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妖精
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「妖精?」
あまりにも小さなその存在に触れていいのかもわからず、ソファーに腰掛けて顔だけ近付ける。
「お前、ダークエルフの森に何度も来てるだろ」
「ええ」
「俺もダークエルフの森に住んでるんだ」
「……ダークエルフの……赤ん坊?」
こんなに小さく生まれるのかと勝手な解釈で感動を表情に出すクラリッサに妖精がその場で抗議のジャンプを見せる。
「違う! 妖精は妖精だ! お前、妖精知らないのか?」
「有名?」
「妖精の存在は世界中で知られてるんだぞ!」
「そうなの。ごめんなさい。私、無知なの」
「そーみたいだな。ま、おいらは心が広いから許してやるよ」
口の周りに食べかすをつけながら胸を張って得意げな顔を見せる妖精にクラリッサの表情が緩む。
赤ん坊より小さいが言葉は通じる。自我を持ち、意思の疎通ができる。
初めて見る存在に不思議そうに見つめるクラリッサの顔を妖精もまたジッと見つめ返していた。
「お名前は?」
「アイレ」
「アイレ。じゃあアイレ、あなたはどうしてここにいるの?」
「甘い匂いがしたからだ」
「クッキーのこと?」
一心不乱に頬張っていたクッキーを一枚完食したアイレは今にもはち切れんばかりの腹をしているというのに、まだクッキーに手を伸ばして自分のものだと主張するように抱える。
「そうだ」
自分の身体の大きさとあまり大差ないクッキーを大事そうに抱える愛らしい姿に頭を撫でたくなったが、撫でて首が折れたらと嫌な想像が先走ったことで手を伸ばすのをやめた。
「エイベルとは知り合い?」
「知ってる。お前はエイベルのお気に入りの女だろ?」
「お気に入り……そうなの?」
嫌われていないことはわかっているが、気に入られているのかまではわからず確信ある返事ができないクラリッサにアイレが続ける。
「エイベルは人間が嫌いだ。つーか、ダークエルフは人間が嫌いだ」
「人間もダークエルフを嫌ってるわ」
「でもお前はダークエルフを嫌ってないんだろ?」
「ええ」
「エイベルも同じだ。お前のことは嫌ってない。むしろ気に入ってる。エイベルが自分のテリトリーに人を入れるなんて滅多にないことなんだぜ」
嬉しかった。いつも話すあの場所がエイベルの場所で、人間を嫌っているはずの彼が自分をそこまで入れてくれているのだと思うと表情が緩むのを隠せない。
キレイに笑うクラリッサの笑顔を見上げていたアイレが笑う。
「お前の笑顔はニンフに似てる」
「ニンフ?」
「俺たち妖精族の女神のことだ」
「女神……」
その言葉にクラリッサが笑い出す。
「女神様の笑顔に似てるなんて光栄だわ」
「嬉しくないのか?」
驚いた。笑顔でお礼を言ったはずなのにアイレはまるでクラリッサが喜んでいないような言い方をする。驚きに固まったクラリッサの前でアイレがクッキーを横に置いて胡座をかいて腕を組んだ。
「女神に似てるって言えば大体の奴らがバカみたいに喜ぶぞ」
「嬉しいわ」
「お前は嘘つきだ」
「え?」
「ちっとも喜んでないじゃないか」
なぜエイベルもアイレもわかってしまうのだろう。幼い頃から通してきたものがどうにも通用しない。それは嬉しいことだが、不安になることでもあった。
クラリッサにとって笑顔を作ること、穏やかな声色でお礼を言うことはいつもセットだった。それを完璧に作り上げれば誰もが笑顔で良い気分で帰ってくれる。問題を起こさず、笑顔で帰ってくれることがクラリッサの望み。だからいつも完璧でいられるようレッスンを続けてきたのに、二人にだけはそれが通用しない。
困った顔に変わったクラリッサが一度目を閉じてソファーの背もたれに身体を預けた。
「私はずっと、女神カロンの生まれ変わりだって言われてきたわ」
「この国の守り神、だっけ?」
「そう。美の女神カロン。お父様が勝手に言い始めたことなのに、いつの間にかそれが真実であるかのように広まって定着した。だから私を見た人は大体こう言うの。『あー! 本当だ! 女神カロンの生まれ変わりだー! こんなにも美しいのは女神カロンの生まれ変わりに違いないー!』ってね」
「バカにしてんな」
「渾身のモノマネよ。結構似てると思ってる」
顔の横に広げた手を持っていき、明らかに誇張しているオーバーな演技を見せる顔は女神カロンの生まれ変わりとは程遠いほど歪んでいて、誰が見てもバカにしていると表情だけでも伝わってくる。
渾身のモノマネと聞いたアイレが吹き出し、その場で足をばたつかせながらテーブルの上に倒れて大声で笑いだす。
「お前マジで王女様かよ! 鑑賞用王女って言われてんだろ? ぜんっぜんそうは見えねぇけど」
「普段は気取ってるの。こうやってね」
「……あー……確かに」
計算された笑顔と仕草を作って見せると笑うのをやめたアイレが納得の表情で頷く。起き上がり、再びクッキーを手にしたアイレの前にハンカチを折り畳んでから置いた。
「この上に座って。テーブルの上じゃお尻痛いでしょ?」
折り畳まれたハンカチを見つめて数秒間固まっていたアイレがクッキーを抱えたまま黙って座った。
妖精は羽によって浮力が発生しているため座っているように見えて実際は少し浮いているのだが、アイレはそれを言わなかった。気遣いが嬉しかったのだ。
「クッキーが好きなの?」
「人間のおやつは人気なんだぜ」
「あら、そうなの? じゃあアイレのためにもっとたくさん用意しておかないとね」
「いいのか!? 毎日来るぞ!」
目を輝かせながら毎日と言うアイレにクラリッサが頷いて見せる。用事はない。使用人が帰ってから眠るまで何万匹と羊を数え続けなければならない。羊という動物は見たことさえないが、数える専用の動物として存在している。それをやめてアイレがこうして部屋までやってきてくれるのであれば歓迎しない他ない。
「たくさんおやつを用意して待ってるわ」
「あれ用意してくれ! あの、あれ! 甘いやつ!」
「クッキーじゃなくて?」
「黒いやつ。こんなの」
「チョコレート?」
「それだ! あと蜂蜜。持って帰りたい」
蜂蜜の小瓶を運ぶアイレを想像するとクラリッサは吹き出しそうになった。小さな身体で運ぶ姿は蜂のようで、蜂のコスチュームを身につけている姿は愛らしかった。
想像の中とはいえ、実際に運ぶ姿を見てみたいと思い、用意することを約束した。
「エイベルは忙しい人?」
「別に。狩りしてるか、女と遊んでるかだし」
「……そう。じゃあ今日は女性と遊んでるの?」
「俺が出る前はそうだった。女が虫みたいにエイベルに群がってくんだよな」
女に不自由したことがないと自ら言っていた。あの顔を持っているのだから当然だ。誰だって見惚れるだろう。少し低めの声に囁かれたいと思うだろう。クラリッサもそうだ。
アイレが言った。『お気に入りだろ』と。“特別”ではなく“お気に入り”なだけ。知り合って間もないのだからそれも当然。期待する方がおかしい。わかっているのに胸が痛かった。
「お前もエイベルが好きなのか?」
「彼と一緒にいると楽しいの。私を王女様として扱わないし、私の嘘を見抜いてくれる」
「だってお前、嘘つくの下手くそだもん」
「普段は皆騙されるのよ? エイベルとアイレだけが見抜いたの」
「人間ってバカだもんな。あんなわかりやすい嘘が見抜けないなんてマヌケだ」
「ふふっ、そうね」
心からそう思うと頷くクラリッサにアイレが無邪気な笑顔を見せる。その笑顔を見ていると愛らしさに撫でたい気持ちが再浮上し、遠慮していた頭を撫でる行為を試みることにした。
立てた人差し指を驚かせないようゆっくりと近付けるもアイレは引かない。何をされるかわかった上で待っているようだった。
「ヘヘっ」
指を置かずにわずかに触れるだけにするとアイレの嬉しそうな声が指の下から聞こえる。
「お前は優しいな」
「クッキーあげたから?」
「それもあるけど、おいらを撫でてくれた」
「ん? ダークエルフの人たちによく撫でられない?」
「……アイツらはそんなことしねぇよ」
どこか怒気を含んでいるように聞こえた言葉に首を傾げているとアイレの唇が尖る。
「俺らを見下してんだ。妖精は何もできない無価値な存在だって」
「そんなこと……」
「実際そのとおりなんだけどさ……でもムカつく。何もできなくたっておいらたちは生きてんだ」
ダークエルフの森には数回入ったが、まだエイベル以外のダークエルフには会えていない。エイベルには少し意地悪な部分もあるが、数回の逢瀬で持った印象は“優しい”だっただけに妖精を見下すような人物には思えなかった。
そのことについてアイレが嘘をつく必要もないため全員が全員そうというわけではなく、一部のダークエルフが妖精を見下しているのだろうと理解した。人間もダークエルフも同じ。パーティーに出席しては鑑賞用王女を見て鼻で笑い悪態をつく。そういう輩はどこにでもいるのだと呆れてしまう。
「私はあなたたちの存在も知らなかったけど、今日こうしてアイレに出会えたこと、すごく嬉しい出来事だと思ってる。これは内緒だけど、お父様には鳥とお話ができるって嘘ついてるの。でもね、時間が余って虚しいから本当に鳥に話しかけてたのよ。何を言っても鳴き声しか返ってこないし意思の疎通ができないから寂しかったけど、アイレは違う。今この瞬間もすごく楽しいわ」
「おいらと話せて嬉しい……?」
「ええ、とっても」
クラリッサの目を見つめながら何度も瞬きを繰り返したあと、アイレが破顔する。
同じ場所で暮らしながら一線を引かれることの寂しさはクラリッサも知っている。顔しか取り柄がない、役に立たない、持て余すと陰口を叩かれているのを知りながらもそれが真実であるため返す言葉もない。それに不貞腐れて部屋で独り言を呟くだけ。部屋で一人になると何だって言い返せる。知る限りの汚い言葉を使って相手を叩きのめすことだって可能なのだ。だからアイレの気持ちはよくわかる。
「じゃあこれからも話し相手になってやるよ! おやついっぱい用意しとけよな!」
「抱えきれないぐらい用意しておくわ」
クッキーを持ったままその場で宙に浮いてくるくる回り続けるアイレを膝の上で頬杖をつきながら見つめる。
見ているだけでこんなにも微笑ましくなる光景があっただろうかと考え、天秤にかけられるのは弟や妹たちの成長記録だけ。それでも写真は嫌な思い出も一緒に甦らせるため、純粋に愛らしいだけのこの光景に癒されていた。
「もう一回約束!」
口約束を本当の約束にすると伸ばされた広げた小さな手に指をそっと触れさせて約束を交わした。
あまりにも小さなその存在に触れていいのかもわからず、ソファーに腰掛けて顔だけ近付ける。
「お前、ダークエルフの森に何度も来てるだろ」
「ええ」
「俺もダークエルフの森に住んでるんだ」
「……ダークエルフの……赤ん坊?」
こんなに小さく生まれるのかと勝手な解釈で感動を表情に出すクラリッサに妖精がその場で抗議のジャンプを見せる。
「違う! 妖精は妖精だ! お前、妖精知らないのか?」
「有名?」
「妖精の存在は世界中で知られてるんだぞ!」
「そうなの。ごめんなさい。私、無知なの」
「そーみたいだな。ま、おいらは心が広いから許してやるよ」
口の周りに食べかすをつけながら胸を張って得意げな顔を見せる妖精にクラリッサの表情が緩む。
赤ん坊より小さいが言葉は通じる。自我を持ち、意思の疎通ができる。
初めて見る存在に不思議そうに見つめるクラリッサの顔を妖精もまたジッと見つめ返していた。
「お名前は?」
「アイレ」
「アイレ。じゃあアイレ、あなたはどうしてここにいるの?」
「甘い匂いがしたからだ」
「クッキーのこと?」
一心不乱に頬張っていたクッキーを一枚完食したアイレは今にもはち切れんばかりの腹をしているというのに、まだクッキーに手を伸ばして自分のものだと主張するように抱える。
「そうだ」
自分の身体の大きさとあまり大差ないクッキーを大事そうに抱える愛らしい姿に頭を撫でたくなったが、撫でて首が折れたらと嫌な想像が先走ったことで手を伸ばすのをやめた。
「エイベルとは知り合い?」
「知ってる。お前はエイベルのお気に入りの女だろ?」
「お気に入り……そうなの?」
嫌われていないことはわかっているが、気に入られているのかまではわからず確信ある返事ができないクラリッサにアイレが続ける。
「エイベルは人間が嫌いだ。つーか、ダークエルフは人間が嫌いだ」
「人間もダークエルフを嫌ってるわ」
「でもお前はダークエルフを嫌ってないんだろ?」
「ええ」
「エイベルも同じだ。お前のことは嫌ってない。むしろ気に入ってる。エイベルが自分のテリトリーに人を入れるなんて滅多にないことなんだぜ」
嬉しかった。いつも話すあの場所がエイベルの場所で、人間を嫌っているはずの彼が自分をそこまで入れてくれているのだと思うと表情が緩むのを隠せない。
キレイに笑うクラリッサの笑顔を見上げていたアイレが笑う。
「お前の笑顔はニンフに似てる」
「ニンフ?」
「俺たち妖精族の女神のことだ」
「女神……」
その言葉にクラリッサが笑い出す。
「女神様の笑顔に似てるなんて光栄だわ」
「嬉しくないのか?」
驚いた。笑顔でお礼を言ったはずなのにアイレはまるでクラリッサが喜んでいないような言い方をする。驚きに固まったクラリッサの前でアイレがクッキーを横に置いて胡座をかいて腕を組んだ。
「女神に似てるって言えば大体の奴らがバカみたいに喜ぶぞ」
「嬉しいわ」
「お前は嘘つきだ」
「え?」
「ちっとも喜んでないじゃないか」
なぜエイベルもアイレもわかってしまうのだろう。幼い頃から通してきたものがどうにも通用しない。それは嬉しいことだが、不安になることでもあった。
クラリッサにとって笑顔を作ること、穏やかな声色でお礼を言うことはいつもセットだった。それを完璧に作り上げれば誰もが笑顔で良い気分で帰ってくれる。問題を起こさず、笑顔で帰ってくれることがクラリッサの望み。だからいつも完璧でいられるようレッスンを続けてきたのに、二人にだけはそれが通用しない。
困った顔に変わったクラリッサが一度目を閉じてソファーの背もたれに身体を預けた。
「私はずっと、女神カロンの生まれ変わりだって言われてきたわ」
「この国の守り神、だっけ?」
「そう。美の女神カロン。お父様が勝手に言い始めたことなのに、いつの間にかそれが真実であるかのように広まって定着した。だから私を見た人は大体こう言うの。『あー! 本当だ! 女神カロンの生まれ変わりだー! こんなにも美しいのは女神カロンの生まれ変わりに違いないー!』ってね」
「バカにしてんな」
「渾身のモノマネよ。結構似てると思ってる」
顔の横に広げた手を持っていき、明らかに誇張しているオーバーな演技を見せる顔は女神カロンの生まれ変わりとは程遠いほど歪んでいて、誰が見てもバカにしていると表情だけでも伝わってくる。
渾身のモノマネと聞いたアイレが吹き出し、その場で足をばたつかせながらテーブルの上に倒れて大声で笑いだす。
「お前マジで王女様かよ! 鑑賞用王女って言われてんだろ? ぜんっぜんそうは見えねぇけど」
「普段は気取ってるの。こうやってね」
「……あー……確かに」
計算された笑顔と仕草を作って見せると笑うのをやめたアイレが納得の表情で頷く。起き上がり、再びクッキーを手にしたアイレの前にハンカチを折り畳んでから置いた。
「この上に座って。テーブルの上じゃお尻痛いでしょ?」
折り畳まれたハンカチを見つめて数秒間固まっていたアイレがクッキーを抱えたまま黙って座った。
妖精は羽によって浮力が発生しているため座っているように見えて実際は少し浮いているのだが、アイレはそれを言わなかった。気遣いが嬉しかったのだ。
「クッキーが好きなの?」
「人間のおやつは人気なんだぜ」
「あら、そうなの? じゃあアイレのためにもっとたくさん用意しておかないとね」
「いいのか!? 毎日来るぞ!」
目を輝かせながら毎日と言うアイレにクラリッサが頷いて見せる。用事はない。使用人が帰ってから眠るまで何万匹と羊を数え続けなければならない。羊という動物は見たことさえないが、数える専用の動物として存在している。それをやめてアイレがこうして部屋までやってきてくれるのであれば歓迎しない他ない。
「たくさんおやつを用意して待ってるわ」
「あれ用意してくれ! あの、あれ! 甘いやつ!」
「クッキーじゃなくて?」
「黒いやつ。こんなの」
「チョコレート?」
「それだ! あと蜂蜜。持って帰りたい」
蜂蜜の小瓶を運ぶアイレを想像するとクラリッサは吹き出しそうになった。小さな身体で運ぶ姿は蜂のようで、蜂のコスチュームを身につけている姿は愛らしかった。
想像の中とはいえ、実際に運ぶ姿を見てみたいと思い、用意することを約束した。
「エイベルは忙しい人?」
「別に。狩りしてるか、女と遊んでるかだし」
「……そう。じゃあ今日は女性と遊んでるの?」
「俺が出る前はそうだった。女が虫みたいにエイベルに群がってくんだよな」
女に不自由したことがないと自ら言っていた。あの顔を持っているのだから当然だ。誰だって見惚れるだろう。少し低めの声に囁かれたいと思うだろう。クラリッサもそうだ。
アイレが言った。『お気に入りだろ』と。“特別”ではなく“お気に入り”なだけ。知り合って間もないのだからそれも当然。期待する方がおかしい。わかっているのに胸が痛かった。
「お前もエイベルが好きなのか?」
「彼と一緒にいると楽しいの。私を王女様として扱わないし、私の嘘を見抜いてくれる」
「だってお前、嘘つくの下手くそだもん」
「普段は皆騙されるのよ? エイベルとアイレだけが見抜いたの」
「人間ってバカだもんな。あんなわかりやすい嘘が見抜けないなんてマヌケだ」
「ふふっ、そうね」
心からそう思うと頷くクラリッサにアイレが無邪気な笑顔を見せる。その笑顔を見ていると愛らしさに撫でたい気持ちが再浮上し、遠慮していた頭を撫でる行為を試みることにした。
立てた人差し指を驚かせないようゆっくりと近付けるもアイレは引かない。何をされるかわかった上で待っているようだった。
「ヘヘっ」
指を置かずにわずかに触れるだけにするとアイレの嬉しそうな声が指の下から聞こえる。
「お前は優しいな」
「クッキーあげたから?」
「それもあるけど、おいらを撫でてくれた」
「ん? ダークエルフの人たちによく撫でられない?」
「……アイツらはそんなことしねぇよ」
どこか怒気を含んでいるように聞こえた言葉に首を傾げているとアイレの唇が尖る。
「俺らを見下してんだ。妖精は何もできない無価値な存在だって」
「そんなこと……」
「実際そのとおりなんだけどさ……でもムカつく。何もできなくたっておいらたちは生きてんだ」
ダークエルフの森には数回入ったが、まだエイベル以外のダークエルフには会えていない。エイベルには少し意地悪な部分もあるが、数回の逢瀬で持った印象は“優しい”だっただけに妖精を見下すような人物には思えなかった。
そのことについてアイレが嘘をつく必要もないため全員が全員そうというわけではなく、一部のダークエルフが妖精を見下しているのだろうと理解した。人間もダークエルフも同じ。パーティーに出席しては鑑賞用王女を見て鼻で笑い悪態をつく。そういう輩はどこにでもいるのだと呆れてしまう。
「私はあなたたちの存在も知らなかったけど、今日こうしてアイレに出会えたこと、すごく嬉しい出来事だと思ってる。これは内緒だけど、お父様には鳥とお話ができるって嘘ついてるの。でもね、時間が余って虚しいから本当に鳥に話しかけてたのよ。何を言っても鳴き声しか返ってこないし意思の疎通ができないから寂しかったけど、アイレは違う。今この瞬間もすごく楽しいわ」
「おいらと話せて嬉しい……?」
「ええ、とっても」
クラリッサの目を見つめながら何度も瞬きを繰り返したあと、アイレが破顔する。
同じ場所で暮らしながら一線を引かれることの寂しさはクラリッサも知っている。顔しか取り柄がない、役に立たない、持て余すと陰口を叩かれているのを知りながらもそれが真実であるため返す言葉もない。それに不貞腐れて部屋で独り言を呟くだけ。部屋で一人になると何だって言い返せる。知る限りの汚い言葉を使って相手を叩きのめすことだって可能なのだ。だからアイレの気持ちはよくわかる。
「じゃあこれからも話し相手になってやるよ! おやついっぱい用意しとけよな!」
「抱えきれないぐらい用意しておくわ」
クッキーを持ったままその場で宙に浮いてくるくる回り続けるアイレを膝の上で頬杖をつきながら見つめる。
見ているだけでこんなにも微笑ましくなる光景があっただろうかと考え、天秤にかけられるのは弟や妹たちの成長記録だけ。それでも写真は嫌な思い出も一緒に甦らせるため、純粋に愛らしいだけのこの光景に癒されていた。
「もう一回約束!」
口約束を本当の約束にすると伸ばされた広げた小さな手に指をそっと触れさせて約束を交わした。
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