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新事実

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「契約は更新しているのではなく、確認しているだけだ。変わるまで有効とされている契約を長が代われば確認がある。だからお前の父親が国王になったとき、俺はお前の父親と合わせたくもない顔を合わせて契約内容の確認をした。一度だけだ。もう二度とすることはないだろう」

 忌々しいと言いたげな表情へと戻ってしまったエイベルの眉間を撫でると手を掴まれて手のひらに口付けられる。そのままため息を押し付けられる熱さに眉を上げながらも今度はクラリッサがエイベルを抱きしめた。

「昔はダークエルフも自由に外を闊歩してたの?」
「人間とダークエルフは共存していた。ハイエルフやエルフよりも仲が良かったんだ」

 一つの事が原因で仲がこじれてしまう。それはまるで自分とデイジーのようだと思った。
 人間が欲をかかなければ良好な関係は今も続いていたかもしれない。ダークエルフと人間が恋をすることもあったかもしれない。愛が何かを知り、家族というものができていたかもしれない。それを壊したのは人間なのだ。己が愚かさを恥じることもせず、手に入らないのなら所有者を閉じ込めてしまえと言わんばかりに交わされた契約。
 同じ人間というだけではなく、自分の先祖がそうしたのだと思うと申し訳なくてたまらなかった。

「ダークエルフの味方がいないのはどうして?」
「人間同士でも争うのと同じだ。同じ種族だろうと仲良くできるわけではない」
「残念ね」

 どうせなら仲良くすればいいのにと思うが、家族でさえ仲良くできない者がいるのに種族という幅広いものになれば全員が手を繋いで仲良くできないのも当然のことだとして納得する。

「人間とはもう仲良くしない?」
「この身一つで戦ったエルフに平気を持ち出した剣と銃、弓、大砲まで持ち出した人間ともう一度手を取り合う日は何百年経とうと来ないだろうな」
「人間はあなたたちにひどいことをしたのね」

 エイベルに黙って森を訪れた際に女たちが嫌な態度を取ったのも今ならわかる。面白くないのだ。自分たちの長が人間を気に入っている。しかもその人間は世界から鑑賞用と呼ばれる不出来な女。

「でもどうしてここにだけ森ができたの?」

 城下町よりもずっと高い場所にあるが、そこに森があるのは変だと思っていたクラリッサの頭に軽いチョップがお見舞いされる。

「ここら一帯は全て森だった。お前の先祖が森を潰してあの屋敷を建てたんだ」
「そう、なの?」
「契約によって森が我らの住処と認められたことでこれ以上の開拓はなしになったがな」

 どういう表情でエイベルを見ればいいのかわからず困ってしまう。森が潰されたということは彼らの家が狭くなったということ。自分がいま住んでいる屋敷の場所に住んでいたダークエルフは別の場所に追いやられてしまったということだ。

「お前のせいではないから、お前に聞かせるのを躊躇った」
「でも、ごめんなさい。誰も謝らないだろうから私が末裔として謝ります」
「やめろ。お前に頭を下げられたところで歴史は変わらん」

 立ちあがろうとするのを腕を掴んで止められるとクラリッサにできることはなくなってしまった。

「ホワイトエルフは──」
「ホワイト? 我らがダークエルフだからエルフはホワイトをつけているのか?」
「だって、私はダークエルフ以外に会ったことはないけど、他のエルフはダークじゃないからあなたたちはダークって呼ばれるのよね? それならエルフもちゃんとホワイトエルフって呼ばないとおかしいでしょ?」

 エルフ、ダークエルフ、ハイエルフ、ハーフエルフがいると聞いた。見た目までは知らないが、黒いからダークエルフと分けられているのだろうと推測した結果の呼び方にエイベルがおかしそうに肩を揺らして笑う。

「ダークエルフと呼ばれる者がいるのだからエルフはエルフでいいだろう」
「でもダークエルフもエルフじゃない。白いエルフを呼ぶときにエルフって言ったらホワイトエルフがエルフ代表みたいになると思わない? ダークエルフだってエルフよ」

 今まで誰もそんなことは言わなかった。エルフと言えば白のほう。ダークエルフの名を口にすることすら嫌がる者が多い中でクラリッサだけが白いエルフをエルフと呼ぶのを嫌がった。大人のようで、純粋で、そういうところが愛おしいと感じるエイベルはクラリッサの顎を持ち上げて唇を重ねる。ただ軽く重ねるだけのつもりでもクラリッサは首に腕を回してくる。真っ白な輝きを放つ花を自分の色で汚した気分だった。

「俺たちは何回エルフと言ったんだ?」
「わからないわ、数えてないもの」

 くだらない会話だと思うのに、エイベルはクラリッサと交わすそのくだらなさが心地良かった。
 人間への恨み辛みを言い合うのも嫌いではない。愚かな生き物だと見下すのも習慣となっていることだが、クラリッサといるとそんな感情はどうでもよくなってしまう。
 人間がいかに愚かで脆弱で価値のない生き物か、目の前にいるクラリッサこそ、その象徴だというのにエイベルはクラリッサといる時間が好きだった。暖かくて、心地良くて、夜だけの逢瀬で終わりにしたくはないと思い始めている。
 だがそれを表に出してしまえば全てが終わる。契約も、この関係も何もかもが終わりを迎え、ダークエルフの命さえ危ぶまれる。三代前の長が命を賭して戦ったあの年よりずっと開発されている人間の兵器に対抗できる武器はない。ダークエルフはいつの時代も変わらず己が身一つなのだから。
 自分の感情だけで全てを台無しにはできない。自分はダークエルフの長なのだから、守るものは少なくない。だからこそ大きなものを背負って生きているクラリッサが気になったのかもしれない。

「この国から出たい」
「連れて出てやろうか?」

 ただの戯言にエイベルは迷いなく提案を口にした。

「この、国……からよ?」
「わかってる」
「森を、捨てることになるのよ?」
「ああ」

 何を考えているのか、エイベルの心情を知るにはクラリッサはまだエイベルのことを知らない。彼はダークエルフの長で、簡単に森を捨てられるはずがない。仲間を捨てられるはずがない。それなのにエイベルはクラリッサから瞳を逸らすことなく真っ直ぐ、射抜くように見つめている。
 戸惑いを見せるのはクラリッサのほう。それでもクラリッサは笑顔を見せた。

「嬉しい」

 嘘でも嬉しかった。勇気のない王女の戯言だとわかった上での発言だとしても迷いのない言葉がただただ嬉しかった。

「嘘だと思っているのか?」

 いつもそうだ。顔にでも書いてしまうのだろうかと頬を擦るも書いてあるはずがない。ダークエルフの特殊能力だと確信するクラリッサの百面相にエイベルが笑う。

「……今日はこれで帰るわ。たくさん話をしてくれてありがとう」
「おい」

 腕を掴むエイベルの声色が少し低くなり、不満を表しているがクラリッサはその手を軽く掴んで首を振る。

「エイベル、私たちは今が大事でしょ?」
「どういう……」

 わかりたくなかった意味をすぐに理解できてしまうのが悔しかった。
 人間とダークエルフが争いを起こしたのも、ダークエルフと人間が干渉し合わないと決めたのも、ダークエルフと人間では世界が違うのも全て必然であったかのように感じてしまう。結ばれないようにしているのだと。
 人間とエルフの子であるハーフエルフにダークエルフとの子は存在しない。白いエルフと人間の子供だ。エルフは森に固執しなかったため、簡単に自分たちの領域を明け渡し、人間との共存を選んだ結果がハーフエルフの存在を生むこととなった。ダークエルフはそれをエルフが人間と同等の生き物である証拠だと嘲笑う。エイベルもそう思っているが、夢を見てしまうときがある。ここではないどこかで、クラリッサと小麦肌の子供と三人で慎ましく暮らしている光景を。
 だがそれは夢にすぎない。クラリッサが家族を鑑賞用王女をやめられないように、自分もきっと長をやめられない。

「次はどんな土産話を持ってきてくれるんだ?」

 追求せずに物分かりのいいかっこつけでいることが正解かはわからない。だが、クラリッサが考えていることがわかってしまう以上はこれ以外の方法が思いつかない。
 なんでもない顔をしながら抱えることで傷つけているかもしれないと考えるが、互いに立場がある。感情的になることは愚策でしかない。

「デイジーの婚約者にリズとダニエルが会いに行くって言ってたからそのお話かな」
「くだらん話か」
「好きでしょ?」
「誰かさんの影響でな」
「ふふっ、誰だろ?」
「さあな」

 今が大事──その言葉を噛み締めながらエイベルはいつも通りクラリッサをテラスまで送った。
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