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ロベリア復活
彼女の選択
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笑顔で問うその様子にサーシャが距離を取る。魔女のその声は危険だ。彼女は歪みきっている。多くの人は怒りはそのまま感情として表に出すが、魔女は何故か怒りが愉快になるらしく、一見すると機嫌が良いように思える。しかし、その実は不機嫌で、人を人とも思わないようになっている。
「たかが皇妃の分際で魔女に命令する権利があるとでも思ってるの?」
「魔女が皇妃より上だっていうの!?」
「そうよ。当然じゃない。だってあなたに何ができるの? 魔法は使える? 空は飛べる? 瞬間移動ができる? 動物と話せる? 人を操れる? 魔獣を従える? 魂を降ろせる? 世界政府と戦える? 私が今挙げた中であなたが一つでも出来ることがあるなら今すぐサーシャを殺して解放してあげる。どう?」
出来るはずがない。ロベリアはファーディナンドと同じでただの人間。魔力は砂粒程度もないのだから。
「命懸けで魔女に会いに来る人間はいても、あなたに会うために命を懸ける人間なんていないでしょう? あなたに会って得をする人間なんていないし、それはあなたに価値がないのを皆知ってるからなのよね。でも私は違う。おわかり?」
語尾が上がるあからさますぎる嘲笑にロベリアが唇を噛む。首から下は依然として凍ったままの状態ではどんな顔でどんなに怒鳴ろうとも迫力はない。魔女の実力は生き返らせてもらった自分が誰よりもわかっているだけに悔しげな顔で睨むしかできない。そんな様子を見て魔女が声を上げて大笑いする。
「空っぽな人間ほど地位が武器になると思ってる。出身地、出身校、家柄、夫の職業、妻の美貌。でも残念。実際にこの世界で強いのは役に立つかどうか。皇妃の肩書きしか持ってないあなたより終焉の森を抜けたサーシャのほうが強いのよ。事実、あなたはそこで凍ってるだけのマヌケだしね」
「私が貴族に言えばサーシャは地獄行きよ!」
「すごい。可愛いバカ犬よりよく吠える。びっくり」
玉座に座ったまま、まるで目の前にテーブルでもあるかのように少し身体を前に倒して頬杖をつく魔女がわざとらしい驚き顔を見せる。若くして皇妃になったロベリアは挑発に慣れておらず、魔女の一言一言に乗っかって怒りを露わにする。
「ファーディナンド、もしイベリスが生きてたら会いたい?」
驚いた顔をするもすぐにかぶりを振った。
「……会わせる顔などあるものか。彼女は謝罪さえ受け取らなかったのだから俺の顔など見たくもないはずだ」
「彼女を愛してるのに?」
「だからこそだ。俺は取り返しをつかないことをした。当時はロベリアのことしか考えられなかったせいで自分がどれほど愚かな選択をしたのかに気付いていなかった。選ぶ道を間違えた俺だけが罰を受ければいいものを……俺は……」
目を閉じると頬を伝う涙。唇を噛むファーディナンドの後悔を目の当たりにしたロベリアが喚く。
「最愛の妻がここにいるのにどうして一年しか一緒にいなかった女を想って泣くよ!」
「病死は納得できても殺人は後悔として残り続ける。あなたは一生イベリスを忘れられないでしょうね」
「それでいいさ。忘れるなど許されるはずがない。俺はイベリスにしてしまったことを一生後悔しながら生きるつもりだ」
「あら、意外と図太いのね」
「後悔にて死を選ぶ権利が俺にあると?」
「あるんじゃない? サーシャみたいに生きてるほうがムカつくって考える人間もいるんだし」
「後悔から死を選ぶほど身勝手ではないつもりだ。身勝手な人生を送ってきたがな」
「愛は良くも悪くも人を殺す呪いよね。あなたも死ぬまで囚われる」
「わかっている」
袖で涙を拭うと大きく頷いてロベリアを見た。ビクッと肩の代わりに頭を揺らして少し怯えた表情を見せる。
「な、何よぉ……」
「俺は、確かにお前を愛していた。苦しかった人生がお前に出会って幸せなものに変わったのも確かだ。だが、それはいつしかお前に嫌われて、人生がまた苦しいものに変わるのを避けたくてお前のご機嫌伺いをしていたに過ぎなかった。当時の俺はそれに気付いていなかったんだ」
「違う! あなたは私を心から愛していたし、私もあなたを心から愛してる!」
「でも俺はもうお前を愛せない。イベリスを愛しているんだ」
「あの子はもういないじゃない!!」
「そうだ。俺が殺した」
「じゃあ想う意味ないでしょ!? 目の前にいる最愛の妻を愛し続けなさいよ!」
できないとハッキリ告げた夫にロベリアが絶望する。いつものように大きく反論しなかったのは、彼が浮かべる笑顔が優し過ぎたから。謝っているような、愛しているのは一人だけだと告げているような穏やかな表情に全てが詰め込まれている気がして、そのショックにロベリアは何も言えなかった。
ボロボロと溢れる涙と共に魔女を見る。
「ねえ、私を解放して……」
離婚して全てを失う覚悟もなければ愛されずに生きる勇気もない。自ら死を選ぶこともできない。完璧なものになるはずだった人生の歯車が壊れてしまったことに泣きながら魔女に懇願するロベリアに対して魔女はもう一度笑顔を見せた。
「やだ」
外見に見合った子供のような返事。
「どうしてよぉ! こんな世界で生きたくないのぉ!」
「罪なき者を犠牲にしてでも生き返りたいと望んだのはあなたよ。その愚かなまでに強欲な願いを一年もかけて叶えてあげたんじゃない。手放すには早すぎるわ」
「でももう嫌なの! どうしてわかってくれないの! 愛されない人生なんて考えられないの! こんなの私の人生じゃない! あんなの私のファーディナンドじゃない! 女は愛されなきゃ生きていけないの! あなたも女ならわかるでしょ!?」
駄々っ子のように声を張り上げるロベリアに魔女は笑いが止まらなかった。箸が転んでもおかしい年頃であるかのように笑い続けている。
「わかるわけないでしょ。愛なんて魔獣の糞以下だと思ってるもの。だから愛されなくて辛いって泣くあなたの気持ちはこれーっぽっちも理解できないの。ごめんなさいね」
「やだやだやだやだ!!」
「解放してほしければ終焉の森に来ることね。無事に私のもとに辿り着けたら叶えてあげる。それまではその死ぬより辛い苦しみを味わい続けるといいわ。それってあなたが想像してるよりずっっっっと、甘美なものだろうから」
「どうしてよ!! 私が何したって言うのよ!! 私は夫に愛されるために生き返っただけじゃない!! それの何が悪いの!?」
「嫌なら自ら魂を手放すだけ。簡単でしょ」
「じゃあ死んでやる! 死んで生まれ変わってやるんだから! 今度は今よりずっと良い環境で生きてやるんだから!」
ヤケクソになったように叫ぶ大きな宣言に魔女の笑いがピタッと止まった。
「あら? 言ったと思ったけど……言ってなかった? 一度死んだ人間の魂を降ろした時点で次の生まれ変わりはないのよ。死ねば魂は消滅する。次はない」
「そんな、の、聞いてない!!」
ファーディナンドが自分を愛していないことには薄々気付いていた。他に女がいるような気がしていたことも。それでもいない相手に負けるはずもなく、時間と共に気持ちは戻ってくると思っていた。だが違った。もうイベリスしか愛していない。この顔の、この身体の元の持ち主である相手を想い、これからも生きていく。そこに自分が入る隙がないことに絶望した。それなら次はと考えたロベリアにとって次がないなら今しかない。愛されないとわかっている場所に立ち、皇妃を続けることになんの意味があるのか。また毎年言われるのだろう。世継ぎはまだか、と。彼はきっと養子を取る。そんな想像ができてしまうことがもう、嫌だった。
「あなたたち二人はとてもよく似てる。自分に都合の良い世界が存在すると思ってるのよね。ありえない。あなたたちはこの世界の創造主じゃない。地を這う蟻と同じ。上から見れば人間なんてどれも同じで見分けはつかない。ただそこに生きて、せかせか動いて、時が来れば死んでいくだけ。あなたたちもそう。皇帝や皇妃なんて地位しかない存在。世間話をする友人もいなければフラッと外を歩き回る自由もない、むしろ哀れな存在。それでも皇妃という称号に価値を見出して復活を願ったのはあなた。死ぬまでは生きられるんだから、その短い生をせかせかと謳歌することね」
「やだ! 嫌よ! そんなのやだ! そんなこと言わなかったじゃない! なんの説明もなかったじゃない! こんなの違法よ! 無効だわ!」
「魔女に親切さを求めるようなおバカさんを相手にし続けるほど暇じゃないの」
子供のように泣きじゃくるロベリアを無視してサーシャへと振り向き、立ち上がると同時に玉座が消えた。目の前に寄ってくる魔女を睨みながら警戒する。
「じゃあね、サーシャ。会いたくなったらいつでもおいで。あなたなら大歓迎よ。氷の涙も欲しいしね」
目を細める魔女の顔を凍らせて砕いてやりたかったが、手は動かなかった。
一瞬で姿を消した魔女はマシロを連れて森に戻ったのだろう。ウォルフが辿り着いたかどうかは魔女ならわかるはず。辿り着けば家に戻れる。マシロのもとにウォルフは帰ってくるのだ。でも、マシロを迎えに来たということはこんな場所でマシロを暮らさせるわけにはいかないと考えてか、動物にだけ優しい魔女らしい行動に文句はなかった。
「サーシャ、俺はお前の判断に従う」
「そうよ! 殺しなさいよ! 殺したかったんでしょ!? 殺させてあげる!」
殺したいほど誰かを憎むのは初めてで、気持ちの整理がつかない。だけど、魔女が言ったようにこの女には死ぬより辛い苦しみを味わい続けてほしい。皇帝に離婚を言い渡されればそう言わせた女が悪く、自ら離婚を言い出しても堪え性がない女が悪いとなる。愛人を理由に離婚しようものなら嘲笑を受けることになる。プライドの高いロベリアに耐えられるはずもなく、嘲笑を受けるのは娘だけではなく自分たちにも飛び火するため両親も大反対する。
ここで皇妃として生きていく道しか残されていないロベリアにとってファーディナンドが操り人形にならないことも愛を向けてくれないことも地獄でしかない。夫という味方を失ったロベリアに使用人たちは愛想を振り撒かなくなるだろう。十六歳でこの世を去ったイベリスのことを思うと充分ではないが、喚くロベリアの言葉で決まった。
「イベリス様を殺したこと、一生悔やみ続ければいい。彼女の苦しみも悲しみも痛みも全部忘れるな。彼女がどれほど優しい女性であったか……絶対に忘れないでッ。この女を生き返らせた責任を取るのがアンタの地獄だから。離婚なんて許さない」
もう二度と会えないこと、最後に罰だとイベリスから言われたこと、ハグもできなかったこと、死者の復活によって愛する者を失ったこと、イベリスを救うために行動しなかったこと全てが後悔となってファーディナンドの心に深く残り続ける。イベリスが生きていた思い出がありすぎる場所で後悔と共に死ぬまで他に愛する者もできないまま老いて死んでいくことになる。
サーシャは殺さず地獄に落とすと決めた。
「イベリス様……イベリス、様ッ!」
部屋を出たサーシャの瞳から零れ溢れた氷の涙が地面に落ちる。
会いたい。彼女に会いたい。笑顔が見たい。溢れ出す思いに涙が止まらない。サーシャも今、床に座り込んで子供のように声を上げて泣いてしまいたかった。
「たかが皇妃の分際で魔女に命令する権利があるとでも思ってるの?」
「魔女が皇妃より上だっていうの!?」
「そうよ。当然じゃない。だってあなたに何ができるの? 魔法は使える? 空は飛べる? 瞬間移動ができる? 動物と話せる? 人を操れる? 魔獣を従える? 魂を降ろせる? 世界政府と戦える? 私が今挙げた中であなたが一つでも出来ることがあるなら今すぐサーシャを殺して解放してあげる。どう?」
出来るはずがない。ロベリアはファーディナンドと同じでただの人間。魔力は砂粒程度もないのだから。
「命懸けで魔女に会いに来る人間はいても、あなたに会うために命を懸ける人間なんていないでしょう? あなたに会って得をする人間なんていないし、それはあなたに価値がないのを皆知ってるからなのよね。でも私は違う。おわかり?」
語尾が上がるあからさますぎる嘲笑にロベリアが唇を噛む。首から下は依然として凍ったままの状態ではどんな顔でどんなに怒鳴ろうとも迫力はない。魔女の実力は生き返らせてもらった自分が誰よりもわかっているだけに悔しげな顔で睨むしかできない。そんな様子を見て魔女が声を上げて大笑いする。
「空っぽな人間ほど地位が武器になると思ってる。出身地、出身校、家柄、夫の職業、妻の美貌。でも残念。実際にこの世界で強いのは役に立つかどうか。皇妃の肩書きしか持ってないあなたより終焉の森を抜けたサーシャのほうが強いのよ。事実、あなたはそこで凍ってるだけのマヌケだしね」
「私が貴族に言えばサーシャは地獄行きよ!」
「すごい。可愛いバカ犬よりよく吠える。びっくり」
玉座に座ったまま、まるで目の前にテーブルでもあるかのように少し身体を前に倒して頬杖をつく魔女がわざとらしい驚き顔を見せる。若くして皇妃になったロベリアは挑発に慣れておらず、魔女の一言一言に乗っかって怒りを露わにする。
「ファーディナンド、もしイベリスが生きてたら会いたい?」
驚いた顔をするもすぐにかぶりを振った。
「……会わせる顔などあるものか。彼女は謝罪さえ受け取らなかったのだから俺の顔など見たくもないはずだ」
「彼女を愛してるのに?」
「だからこそだ。俺は取り返しをつかないことをした。当時はロベリアのことしか考えられなかったせいで自分がどれほど愚かな選択をしたのかに気付いていなかった。選ぶ道を間違えた俺だけが罰を受ければいいものを……俺は……」
目を閉じると頬を伝う涙。唇を噛むファーディナンドの後悔を目の当たりにしたロベリアが喚く。
「最愛の妻がここにいるのにどうして一年しか一緒にいなかった女を想って泣くよ!」
「病死は納得できても殺人は後悔として残り続ける。あなたは一生イベリスを忘れられないでしょうね」
「それでいいさ。忘れるなど許されるはずがない。俺はイベリスにしてしまったことを一生後悔しながら生きるつもりだ」
「あら、意外と図太いのね」
「後悔にて死を選ぶ権利が俺にあると?」
「あるんじゃない? サーシャみたいに生きてるほうがムカつくって考える人間もいるんだし」
「後悔から死を選ぶほど身勝手ではないつもりだ。身勝手な人生を送ってきたがな」
「愛は良くも悪くも人を殺す呪いよね。あなたも死ぬまで囚われる」
「わかっている」
袖で涙を拭うと大きく頷いてロベリアを見た。ビクッと肩の代わりに頭を揺らして少し怯えた表情を見せる。
「な、何よぉ……」
「俺は、確かにお前を愛していた。苦しかった人生がお前に出会って幸せなものに変わったのも確かだ。だが、それはいつしかお前に嫌われて、人生がまた苦しいものに変わるのを避けたくてお前のご機嫌伺いをしていたに過ぎなかった。当時の俺はそれに気付いていなかったんだ」
「違う! あなたは私を心から愛していたし、私もあなたを心から愛してる!」
「でも俺はもうお前を愛せない。イベリスを愛しているんだ」
「あの子はもういないじゃない!!」
「そうだ。俺が殺した」
「じゃあ想う意味ないでしょ!? 目の前にいる最愛の妻を愛し続けなさいよ!」
できないとハッキリ告げた夫にロベリアが絶望する。いつものように大きく反論しなかったのは、彼が浮かべる笑顔が優し過ぎたから。謝っているような、愛しているのは一人だけだと告げているような穏やかな表情に全てが詰め込まれている気がして、そのショックにロベリアは何も言えなかった。
ボロボロと溢れる涙と共に魔女を見る。
「ねえ、私を解放して……」
離婚して全てを失う覚悟もなければ愛されずに生きる勇気もない。自ら死を選ぶこともできない。完璧なものになるはずだった人生の歯車が壊れてしまったことに泣きながら魔女に懇願するロベリアに対して魔女はもう一度笑顔を見せた。
「やだ」
外見に見合った子供のような返事。
「どうしてよぉ! こんな世界で生きたくないのぉ!」
「罪なき者を犠牲にしてでも生き返りたいと望んだのはあなたよ。その愚かなまでに強欲な願いを一年もかけて叶えてあげたんじゃない。手放すには早すぎるわ」
「でももう嫌なの! どうしてわかってくれないの! 愛されない人生なんて考えられないの! こんなの私の人生じゃない! あんなの私のファーディナンドじゃない! 女は愛されなきゃ生きていけないの! あなたも女ならわかるでしょ!?」
駄々っ子のように声を張り上げるロベリアに魔女は笑いが止まらなかった。箸が転んでもおかしい年頃であるかのように笑い続けている。
「わかるわけないでしょ。愛なんて魔獣の糞以下だと思ってるもの。だから愛されなくて辛いって泣くあなたの気持ちはこれーっぽっちも理解できないの。ごめんなさいね」
「やだやだやだやだ!!」
「解放してほしければ終焉の森に来ることね。無事に私のもとに辿り着けたら叶えてあげる。それまではその死ぬより辛い苦しみを味わい続けるといいわ。それってあなたが想像してるよりずっっっっと、甘美なものだろうから」
「どうしてよ!! 私が何したって言うのよ!! 私は夫に愛されるために生き返っただけじゃない!! それの何が悪いの!?」
「嫌なら自ら魂を手放すだけ。簡単でしょ」
「じゃあ死んでやる! 死んで生まれ変わってやるんだから! 今度は今よりずっと良い環境で生きてやるんだから!」
ヤケクソになったように叫ぶ大きな宣言に魔女の笑いがピタッと止まった。
「あら? 言ったと思ったけど……言ってなかった? 一度死んだ人間の魂を降ろした時点で次の生まれ変わりはないのよ。死ねば魂は消滅する。次はない」
「そんな、の、聞いてない!!」
ファーディナンドが自分を愛していないことには薄々気付いていた。他に女がいるような気がしていたことも。それでもいない相手に負けるはずもなく、時間と共に気持ちは戻ってくると思っていた。だが違った。もうイベリスしか愛していない。この顔の、この身体の元の持ち主である相手を想い、これからも生きていく。そこに自分が入る隙がないことに絶望した。それなら次はと考えたロベリアにとって次がないなら今しかない。愛されないとわかっている場所に立ち、皇妃を続けることになんの意味があるのか。また毎年言われるのだろう。世継ぎはまだか、と。彼はきっと養子を取る。そんな想像ができてしまうことがもう、嫌だった。
「あなたたち二人はとてもよく似てる。自分に都合の良い世界が存在すると思ってるのよね。ありえない。あなたたちはこの世界の創造主じゃない。地を這う蟻と同じ。上から見れば人間なんてどれも同じで見分けはつかない。ただそこに生きて、せかせか動いて、時が来れば死んでいくだけ。あなたたちもそう。皇帝や皇妃なんて地位しかない存在。世間話をする友人もいなければフラッと外を歩き回る自由もない、むしろ哀れな存在。それでも皇妃という称号に価値を見出して復活を願ったのはあなた。死ぬまでは生きられるんだから、その短い生をせかせかと謳歌することね」
「やだ! 嫌よ! そんなのやだ! そんなこと言わなかったじゃない! なんの説明もなかったじゃない! こんなの違法よ! 無効だわ!」
「魔女に親切さを求めるようなおバカさんを相手にし続けるほど暇じゃないの」
子供のように泣きじゃくるロベリアを無視してサーシャへと振り向き、立ち上がると同時に玉座が消えた。目の前に寄ってくる魔女を睨みながら警戒する。
「じゃあね、サーシャ。会いたくなったらいつでもおいで。あなたなら大歓迎よ。氷の涙も欲しいしね」
目を細める魔女の顔を凍らせて砕いてやりたかったが、手は動かなかった。
一瞬で姿を消した魔女はマシロを連れて森に戻ったのだろう。ウォルフが辿り着いたかどうかは魔女ならわかるはず。辿り着けば家に戻れる。マシロのもとにウォルフは帰ってくるのだ。でも、マシロを迎えに来たということはこんな場所でマシロを暮らさせるわけにはいかないと考えてか、動物にだけ優しい魔女らしい行動に文句はなかった。
「サーシャ、俺はお前の判断に従う」
「そうよ! 殺しなさいよ! 殺したかったんでしょ!? 殺させてあげる!」
殺したいほど誰かを憎むのは初めてで、気持ちの整理がつかない。だけど、魔女が言ったようにこの女には死ぬより辛い苦しみを味わい続けてほしい。皇帝に離婚を言い渡されればそう言わせた女が悪く、自ら離婚を言い出しても堪え性がない女が悪いとなる。愛人を理由に離婚しようものなら嘲笑を受けることになる。プライドの高いロベリアに耐えられるはずもなく、嘲笑を受けるのは娘だけではなく自分たちにも飛び火するため両親も大反対する。
ここで皇妃として生きていく道しか残されていないロベリアにとってファーディナンドが操り人形にならないことも愛を向けてくれないことも地獄でしかない。夫という味方を失ったロベリアに使用人たちは愛想を振り撒かなくなるだろう。十六歳でこの世を去ったイベリスのことを思うと充分ではないが、喚くロベリアの言葉で決まった。
「イベリス様を殺したこと、一生悔やみ続ければいい。彼女の苦しみも悲しみも痛みも全部忘れるな。彼女がどれほど優しい女性であったか……絶対に忘れないでッ。この女を生き返らせた責任を取るのがアンタの地獄だから。離婚なんて許さない」
もう二度と会えないこと、最後に罰だとイベリスから言われたこと、ハグもできなかったこと、死者の復活によって愛する者を失ったこと、イベリスを救うために行動しなかったこと全てが後悔となってファーディナンドの心に深く残り続ける。イベリスが生きていた思い出がありすぎる場所で後悔と共に死ぬまで他に愛する者もできないまま老いて死んでいくことになる。
サーシャは殺さず地獄に落とすと決めた。
「イベリス様……イベリス、様ッ!」
部屋を出たサーシャの瞳から零れ溢れた氷の涙が地面に落ちる。
会いたい。彼女に会いたい。笑顔が見たい。溢れ出す思いに涙が止まらない。サーシャも今、床に座り込んで子供のように声を上げて泣いてしまいたかった。
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