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頭の中を占めるのは
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翌日、クラリッサの輝きはいつもより増していた。
「おはようございます」
「お、おはよう、クラリッサ。今日は随分と肌艶がいいな」
「きっとよく眠れたからだと思います。誰に邪魔されることもなく朝までぐっすり眠れると調子が良いんです」
「そうかそうか! よく眠れたならよかったな!」
「はい」
一睡もできなかったのに肌艶だけは良い状態。クラリッサはエイベルが帰ってからずっとドキドキしていた。朝になるまでずっと唇に触れ続けては吐息を吐き出す。
婚約者でもない男とキスをするなど許されたことではないがとわかっていながらもダークエルフの挨拶なら仕方ないと自分に言い訳し続けていた。
起こしに来た使用人たちが朝からずっと褒め回っていた。肌艶がいい、今日はいつにも増して美しいと。いつもならうんざりするその言葉も今日は素直に受け取れた。
早く夜にならないかと待ち遠しいと鼻歌さえ出そうだった。
「デイジー、あなたのパーティーのことなんだけど、あなたの意見を尊重するとお父様がお決めになったの。あなたはどんなパーティーがいい?」
にこやかに話しかける姉に向けるデイジーの顔は冗談でも微笑ましいとは言えないもので、この世の憎しみ全て詰め込んだような目でクラリッサを睨んでいる。
「私のパーティーなんていらないし、しない。誰を呼ぶの? なんの目的で? パーティーなんか開いてもきっとこう言われる。誰のパーティー? 次女のデイジー王女だって。クラリッサ王女は出席するのか? しないならどうだっていいよな、ってね」
「そんなことないわ。あなたを主役にしたパーティーなら皆きっと参加したがるはずよ」
「はず、ね。皆って誰? 学校の友達? 親戚? 財産目当てのお坊ちゃん? どーだっていい! 興味ない! パーティーの主役になることでしか輝けないお姉様のパーティーでいいじゃない。どうぞ、私に気なんて使わないで」
「デイジー、姉に向かってなんだその口の利き方は!」
「お父様、いいですから」
父親が口を挟むとややこしくなると止めるが、父親のその一言に腹を立てたデイジーが思いきりテーブルを叩いて立ち上がった。こうなるとデイジーの行動は一つ。
「ホント、ムカつくッ! パーティーなんて絶対にしないから! 二度と話題にしないで!!」
手にしていたパンを皿に投げつけて食堂を出ていった。
まだ行くには早すぎるというのに追いかけられたくないデイジーはそのまま馬車に乗って学校へと行ってしまう。
やってしまったとテーブルに肘をついて顔を両手で顔を覆うクラリッサの気分は一気に落ちていく。
「はいはいはいはい! デイジーがしないならリズのパーティーにして! あのね、ぜーんぶピンクにするの! カーテンもカーペットもテーブルクロスも飲み物も全部ピンク! 出てくるお菓子もピンクにして、ドレスは全部ピンク指定!」
ピンク命のリズ好みのパーティーを開くとそれはそれで愛らしいと思うが、王族のパーティーがピンク尽くしはあまりにも面妖すぎる。
「男のスーツもピンクか?」
「ピンクは女の子の色だからダメ」
「ならピンクの中に黒や赤のスーツが紛れてるわけだ」
「それは可愛くない」
「でもそういうことだろ?」
「えー……やだ……」
頬を膨らませて拗ねるリズに苦笑しながらクラリッサはどうしたものかと考える。
デイジーがしたくないのであればムリにパーティーをする必要はない。無理強いなどするべきではないのだ。
だが、デイジーのためにパーティーを開催することは手間でもなければ惜しいわけでもないということを父親に証明してほしかった。
しかし、問題なのはその父親。デイジーの気持ちを何もわかっていない。婚約者探しのパーティーにするなどと言った以上、そのあとに何を言おうと信頼を取り戻せるはずがない。
それは自分も同じだと思った。デイジーからの信頼など、とうの昔になくなっている。さっきの提案でもともとなかった信頼は憎悪へと変わっただろう。
「ピンク可愛いのに」
「髪がピンクだから?」
「そう! リズの色だもん」
「バカっぽいってこと?」
「ひどい! リズはバカっぽくないもん!」
「成績悪いし、発言もバカじゃん」
「うー! ひどい! ねえ怒って! ダニエルのこと怒って!」
「ダニエル、バカって言ったこと謝りなさい」
「だってリズ、マジでバカじゃん! バーカ!」
何かあるとダニエルはすぐにリズをからかう。お世辞にも賢いとは言えないリズはバカと言われて見返すことはできず、テーブルの下で地団駄を踏みながら抗議する。
クラリッサが注意したところでダニエルのからかいは止まらない。
「その厚化粧全然似合ってねぇし!」
「似合ってるもん! 男の子にはわかんないだけ! リズはこれが一番似合ってるの!」
王女としては問題しかない厚化粧だが、リズは気に入ってる。
リズはクラリッサに次ぐ美しさを持っている。クラリッサが羨むほどリズのすっぴんは愛らしいが、どういうわけかリズは自分の顔が嫌いだった。だから風呂上がりや寝起きに鏡を見るのを嫌う。そして化粧は使用人に任せると薄化粧をされるため自分でするようになった。
そして出来上がったのが似合っていない厚化粧。こればかりは何度かクラリッサも薄化粧へと変える交渉の余地があるか試してみたが、譲歩もしてもらえなかった。
ダニエルはいつもそのことをからかう。
「ダニエルはお化粧しないでしょ。からかっちゃダメ」
「ねーちゃんは似合ってると思ってんの?」
「もう少し薄くしてもいいかなとは思ってるけど、リズが気に入ってるならいいじゃない。厚化粧なんて言わないの」
「薄化粧にすりゃいいじゃん! つーかさせろよ!」
「ダニエル」
リズはダニエルより二つ上だから、怒っても絶対に手は出さない。たとえ叩かれても手でやり返すことはしない。泣くこともあまりしない。ただ幼子のように頬を膨らませて拗ね続けるだけ。からかわれて怒ってもデイジーのように席を立つこともしない。それを家族全員が評価している。
「リズはすっぴんのが可愛いんだからすっぴんでいてくれーって言いたいんだよな、ダニエル?」
長男のエヴァンがニヤつきながら指摘したことにダニエルは火がついたように顔を赤くしてテーブルを何度も叩く。
「は!? ち、違うし! リズのことなんか可愛いと思ったことねぇし! エヴァ兄が思ってるだけだろ! 巻き込むなよ! バーカッ! バカバーカッ!」
立ち上がったダニエルもデイジー同様に鞄を持って食堂から飛び出した。エヴァンに向かって唾を撒き散らしながら子供のような態度を取るダニエルをエヴァンは肩を揺らして笑う。
「お兄様、ダニエルをからかうのはやめてください」
「面白いだろ?」
「全然」
「リズは面白かっただろ? ダニエルが顔真っ赤にして飛び出していくとこ」
リズの良いところは拗ねる感情を本人以外には向けないところだが、今日は拗ねた表情をエヴァンにも向けた。
「騙そうとしてない。俺らはお前のすっぴんが一番可愛いと思ってる。薄化粧にすればお前の可愛さはクラリッサ以上になるかもしれないってのに否定ばっかして厚化粧するのは問題だって言ってるだろ。これはお前を騙すための嘘じゃなくて本音だ」
「嘘ばっかり。騙されないから」
何百回と繰り返すやりとり。自分の顔が嫌いな人間にそのままが可愛いと言ったところで納得するはずがない。クラリッサとて鏡で見る自分の顔の何が美しいのかわからないことが増えた。今では一人になると鏡台に肘をついてやる気のない顔をする自分を見つめることもある。だからリズの気持ちがわからないわけではない。わからないのはそのひどい厚化粧。
「学校で笑われないか?」
「リズが学校で笑われてると思ってるの……?」
ジトッと恨みがましい目で見るリズにエヴァンの顔に苦笑が宿る。
「聞いてるだけだ」
「効くってことは思ってるってことでしょ……」
唇を尖らせるリズにため息をつくエヴァンが立ち上がってリズの隣に回り、デイジーの席に腰掛けた。
「俺はお前を可愛いと思ってる。クラリッサに次ぐ美しさを持ってるお前をな。お前は信じないし、信じたくないなら信じなくてもいいが、俺はお前のすっぴんは可愛いと思う。それこそクラリッサのすっぴんよりもな」
「誰かを貶すことで誰かを持ち上げる励まし方は最低の人間になる方法としては抜群の効果を得ますね」
「クラリッサ、邪魔をしないでくれ。あとで謝るから」
とんでもない男だとかぶりを振るクラリッサは食欲を失い、部屋で食べることにして運んでくれるよう使用人にお願いした。
「クラリッサ、少しいいか?」
「なんでしょう?」
立ちあがろうとしたクラリッサを引き止める父親に身体を向けると言い辛そうにしている。珍しい姿だ。
「レイニア国の王子がお前に会いたいそうだ」
「そうですか。どうして私にわざわざ伺いを立てるのですか?」
いつも勝手に決めて勝手に話を進める父親らしくないと怪訝に思い、父親の目をジッ見つめれば父親の目が泳ぐ。
「レイニア国に何か借りでも?」
「か、借りというほどのものではない。ただ……その……契約が少し……」
嫌な予感しかしない。
「その契約に私は関わっていませんよね?」
「そ、それが……その、だな……」
「私の名前さえ入っていませんよね?」
「あー……いやー……」
「お父様」
「入ってる」
頭を抱える代わりに大きなため息を吐き出す。
どんな内容かは聞きたくもない。王侯貴族は子供が生まれる前から婚約をすることもある。そのため名も顔も知らない相手に嫁がなければならないことも珍しくはない。
そういう話ではないだろうなと眉を寄せると父親がそのシワを消そうと眉間を撫でる。
「断ってください」
「そういうわけにはいかない!」
「じゃあ私が結婚してもいいんですね?」
「ダメだ! お前は結婚などさせない!」
何度も聞いているためわかってはいるが、こうして改めて言われると“うんざり”する。そしてやはり結婚の話だったともう一度ため息を吐き出した。
「私は特別に会うことはしません。それはお父様が約束したことです。お会いするならパーティーに呼んでください」
「クラリッサ、そう冷たく突き放さんでくれ」
「断ってください」
「クラリッサ」
「断ってください。いいですね?」
今日ばかりは父親の言うことなど聞くつもりはない。ただでさえ普段からくだらないパーティーに付き合っているのに、その上どこかの国の王子と個人的に会ってくだらない時間を過ごすなど時間の無駄遣いはしなくなかった。
顔を近付けて脅すように圧を込めて問いかけると目を見開いた父親が何度も頷いたのを見て立ち上がった。
「うるさい! もういい! ドロシーが待ってるからもう行く!」
「リズ、今日も可愛いぞ」
「知ってる!」
パーティーに顔を出せばあっという間に女性と関係を持つのにフラれるのもあっという間なのがエヴァン。
女心がわかっていないエヴァンにデリケートな問題を抱えるリズを励ますのは不可能。
「怒ったまま行かせればドロシーが大変だというのに、お兄様ったら……」
「ドロシーなら上手くやってくれるさ。あの子はいい子だからな」
リズの唯一の友達にして親友。面倒な性格をしているリズの親友を長年やってくれている男爵令嬢。
実際にとても良い子だが、エヴァンの言い方には何か含みが入っているような感じがして素直に同意できなかった。
呆れたように見るクラリッサの手を掬い取って手の甲に口付けるエヴァンに苦笑だけ向けて部屋へと戻った。
今日もくだらないパーティーがある。チャリティーパーティーをくだらないなどと思ってはいけないと思いながらもチャリティーの内容を教えてもらえないためくだらないと心の中で吐き捨てる。
チャリティーのパーティーをわざわざ国王が開催する理由などどこにあるのか。チャリティーと銘打って国費にするつもりではないのかと疑いたくなる。
「早く夜にならないかしら……」
今日の夜も行けるようなら森へ行くつもり。テラスに出て、エイベルが合図をくれたら向かおうと思っている。
パーティーなんてどうでもいい。わけのわからないチャリティーなんてどうでもいい。
クラリッサは今、ダークエルフの森に行くことで頭がいっぱいだった。
「おはようございます」
「お、おはよう、クラリッサ。今日は随分と肌艶がいいな」
「きっとよく眠れたからだと思います。誰に邪魔されることもなく朝までぐっすり眠れると調子が良いんです」
「そうかそうか! よく眠れたならよかったな!」
「はい」
一睡もできなかったのに肌艶だけは良い状態。クラリッサはエイベルが帰ってからずっとドキドキしていた。朝になるまでずっと唇に触れ続けては吐息を吐き出す。
婚約者でもない男とキスをするなど許されたことではないがとわかっていながらもダークエルフの挨拶なら仕方ないと自分に言い訳し続けていた。
起こしに来た使用人たちが朝からずっと褒め回っていた。肌艶がいい、今日はいつにも増して美しいと。いつもならうんざりするその言葉も今日は素直に受け取れた。
早く夜にならないかと待ち遠しいと鼻歌さえ出そうだった。
「デイジー、あなたのパーティーのことなんだけど、あなたの意見を尊重するとお父様がお決めになったの。あなたはどんなパーティーがいい?」
にこやかに話しかける姉に向けるデイジーの顔は冗談でも微笑ましいとは言えないもので、この世の憎しみ全て詰め込んだような目でクラリッサを睨んでいる。
「私のパーティーなんていらないし、しない。誰を呼ぶの? なんの目的で? パーティーなんか開いてもきっとこう言われる。誰のパーティー? 次女のデイジー王女だって。クラリッサ王女は出席するのか? しないならどうだっていいよな、ってね」
「そんなことないわ。あなたを主役にしたパーティーなら皆きっと参加したがるはずよ」
「はず、ね。皆って誰? 学校の友達? 親戚? 財産目当てのお坊ちゃん? どーだっていい! 興味ない! パーティーの主役になることでしか輝けないお姉様のパーティーでいいじゃない。どうぞ、私に気なんて使わないで」
「デイジー、姉に向かってなんだその口の利き方は!」
「お父様、いいですから」
父親が口を挟むとややこしくなると止めるが、父親のその一言に腹を立てたデイジーが思いきりテーブルを叩いて立ち上がった。こうなるとデイジーの行動は一つ。
「ホント、ムカつくッ! パーティーなんて絶対にしないから! 二度と話題にしないで!!」
手にしていたパンを皿に投げつけて食堂を出ていった。
まだ行くには早すぎるというのに追いかけられたくないデイジーはそのまま馬車に乗って学校へと行ってしまう。
やってしまったとテーブルに肘をついて顔を両手で顔を覆うクラリッサの気分は一気に落ちていく。
「はいはいはいはい! デイジーがしないならリズのパーティーにして! あのね、ぜーんぶピンクにするの! カーテンもカーペットもテーブルクロスも飲み物も全部ピンク! 出てくるお菓子もピンクにして、ドレスは全部ピンク指定!」
ピンク命のリズ好みのパーティーを開くとそれはそれで愛らしいと思うが、王族のパーティーがピンク尽くしはあまりにも面妖すぎる。
「男のスーツもピンクか?」
「ピンクは女の子の色だからダメ」
「ならピンクの中に黒や赤のスーツが紛れてるわけだ」
「それは可愛くない」
「でもそういうことだろ?」
「えー……やだ……」
頬を膨らませて拗ねるリズに苦笑しながらクラリッサはどうしたものかと考える。
デイジーがしたくないのであればムリにパーティーをする必要はない。無理強いなどするべきではないのだ。
だが、デイジーのためにパーティーを開催することは手間でもなければ惜しいわけでもないということを父親に証明してほしかった。
しかし、問題なのはその父親。デイジーの気持ちを何もわかっていない。婚約者探しのパーティーにするなどと言った以上、そのあとに何を言おうと信頼を取り戻せるはずがない。
それは自分も同じだと思った。デイジーからの信頼など、とうの昔になくなっている。さっきの提案でもともとなかった信頼は憎悪へと変わっただろう。
「ピンク可愛いのに」
「髪がピンクだから?」
「そう! リズの色だもん」
「バカっぽいってこと?」
「ひどい! リズはバカっぽくないもん!」
「成績悪いし、発言もバカじゃん」
「うー! ひどい! ねえ怒って! ダニエルのこと怒って!」
「ダニエル、バカって言ったこと謝りなさい」
「だってリズ、マジでバカじゃん! バーカ!」
何かあるとダニエルはすぐにリズをからかう。お世辞にも賢いとは言えないリズはバカと言われて見返すことはできず、テーブルの下で地団駄を踏みながら抗議する。
クラリッサが注意したところでダニエルのからかいは止まらない。
「その厚化粧全然似合ってねぇし!」
「似合ってるもん! 男の子にはわかんないだけ! リズはこれが一番似合ってるの!」
王女としては問題しかない厚化粧だが、リズは気に入ってる。
リズはクラリッサに次ぐ美しさを持っている。クラリッサが羨むほどリズのすっぴんは愛らしいが、どういうわけかリズは自分の顔が嫌いだった。だから風呂上がりや寝起きに鏡を見るのを嫌う。そして化粧は使用人に任せると薄化粧をされるため自分でするようになった。
そして出来上がったのが似合っていない厚化粧。こればかりは何度かクラリッサも薄化粧へと変える交渉の余地があるか試してみたが、譲歩もしてもらえなかった。
ダニエルはいつもそのことをからかう。
「ダニエルはお化粧しないでしょ。からかっちゃダメ」
「ねーちゃんは似合ってると思ってんの?」
「もう少し薄くしてもいいかなとは思ってるけど、リズが気に入ってるならいいじゃない。厚化粧なんて言わないの」
「薄化粧にすりゃいいじゃん! つーかさせろよ!」
「ダニエル」
リズはダニエルより二つ上だから、怒っても絶対に手は出さない。たとえ叩かれても手でやり返すことはしない。泣くこともあまりしない。ただ幼子のように頬を膨らませて拗ね続けるだけ。からかわれて怒ってもデイジーのように席を立つこともしない。それを家族全員が評価している。
「リズはすっぴんのが可愛いんだからすっぴんでいてくれーって言いたいんだよな、ダニエル?」
長男のエヴァンがニヤつきながら指摘したことにダニエルは火がついたように顔を赤くしてテーブルを何度も叩く。
「は!? ち、違うし! リズのことなんか可愛いと思ったことねぇし! エヴァ兄が思ってるだけだろ! 巻き込むなよ! バーカッ! バカバーカッ!」
立ち上がったダニエルもデイジー同様に鞄を持って食堂から飛び出した。エヴァンに向かって唾を撒き散らしながら子供のような態度を取るダニエルをエヴァンは肩を揺らして笑う。
「お兄様、ダニエルをからかうのはやめてください」
「面白いだろ?」
「全然」
「リズは面白かっただろ? ダニエルが顔真っ赤にして飛び出していくとこ」
リズの良いところは拗ねる感情を本人以外には向けないところだが、今日は拗ねた表情をエヴァンにも向けた。
「騙そうとしてない。俺らはお前のすっぴんが一番可愛いと思ってる。薄化粧にすればお前の可愛さはクラリッサ以上になるかもしれないってのに否定ばっかして厚化粧するのは問題だって言ってるだろ。これはお前を騙すための嘘じゃなくて本音だ」
「嘘ばっかり。騙されないから」
何百回と繰り返すやりとり。自分の顔が嫌いな人間にそのままが可愛いと言ったところで納得するはずがない。クラリッサとて鏡で見る自分の顔の何が美しいのかわからないことが増えた。今では一人になると鏡台に肘をついてやる気のない顔をする自分を見つめることもある。だからリズの気持ちがわからないわけではない。わからないのはそのひどい厚化粧。
「学校で笑われないか?」
「リズが学校で笑われてると思ってるの……?」
ジトッと恨みがましい目で見るリズにエヴァンの顔に苦笑が宿る。
「聞いてるだけだ」
「効くってことは思ってるってことでしょ……」
唇を尖らせるリズにため息をつくエヴァンが立ち上がってリズの隣に回り、デイジーの席に腰掛けた。
「俺はお前を可愛いと思ってる。クラリッサに次ぐ美しさを持ってるお前をな。お前は信じないし、信じたくないなら信じなくてもいいが、俺はお前のすっぴんは可愛いと思う。それこそクラリッサのすっぴんよりもな」
「誰かを貶すことで誰かを持ち上げる励まし方は最低の人間になる方法としては抜群の効果を得ますね」
「クラリッサ、邪魔をしないでくれ。あとで謝るから」
とんでもない男だとかぶりを振るクラリッサは食欲を失い、部屋で食べることにして運んでくれるよう使用人にお願いした。
「クラリッサ、少しいいか?」
「なんでしょう?」
立ちあがろうとしたクラリッサを引き止める父親に身体を向けると言い辛そうにしている。珍しい姿だ。
「レイニア国の王子がお前に会いたいそうだ」
「そうですか。どうして私にわざわざ伺いを立てるのですか?」
いつも勝手に決めて勝手に話を進める父親らしくないと怪訝に思い、父親の目をジッ見つめれば父親の目が泳ぐ。
「レイニア国に何か借りでも?」
「か、借りというほどのものではない。ただ……その……契約が少し……」
嫌な予感しかしない。
「その契約に私は関わっていませんよね?」
「そ、それが……その、だな……」
「私の名前さえ入っていませんよね?」
「あー……いやー……」
「お父様」
「入ってる」
頭を抱える代わりに大きなため息を吐き出す。
どんな内容かは聞きたくもない。王侯貴族は子供が生まれる前から婚約をすることもある。そのため名も顔も知らない相手に嫁がなければならないことも珍しくはない。
そういう話ではないだろうなと眉を寄せると父親がそのシワを消そうと眉間を撫でる。
「断ってください」
「そういうわけにはいかない!」
「じゃあ私が結婚してもいいんですね?」
「ダメだ! お前は結婚などさせない!」
何度も聞いているためわかってはいるが、こうして改めて言われると“うんざり”する。そしてやはり結婚の話だったともう一度ため息を吐き出した。
「私は特別に会うことはしません。それはお父様が約束したことです。お会いするならパーティーに呼んでください」
「クラリッサ、そう冷たく突き放さんでくれ」
「断ってください」
「クラリッサ」
「断ってください。いいですね?」
今日ばかりは父親の言うことなど聞くつもりはない。ただでさえ普段からくだらないパーティーに付き合っているのに、その上どこかの国の王子と個人的に会ってくだらない時間を過ごすなど時間の無駄遣いはしなくなかった。
顔を近付けて脅すように圧を込めて問いかけると目を見開いた父親が何度も頷いたのを見て立ち上がった。
「うるさい! もういい! ドロシーが待ってるからもう行く!」
「リズ、今日も可愛いぞ」
「知ってる!」
パーティーに顔を出せばあっという間に女性と関係を持つのにフラれるのもあっという間なのがエヴァン。
女心がわかっていないエヴァンにデリケートな問題を抱えるリズを励ますのは不可能。
「怒ったまま行かせればドロシーが大変だというのに、お兄様ったら……」
「ドロシーなら上手くやってくれるさ。あの子はいい子だからな」
リズの唯一の友達にして親友。面倒な性格をしているリズの親友を長年やってくれている男爵令嬢。
実際にとても良い子だが、エヴァンの言い方には何か含みが入っているような感じがして素直に同意できなかった。
呆れたように見るクラリッサの手を掬い取って手の甲に口付けるエヴァンに苦笑だけ向けて部屋へと戻った。
今日もくだらないパーティーがある。チャリティーパーティーをくだらないなどと思ってはいけないと思いながらもチャリティーの内容を教えてもらえないためくだらないと心の中で吐き捨てる。
チャリティーのパーティーをわざわざ国王が開催する理由などどこにあるのか。チャリティーと銘打って国費にするつもりではないのかと疑いたくなる。
「早く夜にならないかしら……」
今日の夜も行けるようなら森へ行くつもり。テラスに出て、エイベルが合図をくれたら向かおうと思っている。
パーティーなんてどうでもいい。わけのわからないチャリティーなんてどうでもいい。
クラリッサは今、ダークエルフの森に行くことで頭がいっぱいだった。
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