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イベリス復活編
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また始まった長い旅。
リーダスの地に降り立ったイベリスはその美しい街並みをぐるりと見回す。木が多く、自然が美しい街並みの中をゆっくりと歩く。空気の良さが気持ちいいのか、マシロの足取りも軽いように見える。同じように犬の散歩をしている者も多く、すれ違うときに誰もが挨拶をくれる。
「素敵な街ね」
「そうですね。こうしてゆっくり歩くのも久しぶりですし、空気が良いので気持ちいいですね。ベンジャミン王子がこんなところで育ったなんて信じられませんよ」
ウォルフの中でベンジャミンはあまり良い印象はない。傲慢なわがまま王子。こんな美しい街で育った人間とは思えないような印象しか持っていないウォルフの言葉にイベリスが小さく笑い声をこぼす。
「では、私はここで」
「またあとでね」
「商品凍らせんなよ」
ウォルフのことは相変わらず無視をしているサーシャはイベリスにだけ笑顔を向けて別の通りへと向かう。
ベンジャミンには報告と感謝を伝えに行くのに自分は必要ないと、リーダスでは家族へのお土産を買おうと思うと別行動を申告した。
サーシャが自ら家族にお土産をと言ったことがイベリスは嬉しく、良い考えだとハシャいだ。
「ベンジャミンはとても良い人よ。人は誰でも間違うものだし、その反省をどう活かせるかで変わる。彼はとても良い人間になったのよ。優しくて思いやりある素晴らしい人に」
「イベリス様にはそうですけどね。下心ですよ」
「下心でも優しくできない人間よりずっと良いと思う」
「俺は嫌ですよ。下心持った男が自分の大事な相手に寄っていくなんて──」
「イベリスー!!」
聞きたくない声に言葉を遮られ、この瞬間にもウォルフの中でベンジャミンの印象は悪くなっていく。
城へと続く坂道の前で待っていたベンジャミンが嬉しそうに表情を輝かせながら駆け寄ってくる。イベリスはそれに手を振りながら「ベンジャミン」と名前を呼んだ。
「……イベリス……?」
ベンジャミンの足が止まる。当然だ。彼は何も知らない。忘れていたことを思い出しても彼は何も知らないのだから、何故イベリスが自分の名前を呼んだのか理解できていない。
「声が、出せるようになったのか……?」
「うん」
「僕の声が、聞こえるのか?」
「うん」
「ま、魔法か?」
「うん」
どこの国の、なんていう魔法使いに頼んだのか、なんて聞きはしない。そんなことはどうだっていい。なんだっていい。大事なのは今この瞬間、イベリスが自分の声を聞いて顔を上げ、自分の名前を呼び、微笑んでいること。
涙が出そうだ。
「ベンジャミン、元気そうね」
「当たり前だ。僕が元気がないとお前は心配するだろう。だから僕はずっと元気でいると決めたんだ」
「私のためじゃなくて皆のために元気でいなくちゃ」
「それはもちろんだが、お前のためにも、だ」
普通に話せている。何も必要ない。自分が言ったことにすぐ笑ってくれる。たったそれだけのことで涙が溢れそうになる。
「ベンジャミン? 大丈夫?」
「も、もちろんだ! 今日は空気が乾燥しているから目が乾いてな!」
この世界は優しい人ばかりだとイベリスは思う。泣くことは恥ずかしいことではないが、やはり男性は我慢しようとする。目を擦って笑うベンジャミンにイベリスは手紙を差し出した。
「これは?」
受け取った封筒には何度も見たイベリスの文字で住所とベンジャミンの名前が書いてあり、裏面にはイベリスの名前が書いてある。
「返事。会って渡そうと思って」
「あ、なるほど。手渡しでもらえるのは嬉しいな」
「ふふっ、まだ読まないでね」
「ああ。お前が帰ってから読もう。一人でじっくりな」
どちらかといえばゆっくり味わって読みたいためイベリスの前で読むつもりはなかった。イベリスとの時間は一秒だって無駄にはしたくない。イベリスを前に他のことをするぐらいならどんなくだらない内容でも話をしたほうがいいに決まっている。
「さ、馬車を待たせているんだ。行こう。話は向こうでゆっくりしようじゃないか。護衛は別の馬車に──」
「婚約者です」
耳を疑う言葉に停止したベンジャミンの目にはウォルフが映っている。婚約者という言葉が何度も何度も何度も何度も頭の中で繰り返され、花火のように打ち上がって一段と大きく表示された。
上手く動かなくなった秒針のようにイベリスを見ようとするもすぐにウォルフを見てしまう。
「イ、イベリス……け、結婚するのか?」
「そのうちね」
「俺はいつでもいいんですけど、イベリスがそのうちというので今はまだ婚約者です」
グラキエスで会ったときはイベリス様、だったのに呼び捨てにしている。護衛として一緒にいるのだから誰よりも長い時間を過ごしている二人の関係がそうなってもおかしくはないが、ベンジャミンはふと引っかかったことを問いかけた。
「獣人族と一緒になることをご両親は許したのか?」
「驚いてはいたけど、気にしてないみたい」
ファーディナンドのことではなく、両親のことを機にするということはベンジャミンの記憶にはミュゲットがテロスの皇妃だったという記憶はないということか、とウォルフは考える。
「お二人はどこで出会われたんですか?」
どこまで探っていいのかわからず問いかけたのだが、イベリスにとっても助け舟となった。
「パーティーで出会ったんだ。僕は当時、彼女にとても失礼なことをした。それを反省して手紙を送ったのがはじまりだ」
「ふふっ、懐かしい」
「僕が何故伯爵令嬢ごときに偉そうに言われなければならないんだって、そんなことを言っていた日が懐かしいな」
「そうね」
ベンジャミンの中にイベリスがテロスの皇妃だった記憶はないと確信する。あの魔女が性悪であることは間違いないが、イベリスには甘かった。苦しい言い訳をしなくてもいいようにしてくれているのだ。
イベリスの笑顔を見たベンジャミンは一度目を閉じ、ゆっくり息を吐き出してから目を開ける。
「彼と婚約して幸せか?」
「ええ、とっても」
「それならいい」
その言葉が全てだ。自分が割って入ることも文句もない。幸せだと笑えているなら自分でなくてもいいと心から思えている自分が誇らしかった。
「結婚してからも僕とは文通を続けてくれるんだろう?」
「ええ、もちろんよ。あなたの話はとっても面白いから私の楽しみの一つなの」
「僕の話を面白いと言うのはお前ぐらいだぞ」
「そんなことない。あなたの話を面白いって言ってくれる令嬢はきっと他にもたくさんいるはずよ」
イベリスでなければ意味がない。そう思っていても言葉にはできない。彼女にはもう幸せにしてくれる相手が見つかったのだから自分の欲は関係ない。彼女が幸せであればいい。それは真実でもあり強がりでもある。イベリスと結婚できるならしたかった。その想いは間違いなく心の奥底にあって、今も少し悔しさとショックが胸にある。
「お前がそう言うなら僕も結婚相手を探してもいいかな。父上がうるさいんだ」
「当然よ。あなたは優しいし、お話も面白い魅力ある男性だもの。ご両親もそれがわかってるから結婚させたいんじゃない?」
「僕は、まあ、いつでも構わないけどな」
心に決めた相手がいると言い続けた一年間。両親の困った顔を何度見たことか。それでも、一年で済んでよかったのかもしれない。
馬車のドアを従者が開け、三人が乗り込むと馬車は城に向かって走り出した。
「また何か贈らなくてはならないな」
「暫くは旅をするつもりなの」
「じゃあ僕はどこに手紙を出せばいいんだ?」
「実家に出して。私はあちこちから手紙を送るから」
「わかった。そうしよう」
まとめて読まれるのは少し恥ずかしい気もするが、相手が実家に帰ったとき、自分が出した手紙を読むことに多くの時間を使ってくれることが嬉しいと思ってしまう。どんな顔をして読むのか見ることができないのが唯一の残念な点。
隣に座って静かにしているウォルフを見ると目が合った。背が高く、筋肉質で整った顔。よくモテるだろうと容易に想像がつく。イベリスは顔で選ぶ真似はしないとわかっていても、勝ち目がない相手に少し嫉妬していた。
「イベリスは良い奴だ。優しくて思いやりある素晴らしい女性だ」
「知ってます」
「何があろうと泣かせるな」
「もちろんです」
「もし、一粒でも流させようものなら僕が迎えに行くぞ」
「はい」
堂々たる返事に静かに頷いたベンジャミンがイベリスを見ると驚いた顔をしていることに気付いた。
「結婚式には呼んでくれ。お前の花嫁姿が見たい」
「来てくれるの? とっても遠いのよ?」
「お前だって、とっても遠いのに来てくれたじゃないか」
「旅行がてらよ」
「僕だってそうだ」
「旅行がてら結婚式に参加するの?」
わざと不満げな顔をして見せるイベリスに笑いながら頷くベンジャミンは至極楽しそうで、イベリスが交わす自分とはまた違った軽口にウォルフは少し羨ましくなる。
「結婚式がてらリンベルを旅行するんだ。リンベルはとても美しい国なんだろう?」
「リーダスと同じぐらいにね」
「お前が育った街を見るのが楽しみだ」
「招待状には出席の文字だけ載せておくから」
「欠席の選択肢は必要ないからな」
ベンジャミンはきっと、できることならイベリスと結婚したかっただろう。あの手紙はイベリスがファーディナンドの妻だったから強がってあんな風に書いただけな気がしていた。今、もう一度、あのときのような手紙を書けばベンジャミンは告白していたのではないかと思う。婚約者がいない、ただの公爵令嬢であるイベリスになら文通相手のままでいたいとは言わないはず。
魔女はどこまで記憶を改竄したのかわからない。あんな手紙の内容は彼の中では何か別のものになっているのかもしれない。それでもウォルフはあの手紙を読んだ。綴られていた彼の愛を。
自分の妻となる女性がこれからも男と文通を続けるのは正直なところ容易に受け入れ難くはあるが、ベンジャミンならと思う自分もいる。イベリスを見つめるその瞳には確かな愛があるものの、同時に見守るような視線でもあったから。
「婚約おめでとう」
「ありがとう、ベンジャミン」
自分の名を呼ぶその柔らかな声を記憶に残すように目を閉じながら微笑み、何度も頷いていた。
リーダスの地に降り立ったイベリスはその美しい街並みをぐるりと見回す。木が多く、自然が美しい街並みの中をゆっくりと歩く。空気の良さが気持ちいいのか、マシロの足取りも軽いように見える。同じように犬の散歩をしている者も多く、すれ違うときに誰もが挨拶をくれる。
「素敵な街ね」
「そうですね。こうしてゆっくり歩くのも久しぶりですし、空気が良いので気持ちいいですね。ベンジャミン王子がこんなところで育ったなんて信じられませんよ」
ウォルフの中でベンジャミンはあまり良い印象はない。傲慢なわがまま王子。こんな美しい街で育った人間とは思えないような印象しか持っていないウォルフの言葉にイベリスが小さく笑い声をこぼす。
「では、私はここで」
「またあとでね」
「商品凍らせんなよ」
ウォルフのことは相変わらず無視をしているサーシャはイベリスにだけ笑顔を向けて別の通りへと向かう。
ベンジャミンには報告と感謝を伝えに行くのに自分は必要ないと、リーダスでは家族へのお土産を買おうと思うと別行動を申告した。
サーシャが自ら家族にお土産をと言ったことがイベリスは嬉しく、良い考えだとハシャいだ。
「ベンジャミンはとても良い人よ。人は誰でも間違うものだし、その反省をどう活かせるかで変わる。彼はとても良い人間になったのよ。優しくて思いやりある素晴らしい人に」
「イベリス様にはそうですけどね。下心ですよ」
「下心でも優しくできない人間よりずっと良いと思う」
「俺は嫌ですよ。下心持った男が自分の大事な相手に寄っていくなんて──」
「イベリスー!!」
聞きたくない声に言葉を遮られ、この瞬間にもウォルフの中でベンジャミンの印象は悪くなっていく。
城へと続く坂道の前で待っていたベンジャミンが嬉しそうに表情を輝かせながら駆け寄ってくる。イベリスはそれに手を振りながら「ベンジャミン」と名前を呼んだ。
「……イベリス……?」
ベンジャミンの足が止まる。当然だ。彼は何も知らない。忘れていたことを思い出しても彼は何も知らないのだから、何故イベリスが自分の名前を呼んだのか理解できていない。
「声が、出せるようになったのか……?」
「うん」
「僕の声が、聞こえるのか?」
「うん」
「ま、魔法か?」
「うん」
どこの国の、なんていう魔法使いに頼んだのか、なんて聞きはしない。そんなことはどうだっていい。なんだっていい。大事なのは今この瞬間、イベリスが自分の声を聞いて顔を上げ、自分の名前を呼び、微笑んでいること。
涙が出そうだ。
「ベンジャミン、元気そうね」
「当たり前だ。僕が元気がないとお前は心配するだろう。だから僕はずっと元気でいると決めたんだ」
「私のためじゃなくて皆のために元気でいなくちゃ」
「それはもちろんだが、お前のためにも、だ」
普通に話せている。何も必要ない。自分が言ったことにすぐ笑ってくれる。たったそれだけのことで涙が溢れそうになる。
「ベンジャミン? 大丈夫?」
「も、もちろんだ! 今日は空気が乾燥しているから目が乾いてな!」
この世界は優しい人ばかりだとイベリスは思う。泣くことは恥ずかしいことではないが、やはり男性は我慢しようとする。目を擦って笑うベンジャミンにイベリスは手紙を差し出した。
「これは?」
受け取った封筒には何度も見たイベリスの文字で住所とベンジャミンの名前が書いてあり、裏面にはイベリスの名前が書いてある。
「返事。会って渡そうと思って」
「あ、なるほど。手渡しでもらえるのは嬉しいな」
「ふふっ、まだ読まないでね」
「ああ。お前が帰ってから読もう。一人でじっくりな」
どちらかといえばゆっくり味わって読みたいためイベリスの前で読むつもりはなかった。イベリスとの時間は一秒だって無駄にはしたくない。イベリスを前に他のことをするぐらいならどんなくだらない内容でも話をしたほうがいいに決まっている。
「さ、馬車を待たせているんだ。行こう。話は向こうでゆっくりしようじゃないか。護衛は別の馬車に──」
「婚約者です」
耳を疑う言葉に停止したベンジャミンの目にはウォルフが映っている。婚約者という言葉が何度も何度も何度も何度も頭の中で繰り返され、花火のように打ち上がって一段と大きく表示された。
上手く動かなくなった秒針のようにイベリスを見ようとするもすぐにウォルフを見てしまう。
「イ、イベリス……け、結婚するのか?」
「そのうちね」
「俺はいつでもいいんですけど、イベリスがそのうちというので今はまだ婚約者です」
グラキエスで会ったときはイベリス様、だったのに呼び捨てにしている。護衛として一緒にいるのだから誰よりも長い時間を過ごしている二人の関係がそうなってもおかしくはないが、ベンジャミンはふと引っかかったことを問いかけた。
「獣人族と一緒になることをご両親は許したのか?」
「驚いてはいたけど、気にしてないみたい」
ファーディナンドのことではなく、両親のことを機にするということはベンジャミンの記憶にはミュゲットがテロスの皇妃だったという記憶はないということか、とウォルフは考える。
「お二人はどこで出会われたんですか?」
どこまで探っていいのかわからず問いかけたのだが、イベリスにとっても助け舟となった。
「パーティーで出会ったんだ。僕は当時、彼女にとても失礼なことをした。それを反省して手紙を送ったのがはじまりだ」
「ふふっ、懐かしい」
「僕が何故伯爵令嬢ごときに偉そうに言われなければならないんだって、そんなことを言っていた日が懐かしいな」
「そうね」
ベンジャミンの中にイベリスがテロスの皇妃だった記憶はないと確信する。あの魔女が性悪であることは間違いないが、イベリスには甘かった。苦しい言い訳をしなくてもいいようにしてくれているのだ。
イベリスの笑顔を見たベンジャミンは一度目を閉じ、ゆっくり息を吐き出してから目を開ける。
「彼と婚約して幸せか?」
「ええ、とっても」
「それならいい」
その言葉が全てだ。自分が割って入ることも文句もない。幸せだと笑えているなら自分でなくてもいいと心から思えている自分が誇らしかった。
「結婚してからも僕とは文通を続けてくれるんだろう?」
「ええ、もちろんよ。あなたの話はとっても面白いから私の楽しみの一つなの」
「僕の話を面白いと言うのはお前ぐらいだぞ」
「そんなことない。あなたの話を面白いって言ってくれる令嬢はきっと他にもたくさんいるはずよ」
イベリスでなければ意味がない。そう思っていても言葉にはできない。彼女にはもう幸せにしてくれる相手が見つかったのだから自分の欲は関係ない。彼女が幸せであればいい。それは真実でもあり強がりでもある。イベリスと結婚できるならしたかった。その想いは間違いなく心の奥底にあって、今も少し悔しさとショックが胸にある。
「お前がそう言うなら僕も結婚相手を探してもいいかな。父上がうるさいんだ」
「当然よ。あなたは優しいし、お話も面白い魅力ある男性だもの。ご両親もそれがわかってるから結婚させたいんじゃない?」
「僕は、まあ、いつでも構わないけどな」
心に決めた相手がいると言い続けた一年間。両親の困った顔を何度見たことか。それでも、一年で済んでよかったのかもしれない。
馬車のドアを従者が開け、三人が乗り込むと馬車は城に向かって走り出した。
「また何か贈らなくてはならないな」
「暫くは旅をするつもりなの」
「じゃあ僕はどこに手紙を出せばいいんだ?」
「実家に出して。私はあちこちから手紙を送るから」
「わかった。そうしよう」
まとめて読まれるのは少し恥ずかしい気もするが、相手が実家に帰ったとき、自分が出した手紙を読むことに多くの時間を使ってくれることが嬉しいと思ってしまう。どんな顔をして読むのか見ることができないのが唯一の残念な点。
隣に座って静かにしているウォルフを見ると目が合った。背が高く、筋肉質で整った顔。よくモテるだろうと容易に想像がつく。イベリスは顔で選ぶ真似はしないとわかっていても、勝ち目がない相手に少し嫉妬していた。
「イベリスは良い奴だ。優しくて思いやりある素晴らしい女性だ」
「知ってます」
「何があろうと泣かせるな」
「もちろんです」
「もし、一粒でも流させようものなら僕が迎えに行くぞ」
「はい」
堂々たる返事に静かに頷いたベンジャミンがイベリスを見ると驚いた顔をしていることに気付いた。
「結婚式には呼んでくれ。お前の花嫁姿が見たい」
「来てくれるの? とっても遠いのよ?」
「お前だって、とっても遠いのに来てくれたじゃないか」
「旅行がてらよ」
「僕だってそうだ」
「旅行がてら結婚式に参加するの?」
わざと不満げな顔をして見せるイベリスに笑いながら頷くベンジャミンは至極楽しそうで、イベリスが交わす自分とはまた違った軽口にウォルフは少し羨ましくなる。
「結婚式がてらリンベルを旅行するんだ。リンベルはとても美しい国なんだろう?」
「リーダスと同じぐらいにね」
「お前が育った街を見るのが楽しみだ」
「招待状には出席の文字だけ載せておくから」
「欠席の選択肢は必要ないからな」
ベンジャミンはきっと、できることならイベリスと結婚したかっただろう。あの手紙はイベリスがファーディナンドの妻だったから強がってあんな風に書いただけな気がしていた。今、もう一度、あのときのような手紙を書けばベンジャミンは告白していたのではないかと思う。婚約者がいない、ただの公爵令嬢であるイベリスになら文通相手のままでいたいとは言わないはず。
魔女はどこまで記憶を改竄したのかわからない。あんな手紙の内容は彼の中では何か別のものになっているのかもしれない。それでもウォルフはあの手紙を読んだ。綴られていた彼の愛を。
自分の妻となる女性がこれからも男と文通を続けるのは正直なところ容易に受け入れ難くはあるが、ベンジャミンならと思う自分もいる。イベリスを見つめるその瞳には確かな愛があるものの、同時に見守るような視線でもあったから。
「婚約おめでとう」
「ありがとう、ベンジャミン」
自分の名を呼ぶその柔らかな声を記憶に残すように目を閉じながら微笑み、何度も頷いていた。
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