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イベリス復活編
魔女との生活
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「あの……イベリス様?」
「んー?」
「飽きませんか?」
「ぜーんぜん」
安堵したら身体中の痛みを認識し、そのまま床に倒れたウォルフを呆れた魔女が魔法でベッドに戻した。床に直接座ってマットレスの上で頬杖をつくイベリスはウォルフの耳に夢中。
獣人は人間よりも治癒力が高いため半獣化したこともあって、出現した狼の耳の先端を内側に軽く曲げては弾いて戻す。それが楽しいらしく、一時間ほど繰り返している。
「イベリス様、お腹空きませんか?」
「ウォルフが来る前にアップルパイ食べたから平気」
「そうですかー」
暫くやめそうにないなと諦めたいが、諦められない理由がある。
「嫌?」
「嫌っていうか……」
毛布を掴んで口元まで隠すウォルフが目を閉じる。
「さすがにくすぐったいんでやめてください」
羞恥を感じているように赤くなるウォルフに目を瞬かせたあと、可愛いと声を上げて抱きついた瞬間、ウォルフの言葉にならない悲鳴が響いた。
「ウォルフごめんなさい。本当にごめんなさい。照れるあなたが可愛くてつい……。痛かったよね。ごめんなさい」
「いや、もう、本当に大丈夫なんで、そんな謝らなくていいんです。俺が大袈裟だっただけですから」
毛布の上から身体を撫でながらかれこれ三十分ほど謝り続けるイベリスの髪を撫でるために手を伸ばそうとするもそれすら痛みが走る。
「皮膚が裂けて剥がれてたし、肉は抉れてなくなってたし、骨はバッキバキに折れてた。あの子たちの爪が刺さった内臓もボロボロに損傷してる。あのクズのファーディナンドでもここまで酷くなかったわよ」
「デカいから当たりやすかったんだろうな」
「そうね。あの子たちって大振りするから小さい的のほうが当たりにくいのよ。あなたは身体が大きいから餌としても的としても良かったんでしょうね」
「ウォルフを食べても美味しくないわ」
「あなたが食べてる動物たちも捕らえられる前はそう言ってるでしょうね。自分たちは食べても美味しくないよ。だから食べないでーって」
魔女と暮らすようになってから何度その言葉を聞いたかわからない。肉も魚も絶対に口にせず、食卓にも出てこない。主にお菓子を主食とする魔女の食生活はイベリスが知る一般的なものではなかった。
お肉か魚が食べたいと言うと『自分の欲を満たすために一つの命を犠牲にするのね。立派だわ。さすが皇妃様』と嫌味まで言われたこともあった。
「でも、どうしてイベリス様を助けてくれたんだ? イベリス様の身体がここにあるんだったら、ロベリアが入ってる身体は?」
「あれは錬金術で作り出した身体よ。所謂ダミー」
「ダミー? あの一瞬で?」
「バカな人間を騙すのに一秒も必要ないの。人間の身体の仕組みなんて豚と同じなんだから苦労ないわよ」
「でも人体生成って禁術じゃなかったか?」
「それは人間のルールでしょ。私には関係ないもの」
彼女の存在自体が世界では禁忌となっている。魔女が人体生成をしたところで世界政府の目的は変わらないのだから魔女も気にしない。
「あなたは食べないのに豚の身体の仕組みを知ってるの?」
「食べてるあなたたちは豚の身体の仕組みを知ってるの?」
「知らない」
「騙された側の人間だものね」
自分もサーシャもファーディナンドもあれがイベリスの身体だと思っていた。記憶がなかったため疑問にも思わなかったが、確かにイベリスの身体なら耳が聞こえるのも話せるのもおかしい。魔女はロベリアをクソ女と呼んでいたし、快く思ってはいなかった。耳を聞こえるようにしてやろうなどという慈悲は働かなかったはず。ダミーであるなら納得できる。
口は悪いが能力は確かなもの。
「なんでイベリス様の身体じゃなくてダミーにロベリアの魂を入れたんだ?」
「豚が豚の身体に入るのに疑問なんてある?」
「……いや、別に……」
ウォルフにとって大事なのはイベリスがイベリスのまま生きていたこと。ロベリアが入った身体が豚の身体であっても気にもならない。気になっているのは魔女の思惑だ。
彼女は聖人ではない。その魔女がイベリスを助けただけでなく身体の障害を全て取り除いた理由が気になっていた。
「イベリス様を助けてくれた理由は?」
「条件付きでも叶えるのがバカバカしい願いだったからよ。素直に叶えてやりたくなかっただけ」
「それなら断れば良かっただろ」
「バカバカしいけど、面白いものが見られるんじゃないかって思ったの。死んだ人間を想い続けて、妻にした器を最後まで愛さなかったら合格と思ってたけど、結局は器に惹かれて過去の自分に後悔する。予想どおりの結末だった」
「なら、普通は助けないだろ。バカバカしい願いを口にした皇帝に絶望に落とすために本当に魂奪ってやったほうがアンタ的には面白かったと思うけど」
「そうしてほしかったの?」
「まさか!」
感謝しているぐらいだ。イベリスは生きていると信じていたからこそ、ここまで来られたのだから。
何千年も生きていれば娯楽など人の不幸を見るぐらいだと豪語する魔女の性格の悪さには苦笑するも、ふと、魔女が真剣な表情を見せたことで二人は黙る。
「誰かの犠牲がなきゃ得られないものを幸せとは呼ばないし、その幸せを愛とは呼べない。最高に気分が悪いじゃない? 理解することはできても良しとはしない。魂を降ろすことは簡単だけど、後悔させてやりたかったから一年後にしたってわけ。この子はあまりにも哀れすぎたから魔女の慈悲で召使にでもしようかなって思ったの。あんなくだらないバカげたことを受け入れバカだったから」
「何百回も聞きました。ごめんなさい」
耳が聞こえるようになってから挨拶代わりに同じ言葉を言われていたイベリスは何度謝ったかわからない。苦笑しながらもう一度頭を下げる。
「死んだ者は帰ってこない。それは命ある者全てが受け入れなきゃいけない現実なの。死ぬには早いとか遅いとか関係ない。死んだから生き返らせてくれなんてあまりにも女々しくてバカバカしくて愚かしい願いよ。受け入れて前に進むしかないの。八十年なんてあっという間。一度しかない人生をくだらない人間のために犠牲にする覚悟なんて必要ないし、それこそくだらない」
「でもロベリアを生き返らせた」
「生き返ればあの男は苦しむもの。くだらない願い事をした代償よ。当然でしょ」
尚更、ウォルフにはわからなくなった。それが魔女の本音だとすれば行動は矛盾している。その疑問が顔に書かれているのか、魔女が答えた。
「この子の思いどおりにしたくなかっただけよ。当たり前のように受け入れて消えようとするのがムカつくから死なせてやらなかったの。いい子ぶってる女って大嫌いだから」
なんとなく、それは嘘だと思った。魔女はこういう言い方しかできないだけなんだろうと。もしそれが本当ならイベリスはこんな場所で穏やかに暮らしてはいなかったはず。肌艶も良く、穏やかに生きてきたのがわかる表情をしている。
「それなら──」
「結果が全てよ、わんこ」
「白狼だ」
疑問など意味がないと肩を竦める魔女にこれ以上の追求はやめておいた。
「ね、ウォルフの傷が癒えたら外に散歩に行きましょう。この森、とってもキレイなのよ。彼女が長生きなのもわかる気がする」
「俺も噂には聞いていたので楽しみです」
「明日には帰ってもらうわよ」
「明日には治るの?」
「治してあげるの」
「どうして今じゃなくて明日治すの?」
「痛みって覚えておいたほうがいいのよ。心にしろ身体にしろ、痛みを覚えてるから気をつけることもあるし。普通ならもう起き上がることもできない身体だけど、私は慈悲深いから今日まで痛みを残しておいてあげるの」
魔女にとって回復させることも気まぐれでしかないが、全身に遅いくる痛みを甘んじて受け入れているウォルフの様子を見て明日と決めた。
「じゃあ明日、一緒にお散歩しましょ」
「楽しみです」
安堵あり疲れありの身体は自分の意思とは反対に睡魔に襲われている。もっとイベリスの声を聞いていたいのに瞼が重く、閉じようとする。それを見て、子供を寝かしつけるように毛布の上から一定のリズムで叩くイベリスの手にウォルフはもう目を開けていられなかった。
「おやすみ、ウォルフ」
これが夢だったらどうしよう。目覚めたら知らない場所で、空から地上を見ていたら、と嫌な想像ばかりしてしまう。イベリスは死んでいなくて、耳が聞こえるだけでなく話せるようになっていた。こんなに都合の良い世界があるのかと疑ってしまうほどウォルフの理想に満ちた世界だった。
離したくない。消えないでくれと言葉にできない代わりにイベリスの手を握って眠りに落ちた。
「まさか本当に来るなんてね。獣化しかできないのに」
「彼は約束を破ったことは一度もないの」
「魂が消えるって言ったのに」
「彼は疑り深い性格だって言ってた。自分の目で見たものしか信じないって。だからあなたの言葉を信じてなかったんだと思う」
「私は魔女よ」
「魔女も聖女も胡散臭いって言ってたもの」
「ま、正解ね」
魔女という存在が良いものではないと魔女が断言する。
獣人族は耳と鼻が良いだけに様々な言葉や臭いを嗅いでいるため疑り深い者が多い。魔女と契約したファーディナンドとサーシャは彼女の性格を知っているからこそ信じてしまった。ウォルフはそうじゃない。あそこで魔女の性格が最悪で、人助けとは程遠い性格と知っても希望を捨てなかった。打ち砕かれては粉々になった希望を掻き集めて戻す。脆くはあれど捨てはしない。だから会えた。
「耳が聞こえるって不思議」
耳が聞こえる人間が多い中、聞こえることを不思議というのは幸か不幸か。なんでも純粋に喜ぶ少女を見る魔女の中にはとても懐かしい感情が込み上げていた。
「んー?」
「飽きませんか?」
「ぜーんぜん」
安堵したら身体中の痛みを認識し、そのまま床に倒れたウォルフを呆れた魔女が魔法でベッドに戻した。床に直接座ってマットレスの上で頬杖をつくイベリスはウォルフの耳に夢中。
獣人は人間よりも治癒力が高いため半獣化したこともあって、出現した狼の耳の先端を内側に軽く曲げては弾いて戻す。それが楽しいらしく、一時間ほど繰り返している。
「イベリス様、お腹空きませんか?」
「ウォルフが来る前にアップルパイ食べたから平気」
「そうですかー」
暫くやめそうにないなと諦めたいが、諦められない理由がある。
「嫌?」
「嫌っていうか……」
毛布を掴んで口元まで隠すウォルフが目を閉じる。
「さすがにくすぐったいんでやめてください」
羞恥を感じているように赤くなるウォルフに目を瞬かせたあと、可愛いと声を上げて抱きついた瞬間、ウォルフの言葉にならない悲鳴が響いた。
「ウォルフごめんなさい。本当にごめんなさい。照れるあなたが可愛くてつい……。痛かったよね。ごめんなさい」
「いや、もう、本当に大丈夫なんで、そんな謝らなくていいんです。俺が大袈裟だっただけですから」
毛布の上から身体を撫でながらかれこれ三十分ほど謝り続けるイベリスの髪を撫でるために手を伸ばそうとするもそれすら痛みが走る。
「皮膚が裂けて剥がれてたし、肉は抉れてなくなってたし、骨はバッキバキに折れてた。あの子たちの爪が刺さった内臓もボロボロに損傷してる。あのクズのファーディナンドでもここまで酷くなかったわよ」
「デカいから当たりやすかったんだろうな」
「そうね。あの子たちって大振りするから小さい的のほうが当たりにくいのよ。あなたは身体が大きいから餌としても的としても良かったんでしょうね」
「ウォルフを食べても美味しくないわ」
「あなたが食べてる動物たちも捕らえられる前はそう言ってるでしょうね。自分たちは食べても美味しくないよ。だから食べないでーって」
魔女と暮らすようになってから何度その言葉を聞いたかわからない。肉も魚も絶対に口にせず、食卓にも出てこない。主にお菓子を主食とする魔女の食生活はイベリスが知る一般的なものではなかった。
お肉か魚が食べたいと言うと『自分の欲を満たすために一つの命を犠牲にするのね。立派だわ。さすが皇妃様』と嫌味まで言われたこともあった。
「でも、どうしてイベリス様を助けてくれたんだ? イベリス様の身体がここにあるんだったら、ロベリアが入ってる身体は?」
「あれは錬金術で作り出した身体よ。所謂ダミー」
「ダミー? あの一瞬で?」
「バカな人間を騙すのに一秒も必要ないの。人間の身体の仕組みなんて豚と同じなんだから苦労ないわよ」
「でも人体生成って禁術じゃなかったか?」
「それは人間のルールでしょ。私には関係ないもの」
彼女の存在自体が世界では禁忌となっている。魔女が人体生成をしたところで世界政府の目的は変わらないのだから魔女も気にしない。
「あなたは食べないのに豚の身体の仕組みを知ってるの?」
「食べてるあなたたちは豚の身体の仕組みを知ってるの?」
「知らない」
「騙された側の人間だものね」
自分もサーシャもファーディナンドもあれがイベリスの身体だと思っていた。記憶がなかったため疑問にも思わなかったが、確かにイベリスの身体なら耳が聞こえるのも話せるのもおかしい。魔女はロベリアをクソ女と呼んでいたし、快く思ってはいなかった。耳を聞こえるようにしてやろうなどという慈悲は働かなかったはず。ダミーであるなら納得できる。
口は悪いが能力は確かなもの。
「なんでイベリス様の身体じゃなくてダミーにロベリアの魂を入れたんだ?」
「豚が豚の身体に入るのに疑問なんてある?」
「……いや、別に……」
ウォルフにとって大事なのはイベリスがイベリスのまま生きていたこと。ロベリアが入った身体が豚の身体であっても気にもならない。気になっているのは魔女の思惑だ。
彼女は聖人ではない。その魔女がイベリスを助けただけでなく身体の障害を全て取り除いた理由が気になっていた。
「イベリス様を助けてくれた理由は?」
「条件付きでも叶えるのがバカバカしい願いだったからよ。素直に叶えてやりたくなかっただけ」
「それなら断れば良かっただろ」
「バカバカしいけど、面白いものが見られるんじゃないかって思ったの。死んだ人間を想い続けて、妻にした器を最後まで愛さなかったら合格と思ってたけど、結局は器に惹かれて過去の自分に後悔する。予想どおりの結末だった」
「なら、普通は助けないだろ。バカバカしい願いを口にした皇帝に絶望に落とすために本当に魂奪ってやったほうがアンタ的には面白かったと思うけど」
「そうしてほしかったの?」
「まさか!」
感謝しているぐらいだ。イベリスは生きていると信じていたからこそ、ここまで来られたのだから。
何千年も生きていれば娯楽など人の不幸を見るぐらいだと豪語する魔女の性格の悪さには苦笑するも、ふと、魔女が真剣な表情を見せたことで二人は黙る。
「誰かの犠牲がなきゃ得られないものを幸せとは呼ばないし、その幸せを愛とは呼べない。最高に気分が悪いじゃない? 理解することはできても良しとはしない。魂を降ろすことは簡単だけど、後悔させてやりたかったから一年後にしたってわけ。この子はあまりにも哀れすぎたから魔女の慈悲で召使にでもしようかなって思ったの。あんなくだらないバカげたことを受け入れバカだったから」
「何百回も聞きました。ごめんなさい」
耳が聞こえるようになってから挨拶代わりに同じ言葉を言われていたイベリスは何度謝ったかわからない。苦笑しながらもう一度頭を下げる。
「死んだ者は帰ってこない。それは命ある者全てが受け入れなきゃいけない現実なの。死ぬには早いとか遅いとか関係ない。死んだから生き返らせてくれなんてあまりにも女々しくてバカバカしくて愚かしい願いよ。受け入れて前に進むしかないの。八十年なんてあっという間。一度しかない人生をくだらない人間のために犠牲にする覚悟なんて必要ないし、それこそくだらない」
「でもロベリアを生き返らせた」
「生き返ればあの男は苦しむもの。くだらない願い事をした代償よ。当然でしょ」
尚更、ウォルフにはわからなくなった。それが魔女の本音だとすれば行動は矛盾している。その疑問が顔に書かれているのか、魔女が答えた。
「この子の思いどおりにしたくなかっただけよ。当たり前のように受け入れて消えようとするのがムカつくから死なせてやらなかったの。いい子ぶってる女って大嫌いだから」
なんとなく、それは嘘だと思った。魔女はこういう言い方しかできないだけなんだろうと。もしそれが本当ならイベリスはこんな場所で穏やかに暮らしてはいなかったはず。肌艶も良く、穏やかに生きてきたのがわかる表情をしている。
「それなら──」
「結果が全てよ、わんこ」
「白狼だ」
疑問など意味がないと肩を竦める魔女にこれ以上の追求はやめておいた。
「ね、ウォルフの傷が癒えたら外に散歩に行きましょう。この森、とってもキレイなのよ。彼女が長生きなのもわかる気がする」
「俺も噂には聞いていたので楽しみです」
「明日には帰ってもらうわよ」
「明日には治るの?」
「治してあげるの」
「どうして今じゃなくて明日治すの?」
「痛みって覚えておいたほうがいいのよ。心にしろ身体にしろ、痛みを覚えてるから気をつけることもあるし。普通ならもう起き上がることもできない身体だけど、私は慈悲深いから今日まで痛みを残しておいてあげるの」
魔女にとって回復させることも気まぐれでしかないが、全身に遅いくる痛みを甘んじて受け入れているウォルフの様子を見て明日と決めた。
「じゃあ明日、一緒にお散歩しましょ」
「楽しみです」
安堵あり疲れありの身体は自分の意思とは反対に睡魔に襲われている。もっとイベリスの声を聞いていたいのに瞼が重く、閉じようとする。それを見て、子供を寝かしつけるように毛布の上から一定のリズムで叩くイベリスの手にウォルフはもう目を開けていられなかった。
「おやすみ、ウォルフ」
これが夢だったらどうしよう。目覚めたら知らない場所で、空から地上を見ていたら、と嫌な想像ばかりしてしまう。イベリスは死んでいなくて、耳が聞こえるだけでなく話せるようになっていた。こんなに都合の良い世界があるのかと疑ってしまうほどウォルフの理想に満ちた世界だった。
離したくない。消えないでくれと言葉にできない代わりにイベリスの手を握って眠りに落ちた。
「まさか本当に来るなんてね。獣化しかできないのに」
「彼は約束を破ったことは一度もないの」
「魂が消えるって言ったのに」
「彼は疑り深い性格だって言ってた。自分の目で見たものしか信じないって。だからあなたの言葉を信じてなかったんだと思う」
「私は魔女よ」
「魔女も聖女も胡散臭いって言ってたもの」
「ま、正解ね」
魔女という存在が良いものではないと魔女が断言する。
獣人族は耳と鼻が良いだけに様々な言葉や臭いを嗅いでいるため疑り深い者が多い。魔女と契約したファーディナンドとサーシャは彼女の性格を知っているからこそ信じてしまった。ウォルフはそうじゃない。あそこで魔女の性格が最悪で、人助けとは程遠い性格と知っても希望を捨てなかった。打ち砕かれては粉々になった希望を掻き集めて戻す。脆くはあれど捨てはしない。だから会えた。
「耳が聞こえるって不思議」
耳が聞こえる人間が多い中、聞こえることを不思議というのは幸か不幸か。なんでも純粋に喜ぶ少女を見る魔女の中にはとても懐かしい感情が込み上げていた。
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