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二度目の逢瀬
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「それで、クラリッサ王女は無慈悲にも父親の願いを受け入れずに断ったというわけか。親孝行だな」
「だって、結婚させないって言ってるのに結婚の契約を交わした相手に合わせようとするのよ? 矛盾してるわ」
「いつ交わされた契約だ?」
「わからない。聞いてないの。なんだか腹が立って」
「うんざりしたか?」
「ええ、とてもね」
うんざりと言わせようとするエイベルにクラリッサが笑う。
夜、テラスに出るとすぐに光が見えた。エイベルからの合図だと階段を降りようとするとエイベルが迎えに来てくれた。
今日はどこかに座れるようにローブを羽織ってきたクラリッサは現在座っている倒れた大木を手で触ってローブを選択したのは大正解だと思った。
「お父様は自分の欲を満たすことしか頭にないのよ。だからデイジーのこともリズのことも気にかけない」
「お前はきょうだいが多いな」
「ふふっ、そうなの。皆とてもいい子よ。エヴァン、ウォレン、デイジー、リズ、ダニエル、ロニー……一番下の子は十歳だけど、精神年齢はリズが一番下って言われてる。でもとてもいい子なのよ。わがままだけど優しくて甘えんぼで……ふふっ、とても可愛い顔をしてるのにそれがコンプレックスですごく濃いお化粧をするの。それがきょうだいの間で物議を──」
家族のことを語るクラリッサの唇にエイベルの指が押し当てられたことで話が止まる。
「お前が楽しそうに語るのを見ているのもいいが、俺はお前のことが聞きたい」
「私のこと? 私は話せるほどのことなんてないわ。あなたも知ってるでしょ? 鑑賞用王女。人に見せるために育てられたの。女神カロンの生まれ変わりだって言われてね。だから何も持ってない。この顔ぐらい」
「欠点はなんだ?」
クラリッサの目が瞬く。
個人的なことを話すにあたって欠点を知りたがる人間がいただろうか。欠点など知る必要はない、知ったところでなんの意味もない。嫌いになるだけだ。
「……言いたくない。ありすぎるもの」
「話せ」
「出会ったばかりなのに他人の欠点を知りたがるなんて変な人」
「狩りをするには相手の弱点を知ることから始める」
「私を狩るの?」
「お前は狩らずとも引っかかった。その証拠に今現在こうして俺の縄張りに自ら足を踏み入れている」
森の奥から発された光は獲物を狩るための罠のような物だったのかと納得するも不満はなく、今はダークエルフと知り合いになれたことが嬉しいと微笑み、相手が望む欠点に小さく息を吐き出してから立てた左手の人差し指を右手の人差し指で押さえ、数を数える準備をする。
「私の欠点は……そうね……字の読み書きができないの。家庭教師もつけてもらえなかったし、学校にも行かせてもらえなかったからよ。本には嘘や悪いことがたくさん書いてあって、私がそれに影響されると困るからってお父様は言ってたけど……嘘つきは本じゃなくてお父様よね」
「それがわかっているなら読み書きは必要ない。俺もお前たちの字は理解できんが、言葉はわかる」
「そうなの?」
「我らは独自の言語を持っているからな」
「あ、イリオリスってどう書くの?」
エルフと知り合って一番最初に知った言葉を思い出した。良い言葉とは言えないが、使い道がないわけではない言葉。
意味を教えたのにも拘わらず知りたがるクラリッサにエイベルが疑問をぶつける。
「知ってどうする」
「いつか使うの。お父様にね。書いて送りつけてやるわ」
「傑作だな」
地面から小枝を拾い上げて何もない宙で揺り動かすと字が浮かんだ。独特な文字で綴られた言葉。弟の教科書で見た文字とは全くの別物だった。
「私もそうやって書いたら字が見える?」
「ダークエルフの能力だからムリだ」
「残念。でも字が書けるようになったら楽しそう。あなたと手紙のやりとりができるのよね」
「誰が届けるんだ?」
「私が持っていくの。それをあなたが読む。で、あなたが書いた物を私が読む」
「持ち帰ってダークエルフとのやりとりが見つかりでもしたらどうする」
「そうならないようにあなたが保管してて」
「お前が始めた物を人に託すな」
冷たい言い方だが、拒否ではない。それはエイベルの表情を見ていればわかる。クラリッサには彼がほんの少し微笑んでいるように見えた。
「あなたとの思い出になるから燃やされたり破かれたりしたくないの」
「こうしていることを思い出にすればいい」
「私、ダークエルフと仲良くなれたのよ? 何か形に残る物が欲しい」
「俺が持っていたらお前の手元には残らない。形にしてもしなくても同じことだ」
「そうだけど……でもムリね。ペンと紙が手に入らない。字の読み書きができない私がペンと紙を求めたらそれこそ疑われちゃうわ」
そもそも宙に字が書けるのなら紙もペンも必要なく、森で暮らしている彼らがそれらを使っているのかもわからない。
手紙は諦めたほうが無難だと話を折った。
「欠点の続きね、字の読み書きができないことと着替えが一人でできないこと。それから面裏が激しいこと。実は好き嫌いが多いことと、使用人の名前を覚えていないこと。贈り物をしてくれる男性たちの顔が全部同じに見えて認識できないこと。もらった宝石を一度もつけたことがないこと」
増えていく指を一本ずつ叩きながら欠点を上げていくと自分がいかにダメな人間か浮き彫りになって苦笑が滲む。
「好意をもらっても、高価な贈り物をもらっても、私は喜べない。名前も顔も覚えようとしないし、ありがとうなんて心から言ったことは一度だってないの。ふふっ、性格悪いでしょ。だから鑑賞用なの。人形のように座ってるからこそ価値がある」
「一個体に価値をつける必要があるのか?」
率直な問いかけにクラリッサは口を開けるだけで言葉までは出てこなかった。
頭の中には答えがあるのに口に出すと惨めになりそうで言えなかった。
「でも、人間はなんにでも価値を見出したがる物だから。この髪飾り一つにしてもそう。流行り物かどうかでさえ価値が決まる。石の純度や色もそう。何色だっていいし、純度なんかどうだっていいのに、人間はなんにだって価値をつける。人間にもね」
「哀れだな」
そう思うと言葉にはしないが、頷きで返した。
「あなたのことを聞かせて? ダークエルフ、エイベルのこと」
「知ってどうする」
「あなたも聞いたでしょ? 知ったところでどうにもならないのに」
「脅しに使える」
物騒な言葉を口にするエイベルを見上げたまま一瞬固まるが、すぐに破顔する。
「脅しに使いたいなら私のことじゃなくて私のお父様のことを聞かなきゃ意味ないんじゃない?」
脅すつもりなどないくせにとクラリッサが笑う。
「お前の父親のことなどどうだっていい。興味もない」
「じゃあ私のことには興味があった?」
目を見つめて笑みを携えながら返事を待つクラリッサと鼻が擦れる近くまで顔を寄せた。
「そうだな。完璧な外見を持つ王女の欠点がどういうものか興味があった」
見惚れるほどキレイな顔をした男に寄られるとクラリッサの胸も高鳴る。だがそれが鎮まるのも早い。自分を見ている男たちの気持ちがわかってしまったから。
どういう性格なのかは知らない。けれど顔がキレイだからドキドキする。それがとても失礼であることを実感した。
「聞いてみてどうだった?」
「相変わらず中身は子供同然だと思っただけだ。それ以上でも以下でもない」
「あなたの正直なところが好きよ」
真綿に包んで優しい言葉でフォローはしない。エイベルはいつも直球で返す。だからクラリッサもそれを真正面で受け止められる。エイベルの言葉からは逃げたくならないのだ。
「あなたの欠点は?」
「欠点があるように見えるか?」
「ええ、どんな人にでも欠点はあると思う」
「欠点か……」
暫く考え込むように黙っているが答えは出てこない。
人は自分の良い部分よりも悪い部分を挙げたがり、そうすることであらかじめ防御線を張っているとエヴァンから聞いたことがある。それを試そうと使用人に長所と短所を聞くと短所ばかり挙げて、長所は一つか二つだった。
だが、目の前で欠点を挙げようとしている男はそれが見つからないらしく、ずっと考え込んでいる。
「あなたの長所は?」
「狩りが上手い、色気がある、顔が良い、権力者、女に不自由したことがない、身体能力が高い、聡明──」
挙げればキリがないと言わんばかりに息つくことなく羅列するエイベルにポカンとしていたクラリッサが腹を抱えて笑い始めた。
「ふふっ、やだっ、ねえ、ふふふふふっ、本当に? 冗談でしょう?」
「冗談を言っているつもりはない。お前が教えろと言ったんだぞ」
「でもそんなに自分の長所を迷うことなく口にする人って初めてだから驚いちゃって」
「驚いたら笑うのか?」
「訂正するわ、おかしくって」
怪訝な表情で見つめてくるエイベルの頬に触れるとクラリッサは愛おしげに目を細めて赤い瞳を見つめる。
「自信家なのね」
「欠点は弱点になる。なくすべきだ」
「皆そう出来ればいいんだけどね」
「努力不足じゃないのか?」
「そうね。きっとそうだと思う」
努力で欠点がなくなればどれほど生きやすいだろう。
生まれる場所は選べない。育つ環境も選べない。国を代表する王女である限り、生き方は変えられない。
抗うには遅すぎたのだ。もっと早く、子供の頃からでも鑑賞用として育てられることを嫌だと主張していれば何か変わっていただろうかと考えるが、想像もつかない。
学校に行って勉強についていけるのか? 友達はちゃんとできるのか? 弟たちと庭を走り回って楽しめるのか?
湧いてくる疑問に前向きな感情は湧いてこない。他国の王女とお茶をしたこともなければ、弟たちと走り回ったこともない。今の状態は鳥籠の中でだけ動き回れる鳥と同じだ。
「結婚するつもりはあるのか?」
「ダークエルフは結婚するの?」
「まずは俺の質問に答えろ」
「そうね。結婚するつもりはあるわ。というか、させられる。それに従う意思もある」
「一生そうやって流されながら生きていくつもりか?」
「だって他の生き方を知らないもの」
父親の命令に従い続けることが正しいことだとは思っていない。だが、反抗したところで他の生き方を模索して上手くいくかはわからない。それなら安全を取ろうと決めていた。
自らの意思を持って父親に反抗するデイジーは強いと思う。自分だけが父親の命令に従い続けているのだ。それがほんの少し情けなかった。
「ここで暮らすか?」
突然の言葉。見つめ合った赤い瞳に揺れはなかった。
「だって、結婚させないって言ってるのに結婚の契約を交わした相手に合わせようとするのよ? 矛盾してるわ」
「いつ交わされた契約だ?」
「わからない。聞いてないの。なんだか腹が立って」
「うんざりしたか?」
「ええ、とてもね」
うんざりと言わせようとするエイベルにクラリッサが笑う。
夜、テラスに出るとすぐに光が見えた。エイベルからの合図だと階段を降りようとするとエイベルが迎えに来てくれた。
今日はどこかに座れるようにローブを羽織ってきたクラリッサは現在座っている倒れた大木を手で触ってローブを選択したのは大正解だと思った。
「お父様は自分の欲を満たすことしか頭にないのよ。だからデイジーのこともリズのことも気にかけない」
「お前はきょうだいが多いな」
「ふふっ、そうなの。皆とてもいい子よ。エヴァン、ウォレン、デイジー、リズ、ダニエル、ロニー……一番下の子は十歳だけど、精神年齢はリズが一番下って言われてる。でもとてもいい子なのよ。わがままだけど優しくて甘えんぼで……ふふっ、とても可愛い顔をしてるのにそれがコンプレックスですごく濃いお化粧をするの。それがきょうだいの間で物議を──」
家族のことを語るクラリッサの唇にエイベルの指が押し当てられたことで話が止まる。
「お前が楽しそうに語るのを見ているのもいいが、俺はお前のことが聞きたい」
「私のこと? 私は話せるほどのことなんてないわ。あなたも知ってるでしょ? 鑑賞用王女。人に見せるために育てられたの。女神カロンの生まれ変わりだって言われてね。だから何も持ってない。この顔ぐらい」
「欠点はなんだ?」
クラリッサの目が瞬く。
個人的なことを話すにあたって欠点を知りたがる人間がいただろうか。欠点など知る必要はない、知ったところでなんの意味もない。嫌いになるだけだ。
「……言いたくない。ありすぎるもの」
「話せ」
「出会ったばかりなのに他人の欠点を知りたがるなんて変な人」
「狩りをするには相手の弱点を知ることから始める」
「私を狩るの?」
「お前は狩らずとも引っかかった。その証拠に今現在こうして俺の縄張りに自ら足を踏み入れている」
森の奥から発された光は獲物を狩るための罠のような物だったのかと納得するも不満はなく、今はダークエルフと知り合いになれたことが嬉しいと微笑み、相手が望む欠点に小さく息を吐き出してから立てた左手の人差し指を右手の人差し指で押さえ、数を数える準備をする。
「私の欠点は……そうね……字の読み書きができないの。家庭教師もつけてもらえなかったし、学校にも行かせてもらえなかったからよ。本には嘘や悪いことがたくさん書いてあって、私がそれに影響されると困るからってお父様は言ってたけど……嘘つきは本じゃなくてお父様よね」
「それがわかっているなら読み書きは必要ない。俺もお前たちの字は理解できんが、言葉はわかる」
「そうなの?」
「我らは独自の言語を持っているからな」
「あ、イリオリスってどう書くの?」
エルフと知り合って一番最初に知った言葉を思い出した。良い言葉とは言えないが、使い道がないわけではない言葉。
意味を教えたのにも拘わらず知りたがるクラリッサにエイベルが疑問をぶつける。
「知ってどうする」
「いつか使うの。お父様にね。書いて送りつけてやるわ」
「傑作だな」
地面から小枝を拾い上げて何もない宙で揺り動かすと字が浮かんだ。独特な文字で綴られた言葉。弟の教科書で見た文字とは全くの別物だった。
「私もそうやって書いたら字が見える?」
「ダークエルフの能力だからムリだ」
「残念。でも字が書けるようになったら楽しそう。あなたと手紙のやりとりができるのよね」
「誰が届けるんだ?」
「私が持っていくの。それをあなたが読む。で、あなたが書いた物を私が読む」
「持ち帰ってダークエルフとのやりとりが見つかりでもしたらどうする」
「そうならないようにあなたが保管してて」
「お前が始めた物を人に託すな」
冷たい言い方だが、拒否ではない。それはエイベルの表情を見ていればわかる。クラリッサには彼がほんの少し微笑んでいるように見えた。
「あなたとの思い出になるから燃やされたり破かれたりしたくないの」
「こうしていることを思い出にすればいい」
「私、ダークエルフと仲良くなれたのよ? 何か形に残る物が欲しい」
「俺が持っていたらお前の手元には残らない。形にしてもしなくても同じことだ」
「そうだけど……でもムリね。ペンと紙が手に入らない。字の読み書きができない私がペンと紙を求めたらそれこそ疑われちゃうわ」
そもそも宙に字が書けるのなら紙もペンも必要なく、森で暮らしている彼らがそれらを使っているのかもわからない。
手紙は諦めたほうが無難だと話を折った。
「欠点の続きね、字の読み書きができないことと着替えが一人でできないこと。それから面裏が激しいこと。実は好き嫌いが多いことと、使用人の名前を覚えていないこと。贈り物をしてくれる男性たちの顔が全部同じに見えて認識できないこと。もらった宝石を一度もつけたことがないこと」
増えていく指を一本ずつ叩きながら欠点を上げていくと自分がいかにダメな人間か浮き彫りになって苦笑が滲む。
「好意をもらっても、高価な贈り物をもらっても、私は喜べない。名前も顔も覚えようとしないし、ありがとうなんて心から言ったことは一度だってないの。ふふっ、性格悪いでしょ。だから鑑賞用なの。人形のように座ってるからこそ価値がある」
「一個体に価値をつける必要があるのか?」
率直な問いかけにクラリッサは口を開けるだけで言葉までは出てこなかった。
頭の中には答えがあるのに口に出すと惨めになりそうで言えなかった。
「でも、人間はなんにでも価値を見出したがる物だから。この髪飾り一つにしてもそう。流行り物かどうかでさえ価値が決まる。石の純度や色もそう。何色だっていいし、純度なんかどうだっていいのに、人間はなんにだって価値をつける。人間にもね」
「哀れだな」
そう思うと言葉にはしないが、頷きで返した。
「あなたのことを聞かせて? ダークエルフ、エイベルのこと」
「知ってどうする」
「あなたも聞いたでしょ? 知ったところでどうにもならないのに」
「脅しに使える」
物騒な言葉を口にするエイベルを見上げたまま一瞬固まるが、すぐに破顔する。
「脅しに使いたいなら私のことじゃなくて私のお父様のことを聞かなきゃ意味ないんじゃない?」
脅すつもりなどないくせにとクラリッサが笑う。
「お前の父親のことなどどうだっていい。興味もない」
「じゃあ私のことには興味があった?」
目を見つめて笑みを携えながら返事を待つクラリッサと鼻が擦れる近くまで顔を寄せた。
「そうだな。完璧な外見を持つ王女の欠点がどういうものか興味があった」
見惚れるほどキレイな顔をした男に寄られるとクラリッサの胸も高鳴る。だがそれが鎮まるのも早い。自分を見ている男たちの気持ちがわかってしまったから。
どういう性格なのかは知らない。けれど顔がキレイだからドキドキする。それがとても失礼であることを実感した。
「聞いてみてどうだった?」
「相変わらず中身は子供同然だと思っただけだ。それ以上でも以下でもない」
「あなたの正直なところが好きよ」
真綿に包んで優しい言葉でフォローはしない。エイベルはいつも直球で返す。だからクラリッサもそれを真正面で受け止められる。エイベルの言葉からは逃げたくならないのだ。
「あなたの欠点は?」
「欠点があるように見えるか?」
「ええ、どんな人にでも欠点はあると思う」
「欠点か……」
暫く考え込むように黙っているが答えは出てこない。
人は自分の良い部分よりも悪い部分を挙げたがり、そうすることであらかじめ防御線を張っているとエヴァンから聞いたことがある。それを試そうと使用人に長所と短所を聞くと短所ばかり挙げて、長所は一つか二つだった。
だが、目の前で欠点を挙げようとしている男はそれが見つからないらしく、ずっと考え込んでいる。
「あなたの長所は?」
「狩りが上手い、色気がある、顔が良い、権力者、女に不自由したことがない、身体能力が高い、聡明──」
挙げればキリがないと言わんばかりに息つくことなく羅列するエイベルにポカンとしていたクラリッサが腹を抱えて笑い始めた。
「ふふっ、やだっ、ねえ、ふふふふふっ、本当に? 冗談でしょう?」
「冗談を言っているつもりはない。お前が教えろと言ったんだぞ」
「でもそんなに自分の長所を迷うことなく口にする人って初めてだから驚いちゃって」
「驚いたら笑うのか?」
「訂正するわ、おかしくって」
怪訝な表情で見つめてくるエイベルの頬に触れるとクラリッサは愛おしげに目を細めて赤い瞳を見つめる。
「自信家なのね」
「欠点は弱点になる。なくすべきだ」
「皆そう出来ればいいんだけどね」
「努力不足じゃないのか?」
「そうね。きっとそうだと思う」
努力で欠点がなくなればどれほど生きやすいだろう。
生まれる場所は選べない。育つ環境も選べない。国を代表する王女である限り、生き方は変えられない。
抗うには遅すぎたのだ。もっと早く、子供の頃からでも鑑賞用として育てられることを嫌だと主張していれば何か変わっていただろうかと考えるが、想像もつかない。
学校に行って勉強についていけるのか? 友達はちゃんとできるのか? 弟たちと庭を走り回って楽しめるのか?
湧いてくる疑問に前向きな感情は湧いてこない。他国の王女とお茶をしたこともなければ、弟たちと走り回ったこともない。今の状態は鳥籠の中でだけ動き回れる鳥と同じだ。
「結婚するつもりはあるのか?」
「ダークエルフは結婚するの?」
「まずは俺の質問に答えろ」
「そうね。結婚するつもりはあるわ。というか、させられる。それに従う意思もある」
「一生そうやって流されながら生きていくつもりか?」
「だって他の生き方を知らないもの」
父親の命令に従い続けることが正しいことだとは思っていない。だが、反抗したところで他の生き方を模索して上手くいくかはわからない。それなら安全を取ろうと決めていた。
自らの意思を持って父親に反抗するデイジーは強いと思う。自分だけが父親の命令に従い続けているのだ。それがほんの少し情けなかった。
「ここで暮らすか?」
突然の言葉。見つめ合った赤い瞳に揺れはなかった。
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