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リズの抵抗

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「パパッ!!」
「ッ!? ノックをしなさい!」
「リズ、マナーだぞ」
「うるさい」

 ノックもなしに大きな音を立てて開いたドアに驚き、その直後に入ってきたリズが犯人だと知ると安堵して怒った父親の前で仁王立ちをした。部屋のソファーに腰掛けているエヴァンにピシャリと言い放つ。

「な、なんだ?」
「ねえを外に出して」
「会いに行ったのか?」

 怒気を含む問いかけにリズは頬を膨らませて頷く。

「会いに行くなと言っただろう!」
「リズがねえに会いに行っちゃダメな理由なんてないし!!」
「クラリッサは浄化中なんだ!」
「ねえは穢れてない!」
「ダークエルフと関係があったんだぞ! 穢れてないわけがないだろう!」
「ねえは今日もキレイだった! 努力して努力してキレイを保ってきたねえを見たらダークエルフだって好きになるよ! そんなの当然なの!」
「お前は何もわかっちゃいないんだ!」

 父親は何かあればいつもそう言う。わからないだろう、わかっちゃいないと繰り返し、リズが賢くないのを理由に話そうとしない。
 リズも今まではそれで納得していた。ダニエルにも『どうせ理解できないんだからムリして理解しようとしなくていい』と言われ、難しいことは苦手だと自覚があるため深く話をしようとはしなかったのだが、今回ばかりはそうも言ってられない状況となった。
 覚悟を決めてきたのだ。大好きな父親に反抗する覚悟を。

「パパは間違ってるよ」
「私が間違ってるだと!? バカを言うな!!」

 父親が大声を張り上げる度にエヴァンが不愉快だと顔に書く。リズにやめろと目で訴えかけるがリズはエヴァンを見ようとはしない。

「ねえを幸せにしてくれる人なら誰だっていいじゃんってリズは思うよ。逆に、ねえが幸せになれない人が相手なら結婚なんてしなくていいと思う。だって好きな人と結婚できることが幸せでしょ? パパ、前に言ってたもん。女の幸せは結婚だって」

 まだこの家が穏やかだった頃、父親は皆で食卓を囲いながらこう言った。

『女の幸せは結婚することだ。結婚できん女に価値はない。子供を残せん女など尚更だ』と。その結婚を許そうとしない父親は間違っているとリズは指摘するが、父親は「それなりの身分ある男とだ!」と怒鳴る。

「お前は何もわかっていないだけだ! ダークエルフと人間が交わるなどそんなおぞましいこと、考えるだけで吐き気がする!!」
「パパはさ、ねえの結婚に関係ないでしょ?」
「父親が関係ないわけないだろ!!」

 テーブルを叩いて怒鳴る父親の前で両耳に指を突っ込んで塞ぐという品性の欠片もないやり方を見せるリズに父親の身体が怒りで更に震える。

「ねえはずーっとパパの言うこと聞いてくれたのに、どうしてパパはたった一つのお願いも聞いてあげないの?」
「クラリッサが私に何を頼んでいると言うんだ!? デイジーのように結婚を許してほしいと伝えてくれとお前に言ったのか!?」
「ううん、ねえは何も言わないよ。いつもそうだもん。ねえはいつも笑顔なの。しんどくても、辛くても、悲しくても、ずーっと笑顔。リズたちが心配しないようにって笑顔でいてくれるの。それってすごくしんどいことだよ。リズは絶対にできない。悲しいときは泣くし、しんどかったらバタンキューするし、辛かったら叫ぶ。でも、ねえは違う。笑顔でいることが仕事だって思ってるから、そんなこともできない。そうなったのは全部全部全部全部、パパのせいだよ」
「なんだと!? お前の姉をあそこまで輝かせたのは誰だと思っている!! 私だ!! 私の努力あってのことだぞ!!」

 違うと首を振るリズ。

「ダークエルフがパパになにしたの? 叩いたの? 悪口言ったの? 何もされてないのにどうしてパパはダークエルフが嫌いなの?」
「奴らは悪魔だ!」
「悪魔じゃない、ダークエルフだよ」
「私たちの先祖に何をしたのかお前も学校で習っただろう!!」

 授業では飽きるほど習った。過去にダークエルフが人間に何をしたのか、人間とダークエルフの間に何があったのか。でもリズにはよくわからなかった。教師が言うことも、教科書に書いてある内容も、それを正しいこととして受け取ることできなかったのだ。

「でもリズたちには関係ない。ずーっと前のおじいちゃんにされただけでリズがされたわけじゃないから、リズはダークエルフのこと嫌いじゃないもん」
「ッ~~このバカがッ! お前の足りない脳みそではあんな簡単なことも理解できんのか!!」
「リズはバカだけど、ねえの気持ちはわかるもん。勉強は好きじゃないし、勉強できないし、学校でも落ちこぼれだけど、ねえが抱えてる気持ちはわかるもん。辛いってことわかるもん! パパとは違うもん!」
「お前に何がわかるんだ! ロニーよりもバカなその脳みそでお前が何を理解していると言うんだ!? ああ!?」

 聞き苦しい父親の怒声にエヴァンは目を閉じるが、護衛の二人は目を閉じず、国王の醜態を見つめている。

「ねえの王子様が誰かってこともわかってる」
「アイツのことを言ってるんじゃないだろうな!? 私を、この私をこんな目に遭わせた、あのゴミのことを言ってるんじゃないだろうな!?」

 今もまだ顔の腫れが引いていない酷い顔を指差しながら怒鳴る父親にリズは平然と頷く。

「そうだよ」
「ッ~~~~~~!! このバカ娘がッ!! お前のようなバカな女が娘であることが恥だ! あんな女から生まれたせいで娘はどうしようもないクズに育ってしまったんだ!! 反省しろッ!!」
「嘘だろ!? やめろ!!」

 娘と話しているときに掴むものではないだろう灰皿を手にした父親がそれを振り上げ、迷わず娘に向かって力を込めて投げた。それが当たればどうなるかなど考えずともわかるだろうことも父親の頭にはなかった。慌てるエヴァンが手を伸ばしたときには既に灰皿は父親の手から離れており、大声を上げるもそれがリズに当たることなく宙で直角に落ちて絨毯の上で粉々になった。

「なんのつもりだ!!」

 護衛の一人が剣を抜き、飛んできた灰皿を剣で叩き落としたのだ。リズの後ろに立っていたはずの護衛の一人がリズの前に立っている。

「アーティー?」

 今その呼び方はやめてくれと言いたかったが、憤怒している国王から目を離すわけにもいかずアーテルは剣をしまわず姿勢を正した。

「申し訳ございません。ただ、リズ王女が顔にアザでも作って表に出れば大騒ぎになることは明白。来月には彼女の生誕祭がありますし、本人が欠席するわけにはいきません。病欠にしても大騒ぎは避けられません」

 冷静に話してはいるが、二人が向ける覇気には怒りが込められている。

「誕生祭だと? ここまで私をコケにしておいてそんなくだらんもんを開催すると思っているのか!? リズ!! 私がお前にいくら金をかけたかわかっているのか!? デイジーよりもずっと金をかけてやった恩を忘れたのか!」
「リズそんなお願いしてない。パパが勝手にしてただけだもん」
「なんだと!? だったらお前にかけた金を今すぐこの場で耳を揃えて返せ!!」
「やだ、お金ないもん。それに、子供が親の言うこと聞くのが当たり前って言うなら親も子供のために色々するのって当たり前のことじゃないの?」
「生意気言うな!! お前のような──ッ!?」

 今度は傍にあったレターオープナーを手に取ったことでアーテル下げていた腕を持ち上げて剣先を国王に向けた。

「同じことは繰り返されませんよう、お願いします」

 その手を灰皿と同じように動かすことはカッとなった、では済まされない行為だ。下手に出てはいるが、伝わってくる「父親と言えど許さない」の言葉なき意思。
 彼らの仕事は国王に媚へつらうことではなく、リズの護衛。二人は国が所有する騎士団からの派遣ではなく、国の中で自立している騎士団から派遣された者。二人にとって主人は国王ではなく騎士団長であり、リズである。国王は三番目かそれ以下。だからこうした行為に躊躇はない。

「リズ、パパのこと大好きだよ」

 ありえないことだとわかってはいるが、万が一を考えたニヴェウスに片腕で抱き抱えられていたリズがその身体をゆっくりと押し離してもう一度父親を顔を合わせる。

「でもリズが好きなパパはね、こんなふうにすぐ怒るパパじゃなくてお調子者のパパなの。最近のパパはずっと怒ってる。ねえが言うこときかないって怒って、デイジーのパン屋さんのことで怒って、もう一回ねえのことで怒ってる。デイジーも、ねえも、王子様を見つけたのにパパが全部壊そうとしてる」
「私はお前たちの幸せを考えて言ってるんだ!!」
「リズの幸せも、デイジーの幸せも、ねえの幸せも、パパの物じゃないよ。パパがまだまだ自慢したいからって勝手に決めないで」
「お前のようなバカに何を話したところでどうせ理解はできん!! 私は親として我が子の幸せだけを考えて生きてきたんだ!! そんなことも理解できんバカが私に説教か!?」
「パパの考えを理解しようなんて思ってないもん。絶対理解できないし。でも、ねえの幸せの邪魔はさせないから」
「どうするつもりだ? お前のような頭足らずが、父親である私にどう対抗するつもりだ!?」

 言葉をぶつけられているリズよりも護衛のほうが怒りでどうにかなりそうだった。
 デイジーを守るときも護衛はリズの後ろに立っていた。リズは自他共に認めるほど頭が悪く、理解力が乏しいため何を話しても「なんで?」と聞く。納得できるまで何十回でも繰り返される「なんで?」にリズと接した人間の誰もがうんざりするが、だからといってここまで貶していい理由にはならない。ましてや『親として我が子の幸せだけを考えて生きてきた』と豪語する父親なら尚更だ。

「パパには教えない」
「ハッ! ないから言えんだけだろう! お前に策など練られるはずがないのだからな!」

 まだなんの策もないため図星を突かれて黙り込むが、また頬を膨らませて不満を顔に出す。

「いいか、お前の婚約者を決めるのも私だ。お前が誰を王子様などと思い込もうが、私が決めた相手と結婚するんだ」
「やだ。絶対にしない。リズの王子様はリズが決めるもん」
「お前がなんと言おうが変わらん! お前のようなバカ娘の貰い手を探すだけでも苦労するんだ! 親の手を煩わせることより喜ばせることをしてみせろ!」
「子供の幸せを喜ばせない親が言うことじゃないね」
「ッ~~~~~!! 出ていけ!! お前もクラリッサと同じように部屋に閉じ込められたいのか!!」
「パパのわからずや! バカ!!」

 その場で数回地団駄を踏むことで怒りを表してから部屋を出ていったリズを追いかける騎士は一応ドアをくぐる前に一礼してから出て行こうとする背中に怒声を浴びせる。

「お前らはクビだ!!」
「では、騎士団にそう通告してください」

 振り返らずに出ていった無礼さにまた怒りで身体を震わせ大声を上げながら机を叩き続けた。

「あそこまで言われて悔しくねぇのか?」

 涙を流さなかったリズを部屋まで送ってからようやく口を開いたアーテルの問いかけに勢いよく振り返ったリズが声を上げる。

「悔しいよ! どうしてあんな言い方されなきゃいけないの!? ねえはずっと我慢してきたんだよ!? リズたちがそうさせたんだよ!? どうして幸せになれるのに邪魔するの!?」

 リズは姉をボロカスに言われたことに怒っていたが、アーテルは違うと首を振る。

「俺はお前のこと言ってんだ。あんだけバカって言われて悔しくねえのかって」
「だってリズがバカなのは本当だもん。でも、ねえはバカじゃない。キレイで、優しくて、強くて、でも本当は泣き虫さんなの。昔、ねえが部屋で泣いてたの知ってる。毎日毎日泣いてた。でもリズが声かけるとね、ねえはいつも笑うの。パパだけじゃない、リズたちもねえが泣けないようにした犯人なの。ダークエルフが撃たれてあんなに泣くんだもん、ねえの特別で大事な人だってわかるよ。騙されてるんじゃない。エイベルは、ねえの王子様だよ」
「そこまで考えられるお前もバカではないな」

 涙は滲んでいないが、泣くのを我慢しているのが震えでわかる。それでも泣かないのは姉であるクラリッサが優しさを見せたせい。泣きたいのはは自分ではなく姉だと拳を握って必死に堪えているリズを二人が抱きしめ背中を撫でれば背中に回ったリズの手が二人の服を強く握る。

「リズの頭だけじゃ足りないから協力して。ねえを王子様に届けたいの」
「そうだな」
「王女様の願いは断れん」

 ありがとうと涙してしまう情けなさにまた泣いてしまいながらもリズは二人を頼って考え始めた。
 慣れてしまった諦めをさせないように、迎えに来た王子様へ届けるために。
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