクビだ」
「そんな!」
「近い将来、だろうな?」
現国王が恐ろしくとも次期国王と決まっているエヴァンの言葉を無視することはできない。今ここでの決断は未来を決める決断でもあるだけに青い顔で使用人二人が顔を見合わせて言葉なき相談を繰り返す。
「働き盛りのお前たちが路上で靴磨きをしたいと言うのなら止めはしない。俺はロニーを連れて部屋に戻るだけだ。お前たちの顔はちゃんと覚えていることだしな」
ここでの給料以上をもらえる働き口などあるはずがない。生活水準を落とす厳しさや妻子に苦労をかける未来を誰が手に取るものか。
「そ、そういえばさ、こないだ言ってた城下町の店なんだけどな」
「あ、ああ、あれな! どうだったんだよ? 行ったのか?」
一人が声をあげて壁に向かって話すともう一人も同じように壁と向かい合う形で返事をする。何も見ていない、知らないと決め込むことにした二人にエヴァンは「今後ともよろしくな」と肩を叩いて扉を開けた。
「お兄様、ロニー」
「会いたかった」
ロニーがクラリッサに抱きつき、それを受け止めながら困惑した表情でエヴァンを見るクラリッサにエヴァンが苦笑する。
「俺がこういうことするのは不思議か?」
妹のためになんでもしてやる兄であれば、こういうことをしても困惑などされなかったのだろうと苦笑が止まらないエヴァンにクラリッサは首を振る。
「よいのですか?」
「次期国王に誰が逆らう?」
「わかりません。でも、もし告げ口があれば……」
幼い頃から全て監視され、隠れてしていることは全て父親に報告された経験があるクラリッサにとって使用人は信用ならない人間ばかりであるため心配の表情を見せるもエヴァンはそれに笑顔を見せる。
「お前はそうやっていつでも誰かの心配をするんだよな」
「え?」
こんな状況の中でも心配は自分の近い将来ではなく使用人を脅した兄のこと。クラリッサらしいと笑ってしまう。
「逃げてばかりだった俺を、お前は一度だって責めはしなかった」
「だってそれは、お兄様はお兄様で背負っているものがありましたし……」
「それだ。お前はそうやって俺たちが持つ小さな小さな責任を見て大きすぎる物を背負うことを選ぶんだ。俺たちはずっとそれに甘えてた。お前なら慣れているから、お前なら持てるだろう、お前なら、お前ならって……お前がムリしてるのに俺たちはそれに気付かないふりをしたんだ」
そんなことないと首を振るクラリッサにエヴァンは首を振り返す。ここでその言葉に甘えてしまっては兄として生きることは許されないからと。
「誰よりも努力してきた妹の背中も押せないで兄貴面はできないよな」
なんの話だとロニーを見ると事情を知っているのか少し寂しげな表情を浮かべながらも微笑みを見せる。
「ボクたちを守ってくれてた姉さんを守れないような弟にはなりたくないんだ」
「なに言って……」
父親に逆らうつもりかと危惧するクラリッサをエヴァンが抱え上げる。
「な、なに!?」
「ずっと座るか寝るかだけの生活だったんだ、走れないだろ?」
「なにをするつもりなの!?」
「愚かな兄が最高の妹にする最初で最後の兄貴面だ」
そう言うとエヴァンは一気に階段を駆け上がり廊下へ出た。全員を脅せるはずもなく、なにも知らない使用人たちは驚きと焦りで声を上げる。止まってください、いけません、誰か国王陛下に連絡しろとパニックを起こしているその間を縫って外へと駆けていく。
王子に、次期国王を命令もなしで身体を張って止められる者はいない。使用人たちにできるのは声をかけること、そして今見ている光景を彼の父親に報告することだけ。それでもあの太った父親がここに到着するまでにはまだ時間がある。幸いにもウォレンが時間を稼いでくれている今しかない。
「私を外に出したなんてお父様が知ったら……」
「老いていくだけの父親に怯えて未来ある妹の人生潰すような男が王なんて嫌だろ? 俺だったらそんな国には住みたくないね」
「ボクも!」
「だろ? だから俺は自分は妹のために一つだけ良いことをしてやれた男として生きていくんだ。情けなくて笑っちまうよな」
向かっているのがどこかなんて考えずともわかる。この先には庭がある。その先には森がある。これは“良いこと”なんて軽い言葉で済むようなことではないのだとクラリッサの目に涙が滲む。
「エヴァン兄さんとウォレン兄さんがこの国を変えるから、姉さんはなにも心配しないで自分の人生を生きてよ」
涙ぐむロニーの言葉に堪えきれず涙が溢れる。
「止まれ! 止まれー!!」
まだ追いついていない父親の声が窓から聞こえてくる。庭に出たところでエヴァンが足を止めた。
「お前ッ……エヴァン! お前は自分がなにをしているのかわかっているのか!?」
「ああ、もちろんだとも」
「ふざけるんじゃない。クラリッサを外に出してどうするつもりだ! 誰がそんなことをしていいと許可を出した!」
「俺だ」
「何様のつもりだ! 私の許可もなく勝手な行動は許さん! 今すぐクラリッサを地下に戻せ!!」
顔を真っ赤にして怒る父親に反抗することがどういうことかエヴァンもわかっていないわけではない。子供の頃に一度受けた折檻を思い出して震えることもあった。もう二度とあんな痛みと恐怖はごめんだと逆らわないようにしていたが、自分の恐怖のために妹を犠牲にすることが正しいことであるはずがないとこの歳まで気付けなかった自分を恥じたまま生きたくはないとクラリッサをゆっくり地面に下ろして顔を上げる。
「もうクラリッサを解放してやれ」
「誰に向かってそんな口を利いているんだ!」
「クラリッサは玩具じゃない! 血の通った人間だ! それを笑うだけの人形にしたのは俺たちだ! それこそ許されることじゃないだろう!」
「親のために生きるのが子の宿命! おかしなことではない!」
「クラリッサはもう自由に生きていいんだ。父上の道具になるのはもう終わりだ」
「エヴァン、後悔することになるぞ。王位を継げないお前に価値などないんだからな!」
価値と口にした父親にエヴァンが声を上げて大笑いする。中にも外にも響き渡るほどの大声で笑うエヴァンに父親が身体を怒りで震わせる。
「価値は父親につけてもらうもんじゃないからいいんだ。俺の価値は俺ではなく国民がつけてくれる。俺は父上のために生きるんじゃなく、国民のために生きるんだからな」
頭だけで湯を沸かせそうなほど真っ赤に染まった父親の顔が破裂しそうな勢いで何かを捲し立てているが、エヴァンはそれを無視して振り向いた。
「俺がしてやれるのはここまでだ」
「お兄様、あんなことを言ったらきっと……」
「いいんだよ、もう怖くないんだ。振り下ろされる鞭を掴んで投げ捨てることができる大人だってもっと早く自覚すべきだった。ごめんな」
何度も何度も首を振る妹を抱き締めると背中に回る腕がジャケットを強く掴んで震わせる。兄として妹のためにできたこれが最初で最後であることが情けないが、エヴァンは笑顔だけは見せ続けようと決めていた。
「ねえ、リズたちずーっと味方だからね!」
「リズの味方は俺らがするから」
「姉さん、会いに行くからね。暮らす場所が決まったら教えて。デイジーとかに手紙出してさ」
リズとダニエルとロニーが駆けつけ、ここから旅立つための見送りに声をかける。
デイジーと同じで、ここから出てしまえば戻ることは許されない。クラリッサがここを出るということはクラリッサが守ってきたもの全てを犠牲にするということ。許されるのだろうかと戸惑うクラリッサの肩を押して離したエヴァンが問いかける。
「王子様が迎えに来る、だったか?」
「え? ……エイベル……」
指差すほうを見れば立っていたのは黒い皮膚を持つ男。愛しくて会いたくてたまらなかった男が微笑んでいる。
「おいで、クラリッサ」
エイベルが両手を伸ばすとクラリッサはそれに向かって走り出した。随分と地面を歩いていなかった足はもつれて転びそうになるのをなんとか堪えて駆けつけ飛びついた。
大きな身体、温もり、匂い……その全てが彼だと証明している。
「すまなかった。俺はお前をひどく傷つけた。お前を愛する資格などないかもしないが、俺にはお前しか──ッ!」
最後まで聞く前にクラリッサは感情のままに唇を重ねた。それに応えるようにエイベルからも唇を押し付け、何度も食み合う。
「愛してるの。あなた以外考えられないわ、エイベル」
「俺もだ。お前が鑑賞用かどうかなどどうだっていい。クラリッサ、お前を心から愛してる」
庭まで追いついた父親の怒鳴り声に振り向いたクラリッサが微笑んで父親を見つめ、最初で最後の暴言を告げる。
「イリオリス」
それがなにを意味する言葉なのか父親は知っていた。
「エルフ語など使うな!!」
「さよなら、お父様。もう二度と会うことはないでしょう。どうか、今後の人生、一つ一つの選択を間違えませんよう」
「ふざけるな! お前にいくらつぎ込んだと思ってるんだ! リズに全て負担がいくんだぞ! 妹を犠牲にするのか!? お前の役目は──うごッ!」
脅そうとする父親の口を塞いだのはエヴァンの拳。まだ完治しきっていない父親の傷の上から更に新しい傷をつけた。
「お前の人生だ、クラリッサ」
「お元気で」
またねと言ってくれるきょうだいに手を振れば、二階の窓に立っているウォレンに気付いた。ウォレンが大きく手を振ることはなかったが、クラリッサはウォレンと見つめ合いながらしっかりと手を振った。エヴァンがここに連れ出してくれるまでの間、時間を稼いでくれたのはきっとウォレンだとわかっていた。
嬉し涙を流すのは久しぶりだが、今は我慢しないことにした。
「アイレ」
エイベルが名を呼ぶと現れたアイレが毛布ほど大きな布を広げて二人を包んだ。その場で姿を消したように見えた家族はようやく一つの悲しい物語が終わりを迎えたのを感じ、それがどこかとても晴れ晴れとした気分にさせてくれていた。
互いに笑顔を向け合い、これでよかったのだと心の中で全員が思うと同時に変えなければならないのだとも自覚する。
そのために必要な頭脳は役割を終えた。あとは実行するだけだと二階を見上げたエヴァンが不敵な笑みを浮かべた。
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