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イベリス復活編

フローラリア4

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 とりあえず手紙を書いた以上は現地を離れるわけにはいかないため、ミュゲットたちからなんらかの反応があるまではフローラリアへの滞在を決めた。
 フローラリアの現状を更に把握するためにも出かけられる場所に出かけながら情報収集。

「その葉っぱ捨てたら?」
「いいじゃん。傘よりデカい」

 ウォルフが何かをデカいという違和感を持ったのはサーシャだけでなくイベリスも同じ。彼が持つとなんでも小さく見えるのに、それに気付いていないのは本人だけ。イベリスがクスッと笑うと必ずウォルフが勝ち誇ったような顔をする。そのたびに葉っぱを日傘代わりにするウォルフには絶対に氷の保護はやらんと心の中で誓い直す。

「危ない!」
「イベリス様!?」

 突然駆け出したイベリスの腕を反射的にウォルフが掴むもイベリスはその手を掴んで駆けていく。
 前方を歩く女性の表情は虚ろで、今にも倒れそうなほどフラついている。イベリスの手を離してウォルフが先に女性のもとへ着くと糸が切れたように倒れ込んだ身体を受け止めた。

「大丈夫!?」

 ウォルフが離したイベリスの手を瞬時に掴んだサーシャと共に追いつき、顔を覗き込むも意識はない。女性は苦しげに胸を上下させ、異常な量の汗をかいている。

「熱中症か」
「サーシャお願い」

 女性の身体に薄く氷の膜を張って体温を下げる。じわりとすぐに溶け始める氷が彼女の体温の高さを表している。

「とりあえず医者に運ぼう」

 女性を抱え、道行く人に病院を聞きながら向かう。

「病院が二つしかないってマジかよ」
「それほど大きくない島だもの。仕方ないわ」

 それで今まで足りていたのだろうが、この常軌を逸した暑さに倒れる者が現れている以上は病院と医者を増やす必要がある。しかし、医者の資格はそう簡単に取れるものではない。島国であろうと手術が必要になることはある。一箇所に最低でも二人は配置されておいたほうがいいが、一体どのぐらいいるのか。
 とりあえず近くの病院に着いたはいいが、そこには目を見張る現状が広がっていた。

「なんだこれ……」

 小さな島に二つしかない病院ともなれば大体の予想はできていたが、予想以上に人が溢れ返っている。簡易的に作られたテントの下で休む患者の顔色は悪く、これほど暑いというのに厚手の毛布をかぶって震えている者もいる。熱された地面の上にシートを敷いて寝転ぶ患者たちを診る医者も看護師も汗だくになって駆け回っていた。

「しっかりして! 目を開けて!」

 まだ幼い息子を腕に抱きながら必死に息子に呼びかける母親が「先生早く助けて!」と声を上げる。母親が垂らす汗が子供の顔に落ちるも表情の反応はない。子供は既に意識朦朧となっていた。
 その光景にサーシャが思い出すのは幼い弟が苦しむ姿と医者に縋り付くも匙を投げられ泣き叫ぶ母親の姿。
 拳を握ったサーシャが駆け出し、少年に手を当てた。うっすらと氷の膜が張る我が子に戸惑うも母親は何をするんだと叫ぶことはなかった。高すぎる体温をどうにかして下げなければと思っていたからだ。

「これを握って溶かして飲ませて!」

 サーシャは氷は作れるが水は作れない。だから早く溶けるようにできるだけ小さな氷を用意して母親の手に握らせた。
 母親は感謝を口にしようとしたが、それよりも先にサーシャが病院へと駆けていく。

「順番だよ! 並んでくれ!!」
「手伝うわ!」
「看護師か!?」
「違う。私が手伝えるのはこれだけ」

 手袋を脱いだサーシャの手を見て医者が驚く。普通の人間ではあり得ない冷気が出ている。その手を壁に当てると壁が凍り、天井と床に広がっていく。あっという間に外観まで凍らせ、室内にこもっていた熱気があっという間に消えた。
 窓を全開にしても熱波が流れ込み、それが滞留していた室内が冷え、医者も看護師も患者も無意識に深い呼吸を繰り返す。今まで熱波を吸い込みすぎないように浅い呼吸を繰り返していたため久しぶりの深呼吸につい笑みが溢れた。
 しかし、その笑顔も長くは続かない。

「外で待機してる患者を全て中へ移動させて! 布はある? ガーゼでもなんでもいい!」
「向こうに!」
「氷を用意するから患者に配って!」

 サーシャの指示で看護師が患者たちに中へ入るよう伝え、動けない患者はウォルフが抱えて運び入れる。床に寝そべっても壁にもたれかかっても身体の熱が取れていく。お湯と化していた水を氷に変えて窓辺に置くだけで溶けていく。そこに氷を入れて氷水を作る。それに浸した包帯を患者の身体に巻いていく。氷を包んだ布は患者一人一人にイベリスが渡して回った。
 次から次へと運ばれてくる高熱の患者たちに処置を施し、ようやく落ちたのは日が暮れてからだった。

「はー! 終わったー! 冷てー!」

 急患の波が止むと一番に大きな声を出したのは医者だった。まだ若い。それこそサーシャと同じ年頃だろう男が白衣を脱ぎ捨て、冷えた床に寝転んで四肢を投げ出した。

「今のフローラリアでこんな冷えたものに触れられるなんてな。君に感謝しなくては。ありがとう」

 床に寝転んだまま感謝を口にする人間は少ないだろうと三人は同じことを思いながら同じ人間を見つめている。

「あれが毎日起こってるの?」
「毎日……だね。フローラリアの人間は基本的に暑さには慣れてる。だが、ここ数年の気温上昇は異常だ。暑いというより熱い。茹るような暑さよりも肌の火傷を訴える患者が多くてね。だけど、この気温では氷なんて手に入らないから清涼剤なんかを塗って誤魔化すぐらいしかできることはなかった。気休めにもならない治療しかできない自分が情けなかったけど、今日は久しぶりに医者らしいことができた。本当に助かったよ」

 疲弊している看護師たちも床に座り込んで壁に背を預けている。建物全体が冷えているため涼しいはずだが、それでも忙しさに動き回っていた彼らの熱は誰よりも高い。それぞれが三人に頭を下げながら感謝を口にする。

「明日も同じ状況になるのか?」
「僕らは熱帯病と呼んでるんだけど、フローラリアのこの熱が下がらない限りは毎日続くよ」
「原因は?」
「武装集団が持つ巨大な太陽の石だ」
「破壊する方法は?」
「石の核まで冷やしきること。そうすれば石は力を失って砕ける」
「詳しいな」
「僕の両親は科学者でね。なんにでも興味を持つし、納得いくまで調べるのが趣味だったから。僕は彼らが話し終えるまで聞く係だったから知識だけは人一倍」

 冷やしきるならサーシャだけでもできるかもしれない。正面突破でアジトへと乗り込んで石を奪えばサーシャに核まで冷やしてもらって破壊する。簡単な作業だが、驚かない二人に医者が付け足す。

「太陽の石はかなり高温なんだ。その名のとおり、太陽のような熱を持つ。石の大きさ次第で熱の効力は上がる。武装集団は地下に保管しているらしいから探すのも一苦労だと思うよ」
「地下に保管してるから地面を通して島全体の熱を上げてるってわけね」
「これだけの熱を発生させるほどの大きな石だ。どこまで近付けるか」

 氷帝への対抗策として太陽の石を手に入れたのだろう。離れていてこれだけの熱に悩まされるのなら石本体に近付けばどれほどの熱を受けるのか想像もつかない。核まで冷やせばという単純な話も近付くという難題が待ち構えている。それでも誰かがやらなければならない。

「ずっと監視が?」
「そうだね。氷帝に知らせようにも手紙は全てチェックを受けるから出すこともできない。グラキエスには船が出ないし、今のとこ、お手上げ状態でね」

 自ら船を出そうにもグラキエスまでかなりの距離がある。あの大海原を越えられるような船を持っている人間はフローラリアにはいない。直通船が出ていないのであればどこかを経由して行かなければならず、バレたときのことをそこまでして伝えようとする者がフローラリアにはいなかった。我慢すればいつかは終わる。そう信じて生きるしかない彼らの様子にサーシャの怒りが強まる。

「サーシャ、落ち着け。全部凍らせんな」

 怒りによって魔力が上がるサーシャの肩に触れると手が凍り始めたため慌てて手を振って氷を払う。

「待ってられない……」
「待つしかないだろ」
「明日も明後日もあんな悲惨な光景が続くのよ!? 誰かがやらなきゃ死者が出る!」

 医者に匙を投げられたからと泣きじゃくっていては弟は死んでしまう。幼くして死神を待つだけだった弟のために魔女を頼り、殺されるかもしれないイベリスのためにサーシャは我が身を差し出した。彼女が抱いている怒りも理解はできるが、暴走させる訳にはいかないとイベリスに目配せして止めてくれるよう頼んだ。

「サーシャ、あのね、とりあえず──」
「とりあえず明日も手伝ってもらえると嬉しいな」

 医者の言葉にサーシャが視線を下ろす。

「君の言うとおり、明日も明後日も患者は来る。氷はどれだけあっても足りない。北の病院に張り紙をして全員こっちに移ってもらったほうがいいかもしれないな。幸いにもこの建物は三階建て。雑魚寝になって申し訳ないけど、涼を取って治るならそれぐらいは我慢してもらおう」

 老人には大変な移動だろうが、冷えた建物にいたほうがいいに決まっている。サーシャの魔法は遠隔ではどうにもならないため北にある病院まで的確に冷やすことはできない。

「イベリス様、大丈夫ですか? 疲れてませんか?」
「もちろんよ。人の役に立てるって嬉しいわ。それに、心配性のサーシャがフルパワーで働けるように私もここに居たほうがいいでしょ?」

 今この場所で必要とされているのはサーシャで、動けなくなった重症者の移動にはウォルフのパワーが必要。自分は言われたことをするしかできない。ふと思い出すのは自分の家やテロスにいた使用人たち。彼らは毎日こうして小さなことを繰り返していた。終わりのない今日も明日も一年後も十年後も同じことをしているかもしれない。立派な仕事だと思った。もっと感謝するべきだったとも。

「悪いね。まさかここで氷魔法を使える美女と出会うとは思ってなかったから嬉しいよ。俺はリオ。医者になりたての二十五歳だ」
「俺はウォルフ。こちらは俺の婚約者で恋人で最愛の人であるイベリス様。これはサーシャ」

 粗末な紹介の仕方にウォルフの拳を殴るとウォルフの腕に氷が張り始める。冷えすぎて痛いと慌てて払い落とす様子を見てリオたちが笑う。

「繊細な仕事は得意じゃないけど、力仕事なら任せてくれ。手伝えることあるか?」
「山のように。入りきらない患者を休ませるためのシェードを張りたいし、氷嚢を作るための布を倉庫から出してこなきゃならない。休みなしで働き続けているから彼女たちを早く休ませてあげたいと終わり次第帰らせてたら補充が追いついてない物がたくさんあるんだよ」
「手伝うよ」
「助かる!」

 アルフローレンスが来れば状況は変わるだろう。そう信じるしかない。自分たちがやったところで反グラキエス派の考えは変わらない。変えられるのはミュゲットとアルフローレンスの二人だけ。手紙を読めばすぐにやってくるだろう。それを信じて自分たちにやれることをやろうと決めた。
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