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鑑賞用王女クラリッサ

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 美しければそれだけで人生が輝くなんて、誰が言ったの──?


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「おおおおおっ、なんと……!」 

 ファウルズ家はずっと女の子を欲していた。女の子が産まれるまで頑張ると言った妻に期待し続けること三回目。ファウルズ家はようやく女の子を迎えた。
 待望の娘を見た父親は妻よりも先に我が子を抱き上げ全身を震わせる。

「こ、これは奇跡だ! この子は神の子だ!」

 愛しい娘を震える腕で抱いた父親は娘の顔を見て何度も「奇跡だ」とこぼす。
 
「こんなに美しい子を私は見たことがない!」

 親バカ発言に家族が笑っていたのも束の間、生まれたばかりの赤ん坊を見た家族はその言葉が嘘ではないと信じたようにごくりと喉を鳴らして黙り込んだ。
 人間は彫刻でもなければ絵画でもない。
 美しさは個々あれど作り物ではない。
 意思を持ち、言葉を持ち、心を持って成長する。
 だが、ここに誕生した王女は違う。
 彫刻のように、絵画から飛び出してきたように美しいが故に【鑑賞用】として扱われることとなる。
 娘の美しさを維持する──いや、輝きを増すためなら父親はいくらでも金をかけた。
 子供には分不相応のドレスや装飾品、多すぎる専属使用人、マナー講師に美容師、デザイナーなどありとあらゆる専属を雇い、娘を磨き続けた。
 だが、それは娘にとってけして幸せだといえるものではなかった。

「王女様、笑顔はこう。こことここが左右対称でなければなりません」

 黄金比の笑顔を保つために何時間も笑顔のレッスンを受けた。
 グラスを取る指の角度、重ねる手の角度、細める目の幅、物を食べる際に開ける口の大きさ、王女に相応しい話し方、声色など一挙手一投足全てにマナー講師からのダメ出しが上がる。
 グラスを取る角度も重ねた手の角度もきっと誰も気にしない。マナー講師が言う角度から5センチズレたところで誰も失望などしないのにと年々思うようになったが、どんなレッスンにも必ず父親が同席していたため文句は言えなかった。
 異常なまでの溺愛を見せるくせにマナーのレッスン時だけは厳しい父親の姿を見せた。
 自我が芽生えた頃から毎日欠かさずレッスンを受けること十七年──神の子だと言われ蝶よ花よと両手では抱えきれないほどの愛情を受けて育ったクラリッサは今年十九歳を迎えた。

 幼い頃から毎週、飽きもせずに開かれる豪勢なパーティーは今も変わらず開催されている。
 なんのための、誰のためのパーティーなのか、出席者たちは誰も知らない。それでも貴族はパーティーがあるというだけで出席するのだ。
 王族が開いている誰でも歓迎のパーティー。出会いもあれば繋がりもできる。貴族達がそんな降って湧いた機会を逃すはずがない。
 だからパーティーは今日も盛況。
 
「クラリッサ、皆がお前のために贈り物を持ってきてくれたぞ。すごいだろう!」
「ええ、本当に」

 国王である父親が座るべき玉座に一人、腰掛けながら周りに積み上げられていく大量の贈り物。

「クラリッサ王女、お会いできて光栄です」

 クラリッサに会うために列を作っていた男がクラリッサが出した手を下からそっと握り、手袋の上から手の甲にキスを落とす真似をするこの男の名前さえクラリッサは知らない。これから何時間も続く知らない男からの挨拶と贈り物の説明。
 会場の端にある長テーブルの上に置かれた軽食が食べられるわけでもなく、冷えたシャンパンが飲めるわけでもなく、クラリッサはパーティーが終わるまで玉座から立ち上がることさえない。
 それでもクラリッサは笑顔を欠かさない。一ミリ単位まで練習させられた完璧な笑顔で客人を迎え、何十回何百回とお礼の言葉を繰り返す。きっと人間が一生で言うお礼の回数をクラリッサはこの十七年間で超えてしまっているだろう。
 隣には父親がつきっきり。少しでも笑顔が崩れようものなら優しく注意を受ける。
 クラリッサが座りっぱなしなら父親は立ちっぱなしなのだ。だから退屈だとか、お尻が痛いとかそういうことは言えないのだ。

(親しくも慣れない相手に高価な贈り物をし続けるぐらいなら婚約者を見つけてその人を喜ばせてあげればいいのに)

 心の中ではそんなことを考えている女に男たちは緊張し、頬を染め、目の奥をハートに輝かせながら高価な贈り物を貢ぎ続ける。
 流行りの髪型、流行りのドレス、流行りの香水──貴族はいつだって流行に染まって個性は出さない。流行り物以外を身につけると『流行りも知らない流行遅れの男』と笑われる。それは女の方が酷かったが、男も変わらない。
 だからクラリッサは誰の顔も覚えられない。まるで皆が同じ仮面をつけているように見えて仕方なかった。

「今日も神々しいほどにお美しいですね、クラリッサ王女」
「ありがとうございます」
「私はブルスタン家の──」

 一人の挨拶が終わり──

「ムリだとわかっていても、あなたを妻に迎えたい! 絶対に不自由はさせません! あなたが望む生活を、あなたが望む物をどんな犠牲を払おうとも叶えてみせます! 私の全てをあなたに捧げます!」
「ありがとうございます」
「ああ、奇跡の女神よ、どうかどうか僕と――」

 もう一人の挨拶が終わり──

「カメオでございます。いかがでしょう? クラリッサ王女の美しさを表現できるなどと傲慢なことは微塵も思ってはおりませんが、ダイヤモンドにガーネットを散りばめた傑作でございます。あなたのその細く長い美しい指にこれほど似合う物はありません」
「ありがとうございます」
「先日贈らせていただいたイヤリングとネックレスとブローチのセットはお好みではなかったでしょうか? でしたら次は──」

 また一人、どこの誰かもわからない男の挨拶が続く。

 パーティーが始まった直後から男たちは列を作り、そして他の令嬢には見向きもせずに一直線にクラリッサの前まで列のまま向かう。
 そして今か今かと自分の番を待ち、贈り損だとわかっていながらも男たちは贈り物をやめられない。
 開場してから何時間も続ける挨拶はパーティーが終わるまで続く。その間もクラリッサはパーティーに参加した貴族たちの視線をずっと受け続ける。
 まるで美術館で美術品を見ているかのような視線にうんざりするという感情はクラリッサにはもうない。疲れた、帰りたいというわがままも言わない。
 山積みになっていくプレゼントのどれかひとつでも自分で開けたことはないし、保管庫に今どれだけの贈り物が積み上げられているのかも知らない。
 男たちもわかっている。クラリッサが自ら箱を開けてその白い肌に自分からの贈り物を身につけるなどとは思っていない。ただ、こうして挨拶するためには貢物が必要なのだ。
 いわばこれは美術館への入場料のようなもの。貢ぎ物を持たない者は遠くから見ているしかできない仕組みとなっている。貢ぎ物がなければこの美しい笑顔を向けてもらうことも美しい声でお礼を言われることもできないのだから。
 誰が来ても同じ笑顔、同じ声、同じ言葉しか言わないのに、男たちは毎日飽きもせずに貢物を持ってくる。

「皆、お前の美しさを観に来ているんだ。嬉しいだろう?」
「ええ」

 何時間も同じ笑顔で拘束されているのにどう考えれば嬉しいなどと思うのか。
 なんのために、誰のために開かれているのかもわからないパーティー。
 この貢物もクラリッサが喜ぶかどうかではなく、クラリッサに贈るに相応しいかどうかで選んだだけ。言ってしまえば彼らの自己満足だとクラリッサは思っている。
 先日、プレゼントを開けた母親が一番歓喜したブローチはダイヤモンドがびっしり敷き詰められているもので、輝きが目立つように花の部分が揺れるようになっていた。
 目の前に持ってこられたため視界には映したが、心が踊ることはなかった。興味を持ったところで身につけることは許されない。誰かを特別扱いすることになるからという理由。
 クラリッサが身につけるのは父親が用意した物だけ。
 自分で選べないのならどんな技術が使われ、どんな細工が施された高級品もそこら辺に転がっている石も同じとしか思えなかった。

「今日は疲れただろう。ゆっくり休みなさい。お前の綺麗な顔に吹き出物やクマが出来ては大事だからな」
「ええ」
「おやすみ、クラリッサ」
「おやすみなさい」

 部屋の前まで父親に送られ、この挨拶を交わすことでようやくクラリッサは“少し“自由になれる。

「王女様、お風呂のご用意ができております」

 部屋で待機していた三人のメイドが残っていることを除けば。
 部屋の真ん中で立ち止まってジッとしているだけで手際良く脱がされるドレス。苦しいほど締めていたコルセットが外れたことで訪れる開放感に大きく息を吐き出した。

「お湯加減はいかがでしょうか?」
「ちょうどいいわ」

 湯加減の失敗は自分たちのクビを意味する。誰かがミスをして湯加減を間違え、クラリッサの肌が火傷を負ったように赤くなろうものならこの国では生きていけなくなる。
 髪を洗うのも身体を洗うのも気を張って丁寧に丁寧に時間をかけてする。
 身につけているエプロンはその下の制服が透けるほど濡れており、もはや意味をなしていない。それでもメイドたちはクラリッサの汗や汚れを落とすことに集中する。
 立っているだけでドレスの着脱が始まり、バスタブに浸かるだけで髪も身体もピカピカになる。
 毎夜、クラリッサはただ湯に浸かって疲れを取るのが仕事。

「クラリッサ様の髪はいつも滑らかでとても美しいですね。艶がある滑らかな金色の髪は紡がれたばかりの金糸そのものです。シルクよりも美しい髪。羨ましいです」
「ありがとう」

 湯から上がって髪の手入れをするのもクラリッサ自身ではなく侍女たち。
 毎日朝晩百回ずつ丁寧にブラシを通すのも侍女。
 髪につけるオイルを丁寧に馴染ませているのも侍女。
 クラリッサはそれが終わるまで鏡に映った自分を見つめて座っているだけ。

「滑らかと言えばお肌もそうです。玉のような、陶器のような肌、クラリッサ様はどこから見ても完璧ですね」

 これも同じ。
 風呂上がりにクリームを塗るのも侍女。
 それを丁寧に肌に馴染ませるマッサージをするのも侍女。
 クラリッサはベッドの上に裸で寝転んでいるだけ。
 これは全て父親からの命令。
 重たい荷物を持つわけではないのに『筋肉がついてスタイルが崩れては困る』という意味不明な事情でクラリッサは自分で自分のことをしてはならない決まりになっている。
 だからクラリッサの周りには常に十人は侍女やメイドといった世話係がついてまわっている。ドレスに着替える時は専属が十二人ほど待機していることは珍しくない。

「本日のケアはこれで終了でございます」

 貴族はほとんど風呂には入らないと言われているが、クラリッサは違う。兄たちには『病的な潔癖症』と言われるが、それでも風呂には入る。
 適温の湯に浸かって頭から足の先まで洗われることは汚い物が全て洗い流されるような気がするからだ。クラリッサにとってこれは一日の終わりに必ず必要な儀式のようなもの。
 侍女たちの温かい手で触れらると自然と眠くなる。
 いつ終わったのか、いつ使用人たちが出ていったのか知らない。クラリッサはいつもこうして眠りに落ち、そして一度も起きることなく朝を迎える。
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