23 / 71
我慢の限界
しおりを挟む
あれからずっとエイベルを避け続けている。テラスに出ることもせず、風に当たりたいときは窓を開けるだけにした。光が見えると辛くなるから。
静寂が漂う夜、クラリッサの楽しみはなくなってしまった。
だが、孤独というわけではない。
「眠れないのか?」
彼がいる。クラリッサに初めてできた友人だ。
「私、もともと眠りがとても浅いの」
「オイラはいつもぐっすりだぞ」
「ふふっ、羨ましい」
泣き腫らした目で家族を驚かせた日からクラリッサは精神安定剤と睡眠薬を処方された。父親は余計な物を入れたくないと言っていたが、飲ませずにまた泣かれても困る。最も困るのは泣き腫らした瞳ではパーティーに出席できないことだ。
皆がクラリッサを見に、鑑賞用王女の美しさを見に足を運ぶ。主役をリズやデイジーに変えてもクラリッサほどの集客は期待できないだろう。父親にとってクラリッサが完璧でなくなることは最大限避けなければならなかった。
十日ほど試して三日止める。それで問題がなければ薬はナシとなり、今日から飲まなくて良くなったのだが、案の定眠れなくなった。
大したことではない。人のテリトリーに勝手に入ったのだから怒られて当然だ。恋人ではなかったのだから周りに他に女性がいて当然だ。鑑賞用王女なのだから鑑賞されてお当然だ。
その言葉を何百回繰り返しただろう。自分を納得させるために自分に言い聞かせ続けても辛さが消えない。
「エイベルが呼んでる」
「聞こえるの?」
「うん」
「そう、じゃあ行ってあげて」
「オイラじゃなくてクラリッサのこと。呼んでくれって」
そう、じゃあ行くわ。とは言えない。エイベルの顔を見て笑える自信がないのだ。だからクラリッサは黙って首を振るだけ。アイレはそれを察してくれる。
エイベルにはもう会わない。彼に出会う前の日常に戻ればこの胸の痛みも消え、泣くこともなくなるはずだと考えた。
きっとこの会話も聞こえているだろうが、エイベルは直接部屋を訪れることはしない。だから安心して断れる。もう一度怒られるようならクラリッサはまた泣くことになってしまう。
「オイラ、この部屋好きだな。風の通りが気持ちいいや」
「私もよ。風が気持ちよくて大好きよ。景色もいいし」
「花がたくさん咲いてるけど、クラリッサは花が好きなのか?」
「ええ、大好き。花を見てると癒される。だから部屋にも花を飾ってもらってるの」
デイジーやリズのように本棚がない分、余っているスペースに花台と花瓶を置いて、贈り物で受け取った花や朝摘みの花を飾ってもらうとその日一日の気分が良くなる。
「じゃあ明日はオイラが花を持ってきてやるよ! あの森の奥には夜にだけ咲く花があるんだぜ! クラリッサに持ってきてやる!」
「大丈夫? ダークエルフの道を通らない?」
「大丈夫!」
大きな声で返事をしたが、ふわふわと浮いて耳元までやってきたアイレがこっそり耳打ちする。
「オイラ、ダークエルフにバレずに行く方法知ってるんだ」
エイベルに聞かれないようにするためだとすぐにわかった。偉いのはダークエルフばかりではないと言いたげに胸を張る様子にクラリッサが声を抑えて笑う。
「アイレが花を持ってきてくれるなんて嬉しい。楽しみに待ってるわ」
「すげーキレイだから驚くぞ」
約束だと差し出した小指にアイレが手を触れさせる。
ダークエルフの森には幻想的な灯りがあった。炎とはまた違った淡い光。蝋燭があるようには見えなかったが、アイレも夜になると淡い光を纏うため妖精でもいたのだろうかと思っている。
そんな妖精がキレイだという花はどういったものだろうかと期待が高まる。
「う~……」
急に耳を押さえて唸り始めるアイレにクラリッサが手を伸ばす。
「どうしたの?」
「……なんでもない……」
なんでもないという感じではない。明らかに様子がおかしい。
「アイレ?」
「うるさい!」
怒声を上げたアイレに目を見開くもアイレが慌ててクラリッサの手に乗る。
「違う! クラリッサに言ったんじゃない! エイベルに……!」
ハッと口を押さえたアイレはエイベルがまだクラリッサを呼び続けていることを黙っておこうと思っていた。だが、無視すればするほどエイベルもムキになって呼びかけ続ける。クラリッサには聞こえないだけでアイレにはずっと聞こえ続けていた。
「アイレ、私が行くわ」
「行かなくていいよ! うるさい! クラリッサを傷つけたくせに調子のいいこと言うな!」
「アイレ、ムリしないで。大丈夫だから」
「いいんだよ! 俺平気だから!」
どういう原理で繋がっているのかはわからないが、エイベルの声はアイレに届いている。クラリッサがここでエイベルに呼びかけることはできても返事が聞こえない。
立ち上がり、避けていたテラスに出ようとするのを止められると困った顔で振り向くクラリッサにアイレは何度も首を振った。
「エイベルやめて。アイレを怒らないで」
再び椅子に腰掛けたクラリッサがエイベルに声をかける。どういう返事をしているのかはアイレにしかわからず、顔を向けると不服そうに頬を膨らませて拗ねた顔をしていた。
「話をさせろって言ってる」
話はしたくない。話すことなんてもうない。あの笑顔が見られないのでは世間話などできるはずもないのにエイベルは何を話すというのか。
「誤解しているなら解きたいって」
「……誤解なんてしてない。私たちはただの知り合いで、恋人でも婚約者でもない。あなたが誰とどこにいようと私にそれを説明する義理はないし、何人の女性といようと関係ない。誤解はないわ」
「お前に放った言葉の意味を説明したいってさ。あんなひどいこと言っといて説明だって。言い訳の間違いだろ」
「アイレ、怒られるようなこと言わなくていいの」
アイレの嫌味の言い方はまるでダニエルのようで、思わずダニエルにする注意の仕方でテーブルを爪で軽く叩いた。
「ごめんなさい、エイベル。人間の私がダークエルフの森に足を踏み込んだのが間違いだったの。行くべきじゃなかった」
「……そんなこと言うなよ。オイラ、クラリッサに会えて嬉しかったのに」
「ああ、そうね、ごめんなさい」
全ての出会いが間違いだったとは思わない。エイベルと出会って勘違いさえしなければこんなにも傷つくことはなかったのだ。気持ちが通じ合っているようにテラスに出れば彼に会えたから彼が気にかけてくれていると勘違いしてしまった。彼の特別な存在になれた気がして。
だが、行かなければアイレには出会えなかった。突然現れた妖精だが、彼曰くクラリッサを知ったのはクラリッサが森に来たことで森の空気が変わり様子を見に行ったとき。人間が入れば空気が変わる。妖精は街に出て食べ物を漁るため人間を珍しがることはなくとも森の中に入ってきてダークエルフと話をする姿は一度も見たことがない。ましてや長であるエイベルが気に入ったように話をするのものだから余計にどんな人間なのか気になった。そして姿が見えないのを良いことに部屋まで突撃したのだ。
クラリッサにとっては初めての友達。かけがえのない小さな友達。
「私はもう森には行かない。あなたたちの領域には踏み込まないって彼女たちにも伝えて」
ここで過ごしていてもアイレには会える。アイレ専用の家もあって、毎日お茶の時間を共にする。だから森に行く必要はないと断った。
これでいい。これが最善なのだと自分に言い聞かせた。
「何も言わなくなった」
耳を押さえていた手を離したアイレは笑顔ではなく不思議そうな顔。エイベルの性格はクラリッサよりアイレのほうが知っているだけに不思議そうな顔につられてクラリッサも同じ表情を浮かべるが、それでいいとすぐに頷いた。
「オイラ、今日は帰るよ」
「もう帰っちゃうの?」
「人間の仲間になったのかってうるさいんだ、アイツら。お土産持って帰ってやってんのにさ」
「ふふっ、入り浸りだものね」
今日もお土産の飴を渡す。最近、使用人に毎日飴をねだるようになった。飴もクッキーも両方食べるから用意してほしいと。それを聞いたのだろう父親が食べ過ぎになるんじゃないかと心配という名の警告をしてきたが、クラリッサは「毎日は食べていません。ただ、不安になったときに食べると安心するんです」と言って飴の獲得に成功した。
飴を手に持ってふわりと浮けば瞬きをする間に消えてしまった。今ではすっかり慣れたものだが、出会ったばかりの頃は何度見ても驚いていた。
紅茶のカップやクッキーが乗っていた皿はそのままに、朝露を入れている小瓶だけ自分の手で片付ける。いつアイレが来ても出せるようにしているのだ。
エイベルが何を言おうとしていたのか気にならなかったわけではない。誤解という言葉に含まれる意味を探りたかったが、自分の無知さは自分が一番よく知っているからと話を長引かせることはしなかった。
夜になり、テラスの窓を閉めようとしたとき、クラリッサの頭上に影が差した。一体なんだと顔を上げるとエイベルがいた。
「エイベ──ッ!?」
身体がふわりと宙に浮き、瞬きをする間に見覚えのある場所に到着した。
ダークエルフの森の中。いつもエイベルと一緒に過ごした場所だ。
「そうやって死ぬまで俺を無視するつもりか!?」
開口一番の怒声に思わず肩が跳ねた。
「お前からやってきておいて俺が注意をしたら逃げて、俺が何度呼んでもお前はそれを無視する!」
「だってエイベルが怒って──」
「怒らないと思ったか!?」
怒って当然だと何百回も思った。だからクラリッサは首を振ってエイベルを見上げると急に抱きしめられたことに目を見開いた。
「エイ、ベル……?」
「頼むから話ぐらいさせてくれ……」
なぜ怒っているほうがそんなにも辛そうな声を出すのかと戸惑ってしまう。
「俺とは話もしたくないか?」
燃える炎のように強い瞳が今日ばかりは今にも消えしまいそうなほど弱々しかった。
静寂が漂う夜、クラリッサの楽しみはなくなってしまった。
だが、孤独というわけではない。
「眠れないのか?」
彼がいる。クラリッサに初めてできた友人だ。
「私、もともと眠りがとても浅いの」
「オイラはいつもぐっすりだぞ」
「ふふっ、羨ましい」
泣き腫らした目で家族を驚かせた日からクラリッサは精神安定剤と睡眠薬を処方された。父親は余計な物を入れたくないと言っていたが、飲ませずにまた泣かれても困る。最も困るのは泣き腫らした瞳ではパーティーに出席できないことだ。
皆がクラリッサを見に、鑑賞用王女の美しさを見に足を運ぶ。主役をリズやデイジーに変えてもクラリッサほどの集客は期待できないだろう。父親にとってクラリッサが完璧でなくなることは最大限避けなければならなかった。
十日ほど試して三日止める。それで問題がなければ薬はナシとなり、今日から飲まなくて良くなったのだが、案の定眠れなくなった。
大したことではない。人のテリトリーに勝手に入ったのだから怒られて当然だ。恋人ではなかったのだから周りに他に女性がいて当然だ。鑑賞用王女なのだから鑑賞されてお当然だ。
その言葉を何百回繰り返しただろう。自分を納得させるために自分に言い聞かせ続けても辛さが消えない。
「エイベルが呼んでる」
「聞こえるの?」
「うん」
「そう、じゃあ行ってあげて」
「オイラじゃなくてクラリッサのこと。呼んでくれって」
そう、じゃあ行くわ。とは言えない。エイベルの顔を見て笑える自信がないのだ。だからクラリッサは黙って首を振るだけ。アイレはそれを察してくれる。
エイベルにはもう会わない。彼に出会う前の日常に戻ればこの胸の痛みも消え、泣くこともなくなるはずだと考えた。
きっとこの会話も聞こえているだろうが、エイベルは直接部屋を訪れることはしない。だから安心して断れる。もう一度怒られるようならクラリッサはまた泣くことになってしまう。
「オイラ、この部屋好きだな。風の通りが気持ちいいや」
「私もよ。風が気持ちよくて大好きよ。景色もいいし」
「花がたくさん咲いてるけど、クラリッサは花が好きなのか?」
「ええ、大好き。花を見てると癒される。だから部屋にも花を飾ってもらってるの」
デイジーやリズのように本棚がない分、余っているスペースに花台と花瓶を置いて、贈り物で受け取った花や朝摘みの花を飾ってもらうとその日一日の気分が良くなる。
「じゃあ明日はオイラが花を持ってきてやるよ! あの森の奥には夜にだけ咲く花があるんだぜ! クラリッサに持ってきてやる!」
「大丈夫? ダークエルフの道を通らない?」
「大丈夫!」
大きな声で返事をしたが、ふわふわと浮いて耳元までやってきたアイレがこっそり耳打ちする。
「オイラ、ダークエルフにバレずに行く方法知ってるんだ」
エイベルに聞かれないようにするためだとすぐにわかった。偉いのはダークエルフばかりではないと言いたげに胸を張る様子にクラリッサが声を抑えて笑う。
「アイレが花を持ってきてくれるなんて嬉しい。楽しみに待ってるわ」
「すげーキレイだから驚くぞ」
約束だと差し出した小指にアイレが手を触れさせる。
ダークエルフの森には幻想的な灯りがあった。炎とはまた違った淡い光。蝋燭があるようには見えなかったが、アイレも夜になると淡い光を纏うため妖精でもいたのだろうかと思っている。
そんな妖精がキレイだという花はどういったものだろうかと期待が高まる。
「う~……」
急に耳を押さえて唸り始めるアイレにクラリッサが手を伸ばす。
「どうしたの?」
「……なんでもない……」
なんでもないという感じではない。明らかに様子がおかしい。
「アイレ?」
「うるさい!」
怒声を上げたアイレに目を見開くもアイレが慌ててクラリッサの手に乗る。
「違う! クラリッサに言ったんじゃない! エイベルに……!」
ハッと口を押さえたアイレはエイベルがまだクラリッサを呼び続けていることを黙っておこうと思っていた。だが、無視すればするほどエイベルもムキになって呼びかけ続ける。クラリッサには聞こえないだけでアイレにはずっと聞こえ続けていた。
「アイレ、私が行くわ」
「行かなくていいよ! うるさい! クラリッサを傷つけたくせに調子のいいこと言うな!」
「アイレ、ムリしないで。大丈夫だから」
「いいんだよ! 俺平気だから!」
どういう原理で繋がっているのかはわからないが、エイベルの声はアイレに届いている。クラリッサがここでエイベルに呼びかけることはできても返事が聞こえない。
立ち上がり、避けていたテラスに出ようとするのを止められると困った顔で振り向くクラリッサにアイレは何度も首を振った。
「エイベルやめて。アイレを怒らないで」
再び椅子に腰掛けたクラリッサがエイベルに声をかける。どういう返事をしているのかはアイレにしかわからず、顔を向けると不服そうに頬を膨らませて拗ねた顔をしていた。
「話をさせろって言ってる」
話はしたくない。話すことなんてもうない。あの笑顔が見られないのでは世間話などできるはずもないのにエイベルは何を話すというのか。
「誤解しているなら解きたいって」
「……誤解なんてしてない。私たちはただの知り合いで、恋人でも婚約者でもない。あなたが誰とどこにいようと私にそれを説明する義理はないし、何人の女性といようと関係ない。誤解はないわ」
「お前に放った言葉の意味を説明したいってさ。あんなひどいこと言っといて説明だって。言い訳の間違いだろ」
「アイレ、怒られるようなこと言わなくていいの」
アイレの嫌味の言い方はまるでダニエルのようで、思わずダニエルにする注意の仕方でテーブルを爪で軽く叩いた。
「ごめんなさい、エイベル。人間の私がダークエルフの森に足を踏み込んだのが間違いだったの。行くべきじゃなかった」
「……そんなこと言うなよ。オイラ、クラリッサに会えて嬉しかったのに」
「ああ、そうね、ごめんなさい」
全ての出会いが間違いだったとは思わない。エイベルと出会って勘違いさえしなければこんなにも傷つくことはなかったのだ。気持ちが通じ合っているようにテラスに出れば彼に会えたから彼が気にかけてくれていると勘違いしてしまった。彼の特別な存在になれた気がして。
だが、行かなければアイレには出会えなかった。突然現れた妖精だが、彼曰くクラリッサを知ったのはクラリッサが森に来たことで森の空気が変わり様子を見に行ったとき。人間が入れば空気が変わる。妖精は街に出て食べ物を漁るため人間を珍しがることはなくとも森の中に入ってきてダークエルフと話をする姿は一度も見たことがない。ましてや長であるエイベルが気に入ったように話をするのものだから余計にどんな人間なのか気になった。そして姿が見えないのを良いことに部屋まで突撃したのだ。
クラリッサにとっては初めての友達。かけがえのない小さな友達。
「私はもう森には行かない。あなたたちの領域には踏み込まないって彼女たちにも伝えて」
ここで過ごしていてもアイレには会える。アイレ専用の家もあって、毎日お茶の時間を共にする。だから森に行く必要はないと断った。
これでいい。これが最善なのだと自分に言い聞かせた。
「何も言わなくなった」
耳を押さえていた手を離したアイレは笑顔ではなく不思議そうな顔。エイベルの性格はクラリッサよりアイレのほうが知っているだけに不思議そうな顔につられてクラリッサも同じ表情を浮かべるが、それでいいとすぐに頷いた。
「オイラ、今日は帰るよ」
「もう帰っちゃうの?」
「人間の仲間になったのかってうるさいんだ、アイツら。お土産持って帰ってやってんのにさ」
「ふふっ、入り浸りだものね」
今日もお土産の飴を渡す。最近、使用人に毎日飴をねだるようになった。飴もクッキーも両方食べるから用意してほしいと。それを聞いたのだろう父親が食べ過ぎになるんじゃないかと心配という名の警告をしてきたが、クラリッサは「毎日は食べていません。ただ、不安になったときに食べると安心するんです」と言って飴の獲得に成功した。
飴を手に持ってふわりと浮けば瞬きをする間に消えてしまった。今ではすっかり慣れたものだが、出会ったばかりの頃は何度見ても驚いていた。
紅茶のカップやクッキーが乗っていた皿はそのままに、朝露を入れている小瓶だけ自分の手で片付ける。いつアイレが来ても出せるようにしているのだ。
エイベルが何を言おうとしていたのか気にならなかったわけではない。誤解という言葉に含まれる意味を探りたかったが、自分の無知さは自分が一番よく知っているからと話を長引かせることはしなかった。
夜になり、テラスの窓を閉めようとしたとき、クラリッサの頭上に影が差した。一体なんだと顔を上げるとエイベルがいた。
「エイベ──ッ!?」
身体がふわりと宙に浮き、瞬きをする間に見覚えのある場所に到着した。
ダークエルフの森の中。いつもエイベルと一緒に過ごした場所だ。
「そうやって死ぬまで俺を無視するつもりか!?」
開口一番の怒声に思わず肩が跳ねた。
「お前からやってきておいて俺が注意をしたら逃げて、俺が何度呼んでもお前はそれを無視する!」
「だってエイベルが怒って──」
「怒らないと思ったか!?」
怒って当然だと何百回も思った。だからクラリッサは首を振ってエイベルを見上げると急に抱きしめられたことに目を見開いた。
「エイ、ベル……?」
「頼むから話ぐらいさせてくれ……」
なぜ怒っているほうがそんなにも辛そうな声を出すのかと戸惑ってしまう。
「俺とは話もしたくないか?」
燃える炎のように強い瞳が今日ばかりは今にも消えしまいそうなほど弱々しかった。
1
お気に入りに追加
110
あなたにおすすめの小説

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜
鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。
誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。
幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。
ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。
一人の客人をもてなしたのだ。
その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。
【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。
彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。
そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。
そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。
やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。
ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、
「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。
学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。
☆第2部完結しました☆
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる
雨野
恋愛
難病に罹り、15歳で人生を終えた私。
だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?
でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!
ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?
1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。
ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!
主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!
愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。
予告なく痛々しい、残酷な描写あり。
サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。
小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。
こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。
本編完結。番外編を順次公開していきます。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる