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イベリス復活編

皆で一緒に

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 翌日、朝食を食べ終えたあと、母親に「お客様よ」と言われて二人で向かった。外にいた人物に二人は驚いたが、そこからの反応が違った。

「サーシャ!!」
「はあッ!?」

イベリスは喜びに飛び跳ね、ウォルフは困惑。何が起こっているのかもわからない状況に思わず声を上げた。

「なんでお前がここにいるんだよ!」
「届け物」
「あ? 届けも……」

 サーシャの足元にある箱には見覚えがある。誰よりも見覚えがあるのはイベリスだ。懐かしく思えるその箱の前にしゃがんでその場で開くと複雑な顔を見せた。

「ああ……」

 イベリスが捨てようとしていた私物だ。あの日、サーシャは捨てるとは言わなかった。隠していたことを思い出し、テロスに取りに行っていた。
 
「これ、ベンジャミン王子のか」
「ええ。手紙と贈り物。手紙はイベリス様が読むべき物だし、贈り物も目にしておくべきでしょう」

 ウォルフにはなかった気遣いだ。もう一度テロスに戻ろうなんて考えもしなかった。イベリスへの手紙を読んでおきながら、イベリスへの贈り物を見ておきながら、取りに行ってイベリスに渡そうとは考えもしなかった。グラキエスで彼が何を贈ろうとしたのか知っていたのに。

「ベンジャミンったら……」

 綴られている彼の想いが詰まっている手紙を読んで嬉しそうに目を細め、ファーディナンドから取り上げた花瓶を手にして頬に押し当てて目を閉じる。
 大切な宝物がまた一つ増えた。でも今は怖くない。消えてしまうのに大切な思い出ばかり増えていくのが怖くて何も欲しいと思えなかった過去の自分はもういない。今は欲張りで、もっとたくさんの思い出が欲しいと思う自分だけが存在する。

「やっぱすげぇな、お前は」
「は? 気持ち悪いんだけど」
「褒めたんだけど!?」
 
 心を込めた贈り物をそのままにしておくべきではないと思ったサーシャによる気遣い。気付いたとしても自分は行動しようとしなかっただろうことを当然のようにしてくれたサーシャを純粋にすごいと思った。イベリスにとって大切な文通相手だからと思いやる心は見習わなければならないとも。

「あと、フローラリアにも行くんでしょ? 私も一緒に行く」
「は? 新婚旅行だっつーの!! それにまずリーダスに行くんだよ!」
「んなあちこち行く旅行資金、アンタは持ってるの?」
「ご心配いただかなくてもありますー! 母親が貯めといてくれた給料の一部を受け取りましたー!」
「微々たるものでしょ」
「いいだろ別に! 途中で働くし!」
「その間のイベリス様のお世話は誰がするの? まさか知らない街で一人留守番させるなんて考えてるわけじゃないわよね?」
「いや……それはでも……仕方ないっていうか……」
「金のない男と結婚すると苦労するって親が口うるさく言うのはそういうことよ。伯爵令嬢が爵位も持たない男と結婚するだけでも苦労が見えてるのに、今は無職だなんて嘆かわしい」
「親でもそこまで言わなかったぞ……」

 これから山籠りでもするのかと思うほど大きなリュックを背負っているサーシャの同行希望に反対するのはウォルフだけ。サーシャがいないことを少し寂しく感じていたイベリスは大喜び。それが一番恨めしい。
 ジトッと睨みつけるもサーシャは意に介さずイベリスを抱きしめ、「遅れてすみません」とまで言った。

「待ってねーよ。大体お前、家族はどーしたよ」
「普通に行ってきますって言ってきたけど?」
「いや、家族との時間大事にするんじゃねーのかよ」
「その変な伸ばし方やめてくれる? 気持ち悪い」
「あーそーですかー。すみませーん」
「クソガキ」

 見た目は大人でも中身は子供。イベリスは彼を子供だと感じたことはなく、いつも頼りになる逞しい男という印象だったが、サーシャの前ではずっとこんな感じだったとそんなに離れてもいないのに懐かしく思う。

「イベリス様、コイツ、厚かましくも同行するつもりですよ。ハッキリ言ってやってください!」
「いいよ」
「そうそう! いいよ……って、違う! いいよじゃないよ! ダメですよ! 俺たちの旅行なんですよ!? サーシャは邪魔です!」
「でも、フローラリアはとても暑いんでしょ? サーシャがいれば涼しく過ごせるかも」

 楽天的に考えるイベリスに耳打ちする。

「寒さに震えるだけです。アイツの魔法はヤバいですンンンンンー!?」

 ウォルフの唇が閉じた瞬間に氷が接着剤の役割を果たして口を閉じさせた。

「大丈夫。アンタにはいつでもこうしてあげるから」
「サーシャ、唇の皮が剥がれちゃうよ」
「大丈夫ですよ、イベリス様。ムリヤリ剥がそうとしない限りは体温で溶けていきますから」

 解除するつもりはないと言っているようにしか聞こえず、それを笑顔で伝えるサーシャに困ったように笑う。

「サーシャ、ウォルフと仲良くするって約束できる? できないならフローラリアには連れて行かない」

 絶望したような顔を見せるサーシャの前に立てた小指を差し出す。仲良くしてくれと言い続けてきたが、そこそこ失敗に終わっている。これからフローラリアまで長い旅になる。その間もずっと喧嘩されるのではたまったもんじゃない。これが絶対条件だと言うイベリスの小指を両手でそっと包み込んだサーシャが告げる。

「ウォルフが噛み付いて無駄吠えしなければ私はいつでも仲良くできるんです」
「サーシャ」

 包み込まれている手を抜いて再度、小指を差し出す。

「ウォルフにも約束させてくれますか?」

 舌で氷を溶かしたウォルフが吠える。
 
「は? 俺とイベリス様の旅行なんだから約束なんか──」
「もちろんよ」
「ええええええ!? 俺は行くこと決まってるのに!?」
「ダメ?」

 絶対に甘えるような声なんて出さなかったのにとレモンを丸齧りしたような顔をしながら小指を差し出した。それを左手の小指で絡め、促すようにサーシャの前で右手の小指を揺らす。

「仲良くしましょうね、ウォルフ」
「あーそーだなー。仲良くしよーなー」

 互いに笑顔だが、ウォルフはサーシャの嫌いな喋り方をし、サーシャは笑顔で舌打ちをした。
 まだ耳が聞こえなかったとき、ウォルフはサーシャの口が悪いと言った。紙に書いてくれるサーシャの言葉はどれも優しくて、彼の言葉が信じられなかったが、今ならわかる。でも嫌いではない。これもサーシャの一面で、ウォルフ限定。自分では絶対にできないウォルフとの言い合いができるサーシャが、サーシャの違う顔を引き出せるウォルフが羨ましかった。

「本当に、感謝しかないよ」

 三人の光景を見ていたアーマンの言葉に三人が振り向く。

「君たちがいたからイベリスは耐えられたんだな」

 サーシャがウォルフを見ると頷きを返す。それで悟ったサーシャがアーマンとレイチェルの前に立って頭を下げた。

「お嬢様を最後までお守りできなかったこと──」
「やめてくれ。君たちは全力で娘を守ってくれた。娘のために泣いてくれた。抗ってくれた。思い出してくれた。迎えに行ってくれた。親の私たちがしてやれなかったこと全て、君たちがしてくれたんじゃないか。むしろ私たちが頭を下げなければならない」
「とんでもない。従者として当然のことをしたまでです」
「従者以上のことをしてくれたんだよ、君たちは」

 命を懸けることは従者の仕事ではない。侍女もときには囮となって皇妃王妃を逃すこともあるが、そんなことは稀だ。あれだけのことをしてくれた人間に頭を下げられては自分たちの面目が立たないと断った。
 
「ありがとう」

 胸に手を当て、感謝を述べるアーマンにサーシャは「はい」と返事をして受け取った。

「イベリス様、準備のお手伝いさせてください」
「残念でしたー。俺がぜーんぶしたんで、お前の仕事はナーシー」
「イベリス様、喧嘩したくないのでウォルフを凍らせてフローラリアまで船底にしまっておくというのはいかがでしょう?」

 言い方に難があるのはウォルフで、サーシャはひどい提案をする。今まで何度も指摘をしても直らなかったことが今更直るとも思えない。どうすればいいのかわからず、困った顔で両親に振り返るも「楽しい旅になりそうだね」と笑うだけ。

「一生ものの友達は必ず見つかるものじゃないんだよ。大切にしなさい」

 友達という言葉にハッとしたイベリスと感動したサーシャが目を合わせる。サーシャはリングデール家に雇われているわけではないため、もう侍女ではない。今度は友達でとイベリスは言った。友達なのかと互いに驚いた顔をしたあと、弾けるような笑顔を見せた。

「お友達になったら色々変えないとね」
「恐れ多くも友人という立場に立たせていただこうとも私は一般人ですし、イベリス様は伯爵令嬢ですので呼び方も今のままでいいでしょうか?」
「サーシャがそれがいいならいいよ」

 変化があることばかりが喜びではないと頷くも、アーマンが「それなら」と口を挟んだ。

「彼女をうちで雇うっていうのはどうだろう?」
「それいいわね! そうしましょう!」

 同じことを考えていたという母親をイベリスとサーシャが同時に見る。

「うちで雇ってイベリスの侍女にするの。そしたらお給金も出るわ。耳が聞こえるようになったと言っても世間知らずは変わらないでしょう。あなたにはお世話してくれる侍女が必要よ」
「私はもうパンも焼けるし、洗濯だってできるんだから。森では自分のことは自分でやって生活してたんだから」
「それでも侍女がいてくれるほうが安心なの」
「で、ですが、そのようなことが……」
「獣人族と氷使いが娘と一緒にいてくれるなんてこんなに心強いことはないよ。どうか、私たちからお願いさせてくれないだろうか?」

 旅には何かと金がかかる。サーシャは自らの意思でやってきたといえど目的はイベリスの世話。今度は家族から逃げたのではなく「行ってきます」を言って出てきたため胸を張ってのこと。貯金はあってもここまで来るのに既に使っている。貯金は使えばなくなる。生きていくには稼がなければならない。ならばと考えた二人の案にサーシャは戸惑うもイベリスは賛成だと拍手する。

「あなたは私の一生のお友達で、最高の侍女よ」
「侍女であるほうがイベリス様のお世話が堂々とできる……」
「俺がするからけっこーですけどね?」
「やります」

 皮肉にもウォルフの言葉が決定打となり、契約を交わすことにした。

「でもあなたの人生もあるんだから、旅先で良い人を見つけたらちゃんと進みなさい」
「イベリス様のお世話が生き甲斐なんです」
「ふふっ、愛を知れば変わるわよ」

 同意だと頷くイベリスを横目で見て笑うサーシャが二人に深く頭を下げる。イベリスがこんな風に育ったのはやはり彼らが両親だったからで、サーシャは何度感謝しても足りないと思った。
 提示された金額と契約内容にサーシャが驚き、かぶりを振り続けるも訂正はさせなかった。イベリスに助け舟を求めても知らんフリをされ、困惑しながらサインした。

「もし、どこかに長期滞在することになったら教えてくれる? お給金を送るわ」
「私が手紙を書くから住所はいつでもわかるでしょ?」
「そうだね。待ってるよ」

 毎日どこかで手紙を書くだろう。だって新しい旅先では全てが新しい発見だから、それを両親に伝えたいと思うのは間違いない。

「ちょっと待っててくれる? ベンジャミンからのプレゼントを飾ってくるから」

 失くしてはならない大切な宝物だと箱を抱えて部屋へと戻っていくイベリスを全員が視線で追い、戻るのを待った。話しても話しても足りない。きっと一ヶ月滞在していても同じことを言うだろう。
 待っている間にウォルフはまとめた荷物を馬車に乗せていく。港から船に乗ってリーダスへと向かう船旅。サーシャがいるのは嫌だが、心強いのも確か。

「おまたせ」

 イベリスは両親それぞれにハグをして行ってきますを伝える。
 
「どこにいても元気でいるのよ」
「もちろんよ。たくさん手紙を書くわ」
「お前の荷物多すぎ。よくこんなの乗せられたな」
「海を渡ってきたから問題なかったの」
「イベリス様、サーシャは海を渡っていくらしいので船は俺たちだけで乗りましょう」
「アンタは犬かきで渡れば?」
「俺はイベリス様をお守りする役目があるんだよ!」
「私がするから大丈夫。私のほうが強いし」
「魔法が使えるだけだろ! 魔力使い果たしたら役立たずのくせに!」

 すぐに始まる二人の言い合いに助けてと両親を見ても笑いながら頷くだけ。これはこれで仲が良い証拠なのかもしれないと受け入れることにして首を振った。

「でも、サーシャのその大きな荷物乗る?」
「馬車に掴まって港まで滑っていくので大丈夫です」
「リンベルを凍らせんなよ」

 ウォルフの言葉をムシしたサーシャは大きな荷物を背負ってアーマンとレイチェルに振り返って頭を下げた。

「行ってきます!」

 大きな声を出して馬車の中から窓から顔を覗かせるマシロと共に手を振るイベリスに二人も手を振り返す。今度は不安なく送り出せる。
 馬車がゆっくりと動き出し、それに合わせてサーシャの足元が凍り、地面に薄い氷を張る。魔女が現れ消える以外の魔法を初めて生で見た両親は子供のように感動に目を瞬かせる様子にイベリスが笑う。足を動かさずとも滑り出す身体は馬車と同じ方向へと消えていった。

「リンベルはいかがでした?」
「素敵な音がする街だった」

 あんな場所で生きていたんだと感動で胸がいっぱいになった。街に出ても、家にいても無音だったイベリスの世界にようやく音が流れ込んできた。感動と驚きを交互に与える人生の幕開けに忙しく回り続ける感情がイベリスを幸せにする。

「次はリーダスですね」
「長い旅路になりますよ」
「二人と一緒なら大丈夫。どこに行ったって楽しいわ」

 自分たちも同じ気持ちだと目を細めて頷く。
 船に乗るのだってサーシャがいれば怖くない。嵐でなければウォルフが犬かきで海を渡ると言っている。彼らがいたから自分は前に進めるのだと改めて実感する。
 両手を引いてくれる彼らの手をしっかりと握り返して船に乗る。
 見上げる空は青く、吹き抜ける風は心地良く、賑やかな海鳥の声に顔を向ける。白い鳥が羽を広げて大空を舞っていた。それを真似するように両手を広げたイベリスが天を仰いで目を閉じる。
 自由だ。
 全身で感じられるその幸せを言葉にせずにはいられない。

「ウォルフ、サーシャ」

 はい、と返事をしてくれる二人に笑顔を向けた。

「ありがとう」

 その声に、その笑顔に、二人は嬉しそうに笑ってもう一度、「はい」と返した。
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