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光る花
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「クラリッサ!?」
「ッ!? ここで降ろして」
なぜ父親が部屋にいるのかと慌てたクラリッサが一階で下ろすよう伝えるとエイベルが足を止めて地面に下ろす。
「早く帰って」
「またな」
ハープを奏でるように髪を横に撫でたエイベルが一瞬で消えるとクラリッサはその場で大きく深呼吸をしてから髪飾りを取って急いで階段を上がっていく。
カンカンと鳴る階段に父親が慌ててテラスへと出てきた。
「どこへ行っていたんだ!」
響き渡る怒声にクラリッサが眉を下げる。
「ごめんなさい。風に当たっていたら髪飾りが飛ばされてしまって下へ取りに行っていたの」
父親の目が顔から手へと向く。手に持っているのはクラリッサお気に入りの髪飾り。
「お前がいなくなったのではないかと心配したぞ」
「心配かけてごめんなさい」
「無事ならいいんだ」
父親に強く抱きしめられたことはない。今もそうだ。大声を出すほど心配していたのに軽く抱きしめるだけで、その腕からは心配が伝わってこない。
ハグで心配を感じたいわけではないが、父親でさえ自分を商品として扱うことが少し寂しかった。
「風呂に入りなさい」
「はい」
いつも森に行くのは就寝前だが、今日はエイベルが来て強制的に連れて行かれたため風呂もまだだったと思い出した。
これが就寝後であれば出来た言い訳はなかったかもしれないと思うとゾッとする。下手をすればテラスから一階へ続く階段を封鎖される可能性もあるのだから。
「今日もお前は美しいな」
「ありがとうございます」
「風呂に入ったらゆっくり休んで眠りなさい」
「はい」
父親と入れ替わりで使用人たちが入ってくると手際良くドレスを脱がせて風呂へと誘導する。
モレノスは空気が乾燥しているため汗をかきにくい。しかも城は高所にあり、風通しが良い。毎日風呂に入る必要などないが、父親は毎日入るようクラリッサにだけ命じている。エヴァンたちは汗をかかない限りは風呂には入らないと言っていた。これも差別だとデイジーは言う。
湯が張られたバスタブの中へ浸かればクラリッサはそこから微動だにしない。身体の隅々まで洗うのは使用人で、手を持ち上げ足を持ち上げ丁寧に時間をかける。洗い終わったらそこに花のオイルと花びらを落として肌にオイルを馴染ませるための時間として暫く費やす。この時間が死ぬほど退屈だった。
湯から上がってもまだ続く。水滴を拭き取ったら今度はクリームで全身保湿。その時間がまた長い。髪の保湿、肌の保湿、爪の保湿までケアの方法が全て違う。
もし自分でしなさいと言われたらクラリッサはきっと何もしない。クリームを塗ることもせず寝巻きに着替えてベッドにダイブする。そのまま四肢を大の字に放り出して朝まで眠るだろう。
仕事とはいえ、使用人たちの苦労を察すると申し訳なくなる。もし明日、クラリッサが目を覚ましたときに「肌が乾燥してるみたい」などと言えば担当した使用人は即座にクビになってしまう。
クラリッサは今まで不用意な発言で父親に何人クビにさせたか。思ったことをそのまま口にしてはいけない。乾燥していたとしても、毛先に枝毛を見つけたとしても、お気に入りの靴についた土が完全に払えていなかったとしても言葉にはしない。それが正解だと学んだ。
たった一人の王女のために大勢の使用人たちが常に気を張って生きているのは見ていて可哀想になる。
「さあ、王女様、お入りください」
「ありがとう」
「身体に違和感などございませんか?」
あったとしても口には出さない。べったりとつけられた部分が少し気持ち悪くはあるが、クラリッサは笑顔で首を振る。彼女たちがいなくなってから自分で伸ばせばいいだけだ。
「いつも丁寧に仕事をしてくれてありがとう」
「王女様の美しさを磨くお手伝いができて光栄です」
「あなたたちのおかげよ」
顔を見合わせて嬉しそうに笑う使用人たちに休むよう伝えれば頭を下げて去っていく。
もう十九年もこんな生活をしているのに、クラリッサはこの瞬間に一番の安堵を感じていた。
使用人が去り、あとは寝るだけの時間。誰も訪ねてはこない。他のきょうだいのように夜ふかしをして話をしたいが、父親によって禁じられている。それは幸か不幸か、クラリッサにこうして一人の自由時間を与えることとなった。
この時間がなければリズもロニーもこの部屋に入り浸りになっていることだろう。そしてエイベルには一生会えなかった。
彼との出会いはクラリッサの退屈な人生に色を与えてくれた貴重なもの。だから嫌われるのが怖い。勝手なことをしてはいけない。良い子でいなければならない。今回のことでそれを学んだクラリッサは今後も大人しくテラスで合図を待つことにした。
「クラリッサ! これ持ってきた!」
翌日、パッと現れたアイレがパッと取り出した一輪の花。
「これがアイレが言ってたお花?」
「ああ!」
「大丈夫だった?」
「ぜーんぜん平気だった!」
見たところアイレは無傷。自分よりも大きな花を取りに行ってくれたアイレの気持ちが嬉しく、クラリッサはさっそくその花を飾ることにした。
部屋に置いていたお気に入りの一輪挿しにピッチャで置かれていた飲料水を注いでそこに花を挿れる。
「夜になると光るんだぜ。楽しみにしてろよ」
「ええ、楽しみにしてる」
今は光っては見えない。庭に咲いている花と似ているが、夜にだけ光る特殊な花。どの程度の光を放つのだろうとまだ太陽の位置が高い今から楽しみで笑みが溢れる。
「これはなんていうお花?」
「レニス。微笑みって意味」
「微笑み……」
「夜になると光る淡い感じが微笑みっぽいからレニス」
「素敵な花ね」
「貴重なんだぜ。あんまり咲かないから」
「いいの?」
「クラリッサは特別」
アイレは簡単に言うが、自分はこの国で特別なだけであってダークエルフにとっては特別でもなんでもないただの人間。そんな自分が貴重な花をもらってしまっていいのだろうかと心配になる。いくら抜け道を知っていても貴重な花が一輪なくなっていればダークエルフは気分を害するのではないかと。
「エイベルが持っていけって言ったから大丈夫」
「エイベルが?」
妖精を見下すエイベルがよく許可を出したものだと驚いた。
「貴重な花だろうと誰にも愛でられなければ価値はない。ダークエルフに花の価値はわからないから花好きな人間にでもくれてやれって。だからオイラ、普通の道通って取りに行ったんだ」
きっと皆の前だからそういう言い方をしたんだと、なんとなくだがそう思った。
「エイベル、きっとクラリッサにあげたかったんだよ」
「花を愛でないのに?」
「だってエイベル、クラリッサのために──うわわわわわっ! わかったよ! 言わないって!」
エイベルからの怒声が飛んできたのだろうアイレが目の前にいない人物に怯えてクラリッサの髪とうなじの間に隠れる。
「エイベルがどうしたの?」
「言わない! 聞くな! 言ったらオイラ、羽がなくなっちゃう……」
「エイベルったらそんなにひどいことするの?」
「ダークエルフはヤバい奴らの集まりなんだからな!」
「ふふっ、じゃあ聞くのはやめておくわね」
森に行ったとき、確かに女エルフがそんなことを言っていた。今まで本当にそんなことをされた妖精がいるのかどうかまでは知らないが、ダークエルフは邪悪で残酷な生き物だと聞いているため否定もできないし、実際にそういう場面を見たことがないため肯定もできない。
「どのくらいで枯れちゃうのかしら?」
「百年ぐらいで枯れる」
「……百年間ずっと咲いてるの?」
「摘まなきゃ永遠に咲いてる。でもあんま咲かないから増えすぎることもないし、森が汚れなくていいってエイベルが言ってた」
「花が増えすぎると汚れるの?」
「花粉に惹きつけられて小さな生き物がやってくるんだ。アイツらは小さな生き物が嫌いだからダークエルフの森には花なんてほとんどない」
「そうだったのね」
クラリッサも虫は苦手だからわかるが、花を減らしてもらおうとは思わない。花があることによって多くの生き物を花畑で見るようになっても花畑の存在には常に癒やされている。
虫が飛んでくるのは怖い。でも花畑はそのままにしておきたい。だから虫が飛んでこようと我慢する。
ダークエルフは逆。虫が嫌いだから花を減らした。
「貴重な花をどうもありがとう」
「どういたしまして」
鼻を伸ばすように顎を上げて笑うアイレにお礼にとキャンディを少し多めに出した。持ちきれない場合はそれをその場でパッと消してしまう。一体どこへ行くのだろうかといつもそれが不思議でならない。
「ねえ、アイレ。今さっきのキャンディはどこへ行ったの?」
「オイラの空間」
「空間?」
「妖精には自由にできる個人の空間があるんだ。オイラの場合はこのぐらい」
キャンディが入っている紅茶の缶を叩いて大きさを教えるアイレはどこか誇らしげ。それを見てクラリッサは小さな拍手を送った。
本当はそれが大きいのか小さいのかもわからないが、アイレの表情で妖精の中でも大きめなのだろうと察した。
「優秀なのね」
「まあな」
アイレは感情豊かでわかりやすい。どういう意図で言っているのかと勘繰らなくても素直に話ができる。それがありがたかった。
「アイレは毎日楽しい?」
「楽しい! だってクラリッサに会えるし」
嬉しい言葉に破顔する。
「私もよ」
「じゃあオイラたちはソーシソーアイだな!」
「そうね」
初めて聞く言葉の意味をクラリッサは知らないが、それでも良い意味と捉えて同意した。
十九年生きていても知らない言葉はたくさんある。ほとんどが家族との会話から学んだものであるため家族が口にしない言葉は学べない。
きっと自分よりもアイレのほうがずっと賢いだろうとクラリッサは思った。
「明日、花の感想聞かせてくれ!」
「もう帰るの?」
「オイラ最近ちょっと忙しいんだ」
「何かあるの?」
「んー……内緒!」
「いつか教えてくれる?」
「いいぜ!」
指切りだと小指を差し出すとアイレの小さな小さな手が触れる。それを動かさずに歌だけ歌って指切りをした。
最近のアイレはふわふわと飛んで帰ることはせずパッと消えてしまう。よほど忙しいのだと察し、忙しい中で時間を割いて話し相手になってくれる優しさに胸が暖かくなった。
「これはテラスに出しておきましょう」
自然の中で咲いているのだから部屋の中よりもテラスに置いているほうが良いと花瓶を持ってテラスに出て隠すように手すりの端に置いた。
今日の楽しみはこれだけ。早く夜にならないかと何度も時計を見ては空を見上げ、何度もテラスを覗いていつ光るのかと待っていた。
「わあッ……」
就寝前の時間、テラスに出ても合図はなかった。今日はエイベルの許可はなしと頷くも寂しくはない。端に置いていた花が淡い白い光をまとっていたのだ。淡い光の中に微粒子があるのかキラキラと輝いている。
手を伸ばして触れようとしても触れられない不思議な光。完璧だと言われる自分の笑顔よりもずっと温かみがあって何時間でも見ていられる優しさがあった。
クラリッサの目尻から涙がこぼれ頬を伝う。ただ花を見ているだけなのになぜ涙が出るのだろうと不思議に思いながらもこれが感動なのだと知った。
パーティーでクラリッサを見つめながら涙を流す男性がいた。その気持ちが今ならよくわかる。
クラリッサは空が白み、花が光を消すまで何時間も花を見つめ続けていた。
「ッ!? ここで降ろして」
なぜ父親が部屋にいるのかと慌てたクラリッサが一階で下ろすよう伝えるとエイベルが足を止めて地面に下ろす。
「早く帰って」
「またな」
ハープを奏でるように髪を横に撫でたエイベルが一瞬で消えるとクラリッサはその場で大きく深呼吸をしてから髪飾りを取って急いで階段を上がっていく。
カンカンと鳴る階段に父親が慌ててテラスへと出てきた。
「どこへ行っていたんだ!」
響き渡る怒声にクラリッサが眉を下げる。
「ごめんなさい。風に当たっていたら髪飾りが飛ばされてしまって下へ取りに行っていたの」
父親の目が顔から手へと向く。手に持っているのはクラリッサお気に入りの髪飾り。
「お前がいなくなったのではないかと心配したぞ」
「心配かけてごめんなさい」
「無事ならいいんだ」
父親に強く抱きしめられたことはない。今もそうだ。大声を出すほど心配していたのに軽く抱きしめるだけで、その腕からは心配が伝わってこない。
ハグで心配を感じたいわけではないが、父親でさえ自分を商品として扱うことが少し寂しかった。
「風呂に入りなさい」
「はい」
いつも森に行くのは就寝前だが、今日はエイベルが来て強制的に連れて行かれたため風呂もまだだったと思い出した。
これが就寝後であれば出来た言い訳はなかったかもしれないと思うとゾッとする。下手をすればテラスから一階へ続く階段を封鎖される可能性もあるのだから。
「今日もお前は美しいな」
「ありがとうございます」
「風呂に入ったらゆっくり休んで眠りなさい」
「はい」
父親と入れ替わりで使用人たちが入ってくると手際良くドレスを脱がせて風呂へと誘導する。
モレノスは空気が乾燥しているため汗をかきにくい。しかも城は高所にあり、風通しが良い。毎日風呂に入る必要などないが、父親は毎日入るようクラリッサにだけ命じている。エヴァンたちは汗をかかない限りは風呂には入らないと言っていた。これも差別だとデイジーは言う。
湯が張られたバスタブの中へ浸かればクラリッサはそこから微動だにしない。身体の隅々まで洗うのは使用人で、手を持ち上げ足を持ち上げ丁寧に時間をかける。洗い終わったらそこに花のオイルと花びらを落として肌にオイルを馴染ませるための時間として暫く費やす。この時間が死ぬほど退屈だった。
湯から上がってもまだ続く。水滴を拭き取ったら今度はクリームで全身保湿。その時間がまた長い。髪の保湿、肌の保湿、爪の保湿までケアの方法が全て違う。
もし自分でしなさいと言われたらクラリッサはきっと何もしない。クリームを塗ることもせず寝巻きに着替えてベッドにダイブする。そのまま四肢を大の字に放り出して朝まで眠るだろう。
仕事とはいえ、使用人たちの苦労を察すると申し訳なくなる。もし明日、クラリッサが目を覚ましたときに「肌が乾燥してるみたい」などと言えば担当した使用人は即座にクビになってしまう。
クラリッサは今まで不用意な発言で父親に何人クビにさせたか。思ったことをそのまま口にしてはいけない。乾燥していたとしても、毛先に枝毛を見つけたとしても、お気に入りの靴についた土が完全に払えていなかったとしても言葉にはしない。それが正解だと学んだ。
たった一人の王女のために大勢の使用人たちが常に気を張って生きているのは見ていて可哀想になる。
「さあ、王女様、お入りください」
「ありがとう」
「身体に違和感などございませんか?」
あったとしても口には出さない。べったりとつけられた部分が少し気持ち悪くはあるが、クラリッサは笑顔で首を振る。彼女たちがいなくなってから自分で伸ばせばいいだけだ。
「いつも丁寧に仕事をしてくれてありがとう」
「王女様の美しさを磨くお手伝いができて光栄です」
「あなたたちのおかげよ」
顔を見合わせて嬉しそうに笑う使用人たちに休むよう伝えれば頭を下げて去っていく。
もう十九年もこんな生活をしているのに、クラリッサはこの瞬間に一番の安堵を感じていた。
使用人が去り、あとは寝るだけの時間。誰も訪ねてはこない。他のきょうだいのように夜ふかしをして話をしたいが、父親によって禁じられている。それは幸か不幸か、クラリッサにこうして一人の自由時間を与えることとなった。
この時間がなければリズもロニーもこの部屋に入り浸りになっていることだろう。そしてエイベルには一生会えなかった。
彼との出会いはクラリッサの退屈な人生に色を与えてくれた貴重なもの。だから嫌われるのが怖い。勝手なことをしてはいけない。良い子でいなければならない。今回のことでそれを学んだクラリッサは今後も大人しくテラスで合図を待つことにした。
「クラリッサ! これ持ってきた!」
翌日、パッと現れたアイレがパッと取り出した一輪の花。
「これがアイレが言ってたお花?」
「ああ!」
「大丈夫だった?」
「ぜーんぜん平気だった!」
見たところアイレは無傷。自分よりも大きな花を取りに行ってくれたアイレの気持ちが嬉しく、クラリッサはさっそくその花を飾ることにした。
部屋に置いていたお気に入りの一輪挿しにピッチャで置かれていた飲料水を注いでそこに花を挿れる。
「夜になると光るんだぜ。楽しみにしてろよ」
「ええ、楽しみにしてる」
今は光っては見えない。庭に咲いている花と似ているが、夜にだけ光る特殊な花。どの程度の光を放つのだろうとまだ太陽の位置が高い今から楽しみで笑みが溢れる。
「これはなんていうお花?」
「レニス。微笑みって意味」
「微笑み……」
「夜になると光る淡い感じが微笑みっぽいからレニス」
「素敵な花ね」
「貴重なんだぜ。あんまり咲かないから」
「いいの?」
「クラリッサは特別」
アイレは簡単に言うが、自分はこの国で特別なだけであってダークエルフにとっては特別でもなんでもないただの人間。そんな自分が貴重な花をもらってしまっていいのだろうかと心配になる。いくら抜け道を知っていても貴重な花が一輪なくなっていればダークエルフは気分を害するのではないかと。
「エイベルが持っていけって言ったから大丈夫」
「エイベルが?」
妖精を見下すエイベルがよく許可を出したものだと驚いた。
「貴重な花だろうと誰にも愛でられなければ価値はない。ダークエルフに花の価値はわからないから花好きな人間にでもくれてやれって。だからオイラ、普通の道通って取りに行ったんだ」
きっと皆の前だからそういう言い方をしたんだと、なんとなくだがそう思った。
「エイベル、きっとクラリッサにあげたかったんだよ」
「花を愛でないのに?」
「だってエイベル、クラリッサのために──うわわわわわっ! わかったよ! 言わないって!」
エイベルからの怒声が飛んできたのだろうアイレが目の前にいない人物に怯えてクラリッサの髪とうなじの間に隠れる。
「エイベルがどうしたの?」
「言わない! 聞くな! 言ったらオイラ、羽がなくなっちゃう……」
「エイベルったらそんなにひどいことするの?」
「ダークエルフはヤバい奴らの集まりなんだからな!」
「ふふっ、じゃあ聞くのはやめておくわね」
森に行ったとき、確かに女エルフがそんなことを言っていた。今まで本当にそんなことをされた妖精がいるのかどうかまでは知らないが、ダークエルフは邪悪で残酷な生き物だと聞いているため否定もできないし、実際にそういう場面を見たことがないため肯定もできない。
「どのくらいで枯れちゃうのかしら?」
「百年ぐらいで枯れる」
「……百年間ずっと咲いてるの?」
「摘まなきゃ永遠に咲いてる。でもあんま咲かないから増えすぎることもないし、森が汚れなくていいってエイベルが言ってた」
「花が増えすぎると汚れるの?」
「花粉に惹きつけられて小さな生き物がやってくるんだ。アイツらは小さな生き物が嫌いだからダークエルフの森には花なんてほとんどない」
「そうだったのね」
クラリッサも虫は苦手だからわかるが、花を減らしてもらおうとは思わない。花があることによって多くの生き物を花畑で見るようになっても花畑の存在には常に癒やされている。
虫が飛んでくるのは怖い。でも花畑はそのままにしておきたい。だから虫が飛んでこようと我慢する。
ダークエルフは逆。虫が嫌いだから花を減らした。
「貴重な花をどうもありがとう」
「どういたしまして」
鼻を伸ばすように顎を上げて笑うアイレにお礼にとキャンディを少し多めに出した。持ちきれない場合はそれをその場でパッと消してしまう。一体どこへ行くのだろうかといつもそれが不思議でならない。
「ねえ、アイレ。今さっきのキャンディはどこへ行ったの?」
「オイラの空間」
「空間?」
「妖精には自由にできる個人の空間があるんだ。オイラの場合はこのぐらい」
キャンディが入っている紅茶の缶を叩いて大きさを教えるアイレはどこか誇らしげ。それを見てクラリッサは小さな拍手を送った。
本当はそれが大きいのか小さいのかもわからないが、アイレの表情で妖精の中でも大きめなのだろうと察した。
「優秀なのね」
「まあな」
アイレは感情豊かでわかりやすい。どういう意図で言っているのかと勘繰らなくても素直に話ができる。それがありがたかった。
「アイレは毎日楽しい?」
「楽しい! だってクラリッサに会えるし」
嬉しい言葉に破顔する。
「私もよ」
「じゃあオイラたちはソーシソーアイだな!」
「そうね」
初めて聞く言葉の意味をクラリッサは知らないが、それでも良い意味と捉えて同意した。
十九年生きていても知らない言葉はたくさんある。ほとんどが家族との会話から学んだものであるため家族が口にしない言葉は学べない。
きっと自分よりもアイレのほうがずっと賢いだろうとクラリッサは思った。
「明日、花の感想聞かせてくれ!」
「もう帰るの?」
「オイラ最近ちょっと忙しいんだ」
「何かあるの?」
「んー……内緒!」
「いつか教えてくれる?」
「いいぜ!」
指切りだと小指を差し出すとアイレの小さな小さな手が触れる。それを動かさずに歌だけ歌って指切りをした。
最近のアイレはふわふわと飛んで帰ることはせずパッと消えてしまう。よほど忙しいのだと察し、忙しい中で時間を割いて話し相手になってくれる優しさに胸が暖かくなった。
「これはテラスに出しておきましょう」
自然の中で咲いているのだから部屋の中よりもテラスに置いているほうが良いと花瓶を持ってテラスに出て隠すように手すりの端に置いた。
今日の楽しみはこれだけ。早く夜にならないかと何度も時計を見ては空を見上げ、何度もテラスを覗いていつ光るのかと待っていた。
「わあッ……」
就寝前の時間、テラスに出ても合図はなかった。今日はエイベルの許可はなしと頷くも寂しくはない。端に置いていた花が淡い白い光をまとっていたのだ。淡い光の中に微粒子があるのかキラキラと輝いている。
手を伸ばして触れようとしても触れられない不思議な光。完璧だと言われる自分の笑顔よりもずっと温かみがあって何時間でも見ていられる優しさがあった。
クラリッサの目尻から涙がこぼれ頬を伝う。ただ花を見ているだけなのになぜ涙が出るのだろうと不思議に思いながらもこれが感動なのだと知った。
パーティーでクラリッサを見つめながら涙を流す男性がいた。その気持ちが今ならよくわかる。
クラリッサは空が白み、花が光を消すまで何時間も花を見つめ続けていた。
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