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イベリス復活編
婚約者として
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「やっぱり連れて帰ってきたね! ほらね! だから言っただろ! 必ず連れて帰ってくるって言ったんだよ!」
「当然じゃろ」
「は? おじいちゃん、アンタ、ウォルフは根性なしだからムリだって言ってたろ。早く寄越しな」
ミーシャの悲鳴を聞いて外の様子を伺っていたウォルフの家族は息子だけでなく息子の隣にイベリスがいることに主に母親が大喜びしていた。しかし、その内容は純粋な喜びではなく、何か賭け事でもしていたと思わせるもので、大きな手を祖父に向けている。祖父は祖父でチッと舌打ちをしてポケットから硬貨を出してその大きな手のひらに乗せた。
「もしもし? 息子が帰ってきたのにおかえりの前にそんなゲスな会話聞かせるってどういうこと?」
「あーら、おかえり! おかえりおかえり! 可愛い息子! お前は相変わらず可愛いねぇ!」
息子に負けないガタイの良い母親からのハグを嫌そうに受けながらも拒絶はしない。
「お嬢ちゃんもおかえり!」
「た、ただいまです!」
容赦ないハグにイベリスは大蛇に巻き付かれた気分になりながらも返事をした。バッと勢いよく離された強さに頭が揺れるも驚いた顔をする母親にしまったと口を閉じる。
「お嬢ちゃん、耳が聞こえるようになったのかい!? 声も出てるじゃないか!」
「あ、あ、あ、あ、あ! これはさッ、その、あの、イベリス様は、えっと──」
慌てながら必死に言い訳を考えていたウォルフだが、母親の「良かったじゃないか!」に動かそうとした口がポカンと開いたまま固まった。
「あ、耳が聞こえないから何か思ってたわけじゃないよ? 息子とは問題なく意思疎通取れてたみたいだしね。それはそれで良かったんだろうけど、障害ってのはやっぱどこか不平等さを感じちまうもんだからさ、それが取り除かれたってのは良かったじゃないか。いろんなことがあるこの世の中、何が起こっても不思議じゃないのさ。神も悪魔も天使も気まぐれだって言うからね。アンタの声が聞けて嬉しいよ。想像どおりだ。可愛い可愛い!」
ああ、彼女はこういう人だったと思い出した。きっと、イベリスが声を出した瞬間、この場にいた全員が不可解に思っただろう。生まれつき聞こえなかった耳が突然聞こえるようになるなんて、出せなかった声が出せるようになるなんておかしい、と。だけど、誰も怪訝そうな表情を見せることはしなかった。家族全員が母親の意見に同意しているような表情を浮かべていることにウォルフは嬉しくなる。
「で、二度も家に連れてきたってことはー?」
ニヤつく母親にウォルフは緩みを口元に出しながら息を吸い込んで言い放った。
「婚約者を連れて帰ってきました!」
まるでサプライズパーティーのように一気にワアッと湧いた声にイベリスは驚いた。聞こえるようになってから初めてのグラキエスは静かな街という印象を受けた。空は晴れているが、屋根や地面に降り積もった雪は溶けておらず空気は冷え込んでいる。だからか、街を歩く人の数は少なく、大勢の話し声というのはまだ聞いたことがない。
耳を聞こえるようにしてもらったとき、魔女が言った。
『耳が聞こえなかった人間が聞こえるようになるってことは幸せなだけじゃないのよ。あなたは十七年間ずっと無音の世界で生きてきた。世の中にどれほどの音が溢れてるのかを知らない。早く知りたいって気持ちはあるでしょうけど、あなたが思ってるよりずっとうるさいものよ。無音が普通だったあなたの脳は暫くその処理に困惑するでしょうね』
魔女と暮らして声には慣れたつもりだった。魔女の声、動物の鳴き声、川のせせらぎや風が葉を揺らす音、かき混ぜる音、切る音、食器がぶつかる音、水が跳ねる音。雪を踏む音を聞いたのは初めてで、新しい感想だった。
ここに来て、ミーシャの大きな声は上手く処理できたが、ここでの大人数の声は上手く処理できなくて脳が揺れている感覚に陥る。急激に襲いくる不安を誤魔化すように笑うも上手くいかない。魔女が言っていたのはこういうことだったのかとようやく理解できた。
「シーッ! アンタらの声のデカさにお嬢ちゃんが驚いちまっただろ! 静かにしな!」
「いや、そう言ってる母さんの声が一番デカいから」
「ごめんねぇ? 元気だけが取り柄なもんだからさ。レディへの気遣いなんかこれーっぽっちも持ってないんだよ」
「レディがいない家で育ったからなー」
「へー! じゃあアンタの母親はレディじゃなくてなんなのかねぇ?」
「母親は母親。それだけー」
「だからアンタはモテないんだよ。可哀想にねぇ」
「はあ!? モテるし! すげーモテるし! モッテモテだし! モテすぎる息子見てビビんなよ!」
「ビビらないからモテてる証拠見せてみな」
「モテなかった母親に見せたら嫉妬で殴られそうだからやめとくー」
あー?と言いながら拳を構えて息子へ寄っていく母親を目だけで見るウォルフが「すみません」と謝る。
「耳が聞こえる人ってこんなに多くの声を全部上手く処理して生きてるのね。すごい」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫。賑やかさにまだ慣れないだけ。きっとすぐ慣れるわ」
「部屋に行きますか?」
「部屋でナニしようってんだい?」
「何もしないよ!! 変な想像すんな!!」
ニヤつく母親に怒りながらイベリスの手を引いて自室へと向かうもイベリスが足を止める。
「イベリス様?」
「まだちゃんと自分の声で自己紹介してないから、してもいい?」
せっかく家族が揃っているのに自己紹介もせずに部屋に引っ込むのは印象が悪いのではと思い、イベリスは家族が集まるリビングを見て挨拶をした。
「イベリス・リングデールと申します」
笑顔を向けてくれる彼らに挨拶をすると各々が自己紹介を返してくれる。母親と祖父が一回目のときに色々話していたのだろう。彼らは矢継ぎ早に質問を始め、それに一つずつ答えていく。
(そういえば、イベリス様がキルヒシュって名乗ってるの見たことないな)
ロベリアの器として連れてこられただけだったせいもあって自ら名乗る場面がなかったと言うのもあるが、イベリスはあの一年間、一度も自分をイベリス・キルヒシュとは言わなかった。イベリスなりにファーディナンドを愛そうとしていたが、そこが明確な線引きだったのかもしれない。
ファーディナンドは必死に愛情を伝えようとしていたが、上手くいかなかった。彼は何もかもが中途半端だった。ただ真面目に生きてきた男は女に操られたことで間違ったほうへと歩み始めた。その中で居心地の良い空間を夢現の中で作り出し、それに縋りついた結果、本当の愛に気付いたときには手遅れという結末を迎えた。
(終焉の森に迎えに行くことをしなかっただけマシ……か?)
最後まで縋りついて拒絶される未来を避けただけのような気もするが、皇帝という椅子に縛られている彼は他の生き方を知らない。模索する術もない哀れな男だが、ウォルフは自業自得だと心の中で吐き捨てる。夢から覚めた現実はまた現実逃避したくなるほど厳しいものだろうが、全て彼の責任でしかないのだ。
(サーシャが背負い続けるように、彼も背負い続けるんだろうな。ロベリアと歩む、望まぬ人生を)
魔女と契約を交わすことが禁忌とされている理由の一つかもしれない。どんなに望んでも解除はできない。人生が壊れてしまうこともあるからやめておけという忠告もあるのかもしれない。
ウォルフは結局、魔女と契約を交わすことはなかった。イベリスは消えず、耳も聞こえ、声も出せるようになっていたのだからウォルフが願うことは何もなかった。犠牲にしたのは身体だけ。傷はあれど痛みはないのだから、感謝してもしきれない。思ってはいけないのだろうが、これから夫婦になってイベリスがこの傷を見るたびに感じることがある。それがとても嬉しいと思ってしまう。絶対に口に出すことはできないが。
「ウォルフのどこに惹かれたんだい? 言っちゃあなんだけど、あの子はガタイと顔がまあまあ良いだけで中身は子供だろう? お嬢ちゃんが惹かれるようなとこがあったかねぇ?」
「ちょっと、婚約者に悪印象与えようとしないでくんない? イベリス様は俺の良い所を山ほど知ってんの。男としても騎士としてもね」
聞き捨てならない言葉に意識を家族へと戻すとイベリスの横に立って肩を抱き寄せる。
「おーや、騎士様はご立派だねぇ」
「お前は騎士にはしては感情が出過ぎる」
「だからいいんです」
父親の少し厳しめの声にイベリスが言った。
「私は、彼の感情の豊かさに何度も救われました。いつだって私を慰め、励まし、笑わせてくれましたから。私は彼が専属の棋士になってくれて良かったと心から思っているんです。感情を出さずに騎士に徹することも大事だと思いますが、私は彼が素直で優しくて気遣いができる素晴らしい人であったことにたくさん救われたので、怒らないであげてください」
「ほう」
チラッと視線を向けてくるウォルフが苦い顔で頬を掻く。父親も騎士団に所属しているだけに感情を表に出すべきではないことを入団前からずっと言われてきた。だからウォルフも初めは気取ろうと思っていたが、イベリスと一緒に過ごしているとムリだった。
「彼は私のヒーローなんです」
言い切ったイベリスに家族全員の視線がウォルフに向く。あの甘ったれの少年がここまで言われるほどのことをしてきたのかと信じられない気持ちと誇らしい気持ちが同時に込み上げてくる。
「可愛いところもかっこいいところも全部大好きです」
「でもそのワンちゃんの可愛さには負けてそうだねぇ」
「マシロとは別枠なんですー。なー、マシロー。そうだよなー?」
寒い外から暖かい中へと入って安心したのか、イベリスの足元に伏せていたマシロが顔を上げてグゥッと低い声を出す。ドッと大笑いが響き、イベリスも一緒に笑う。
同じタイミングで笑い合えることの幸せを噛み締めながら絵に描いたような幸せの光景を見つめていた。
「当然じゃろ」
「は? おじいちゃん、アンタ、ウォルフは根性なしだからムリだって言ってたろ。早く寄越しな」
ミーシャの悲鳴を聞いて外の様子を伺っていたウォルフの家族は息子だけでなく息子の隣にイベリスがいることに主に母親が大喜びしていた。しかし、その内容は純粋な喜びではなく、何か賭け事でもしていたと思わせるもので、大きな手を祖父に向けている。祖父は祖父でチッと舌打ちをしてポケットから硬貨を出してその大きな手のひらに乗せた。
「もしもし? 息子が帰ってきたのにおかえりの前にそんなゲスな会話聞かせるってどういうこと?」
「あーら、おかえり! おかえりおかえり! 可愛い息子! お前は相変わらず可愛いねぇ!」
息子に負けないガタイの良い母親からのハグを嫌そうに受けながらも拒絶はしない。
「お嬢ちゃんもおかえり!」
「た、ただいまです!」
容赦ないハグにイベリスは大蛇に巻き付かれた気分になりながらも返事をした。バッと勢いよく離された強さに頭が揺れるも驚いた顔をする母親にしまったと口を閉じる。
「お嬢ちゃん、耳が聞こえるようになったのかい!? 声も出てるじゃないか!」
「あ、あ、あ、あ、あ! これはさッ、その、あの、イベリス様は、えっと──」
慌てながら必死に言い訳を考えていたウォルフだが、母親の「良かったじゃないか!」に動かそうとした口がポカンと開いたまま固まった。
「あ、耳が聞こえないから何か思ってたわけじゃないよ? 息子とは問題なく意思疎通取れてたみたいだしね。それはそれで良かったんだろうけど、障害ってのはやっぱどこか不平等さを感じちまうもんだからさ、それが取り除かれたってのは良かったじゃないか。いろんなことがあるこの世の中、何が起こっても不思議じゃないのさ。神も悪魔も天使も気まぐれだって言うからね。アンタの声が聞けて嬉しいよ。想像どおりだ。可愛い可愛い!」
ああ、彼女はこういう人だったと思い出した。きっと、イベリスが声を出した瞬間、この場にいた全員が不可解に思っただろう。生まれつき聞こえなかった耳が突然聞こえるようになるなんて、出せなかった声が出せるようになるなんておかしい、と。だけど、誰も怪訝そうな表情を見せることはしなかった。家族全員が母親の意見に同意しているような表情を浮かべていることにウォルフは嬉しくなる。
「で、二度も家に連れてきたってことはー?」
ニヤつく母親にウォルフは緩みを口元に出しながら息を吸い込んで言い放った。
「婚約者を連れて帰ってきました!」
まるでサプライズパーティーのように一気にワアッと湧いた声にイベリスは驚いた。聞こえるようになってから初めてのグラキエスは静かな街という印象を受けた。空は晴れているが、屋根や地面に降り積もった雪は溶けておらず空気は冷え込んでいる。だからか、街を歩く人の数は少なく、大勢の話し声というのはまだ聞いたことがない。
耳を聞こえるようにしてもらったとき、魔女が言った。
『耳が聞こえなかった人間が聞こえるようになるってことは幸せなだけじゃないのよ。あなたは十七年間ずっと無音の世界で生きてきた。世の中にどれほどの音が溢れてるのかを知らない。早く知りたいって気持ちはあるでしょうけど、あなたが思ってるよりずっとうるさいものよ。無音が普通だったあなたの脳は暫くその処理に困惑するでしょうね』
魔女と暮らして声には慣れたつもりだった。魔女の声、動物の鳴き声、川のせせらぎや風が葉を揺らす音、かき混ぜる音、切る音、食器がぶつかる音、水が跳ねる音。雪を踏む音を聞いたのは初めてで、新しい感想だった。
ここに来て、ミーシャの大きな声は上手く処理できたが、ここでの大人数の声は上手く処理できなくて脳が揺れている感覚に陥る。急激に襲いくる不安を誤魔化すように笑うも上手くいかない。魔女が言っていたのはこういうことだったのかとようやく理解できた。
「シーッ! アンタらの声のデカさにお嬢ちゃんが驚いちまっただろ! 静かにしな!」
「いや、そう言ってる母さんの声が一番デカいから」
「ごめんねぇ? 元気だけが取り柄なもんだからさ。レディへの気遣いなんかこれーっぽっちも持ってないんだよ」
「レディがいない家で育ったからなー」
「へー! じゃあアンタの母親はレディじゃなくてなんなのかねぇ?」
「母親は母親。それだけー」
「だからアンタはモテないんだよ。可哀想にねぇ」
「はあ!? モテるし! すげーモテるし! モッテモテだし! モテすぎる息子見てビビんなよ!」
「ビビらないからモテてる証拠見せてみな」
「モテなかった母親に見せたら嫉妬で殴られそうだからやめとくー」
あー?と言いながら拳を構えて息子へ寄っていく母親を目だけで見るウォルフが「すみません」と謝る。
「耳が聞こえる人ってこんなに多くの声を全部上手く処理して生きてるのね。すごい」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫。賑やかさにまだ慣れないだけ。きっとすぐ慣れるわ」
「部屋に行きますか?」
「部屋でナニしようってんだい?」
「何もしないよ!! 変な想像すんな!!」
ニヤつく母親に怒りながらイベリスの手を引いて自室へと向かうもイベリスが足を止める。
「イベリス様?」
「まだちゃんと自分の声で自己紹介してないから、してもいい?」
せっかく家族が揃っているのに自己紹介もせずに部屋に引っ込むのは印象が悪いのではと思い、イベリスは家族が集まるリビングを見て挨拶をした。
「イベリス・リングデールと申します」
笑顔を向けてくれる彼らに挨拶をすると各々が自己紹介を返してくれる。母親と祖父が一回目のときに色々話していたのだろう。彼らは矢継ぎ早に質問を始め、それに一つずつ答えていく。
(そういえば、イベリス様がキルヒシュって名乗ってるの見たことないな)
ロベリアの器として連れてこられただけだったせいもあって自ら名乗る場面がなかったと言うのもあるが、イベリスはあの一年間、一度も自分をイベリス・キルヒシュとは言わなかった。イベリスなりにファーディナンドを愛そうとしていたが、そこが明確な線引きだったのかもしれない。
ファーディナンドは必死に愛情を伝えようとしていたが、上手くいかなかった。彼は何もかもが中途半端だった。ただ真面目に生きてきた男は女に操られたことで間違ったほうへと歩み始めた。その中で居心地の良い空間を夢現の中で作り出し、それに縋りついた結果、本当の愛に気付いたときには手遅れという結末を迎えた。
(終焉の森に迎えに行くことをしなかっただけマシ……か?)
最後まで縋りついて拒絶される未来を避けただけのような気もするが、皇帝という椅子に縛られている彼は他の生き方を知らない。模索する術もない哀れな男だが、ウォルフは自業自得だと心の中で吐き捨てる。夢から覚めた現実はまた現実逃避したくなるほど厳しいものだろうが、全て彼の責任でしかないのだ。
(サーシャが背負い続けるように、彼も背負い続けるんだろうな。ロベリアと歩む、望まぬ人生を)
魔女と契約を交わすことが禁忌とされている理由の一つかもしれない。どんなに望んでも解除はできない。人生が壊れてしまうこともあるからやめておけという忠告もあるのかもしれない。
ウォルフは結局、魔女と契約を交わすことはなかった。イベリスは消えず、耳も聞こえ、声も出せるようになっていたのだからウォルフが願うことは何もなかった。犠牲にしたのは身体だけ。傷はあれど痛みはないのだから、感謝してもしきれない。思ってはいけないのだろうが、これから夫婦になってイベリスがこの傷を見るたびに感じることがある。それがとても嬉しいと思ってしまう。絶対に口に出すことはできないが。
「ウォルフのどこに惹かれたんだい? 言っちゃあなんだけど、あの子はガタイと顔がまあまあ良いだけで中身は子供だろう? お嬢ちゃんが惹かれるようなとこがあったかねぇ?」
「ちょっと、婚約者に悪印象与えようとしないでくんない? イベリス様は俺の良い所を山ほど知ってんの。男としても騎士としてもね」
聞き捨てならない言葉に意識を家族へと戻すとイベリスの横に立って肩を抱き寄せる。
「おーや、騎士様はご立派だねぇ」
「お前は騎士にはしては感情が出過ぎる」
「だからいいんです」
父親の少し厳しめの声にイベリスが言った。
「私は、彼の感情の豊かさに何度も救われました。いつだって私を慰め、励まし、笑わせてくれましたから。私は彼が専属の棋士になってくれて良かったと心から思っているんです。感情を出さずに騎士に徹することも大事だと思いますが、私は彼が素直で優しくて気遣いができる素晴らしい人であったことにたくさん救われたので、怒らないであげてください」
「ほう」
チラッと視線を向けてくるウォルフが苦い顔で頬を掻く。父親も騎士団に所属しているだけに感情を表に出すべきではないことを入団前からずっと言われてきた。だからウォルフも初めは気取ろうと思っていたが、イベリスと一緒に過ごしているとムリだった。
「彼は私のヒーローなんです」
言い切ったイベリスに家族全員の視線がウォルフに向く。あの甘ったれの少年がここまで言われるほどのことをしてきたのかと信じられない気持ちと誇らしい気持ちが同時に込み上げてくる。
「可愛いところもかっこいいところも全部大好きです」
「でもそのワンちゃんの可愛さには負けてそうだねぇ」
「マシロとは別枠なんですー。なー、マシロー。そうだよなー?」
寒い外から暖かい中へと入って安心したのか、イベリスの足元に伏せていたマシロが顔を上げてグゥッと低い声を出す。ドッと大笑いが響き、イベリスも一緒に笑う。
同じタイミングで笑い合えることの幸せを噛み締めながら絵に描いたような幸せの光景を見つめていた。
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