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番外編
二度目の恋3
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チェスター王女との文通は一年半続いた。
ベンジャミンの予想どおり、チェスターは口下手らしく、あそこで二人きりになるのは気まずいと思っていたらしい。だからこうして文で話ができるのは嬉しいと書いてあったことを知ったときは思わず感心して王に報告してしまった。
余計なことをするなとベンジャミンには叱られたが、幼い頃からベンジャミンを知っているだけに親心のようなものが自分の中に芽生えていることに執事も気付いたのだ。
「イベリス様が到着されましたよ」
「そうか」
跳ね上がって喜ぶかと思っていたが、意外にも落ち着いている。執事の予想では、窓に張り付いてイベリスの姿を探すと思っていただけにこれまた予想外。
今日は自分たち主役以外は全員がゲスト。特別なゲストはいないため「丁重にもてなせ」という言葉もなかった。
「緊張していますか?」
「当然だ。僕が一人の男になる日だぞ。人の夫となり、妻を持つ身となる。これが緊張せずにいられるか」
そこまでの心構えがあるなら大丈夫そうだと安堵しながら誇りを払うふりをして鼓舞のつもりで軽く背中を叩いた。
会場には世界各国から集まった大勢の王族貴族があちらこちらでワイン片手に談笑しており、その中にイベリスもいた。すぐに見つけられた。
(今日もキレイだ……)
淡いラベンダー色のドレスに身を包み、控えめなパールのアクセサリーを身につける姿に目を奪われる。恋焦がれるほどの想いは胸の奥底にしまった。でもやはり、初恋の人。気にしないようにしても目が追ってしまう。
「すごい結婚式ね。絢爛豪華って感じ」
「理想的?」
「私は小さな会場で家族だけでいいかな」
「森の中のちょっと古びた教会とか?」
「素敵! 小説の挿絵で出てきそう」
「探せば見つかるかも?」
「探さなくていいよ」
「でも、一生に一度の結婚式だし、イベリスの理想的なとこで挙げたいと思ってるから」
「どこでもいいのよ、本当に」
まさか自分たちのほうが先に結婚式を挙げることになるとは思っていなかった。イベリスたちの結婚式に出て、自分もさっさと結婚しなければと苦笑しながら思うのだとばかり思っていたのに。
少し大人びたように見える。彼女ももうすぐ二十代になる。当然だ。美しくなった。そう讃えられるほど輝いて見える。
(結婚するというのに妻以外の女性に見惚れる男は最低だぞ、ベンジャミン)
まだ花嫁の姿は見ていない。本人はとても慎ましやかな結婚式を望んでいたが、互いに王族。そういうわけにもいかず、数えきれないほどのゲストを呼び、大ホールと庭を開放した盛大な結婚式となった。
結婚式の一週間前、チェスターからは『自信がない。ドレスに負ける。二人だけの結婚式であればどんなに良かったか』と書いてあった。
この一年半で彼女のことをよく知れたと思う。向こうも筆豆であるため文通の回数は多く、一回の手紙が結構な長さだった。無口というよりはどう喋っていいのかわからないタイプなのだろうと思った。その証拠に手紙ではよく喋っていた。
怯えすぎだ。そんなことはないと返事はしたが、それが勇気になることはなかっただろう。
「チェスター王女ってどんな人かしら?」
「控えめな王女って聞いたけど」
「慎ましやかな女性なのね。ベンジャミンはどちらかというと引っ張っていくタイプだからお似合いかも」
「そうだね」
「二人を見るのがとても楽しみだわ」
「でも、ベンジャミン王子が会いに来ないのは意外だな。イベリスが到着したって聞けば犬みたいに寄ってくると思ったのに」
ジトッと怒りを宿した目が向けられるとウォルフが慌てて姿勢を正す。
「あ、あの、失言でした」
「あなたは犬って言われるのが嫌いよね?」
「はい……」
「それなのに人を犬呼ばわりするの?」
「犬呼ばわりっていうか……」
「彼は今日、結婚するのよ? 世界で一番美しい妻に会う前に他の女性に会いに来るわけないでしょ? 私が結婚式当日に着飾ったあなたに会うより先に他の男性に会ってもいいの?」
「絶対に嫌です」
「ベンジャミンはそれがちゃんとわかってる人なの。何も意外なんかじゃない」
「すみません……」
本気で叱られたことでない耳が垂れ下がっているのが見えるが、イベリスはよしよしと頭を撫でることはしなかった。先ほどの言葉は侮辱にも近い。見下しているようにすら感じた。
ウォルフは軽口のつもりだろうが、許されない。今日が相手にとっておめでたい日であるからこそ余計に。
(ああ……だから僕は……)
会話が聞こえる距離にいるのも辛い。何故好きなのか。どこを好きになったのか。封印した想いが込み上げそうになるから。
目を閉じ、口元に笑みを浮かべながらゆっくりと息を吐き出し、その場を離れる。
でも不思議と嫉妬はなかった。イベリスが自分以外の男といることへの嫉妬も、ウォルフが自分を見下したことへの怒りもない。笑って済ませられる。
「王子、そろそろお時間です」
「チェスター王女は問題なさそうか?」
「青い顔をしていましたが、問題はなさそうです」
腕を組んで「ふむ」と声を漏らしたベンジャミンは会場ではなくチェスターがいる部屋へと向かった。
「お、王子、式前に花嫁への接触は禁じられています」
「知ったことか。不安な花嫁を放って規則を守る王子になれと言うのならお断りだ。彼女は僕の妻になる女性だ。不安を取り除くのは僕の役目だろう」
王はきっと怒るだろう。こうした日に規則を守れない男が何を守れるんだと。周りには侍女がたくさんいるのだから男が出張る必要はなかったと。ベンジャミンも容易に想像がつく。それでもベンジャミンは規則を破るつもりだった。
チェスター王女がいる部屋のドアをノックして返事を待つ。
「僕だ。ベンジャミンだ」
「お、王子!? ど、どうしてここに!?」
「花嫁に会いに来るのはおかしなことか? 皆が見る前にその美しい花嫁姿を見たいと思ってな」
「ダ、ダメです! お戻りください!」
「何故だ?」
「がっかりさせたくないんです!」
ドアの前で一人首を傾げるベンジャミンは一分間、何度も首を傾げながら考えていた。どう言うべきか、ではなく、何を言っているんだ、と相手の考えを想像していた。
「どうせ君のことだから、やっぱりドレスに負けている。自分のような地味な女にドレスなんて似合うはずがない。ベンジャミン王子はあんなにもイケメンで素敵なのにがっかりさせる、とでも思っているんだろう?」
後ろで執事がやれやれとかぶりを振っていることに気付くも何も言わず言葉を続ける。
「僕は既に君の顔を知っている。ドレス姿も何度も想像した。決して美化はしていない。ありのままを想像してきたつもりだ。たった一度しか会っていなくてもわかる。君の花嫁姿はとても美しいとな」
「そんなこと……」
「なら、僕の前に立って似合っていないと証明してくれ。僕の想像が間違っていたと言わせてくれ」
「それは……」
「どのみち出なければならないんだ。今ここで確認したい」
式まであまり時間がない。侍女たちもソワソワしている。壁にかかっている時計で時間を確認するチェスターが侍女たちの焦りを感じてゆっくり立ち上がった。ドアまでは数歩の距離なのにやけに遠く感じる。ドアを開ける侍女も不安そうにチェスターを見ながら合図をもらってドアを開けた。
ゆっくり開けられたドアの向こうに俯くチェスターが立っている。俯きすぎて顔がよく見えない。ドレスはとても美しい。生地も繊細なレースもデザインも全てが華やかで美しい。
「チェスター」
手紙でさえチェスター王女と呼んでいたベンジャミンからの呼び捨てに驚き、顔を上げた。笑顔を浮かべるベンジャミンと目が合うと不思議と不安が軽くなった気がした。
「ほら、僕の想像は正しかった」
「え……」
「僕の花嫁はこんなにも美しいじゃないか。がっかりする要素がどこにあるというんだ?」
ドレスが豪華すぎる。顔が地味すぎる。それだけでも充分にがっかりさせる要素だとチェスターは思っているが、彼の笑顔があまりにも眩しくて、否定の言葉を吐けなかった。
「わ、私は……」
「化粧も良く似合っているし、この美しいドレスもよく似合っている。まあ、強いて言うなら猫背が気になるぐらいだな」
「あ、す、すみません……」
「君はとても素直で、優しく、美しい心を持っている。そんな女性が美しくないはずがない。君は地味だと言われることを気にしていたが、派手である必要はないし、大人しいことは悪いことではない。自信を持てとは言わない。一朝一夕で持てるものではないからな。僕はよく、持ちすぎていると言われる。まだ自分の自信と結果が見合っていないせいだろう。でもそれを変えるつもりはない。だって、自信に満ちた男は素敵だと君が言ってくれたからな。妻になる女性から言われた言葉を実行し続ける夫はかっこいいだろう?」
自然と、チェスターの背中が伸びていく。幼い頃から背中を丸めて俯くことが癖だったチェスターにとって背筋を伸ばすのは怖いことでもあった。背筋を伸ばしなさいと言われてもできなかった娘に呆れる親を何度見てきたことか。
「うん、やはり美しい」
その言葉が背中を押してくれる。背筋を伸ばしたまま一歩前に踏み出す勇気をくれる。
「僕は先に待っているから、皆に君のその美しい姿を見せつけてやってくれ」
手を上げて去っていったベンジャミンにチェスターは笑顔を見せる。もう一度、鏡の前に立って自分の姿を確認する。相変わらず地味だ。ドレスに負けている。それは間違いない。そばかすを化粧でキレイに隠せても地味さは変わらない。でも、チェスターの表情に暗さはなかった。
「行きましょうか」
その笑顔に侍女たちが安堵する。地味なのは事実で、これからもそれは変わらない。だけど、この姿を彼が美しいと言ってくれたから、それだけでもう俯かないでいられそうだ。
背筋を伸ばして彼が待つ場所へ歩いていくだけ。彼はきっと笑顔で待っていてくれる。それなら自分は彼に恥をかかせないように胸を張って歩かなければならない。
青空の下、美しいドレスに身を包んだチェスターを大勢の人間が祝福しながら見送った。
ベンジャミンの予想どおり、チェスターは口下手らしく、あそこで二人きりになるのは気まずいと思っていたらしい。だからこうして文で話ができるのは嬉しいと書いてあったことを知ったときは思わず感心して王に報告してしまった。
余計なことをするなとベンジャミンには叱られたが、幼い頃からベンジャミンを知っているだけに親心のようなものが自分の中に芽生えていることに執事も気付いたのだ。
「イベリス様が到着されましたよ」
「そうか」
跳ね上がって喜ぶかと思っていたが、意外にも落ち着いている。執事の予想では、窓に張り付いてイベリスの姿を探すと思っていただけにこれまた予想外。
今日は自分たち主役以外は全員がゲスト。特別なゲストはいないため「丁重にもてなせ」という言葉もなかった。
「緊張していますか?」
「当然だ。僕が一人の男になる日だぞ。人の夫となり、妻を持つ身となる。これが緊張せずにいられるか」
そこまでの心構えがあるなら大丈夫そうだと安堵しながら誇りを払うふりをして鼓舞のつもりで軽く背中を叩いた。
会場には世界各国から集まった大勢の王族貴族があちらこちらでワイン片手に談笑しており、その中にイベリスもいた。すぐに見つけられた。
(今日もキレイだ……)
淡いラベンダー色のドレスに身を包み、控えめなパールのアクセサリーを身につける姿に目を奪われる。恋焦がれるほどの想いは胸の奥底にしまった。でもやはり、初恋の人。気にしないようにしても目が追ってしまう。
「すごい結婚式ね。絢爛豪華って感じ」
「理想的?」
「私は小さな会場で家族だけでいいかな」
「森の中のちょっと古びた教会とか?」
「素敵! 小説の挿絵で出てきそう」
「探せば見つかるかも?」
「探さなくていいよ」
「でも、一生に一度の結婚式だし、イベリスの理想的なとこで挙げたいと思ってるから」
「どこでもいいのよ、本当に」
まさか自分たちのほうが先に結婚式を挙げることになるとは思っていなかった。イベリスたちの結婚式に出て、自分もさっさと結婚しなければと苦笑しながら思うのだとばかり思っていたのに。
少し大人びたように見える。彼女ももうすぐ二十代になる。当然だ。美しくなった。そう讃えられるほど輝いて見える。
(結婚するというのに妻以外の女性に見惚れる男は最低だぞ、ベンジャミン)
まだ花嫁の姿は見ていない。本人はとても慎ましやかな結婚式を望んでいたが、互いに王族。そういうわけにもいかず、数えきれないほどのゲストを呼び、大ホールと庭を開放した盛大な結婚式となった。
結婚式の一週間前、チェスターからは『自信がない。ドレスに負ける。二人だけの結婚式であればどんなに良かったか』と書いてあった。
この一年半で彼女のことをよく知れたと思う。向こうも筆豆であるため文通の回数は多く、一回の手紙が結構な長さだった。無口というよりはどう喋っていいのかわからないタイプなのだろうと思った。その証拠に手紙ではよく喋っていた。
怯えすぎだ。そんなことはないと返事はしたが、それが勇気になることはなかっただろう。
「チェスター王女ってどんな人かしら?」
「控えめな王女って聞いたけど」
「慎ましやかな女性なのね。ベンジャミンはどちらかというと引っ張っていくタイプだからお似合いかも」
「そうだね」
「二人を見るのがとても楽しみだわ」
「でも、ベンジャミン王子が会いに来ないのは意外だな。イベリスが到着したって聞けば犬みたいに寄ってくると思ったのに」
ジトッと怒りを宿した目が向けられるとウォルフが慌てて姿勢を正す。
「あ、あの、失言でした」
「あなたは犬って言われるのが嫌いよね?」
「はい……」
「それなのに人を犬呼ばわりするの?」
「犬呼ばわりっていうか……」
「彼は今日、結婚するのよ? 世界で一番美しい妻に会う前に他の女性に会いに来るわけないでしょ? 私が結婚式当日に着飾ったあなたに会うより先に他の男性に会ってもいいの?」
「絶対に嫌です」
「ベンジャミンはそれがちゃんとわかってる人なの。何も意外なんかじゃない」
「すみません……」
本気で叱られたことでない耳が垂れ下がっているのが見えるが、イベリスはよしよしと頭を撫でることはしなかった。先ほどの言葉は侮辱にも近い。見下しているようにすら感じた。
ウォルフは軽口のつもりだろうが、許されない。今日が相手にとっておめでたい日であるからこそ余計に。
(ああ……だから僕は……)
会話が聞こえる距離にいるのも辛い。何故好きなのか。どこを好きになったのか。封印した想いが込み上げそうになるから。
目を閉じ、口元に笑みを浮かべながらゆっくりと息を吐き出し、その場を離れる。
でも不思議と嫉妬はなかった。イベリスが自分以外の男といることへの嫉妬も、ウォルフが自分を見下したことへの怒りもない。笑って済ませられる。
「王子、そろそろお時間です」
「チェスター王女は問題なさそうか?」
「青い顔をしていましたが、問題はなさそうです」
腕を組んで「ふむ」と声を漏らしたベンジャミンは会場ではなくチェスターがいる部屋へと向かった。
「お、王子、式前に花嫁への接触は禁じられています」
「知ったことか。不安な花嫁を放って規則を守る王子になれと言うのならお断りだ。彼女は僕の妻になる女性だ。不安を取り除くのは僕の役目だろう」
王はきっと怒るだろう。こうした日に規則を守れない男が何を守れるんだと。周りには侍女がたくさんいるのだから男が出張る必要はなかったと。ベンジャミンも容易に想像がつく。それでもベンジャミンは規則を破るつもりだった。
チェスター王女がいる部屋のドアをノックして返事を待つ。
「僕だ。ベンジャミンだ」
「お、王子!? ど、どうしてここに!?」
「花嫁に会いに来るのはおかしなことか? 皆が見る前にその美しい花嫁姿を見たいと思ってな」
「ダ、ダメです! お戻りください!」
「何故だ?」
「がっかりさせたくないんです!」
ドアの前で一人首を傾げるベンジャミンは一分間、何度も首を傾げながら考えていた。どう言うべきか、ではなく、何を言っているんだ、と相手の考えを想像していた。
「どうせ君のことだから、やっぱりドレスに負けている。自分のような地味な女にドレスなんて似合うはずがない。ベンジャミン王子はあんなにもイケメンで素敵なのにがっかりさせる、とでも思っているんだろう?」
後ろで執事がやれやれとかぶりを振っていることに気付くも何も言わず言葉を続ける。
「僕は既に君の顔を知っている。ドレス姿も何度も想像した。決して美化はしていない。ありのままを想像してきたつもりだ。たった一度しか会っていなくてもわかる。君の花嫁姿はとても美しいとな」
「そんなこと……」
「なら、僕の前に立って似合っていないと証明してくれ。僕の想像が間違っていたと言わせてくれ」
「それは……」
「どのみち出なければならないんだ。今ここで確認したい」
式まであまり時間がない。侍女たちもソワソワしている。壁にかかっている時計で時間を確認するチェスターが侍女たちの焦りを感じてゆっくり立ち上がった。ドアまでは数歩の距離なのにやけに遠く感じる。ドアを開ける侍女も不安そうにチェスターを見ながら合図をもらってドアを開けた。
ゆっくり開けられたドアの向こうに俯くチェスターが立っている。俯きすぎて顔がよく見えない。ドレスはとても美しい。生地も繊細なレースもデザインも全てが華やかで美しい。
「チェスター」
手紙でさえチェスター王女と呼んでいたベンジャミンからの呼び捨てに驚き、顔を上げた。笑顔を浮かべるベンジャミンと目が合うと不思議と不安が軽くなった気がした。
「ほら、僕の想像は正しかった」
「え……」
「僕の花嫁はこんなにも美しいじゃないか。がっかりする要素がどこにあるというんだ?」
ドレスが豪華すぎる。顔が地味すぎる。それだけでも充分にがっかりさせる要素だとチェスターは思っているが、彼の笑顔があまりにも眩しくて、否定の言葉を吐けなかった。
「わ、私は……」
「化粧も良く似合っているし、この美しいドレスもよく似合っている。まあ、強いて言うなら猫背が気になるぐらいだな」
「あ、す、すみません……」
「君はとても素直で、優しく、美しい心を持っている。そんな女性が美しくないはずがない。君は地味だと言われることを気にしていたが、派手である必要はないし、大人しいことは悪いことではない。自信を持てとは言わない。一朝一夕で持てるものではないからな。僕はよく、持ちすぎていると言われる。まだ自分の自信と結果が見合っていないせいだろう。でもそれを変えるつもりはない。だって、自信に満ちた男は素敵だと君が言ってくれたからな。妻になる女性から言われた言葉を実行し続ける夫はかっこいいだろう?」
自然と、チェスターの背中が伸びていく。幼い頃から背中を丸めて俯くことが癖だったチェスターにとって背筋を伸ばすのは怖いことでもあった。背筋を伸ばしなさいと言われてもできなかった娘に呆れる親を何度見てきたことか。
「うん、やはり美しい」
その言葉が背中を押してくれる。背筋を伸ばしたまま一歩前に踏み出す勇気をくれる。
「僕は先に待っているから、皆に君のその美しい姿を見せつけてやってくれ」
手を上げて去っていったベンジャミンにチェスターは笑顔を見せる。もう一度、鏡の前に立って自分の姿を確認する。相変わらず地味だ。ドレスに負けている。それは間違いない。そばかすを化粧でキレイに隠せても地味さは変わらない。でも、チェスターの表情に暗さはなかった。
「行きましょうか」
その笑顔に侍女たちが安堵する。地味なのは事実で、これからもそれは変わらない。だけど、この姿を彼が美しいと言ってくれたから、それだけでもう俯かないでいられそうだ。
背筋を伸ばして彼が待つ場所へ歩いていくだけ。彼はきっと笑顔で待っていてくれる。それなら自分は彼に恥をかかせないように胸を張って歩かなければならない。
青空の下、美しいドレスに身を包んだチェスターを大勢の人間が祝福しながら見送った。
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